10月4日の日記 (が復旧した)

October 09 [Tue], 2012, 20:28
大阪堺の名物大寺餅を買うため、堺に向った。
堺市は大阪市の南隣で最大の古墳仁徳天皇陵はここにある。
大寺餅は慶長元年に開口あぐち錘ミの境内で売り始めたのが始まりとされる。
餅をあんこでくるんだ餅は甘いものが少ない時代にはもてはやされ、瞬く間に名物になっていったという。
当時、境内には念仏寺というお寺があり、おおてらさんと呼ばれていたことから、店の名前を大寺餅と呼ぶようになった。
この大寺餅は伊勢名物赤福の元になったことを知る人は少ない。
赤福の創業者は宝永年間にここに修行に来てあんころ餅の作り方を学び、遂門前で売り出したのだという。
その後、明治時代にも餅職人が修行に来たこともあるようだ。
ただ、現在、赤福とは業務提携があるわけではない。
大寺餅の場所は予め調べていたので、南海電車堺駅で降りて徒歩で店へ向った。
初めて行く場所は遠く感じるし途中で雨が降ってきた。
これは断念すべきかと思ったが、目印の小学校が見えてきたので、濡れながらもあと少し歩いた。
間もなく雨が止んだ。
店内に入り、かくかくしかじかとここに来た理由を話した。
遠いところから来はったんですかはい、愛知県からそれはそれは、わざわざおおきにありがとうございますぅ店内には古い法被や絵図が飾られていたが、それぞれの由来を教えてくれた。
写真を撮ってくるのを忘れていた。
大寺餅とくるみ餅を買ったら三笠どら焼きをくれた。
くるみ餅は、くるみで作った餅ではなく、大豆で作ったあんで餅を包んだもの。
また近いうちに来ることを約束して店を出た。
駅までの道のりは帰りはずいぶん短い。
途中の風景は再開発のためか、新しい建物はまったく見当たらなかった。
南海堺駅南側にある川の中にブロック造りの橋脚があった。
線路を高架化する際に不要になった旧線の名残だろう。
ところで、南海電鉄は関空へ向う特急列車の形が独創的なことで知られている。
ラピートといい、その風貌は鉄人28号を彷彿とさせる。
堺にも停まるので500円の特急券を買って乗ろうかとも思ったが、難波はスグそこである。
次回、関空に行って乗ってみよう。
難波に着いたが、重いカメラを背負っている在宅 仕事 求人と、疲れてしまうので、帰ることにした。
それよりも、この日記の本文はどこに残っていたんだろう。
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