【ワシントン州レッドモンド】米ソフトウエア大手マイクロソフトの従業員は、最新の電子機器の熱心な利用者だ。だが、その多くが愛用者であることを口に出せずにいる製品がある。それは、「iPhone(アイフォーン)」だ。
アイフォーンは、言うまでもなく、マイクロソフトの長年のライバルである米電子機器大手アップルが開発したスマートフォン(多機能携帯電話)だ。アイフォーンの成功を見るにつけ、マイクロソフトの経営者たちは、携帯端末事業でいかに自分たちが近年アップルに遅れをとっているかを、いや応なしに思い知らされる。特にもどかしいのは、自らの従業員までも、その多くがアイフォーンに夢中になっていることだ。
マイクロソフトでアイフォーンの利用者であることが、いかに厄介なことであるかを物語る出来事が昨年9月にあった。マイクロソフトの本拠地である米ワシントン州シアトルの、ある競技用スタジアムで全社ミーティングが開催された際、従業員の一人が自分のアイフォーンを取り出し、スティーブ・バルマー最高経営責任者(CEO)の写真を撮影したときのことだ。バルマーCEOは、アイフォーンをその不運な従業員の手から取り上げ、床に置くと、数千人のマイクロソフト従業員の前でそれを踏みつける仕草をしたという。その場にいた従業員が明かした。バルマーCEO自身は、マイクロソフトの携帯電話用基本ソフト(OS)が搭載された別のメーカーの携帯電話を使用している。
この件に関して、マイクロソフトの広報担当者からも、経営幹部からもコメントを得ることはできなかった。
アップルのスティーブ・ジョブズCEOには、マイクロソフト社員がアイフォーンを使用していることについて電子メールでコメントを求めたが、広報担当者が代わりにコメントを控えると返答した。
バルマーCEOのそうした芝居がかった態度にもかかわらず、マイクロソフトにはアイフォーン利用者が多く目につく。シアトル郊外の広大なマイクロソフトの敷地内では、従業員が会議室やカフェテリア、ロビーなど至る所でアイフォーンの画面をコツコツ叩いている姿が見受けられる。
アイフォーンを利用している上級幹部社員の一人には、ジェイ・アラード氏もいる。アラード氏は、ゲーム端末機「Xbox(エックスボックス)」の開発に寄与した人物の一人で、現在はエンターテインメント&デバイス部門でユーザー操作性にかかわる技術責任者を務めている。
マイクロソフトの上級幹部社員から聞いた話として複数の関係筋が明かした推計によると、昨年同社の従業員用電子メールシステムにアクセスしたアイフォーン利用者は1万人近くに上るという。この数字は、同社の全世界の従業員の約10%に相当する。
一方、アップルの従業員は、自社製品に対してもっと忠実なようだ。アップルの従業員やアップルの取引業者数人によると、最近覚えている限りで、アップルでアイフォーン以外の携帯電話を持っている従業員を見たことがないという。
マイクロソフトとアップルのIT(情報技術)大手2社は、パソコン用OSからデジタル音楽プレーヤーに至るまであらゆる分野で競合してきたが、近年のマイクロソフトでのアイフォーン愛用者の急増は、両者のライバル関係の皮肉な状況を示している。
マイクロソフトの上級幹部社員の多くにとって、社内でアイフォーン利用者を目撃するのは、米飲料大手コカコーラの幹部社員が部下がペプシコーラを飲んでいるのを発見するようなものだ。特に、マイクロソフトでは新たな携帯電話用OS「Windows Phone(ウィンドウズフォン)」を2月に発表したばかりとあっては、なおさらだ。
従業員のアイフォーンの利用については、経営者間での活発な議論にまで発展している。数十名の上級幹部社員を対象に昨年3月に開催された社外研修で、質疑応答の時間に幹部社員の一人がアイフォーンの利用状況について尋ねた。
その場にいた数人の人物によると、携帯電話用ソフトウエア事業部門を統括するアンディ・リーズ氏とリーズ氏の上司であるロビー・バック氏は、競合製品を理解するためにライバル社の製品を従業員が使用することはよくあると説明した。
だが、ケビン・ターナー最高執行責任者(COO)はその説明を一蹴(いっしゅう)したという。ターナーCEOは、営業部門の従業員にはアイフォーンの使用は控えるよう指示しているとし、「(販売の)現場にとっていいことは、社内でも同じだ」と述べたと、コメントを直接聞いた人物の一人が明かした。
研修に参加した複数の人物によると、バルマーCEOも同様の立場を示し、幹部社員に対して、自分はデトロイトで育ち、父親は(米自動車大手の)フォード・モーターに勤務していたため、自家用車は常にフォードだったと語ったという。
従業員の一部には、09年初頭に行われた社用携帯電話の利用規定の改訂をアイフォーン取り締まり開始の合図と受け取ったものもいた。新たな規定では、同社の基本ソフト「ウィンドウズフォン」搭載の携帯電話以外は利用料の払い戻しが受けられないことになっている。
マイクロソフトは、規定の変更は全社的なコスト削減策の一環として行われたものだとしている。
マイクロソフトの従業員の一部には、アイフォーン利用者であることを苦労して隠しているものもいる。一般従業員の多くは、同僚の前ではオープンにアイフォーンを使用しているが、上級幹部社員の前では隠しているという。中には、アイフォーンを一般的な携帯端末に似せたケースに収納し、隠し持っているものもいるという。
マイクロソフトは、従業員によるアップル製品の使用を一律に反対しているわけではない。現にアップルのパソコン「Macintosh(マッキントッシュ、通称マック)」向けのソフトウエアやサービスを開発している部門では、通常マックを使用している。
だが、携帯電話分野でアップルに大きく水をあけられているマイクロソフトとしては、気が気でない。
市場調査会社の米コムスコアによると、09年11月-10年1月期の米スマートフォン市場におけるアイフォーンのシェアは25.1%であるのに対して、ウィンドウズフォン搭載携帯電話のシェアは15.7%となっている。
また、ウェブ閲覧ソフトやソフトウエア配信サービス「App Store(アップストア)」をはじめ、ウィンドウズフォン搭載携帯端末はアップル製品と比較して技術革新の面でも遅れをとっている。
だが、マイクロソフト従業員や一部のIT業界観測筋の間では、うれしいうわさもささやかれている。マイクロソフトの携帯端末用OS「ウィンドウズフォン 7 シリーズ」が大幅に改良され、今年の年末商戦に向けて発売される見込みだという。
アイフォーンブームに飛びついていない人物の一人に、マイクロソフトの創業者で会長のビル・ゲイツ氏がいる。ゲイツ氏は、1月に放映された米風刺ニュース番組「ザ・デイリー・ショー」に出演した際、司会のジョン・スチュワート氏にマイクロソフトの常勤職を離れている今、アイフォーンを所有できるのかと尋ねられた際、次のように答えた。
「わたしは忠実なマイクロソフトユーザーだ」
【3月15日14時5分配信
ウォール・ストリート・ジャーナルhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100315-00000303-wsj-bus_all