母親のこと 

2005年09月16日(金) 0時24分
お母さんはがんばって仕事に行ってるようです。
体調もよさそうで仕事に行ってると気が晴れるようで楽しそうです。
私は年老いた両親におだやかに過ごして欲しいだけなのに・・・。

お兄ちゃんが両親と一緒に暮らしてくれれば一番、安心なのですが、
そうはいかなそう。お母さんだけならいいよ。って。
確かにお父さんと一緒に住みたくないのはわかるけど。
あぁ・・・。
私のこれからはいったいどうなるのか。自分で何とかできない事も。
あるのです。

旦那が無職! 

2005年09月02日(金) 16時34分
結婚生活八年目。
実家がいやでいやで、それでも普通に恋愛をして結婚したのが、
八年前。両親のようにはなりたくないとサラリーマンのちゃんとお給料を
持って帰ってきてくれる人を選んだつもりでいた。っていうかお給料は
ちゃんと持って帰ってきてくれる。
でも8月末付けで、仕事を辞めた!十年以上、続けた会社で、結構お給料も
良かっただけに、これからどうしよう・・・。

私のお給料だけではとうてい生活できない。共働きということもあって、
いままで、きりつめた生活をしてなかった。贅沢はしていなかったけど。

八月は半分くらい、有給消化で、家にいたけれど、就職活動はしていないみたい。
っていうかあきらかにしていない。

色々、考えた結果、9月いっぱいは黙って見守ろう。と思う。
なのに、今月はこづかいはいつもより増やして。とか言い出すしまつ。
「だめ!」ととりあえずはいつもどおりでいっているが、来月は収入がないのだから、
どうしたものか。

ちゃんと考えてくれてるのかなぁ。不安で不安で、でもいい大人だし、信じて待ってるしか、
今はできない。半年、仕事をしなかったら、家をでる、決意は固めた。
ため息の毎日・・・。

母親の仕事 

2005年08月30日(火) 2時37分
母親は身体が弱い。
まぁ、確かに昔に大病をしている。
朝も弱い。でも私はだからといって、何もしないのはナンセンスだと思う。
みんな、生活のためにしんどくても倒れても働いている。
で、昨日、面接に行くと連絡があった。甘い事を言ってるわりに
仕事の面接に行って落ちた事がない。今回も前の仕事の経験が
あったので、即採用。で、今日から行くらしい。
ありがたい話だと思う。なんとかがんばってほしいです。

父親は母親に働かれては顔がたたない。
昔から自分ひとりでやって行けないのに母親には働かせたくないようです。
多分、自分の方が優位にたっていたいのだと思う。

とにかく人に馬鹿にされたり、見下されるのを異様に嫌がる。
だからといって見返してやろう!って言う根性もない。

根拠のない、「男は偉い。」「おやじは偉い。」
認めて欲しかったら、がんばってがんばって、実績を作って、
ほれみろっていってみて欲しい。なにもしない人間ほど、馬鹿にされると
怒り出す。まさに逆切れだね。

結局、今日は「5千円貸して」だった。
冷たいようだけど「持っていない」と答えたら連絡がなくなった。
それより、家賃、どうすんの〜〜?

やっぱり・・・私は不幸です。 

2005年08月29日(月) 9時29分
今朝、父親から電話があった。
やっぱりお金貸して。
いったいいつまで、こんな事がつづくんだろう。
今日は無理と言って、電話を切ったが、最後は逆切れしていた。
この間の給料日に今月は助けられないと言ったら自分でなんとかするから。と
母親や私の忠告を振り切り、全部、持っていった。
家賃だけは入れてね。とひつこめに頼み込んだが、
結局、家賃もふりこめてない。母親の話によるとパチンコで
全部、すったらしいが、きっといつもいく喫茶店でいい格好して
お金を渡したか、だれかに脅迫されてるか。

なんせ、自分は外でいい格好してちやほやしてもらいたいために
お金を持っていく。家族にはめちゃくちゃなのに。

こっちが、足りない分はなんとかフォローするからといって、
全てを握って父親が持っていくお金を阻止しようとすると
逆切れ。こんな父親から逃げられない。

いったい、今月の生活費はどうするつもりなんだろうか。
いつまで、こんな生活が続くんだろう。

小さな頃 

2005年08月27日(土) 7時51分
小さな頃は何もわからずに、知らずにふつーにすごしていました。
兄と家族4人。仲のいい家庭だと。毎年、海に行ったり、スキーに行ったり。
新しい、テレビや新しい物が市場に出回るとお父さんは買ってきました。
ただ、何週間後かにはもうありませんでした。そうです。質屋に持っていかれるのです。
車も新しい車がきた〜と喜んだら、何ヶ月後かには売りにだされてました。
と、言うわけで母親もそんな、父親の事を軽蔑していたのでしょう。けんかは絶えず、
兄と私は母親からは父親の悪口しか聞かなくなりました。
母親が離婚しなかったのは「実家に帰るなんて絶対に恥。でも一人では生活できない」
というあの頃独特の女性は働きはせずに家にいるのが普通。だから我慢して家に居る。
って事です。
両親の喧嘩がはじまると3つ上の兄が私を外に連れ出してくれました。
外にいけないときは二段ベッドの上に二人で上って私を笑わせてくれました。
中学に入り、私の口癖は「いいかげん別れたら?」
でも母親は「実家帰れないし、一人でやっていけないし。しかたない。」
それならそれで仕方ない。そうしか仕方ないならもう少し、これからの事を考えて、
行動してくれればよかったのですが、母親もわがままっというのでしょうか。
自分が一番なんです。仕方ないからといって父親をたてたり、ガンバってお金を稼いできてくれるように家をいごこちのいいものにしたりはする人ではなかったです。
それまでの父親の仕事はタクシーの運転手。話によると暇だといろんな運転手としゃべるでしょう。喫茶店にいったりで。そこで、楽して儲ける美味しい話にとびついたり、保証人になったりで、どんどん借金は増えていったそうです。
一度、夜に突然、いとこの家に行くぞ。と言われて私と兄は久しぶりに会う、従兄弟たちと遊べると嬉しくなりウキウキで行った、帰り道。「このまま、琵琶湖に行こうか」「おばちゃん、お金、貸してくれなったから、もう生きていけないね。」母親もだまって、覚悟してるよう。
そこで高校生になったばかりの兄が、

両親について。 

2005年08月26日(金) 1時16分
さて誰にも言えなくて誰かに聞いて欲しい事ですが、
私の両親は70歳と65歳。
私は結婚してますので、近くですが、別で暮らしています。
私の小さい時から、借金まみれで母方のおばあちゃんに助けてもらってたようです。
だからと言って父親も働かないわけではないのです。
ずっと働いてはいましたが、どうも収入内でやっていくことができず、
また友達の保証人になってだまされたりして借金がふえたようです。
だから実質、私の高校授業料や塾の月謝などはおばあちゃんの助けなしでは
無理だったようです。母親は身体が弱くバイトには行っていましたが、
フルで働く事や収入の範囲での生活を父親と話あったりはしなかったようです。
人にもよると思いますが、男は働いて家族を養うのはあたりまえ。女は家にいるのがあたりまえ。お金がたりないのはお父さんのせい。といってのける母親でした。ま、今の私から言わすと”甘い”人です。
今日はこれくらいにしておきます。両親のことをこれからも書いていきますが、
私は両親のことは尊敬はしていませんが、すごく心配なのです。ほんと、すごく心配です。

はじめまして! 

2005年08月25日(木) 1時33分
”ろんぴぃ”と申します。
関西に住む、30代の働く主婦です

このブログでは私の誰にも言えないけど誰かに聞いて欲しい事
書いていこうと思います。
性格上、あまり人に弱みを見せられないところがあるので、
ここでは素直な気持ちをさらけだして、
皆さんから力をいただきたいと思っております。
どんどん、意見してくださいまっせ。
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