友だちじゃなくなる日

June 02 [Sat], 2012, 23:16


生活パターンを変えて、
考えたことをゆっくり文字にする時間を持つことから
少し遠ざかっている。

この1ヶ月、道端に咲く花ばかりみていた。
特に夜の闇に浮かぶバラが好きだった。


最近空を見た記憶がほとんどない。
もうそろそろ、少しは見上げなきゃなと思う。

前に展示用に「見上げることが多くなったのは 君がいたからでした」
で始まるテキストを書いたことを思い出した。


君がいてもいなくても。


---

自分の中でずっとひっかかっていて、
だけど、うやむやにしてきたことを
もうはっきりさせようと決めた。

はっきりさせるのがいいわるいの問題じゃなく、
いつまでも迷っているのは
わたしらしくないなと思う。


いろいろを自分から手放してしまいたくないと
頼りなくも願っていたけれど、

こうして無理矢理に手を繋いでいるのも、なんだか悲しい。

---

もしかしたら
時間が薄れさせてくれるかもしれない
それはそれ、これはこれって上手に割り切って、
誤摩化しきれるかもしれない
そのうち本当に平気になるかもしれない

そんなふうに考えてやってきたけど
そして随分時間もたったけれど
今のところはそうならなかった。

そもそもの“原因”に対する底なしの嫌悪に
周りは関係ないと理解しているから進んできたけれど

本当はそうはっきり割り切れたのではなく
極力避けて関わらないように触れないようにして
すり抜けてきただけで

それはそれだから他は関係ないと割り切ったら、
望まないところに割り切った分だけの距離と溝がうまれていた。
今度はそれを見ないようにしたり気付かないふりしたりして。

わだかまりを抱えながら
いくら関係ないと思おうとしても

嘘をついているようで、自分自身が苦しいのだ。


---



もうすこしはやく

勇気をだせたらよかった

むきあっていえるかな

「でも少なくともわたしには好きな人がいる」

May 07 [Mon], 2012, 22:18


春はもともと苦手な季節で、
吸い込まれるように生き死にについて考え込んでしまう。

それでも風薫る5月。
新緑がまぶしい、それだけでうれしい。

できるだけ光をあつめていきたい。

---

ある夜、
古くからの友人たちとごはんを食べながら
いろいろ話をしたり聞いたりしていて

目の前にいるこの友人に悲しい目にあってほしくないし、
自分を損なって回復するのに何年もかかるような傷つき方をしないでほしいと、
強烈に思った。

本当に、不思議な強さで思った。

---

見ないふりをするのはあまり得意ではないから、
見たくないものはなるべく目にいれないようにしている。

きっと、今自分のまわりのことで、
風がきもちいいなあとかバラのいい香りだなあとか
思うだけでいいのだ。思うだけで。
世界は本当はそれくらいの広さなのかもしれない。

もっと自由にのびのびと暮らしていきたいと思う。
ここで、まず自分の中心をきちんと感じて。

---

「怖いかもしれない。でも少なくともわたしには好きな人がいる」
『1Q84』であゆみとの会話で青豆がいう言葉。

気付くとこの言葉を心の中でお祈りのようにくりかえしている。

こわいかもしれない でも すくなくとも わたしには すきなひとがいる

---

わたしだけ立ち止まってうずくまったままで、
まわりは駆け足でどんどん走り去っていくようだ。

撮ることで自分を落ち着かせている日々。

最近撮りながら、自分自身に確認しているのは
・技術や知識だけでなく、価値を自分のものにすること。
・言葉にとらわれすぎないこと。
・何でもない瞬間に小さく光を当てるように撮ること。
の3つ。

「技術や知識も必要、でも自分を形作る『価値』がいかに大切か」
このことは大学時代の恩師が伝えてくれたことで
自分の中であらゆることの基本的な考え方になった。

恩師の言葉からもうひとつ、
「苦しいときほど、本質が大切になってくる」

本質。

---

思い浮かんだことを羅列しただけの、とりとめのない駄文。
でもいいか。春の夜だもの。

テーマソング

April 30 [Mon], 2012, 20:34


「物語る風景」にテーマ曲ができました。

作ってくれたのは、kisetsu/ameの瀬藤友也くん。


「物語る風景」に音楽があったらなあと、
そんなことをふと思って、その瞬間に思い浮かべたのが
瀬藤くんの声とメロディーと歌詞でした。

---

お願いするときにわたしが伝えたのは、
「物語る風景のテーマ曲みたいなもの。
5分くらいの短い旅番組のエンディングテーマみたいな」
ってことだけで、

それから1週間も経たないうちに渡してくれたデモ音源、
その時まだ2番の歌詞はラララだったけど、
すっかりやられてしまいました。

ああ、この距離感、この温度感。
イメージどおりでイメージ以上で。

ぴったりと過不足ない物や事をいつも待ち望んでいるけれど、
でも実はそれはありふれてなんかなくて、
今回瀬藤くんがこの曲でそういうのをふいに連れて来てくれたことは
ちょっと特別でびっくりすることなのに、
だけど不思議とこんなにもすとんと落ち着いてしまう。

---

わたしにとっての「物語る風景」というコンテンツの意味や立ち位置、

その曲を瀬藤くんに作ってほしい、と直感的に思った最大の理由は、
(こういう言い方を本人はどう思うかわからないけれど)
彼の持つ「実直さ」なんだと、
出来上がったばかりの曲を聴きながら思いました。

「物語る風景」の各ページで聴くことができます、
ぜひ聴いてみてください。

photographs (2012.4.14 at anuttara)

April 20 [Fri], 2012, 21:21

2012年4月14日土曜日、雨のち曇り、夜には星空も。

4/10にオープンをした“ナイスタイムカフェ”“育てるきっちん”、
そしてその舞台となる“anuttara”オープニングパーティーの日。

はじまりのとき特有のなんだか清々しい気持ちと、
つながったまま続いている安心感。


わたしと言えば好きな人たちがいっぱいの空間の中で
終始ごきげんに酔っぱらっていましたが、
あの日の妙にしっくりとくる空気をめいっぱい感じていました。


そんな時間のほんの一部をきりとって、
そのまたほんの一部をここに。

そしてナイスタイムカフェのブログでも少し。

残りはそれぞれの心や想像の中に。


言葉では速すぎる

April 01 [Sun], 2012, 22:23


語るにはまだ早いのかもしれない。

言葉では速すぎるのかもしれない。

---

文庫になった「1Q84」のBOOK1を早速購入して、
あの嵐の土曜日の朝、ベッドの中で一気に読んだ。
BOOK3まで出てからまとめて読みはじめればよかったな。

その度こっちの世界に戻ってくるのが大変。

---

なんて上手く言えないんだろうとぼんやり考える。

あんなにゆるぎなくはっきりと思っていることでさえ
目の前にすると顔をみて話すとうまく言えなくなってしまう。

でも、誰かの前で無力になってしまうような言葉で
言葉を無力にしてしまうくらい生身の人間のほうが強くて

よかったともおもう。

まだ支配されきっていない。

---


絶望感と、無力感。

無力感。


---

離れれば解決とか距離をおけば楽になるとか
時間を置けば忘れるとか

そんなふうなことで良くはならないことも
そんなことで楽にはなれないことも
幸せにはならないことも傷は浅くならないことも
あの時わたしには充分に分かっていて、
一年経って今はもっとよく分かるようになった。

でもあの時、じゃあどうすればいいのか答えもなかったのだし、
結果的にはこうしかなかったとも思う。
少なくてもわたしじゃない側はそれで楽になったのだから。

終わりにしようが時間が経とうが
結局のところ、わたし側は何にも変わらない。

分かっていたことがどんどんくっきりしていく。

それは絶望?

---

笑ってみたり何かに夢中になってみたりだってできるし
どんなふうにだって今日を過ごしてゆける。

ただ、

離れたって時間がたったって全然小さくならない。
一向に薄れないし、むしろ、
日に日にその存在感を増していく。

やっかいなのは、過ぎていった世界の中で
その取り残された重いかたまりと
ひとりきりで、自分だけの問題として
むきあっている途方のなさなのかもしれない。


行き止まり、
というのは本当に途方にくれてしまう。


だけど生きていけるのだ。

無力感にさえすっぽり飲み込まれてしまわなければ。

通り雨が何度もやってきては去っていった

March 24 [Sat], 2012, 21:53


朝カーテンをあけると日が射していて
それだけで、今日は久しぶりに少し大丈夫な気持ちになる。

今日の神戸は、時折強い風が吹いて、
通り雨が何度もやってきては去っていった。

---

写真集(作品集)の制作に向けていよいよ動き出した。
打ち合わせしていて本当にたのしい。
やっと動き出せたって感じもするし、でも、今だったような気もする。

今回の作り方はいろんな人の力を借りながらの作業になる。
「一緒に楽しんでください」とか「巻き込まれてほしい!」とか
「これ(写真集制作)を機会に遊んでもらえたら」とか
みたいな話をするのだけれど、
でも、このプロジェクトについては全体の責任はわたしにあって
わたしに最終の舵取りをする役割があるなと思う。

だから、揺るがない芯をもって自信もって
ここぞというときはびしっと方向を決めて
みんな笑顔ですっきりすすんでいけるように

ふらふらしないでしっかり立っていなきゃなと背筋がのびる。

---

よくなっているようにおもえないし
いつかよいところまで戻れるのかどうかもわからない。
もうこのまま全然良くならないんじゃないかと
そんなふうに思うときもあるけれど、
アベレージが低くても時々120の力を出せたりしながら、進んでいる。

意思じゃなく、季節がめぐるように。


どうしようもない思いに苛まれてる時間もとても長い。


わたしが苦しいことや失ったことで
誰かが苦しくなったり失ったりしてないのだから、
それでいいじゃないか。


君が苦しまなくてよかった。

雨上がりのあたたかい夜

March 17 [Sat], 2012, 22:19


まだこんなくらいしか経っていないのかと思う。
終着点は果てしなく遠くにあるようなきもちになる。

---

ものすごくうまくいっていないわけじゃないけれど、
うまくいっているわけでもない
みたいなバランスのところで
なかなか元気なふうに戻れないでいるけれど、

そういう状況の中で

つまりは、
いままでどおりには、今までみたいには、
生きていけない

ということなんだと日々感じている。


だけど「とりもどしていかなきゃ」とも思うのは、
損なわれたり傷ついたりした魂を
もう一度救い出さなきゃならないからなのかな。

とにかく
そっくりそのまんま元に戻れる場所なんてないことに気付いて、
ひとつひとつ築いていくんだろうとおもう。

---

ある種の諦観の果てに
今は考え込むということはほとんどなくて

ただ、だだっ広いところで風に吹かれているような感じがしている。


最近ことあるごとに身辺整理みたいな感じになってしまっていて、
ああ、なんだかちょっとやばいのではないかと思いつつも、
しんと深いところに何かがすとんと落ちるのを感じるときがある。

---

雨上がりのあたたかい夜っていうのは、なんでこんなに胸に沁みるんだろう。
とろりとした空気に花の香り。

句点

February 23 [Thu], 2012, 20:17


昔はもう少し上手く逃がしてあげていたような気もするけど
今そう思うだけで、実際はそうでもなかったのかもな。

息をはく。


書くことで一日に句点をうっていないから、
際限なく続いてしまっているのかもしれない。


---

連れて帰ったピンクの薔薇がふわふわと花を咲かせている。

ささやかなことを素直に信じられないでいる日々に
なんて優しく確かなんだろうと思う。


---

空には数えられるほどの星。
星や月や真っ暗な空を見上げながら息吐いて帰った、
たくさんの夜のこと。


そういう夜、本当にたくさんあった。

そしてここまで歩いてきた。
善し悪しでなく、事実として。

---

見上げているとき
心を荒らしてきたようなひとたちのことは
微塵も思い出さない。

突風

February 06 [Mon], 2012, 20:31


まだまだ時間がかかる、と立ち止まる度に冷静に思う。


暦の上では春。

ひとつひとつ撮ったり書いたり考えたり、
あいかわらずの日々。

「物語る風景」の第二話もアップしました。
春待ち。

---

誰かにとってはなんでもないようなことで
(誰かにとって幸福なことでさえ)
わたしは勝手にとても苦しい気持ちになったり
逃げ出したい気持ちになったり

そんな心の揺れの多くは
いくつかのコンプレックスが原因で

今さら嘆いてもつまらないことだし、
自分のものとして乗り越えるなりつき合っていくなり
するしかないのも、もう充分に承知している。

正直そんなコンプレックスたちのことは
うんざりするくらい向き合ってきて
本当の本当に飽きるほどに考え尽くしていて


だけど今でも
傷ついてみたり重い気持ちになってみたり
そういうのをまだまだ馬鹿みたいにたくさん繰り返している。

---

少しも立ち直れてなんかないと
思うときも多い。

自分を許せないでいて浮かび上がれないでいる時間が
とても長く続いている。

とても大切な人と
もう会えなくなってしまった世界で
自分を肯定するのは、ほんとうにむずかしい。

ほんとうに、むずかしい。

---

時折、突風が吹くみたいに 会いたい と思う。
立っていられないくらいに 強く思う。
もっと他の言葉があるのかもしれないけれど、
この衝動を、今は会いたいという言葉でしか言えない。


会いたいと
こんなにもずっと
こんなにもめちゃくちゃ思っているけれど、

会いたいと願ってはいないのだ。

そういう現実に気付くたび、
ここから一歩も動けない気持ちになる。

軒先の花

January 22 [Sun], 2012, 21:12


心細くもならないくらいに、圧倒的な風邪だった。

雨の日の重く濃い色彩がなんだか妙に親密に感じられた。

それはそれでよい心地で。

---

言葉をいろいろ書き留める作業の日々。

ひねり出すというよりも、
寄り道しながら細い糸をたぐり寄せていくとたどり着く、
いつもそんな感じがする。


途中経過の言葉たちを並べてみると
これは自分の個展のタイトルっぽいなとか
これは余白がないから面白くないかなとか
くっきり見えておもしろい。

“それだけで音や情景が浮かびそうなもの”をひとまず残して、
あともう少しだけ想像の中でひとり遊んでから、委ねよう。

たのしみ。

---

書き始めると不思議なもので自然とたくさん撮るようにもなって、
iPhoneに写真が溜まっていく。

地面に落ちる何気ない光にも、前を歩く親子の靴の色にも、
夕方の陽射しに一瞬きらめく枯れ草にも
目を奪われて仕方ない。

---

あんまりにも寝込みすぎているあいだに
展示のことをいろいろ考えていた。

いくつかのことはゆっくり進んでいたり
これから準備を進めたりだけど、
まだまだ妄想がとまらない。

でも、いつも、おもうことから全部始まっている。


今まで撮った
子どもの後ろ姿や足元だけを写した写真のシリーズをまとめて
小さな小さな写真展やりたいとおもう。

道端や軒先の草花の写真たちを集めたのも
できそうだし、やってみたい。

それから野外でのスライドショー。
庭や野原、海辺なんかのイメージもあったのだけど
屋上もいいかもしれない。


いつもこころに思って動いていって、
それからたくさん話しをして、
場所、機会、それぞれにベストなものと
微笑み合えますように。
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栗原葉子 yoko kurihara
揺れるボートに乗って大海原を航海中。 カメラは旅道具、灯台よりも星空がほしい。 写真や言葉や出会いを通じて、 このボートがどこへ向かうのかを楽しみたいのです。
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