マイナス思考

April 02 [Wed], 2014, 18:01
マイナス思考は、諺病でない人にも多かれ少なかれ見られる。だが、篭病の場合、それは自己や世界や未来についての動かしがたい認識として根を下ろしている。鯵病者が自分はダメだと言うとき、それはけっして他人の注意や関心を引くためのポーズではない。とすれば、鯵病の治療とは、これらの認知の歪みを解消することでなくてはならない。いいかえれば、患者がこうしたマイナス思考を捨て正常な歪みのないのない思考を取りもどすことこそが、諺病の治療の目標になる。そのために必要なのは、患者が自分の思考をモニターのなかでし、それについて考察すること、すなわち、思考について思考すること、認知について認知することだ。治療者の役目は、患者をこのメタ認知へ導き、メタ認知を通じて患者の思考パターンの変更を促すことにほかならない。こうして、フロイト以来、対象の喪失に結びつけられてきた抑鯵状態は、たんなる思考パターンの変調とみなされるようになった。失われた対象が何であるのか、その喪失が主体の人間関係にいかなる影響を及ぼしているのか、この喪失に結びついた罪責感がいかなる同一物の永劫回帰を動機づけてきたのか、そうした問いを巡る精神分析の長いプロセスは、たんなる思考の矯正、あるいは認知のリハビリテーションに置き換えられた。



間延びした薄っぺらな平面

March 24 [Mon], 2014, 11:18
表象の死、メタファーの消滅、神経症の衰退、詩の凋落、思考思想の弱体化、これらは厳密に同時代的である。この同時代性のなかに読みとられるのは心的空間の陥没と呼びうる事態にほかならない。心的空間は今日いたるところで押し潰され、平板化され、私たちの心はただの間延びした薄っぺらな平面にかぎりなく近づきつつあるように見える。このことは、現代の精神病理にどのように映し出されているのだろうか。それは私たちの症状をどのように変化させつつあるのだろうか。そしてこの変化はいかなる実質を伴っているのだろうか。私たちは今日いかなる症状の前に立たされているのだろうか。一九○一年に生まれ八一年に亡くなったラカンには、生没のメモリアルイヤーが同時にやってくる。二○○一年には、生誕百年を祝うイベントが四月に続いたがフランスの分析家たちの祝賀ムードはほとんど伝わってこなかった。だが、二○二年の逝去三十周年の折には分析家の団体が催したいくつかの記念行事だけでなく、テレビや新聞、雑誌に、ラカンをめぐる番組や記事が並んだ。


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