膝小僧のかさぶた 

December 01 [Fri], 2006, 0:25
 なんだって打ち明けてきた森が、初めて隠し事をしていることに、私は平静でいられなかった。
 考えていると雑巾を拭く手が止まっていた。俯いて押し黙っている私を森は心配そうに見て言った「どうしたの、ぼくのお姫さま。具合でも悪い?」
 ばか森。周りにたくさん人がいるところで、私のことをぼくのお姫さまなんて呼んだら、なんてからかわれるかわからないのに。
「やめてよ森、ほら、あの人、こっち見てる」
「気にしなくてもいいよ。そんなことより林が心配」
 森は身体をかがめ、私の顔を下から覗き込んだ。「熱があるの?」
 その様子を見ていた男子が私たちに近付いてきた。長めの前髪から覗く、切れ長の目が涼しい。
「おい」
 低いトーンで声を掛けられた。ほら、早速からかわれる、そう思っていたら、森が言った。「あれ、朗大(ろうた)」
「お前の妹、具合悪いんだったら保健室連れて行ってやれよ。おれが先生に言っておくよ」
 朗大と呼ばれた少年が私の手を掴み、雑巾を取った。大きい手だった。

膝小僧のかさぶた 

November 30 [Thu], 2006, 0:16
 いずみちゃんの読み通りだった。その日の掃除の時間に、もう森はやって来た。
「森、掃除は?」
 私に会いに来たと見せかけて実は本当の目的は彼女に違いないと思うと意地悪したくなったので、わざと素っ気なく訊ねた。
「ぼくの班、今日は当番じゃないんだ」
 私は森を見ず、雑巾で窓を拭きながら答えた。
「そう」
「林、新しいクラスはどう?」
 森は私の気持ちに全く気付かない様子で、問いかけた。私はその時、森が教室の中を見渡したのを見逃さなかった。
 「虹子さん」なら今はいないよ。
 心の中で私は呟いた。そのあとで思った。だめだ、こんなの。可愛くない。
 私は決して、森が誰かと付き合うのに反対なんかじゃないのだ。そりゃあさみしく思うだろうけど、私だって今まで少しくらいは気になる相手もいたし、お互いの恋愛を祝福するくらいの気持ちは持っている。
 では、何に対して私が苛々しているかと言うと、それはたぶん、森が今まで私に何も言わなかったことなのだ。
 森は去年、教育実習生の話なんて一言だってしなかった。そこに、私は森の気持ちの真剣さを感じ取った。

春の嵐 

November 29 [Wed], 2006, 23:42
「難しいなあ」
「同い年じゃなくたって良いのよ、もちろん。拓海に今度、誰か紹介してもらえないか訊いてみようか?」
「いいよ、そんなの」
 いずみちゃんの彼、拓海君は大学生だ。生物学を勉強している。
「誰でも良いわけじゃないし、彼氏という存在が欲しいわけでもない。ちゃんとその人のことを知って、そこで初めてこの人と付き合いたい、って思うものでしょう」
「ま、それも一つの形ではあるけど、それだけじゃないんじゃない」
 その時の私にどうして予測出来ただろう。
 人として好きだと認識する前に、恋に落ちることもあるのだと。

春の嵐 

November 29 [Wed], 2006, 1:26
「お互いしか目に入らないって?」
「あなたたちの判断基準がお互いなのが問題なのよ」
「どういう意味?」
「つまり」いずみちゃんは続けた。
「あなたたち、異性を判断するのに、お互いを無意識に基準としてるのよ。林は、森みたいな子が男子の平均だと思ってるじゃない?」
「うん」
「でもね、冷静に見ると、森ってすごくグレードが高いのよ」
「え?」
「まず、女の子に優しい言葉を惜しみなく捧げるでしょう。林、自分のことを『ぼくのお姫さま』って呼んでくれる男の子なんて、どこにでもいると思わないように」
 幾人かクラスの男子の顔を思い描く。「……確かに」
 とても彼らが、そんな言葉を女子に使っているとは思えなかった。いや、そういう単語自体、知っているのかどうかすら怪しい。
「見た目も清潔で身のこなしが美しい。レディーファーストが完全に身に付いている。物腰が柔らかで、多くの他の同学年の男子みたいにガキっぽくもない、そんな高校生男子は奇跡的な存在よ!」
 だんだんといずみちゃんは熱くなる。私はそれを聞いて、
「うーん……」
 と思わず唸った。
「林、春休み中に若林君から電話があったって言ってたよね」
 いずみちゃんはここで声を落とした。「でもその場でデートの誘い、断ったって」
「だって良く知らないもん、若林君のこと」
 若林君とは、去年森と一緒のクラスだった子で、私が森のところに遊びに行くと時々言葉を交わしていた。
「普通は、良く知らないから一緒に遊びに行って知ろうとするのよ」
「そう?」
「そうなの!若林君だって悪くないわよ。バスケ部次期部長候補で、中身までは知らないけど、あの爽やかな外見から女の子に人気あるんだから」
「いずみちゃん、良く知ってるね」
「林が周りを見なさすぎなのよ」
 いずみちゃんは少し呆れたように言った。
「ともかく、森と仲が良いのは良いけど、若林君なり他の子なりにも目を向けてみなよ」

春の嵐 

November 28 [Tue], 2006, 0:58
 私のクラスの担任は「虹子さん」が言った通り、彼女だった。いずみちゃんは森と一緒のクラスで二組、私は六組だった。
 ホームルームが始まる前、いずみちゃんが私のクラスを覗きに来た。
「いいなあ、二人は一緒で」
「森の動向チェックは私に任せて。あ、でも森はこのクラスに足繁く通うかもね」
「え?」
 思わずいずみちゃんの顔を見た。
「林も気付いたでしょ」
 なんの話か、言わずとも明白だった。
「……うん」
「森、彼女のこと、好きだったのかな?」
「そんな話、聞いたことない」
「そうよね」
「私に言わなかっただけで、なにかあったのかな」
「それも考えにくいけどね」
 森が今まで本気で好きになった人は、私の知る限り、いない。でも森を好きになる子は今までちょくちょくいて、誰が告白してきただとかという話は、その度に森から聞いていた。
「動揺した?」
 いずみちゃんがいたずらっぽく笑う。
「……正直ね」
「でもこれっていい機会なんじゃない。二人とも、このままいくと、お互いしか目に入らないんじゃないかって心配する時あったもん。健全な兄妹としては祝福すべきことよ」

春の嵐 

November 15 [Wed], 2006, 1:15
「ここでばらしちゃうと、あなた、私のクラスなの」
「『私のクラス』?」
 口が乾いて、うまく喋れなかった。
「先生なんですか?」いずみちゃんが訊ねた。
「今年から」
 彼女がはにかんだように笑った。
「去年、ぼくのクラスに教育実習に来ていた虹子さんだよ」
 森が彼女を紹介した。「おっ……と、もう『虹子さん』はまずいか、仮にも先生なんだからな」
「森くん、仮にもってどういう意味?」
「ごめん、でもなんだか実感沸かないからさ」
「そうよね」
 静かに笑う彼女。それを見つめる森の瞳が優しい。
 それを見た時、私の胸騒ぎは、今度は、不穏な心拍数にと変わっていった。

春の嵐 

November 13 [Mon], 2006, 0:02
 私はその時、森の異変に気が付いた。森は瞬きをするのも忘れたように、目の前一点をじっと見つめている。
「どうしたの?」
 なぜか胸の中がざわついた。
 問いながら森の視線の先を辿ると、そこにいたのはこちらをまっすぐに見つめている一人の女の人だった。
 薄いベージュのスーツから出ている足首がとても華奢で折れそうだ。私は少しうろたえながら視線を少しずつ上げた。細い腰に細い手首。ゆうに肩に届く真直ぐな栗色の髪は天然だろうか染めているのだろうか。鎖骨が見え隠れするジャケットの胸許に覗く光は、なんの石が放つものだろう。
 なによりも彼女を際立たせていたのは、彼女を飾るように飛び散る桜吹雪だった。
 雪みたいな花びらが舞い散る中、彼女の姿だけが浮かんでいた。
「森くん」
 彼女が呼んだ。
 とても透き通った声で。
「変わってないね」
 森が弾んだ声で答えた。
「虹子さんこそ――。本当に先生になれたの?」
「失礼ね」
 彼女が一歩、私たちに――森に――近付いた。
「相変わらず、双子の妹さんも一緒なのね」
 私の知らない彼女が私に微笑んだ。

森と林 

November 12 [Sun], 2006, 3:10
 一人はくせ毛かパーマか知らないけど、もさもさと(こういう人の髪は決してさらさらにはならないのだ、何年経とうが)立体的に前面に飛び出ている前髪が、もう一人は頬いっぱいの、潰れたにきびが目立つ。いかにももてなさそうな風貌に加え、こんな幼稚な発想しか出来ないなんて、こいつら、もとい彼らの親に同情すらしたくなって来た。
 いずみちゃんも彼らに冷たい視線を浴びせ、私と森の腕を軽く押し「行きましょ」と言った。私たちはそのまま三人、足を進める。

ーーはずだったーー。

森と林 

November 07 [Tue], 2006, 2:44
 「まあ、稲垣とか荒井と一緒になれば楽しいかなって気はするけど、でも男にはあんまり関係ないよ、そんなこと」
 「男は、って森、あなた本当は普段、男子って面倒くさいって思ってるでしょう」
 「鋭いねえ、いずみちゃん。そうなの、森はこの年齢の一般男子は騒々しくてあんまり好きじゃないのよね」
 「それでなくても、あなたたち仲良過ぎていろいろ噂されるんだから、表面だけでも友達付き合い良くしておかないと、学校生活面倒くさいことになるわよ」
 「好きじゃないわけじゃないよ。ただ得意じゃないんだよ」
 「でもわかるわあ、森。そつのない私だって、ガキでうるさいだけの、この年齢の一般男子はとても得意とは言えないもの」
 いずみちゃんの言葉の一部は笑えるけど、私も深く同意して頷く。本当、どうして高校男児って、こんなに子供なんだろう。たとえばほら、こんなやつら。
 「おっ、雨宮兄妹、今日も仲良く一緒に登校です!」
 「ひゅーひゅー、双子とはいえ、尋常じゃない仲の良さは、新学年になっても変わりません!」
 校門近くで、去年森と一緒のクラスだった男子生徒二人が野次を飛ばしてきた。

森と林 

November 06 [Mon], 2006, 16:33
 新学期はいつも少し不安で、でも、結局わくわくする気持ちの方が勝る。
 「おはよう、林、おはよう、森」
 朝、森と学校へ向かっていたら、後ろからいずみちゃんの声がした。
 「おはよう、いずみちゃん」
 「おはよう」
 いずみちゃんは、小学生の時からの仲良しだ。お父さんが大きな神社の神主で、私たちはよく、いずみちゃんの神社でどんぐり拾いをやったものだ。
 「いずみちゃん、髪切った?」森が訊ねる。
 「うん」
 「マッシュルームみたいで可愛いね」
 「他の男子に言われたら馬鹿にされている気がするだろうけど、森が言うと素直にありがとうって言いたくなるわね」
 「もちろんぼくは、褒めているんだよ」
 私はこっそり、いずみちゃんの白くて細いうなじがとても好きだと思い目を細めた。
 「クラス替え、どうなるかしら」
 「今年はいずみちゃんと一緒になりたいね」
 「なりたいわね」
 「十クラスもあるからね、確率は低いよね」
 「森は一緒になりたい人、いないの?」
 「え?」
 「考えてみたら、森の親友って聞かないよね」
 「おれには林がいるもん」
 森がそう言ったから私も答えた。
 「そりゃ私もそうだけどー」
 「あなたたちはまた……」
 「でも私には、いずみちゃんだっているよ」
 私は森にもいずみちゃんにもきちんと思っていることを伝えたくて、真剣に訴えた。
P R
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