
生活パターンを変えて、
考えたことをゆっくり文字にする時間を持つことから
少し遠ざかっている。
この1ヶ月、道端に咲く花ばかりみていた。
特に夜の闇に浮かぶバラが好きだった。
最近空を見た記憶がほとんどない。
もうそろそろ、少しは見上げなきゃなと思う。
前に展示用に「見上げることが多くなったのは 君がいたからでした」
で始まるテキストを書いたことを思い出した。
君がいてもいなくても。
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自分の中でずっとひっかかっていて、
だけど、うやむやにしてきたことを
もうはっきりさせようと決めた。
はっきりさせるのがいいわるいの問題じゃなく、
いつまでも迷っているのは
わたしらしくないなと思う。
いろいろを自分から手放してしまいたくないと
頼りなくも願っていたけれど、
こうして無理矢理に手を繋いでいるのも、なんだか悲しい。
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もしかしたら
時間が薄れさせてくれるかもしれない
それはそれ、これはこれって上手に割り切って、
誤摩化しきれるかもしれない
そのうち本当に平気になるかもしれない
そんなふうに考えてやってきたけど
そして随分時間もたったけれど
今のところはそうならなかった。
そもそもの“原因”に対する底なしの嫌悪に
周りは関係ないと理解しているから進んできたけれど
本当はそうはっきり割り切れたのではなく
極力避けて関わらないように触れないようにして
すり抜けてきただけで
それはそれだから他は関係ないと割り切ったら、
望まないところに割り切った分だけの距離と溝がうまれていた。
今度はそれを見ないようにしたり気付かないふりしたりして。
わだかまりを抱えながら
いくら関係ないと思おうとしても
嘘をついているようで、自分自身が苦しいのだ。
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もうすこしはやく
勇気をだせたらよかった
むきあっていえるかな











