[花伽藍] 中山 可穂
2009.05.02 [Sat] 13:46

背中を向けていると、たづさんの嗚咽がわたしの骨にしみとおるように漏れてきた。わたしはおそろしくて彼女の顔を見ることができなかった。見てしまえば刃物を持ち出してしまいそうで、頑なに反対側の薄闇が滲んでいくのを眺めていた。それから二人で、背中を向けあって、一緒に泣いた。帰り際にたづさんは、惚れたのはあなただけよ、と言った。それはうそではなかったと思う。でも真実でさえなかったのだ。

[左岸] 江國香織
2009.03.03 [Tue] 20:44

「誰一人、おなじ場所にとどまってはいられない。ガーデンに立っていた喜代は、たしかにとても遠い場所にいた。ここではないどこかにいた。茉莉を怯えさせたのは、おそらくその遠さ、人が内側に抱えている闇の濃さ、そして、とどまりたい場所に誰もとどまれないという事実だった。」

「ばかにしてる。声にだしてつぶやいてみる。嫉妬などという不似合いな感情を笑うつもりだったのに、感じたのはまぎれもなく悲しみだった。肉体関係を含んだ友情は心地いいけれども、嫉妬する資格は自分にはない。」

[肩ごしの恋人] 唯川 恵
2008.05.28 [Wed] 06:09

「萌は左側が好きだ。いつからそうなったかはわからないが、歩く時も、座る時も、寝る時も、いつも左側にポジションをとる。何も男の利き腕を自由にさせるためじゃない。もちろんそれは大切なことだけれど、たとえ男が左利きだとしても、やっぱり左がいい。左というのは、右よりちょっと特別な気がする。秘密めいて、怪しい場所のような気がする。」

[神様のボート] 江國 香織
2008.05.28 [Wed] 06:08

「自分を不幸だと思ったことはなかったが、でも、つまらなかった。生きていてもよくわからなかった。どうすればいいのか、どうしてもっと生きなくちゃいけないのか。」

「一度出会ったら、人は人をうしなわない。たとえばあのひとと一緒にいることはできなくても、あのひとがここにいたらと想像することはできる。あのひとがいたら何と言うか、あのひとがいたらどうするか。それだけで私はずいぶんたすけられてきた。それだけで私は勇気がわいて、ひとりでそれをすることができた。」

[白い薔薇の淵まで] 中山 可穂
2008.05.28 [Wed] 06:07

「それは恋としか呼びようのない、不自由で理不尽な強い感情だった。この人はわたしを好きになりかけている。いや、もうとっくに好きになりすぎている。痛々しいほどそれがわかる。これほど正直で不器用な人間は見たことがない。」

「わたしが死ぬ思いで封印した記憶のかさぶたを、鋭利なメスでひとつひとつ丁寧に剥がし、再び傷口を抉り出して鮮血を滴らせてみせるのが塁の仕事だった。その血しぶきの一滴一滴が言葉であり、血溜まりのぬかるみが文章なのだった。やがて執拗に露わにされすぎた傷口は致命傷となり、ひとつの死体ができあがる。」

[男] 柳 美里
2008.05.28 [Wed] 06:07

「気持ちが通じ合っている男性に、好きだ、きれいだとささやかれ、からだのあちこちを撫でられ、揉まれ、吸われながらセックスするより、見知らぬ男とからだだけでセックスするほうがより快感を得ることができるのではないかという思いを棄てきれない。十代前半のころに剃刀で手首を切ったりシンナーを吸ったりした自損の衝動は、その後セックスに向かったような気がする。」

「けれど、嘘を吐かれるのはいやだ。嘘を吐かれるぐらいなら、何人の女とつきあおうが勝手だろ、と開き直られるほうがマシだ。」

[燃えつきるまで] 唯川 恵
2008.05.28 [Wed] 06:06

「失ったものの大きさや、受けた傷の痛みは、他人と比較しても何の役にも立ちはしない。」

[浪漫的恋愛] 小池 真理子
2008.05.28 [Wed] 06:06

「恋に理由はいらない。何故、その人物に恋をしたのか、いちいち説明する必要もないのである。にもかかわらず、やみくもに説明したくてたまらなくなってくる魔物のような衝動・・・そんな妖しい欲望に衝き動かされて、自らの恋を分析し、言葉にして説明し続けているうちに、次第に人は自分で仕掛けた罠に嵌まっていく。」

「この男に飽きることができればどんなにいいか、と考えた。目と目を見交わしても何も感じなくなり、その顔が、幾多の他者の顔と何ひとつ違わなくなってくれたなら、どんなに楽か、と。」

[東京タワー] 江國 香織
2008.05.28 [Wed] 06:05

「実際、その日の出来事は何もかも、透には幸福すぎて現実感がうすいように思われ、それが勿体ないように思われた。一つ一つをもっときちんと味わいたいのに、車窓を流れる景色みたいにつかみどころなく、なす術もなく幸福がこぼれ去っていくようなのだった。」

「かわいらしいというだけで恋におちるなんて、みんななんて謙虚なのだろう。」

[恋愛中毒] 山本 文緒
2008.05.28 [Wed] 06:05

「ただひたすら歩きながら、いつしか私は祈っていた。どうか、神様。いや、神様なんかにお願いするのはやめよう。どうか、どうか、私。これから先の人生、他人を愛しすぎないように。愛しすぎて、相手も自分もがんじがらめにしないように。私は好きな人の手を強く握りすぎる。相手が痛がっていることにすら気づかない。だからもう二度と誰の手も握らないように。諦めると決めたことを、ちゃんときれいに諦めるように。二度と会わないと決めた人とは、本当に二度と会わないでいるように。私が私を裏切ることがないように。」
P R
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