j-pop 

April 11 [Wed], 2007, 16:44
今、ぼんやりテレビを見ながらこの日記を書いている。何気なく回したチャンネルで最近のヒット曲のカウントダウンをやっている。少し、最近のJ-POPについて書いてみよう。
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私と音楽の最初の出会いは、幼少時に親から無理矢理習わされたヴァイオリンだ。その頃はもういやでいやでしょうがなかった。でも、そのお陰で絶対音感を身につけることもできたし、その後の音楽を聴く勘所のようなものもある程度養成されたように思う。それから中学生のとき偶然テレビでみたCharの音楽に完全にノックアウトされて、親にねだって安物のストラトモデルを買ってもらった。ヴァイオリンという同じ弦楽器だし、なんとかなるだろうと思っていたのだが、いざギターを持ってみたがどうしていいかわからない。仕方なく近所の楽器屋さんで買ったギター雑誌に特集されていたリッチー・ブラックモアから私のギター人生が始まったわけだ。もうそこからはひたすら洋楽三昧。当初はハードロックから始まり、やがてジャズやソウルといったブラックミュージックへと遷移していった。要するに、自分が日本人であるにもかかわらず、私の中に日本人が奏でる音楽には特に感情はなかった。テレビやラジオなどから流れる音楽については、「ふーん」くらいにしか思わなかったのだ。
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でも、最近のJ-POPを何気なく聴いてみると、私の思春期の頃に流行っていた音楽と比べてはるかにクオリティが高い。大昔の歌謡曲は正直スリーコードで作られているものが大半だが、最近のJ-POPはソウルやジャズの常套手段である4度進行など当たり前のように使われているし、例えばミーシャという人の楽曲では結構代理コードが効果的に使われていたりする。メロディもなかなか良い。ケーデンスに9thの音を使ったりする人も多く(例えば平井賢)、「ふむ。なかなかええやん」と思わせるアプローチを自然に使いこなしているように思える。
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ただ私なりの分析なのだが、圧倒的なカリスマがいないのだ。みんなそこそこうまい。楽曲もいい。そうなると、差別化がどんどん難しくなるし、音楽というフィールドで付加価値をつけるのは至難の業のようにも思える。もともとアートというか、芸術・芸能一般は主観的で嗜好性の強いものだ。万人に好まれるものを作ることは難しいし、まして現代のようなネット社会のように情報が氾濫している状態では余計にそうだ。情報量=ゼロと情報量=無限大は事実上同じ価値だ。さっきの番組を見ていても本当にそう思う。どの曲もそれなりに良いのだが、同時にどの曲も単なる消耗品にしか聴こえないのも事実。まあ、これは何も日本に限ったことではないのかもしれないけど。
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難しいもんだね。

はっきり言ってしまうと、Jポップの質と言うより、オーディエンスの質かな・・・と・・・言うより!!
今の日本人の体質かな・・・何でも良いと言われれば飛び付くし、本質を見ない傾向が強いから、根付く音楽は育たないと思うよ。
しかし、これが現状なんだから、今からのミュージシャンは辛いね・・・・・南無!!
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