江戸の旅の必需品は?

August 11 [Mon], 2014, 10:00
試みに江戸時代の必携品を並べてみよう。



「着換え用の衣類(下着、下帯はもちろん股引、脚絆、足袋、手甲、腰帯、



道中羽織(冬なら防寒用の紙子や皮の胴着等を含む)、手拭、おとし紙、扇、矢立、



道中案内書、日記帖、心覚えの手帖、秤、薬類、大小の風呂敷、提灯、火打道具、ろうそく、



懐中付木、針、糸、磁石、算盤、印刻、弁当、携帯枕、合羽、綱三本(洗濯物を干したり荷造り用のため)、



煙草道具、印籠、巾着、笠、脇差」



この他にしらみ紐というのがあった。



なにしろ当時はのみ・しらみとの同居生活である。



そこである種の薬を塗ったこのしらみ紐を腰に巻いておくと、しらみが全部紐の折目に集まってくる。



それを勢よく払ってまた巻きつけるというわけで、旅の必携品のひとつ。



しかしこうした諸道具を、いかに要領よくまとめて行李の中に詰めこむか、それがいわゆる旅なれた……といわれる人たちなのだ。



今は伊勢志摩 旅館に行くのに何で行こうか悩む楽しみすらあるとは、時代は変わったものだ。

旅の携帯品

July 12 [Sat], 2014, 10:00
明治35年12月から報知新聞社で発行した月間雑誌「旅」は、今日の時刻表の先駆をなすものだが、この第1号に当時の旅の必携品を列記している。



「衣服二、3枚(他に寝巻)、シャツ3、4枚、腹巻2個、ハンカチ1ダース、手拭2、3本、風呂敷1、2枚、



シーツ、化粧道具入れ、缶詰切一丁、ナイフ一丁、こうもり傘、万年筆、紙、鉛筆、小型算盤、



歯磨類、コップ1個、体温器、磁石、双眼鏡、日記帖、扇子、シャボン、爵香か香水、



新旧暦一冊、おとし紙、福神漬と梅干または佃煮、箸と小楊枝、油紙2、3枚、



ブランデー(または葡萄酒)、胃散、即効紙、西洋マッチ、かみそり一丁、はがきと切手」



これらの道具のほとんどは、現代では旅先でいくらでも調達できる。



そのかわりあらたにカメラやエレクトーンのような器材がふえたのだ。



昨今は伊勢志摩 旅館への旅行もずいぶんと気軽になった。

旅の心得と用心

June 02 [Mon], 2014, 10:00
昭和62年6月12日発行の雑誌「太陽」(平凡社)は「快適旅行術」を特集しており、そのなかに各界有名人の旅行用品を掲載している。



評論家の森本哲郎氏が外国旅行をする場合は、35ミリ一眼レフ数台に交換レンズ7、8本、フィルム120本というからそれだけでも大荷物。



そのうえエレクトーンとは意外。



このエレクトーン、外国では日本の曲を弾いて自分を慰め、また現地人にも喜ばれるかち親善の効果は満点とのこと。



さすがは多才な森本氏だ。



また作家の早乙女貢氏は外国でも粋な着流し姿に草履ばき、当然足袋や長じゅばんも必要であり、



しかもカメラ、ビデオ、テープレコーダに水彩絵具とパステル、画帖というからさすがはタフガイ。



瀬戸内寂聴氏となると、網代笠に墨染めの衣、頭陀袋を首から下げてわらじばき、経本と数珠と錫杖も僧職とあれば当然のこと。



やはり職業によって携行品も違うものである。



今では伊勢志摩 旅館まで座りっぱなしで行けることを考えると、王侯貴族にでもなったようだ。

どんどん早くなる列車旅行

May 16 [Fri], 2014, 10:00
今では伊勢志摩 旅館に行くのに電車も飛行機も自家用車も選べるが、自分の足か雲助の足か馬の足しかない時代もあった。



特急列車は値段がべらぼうに高いかわりに時間は大幅に短縮された。



上りが25時間15分、下りは25時間8分と、現在のスピード時代の序曲のようなものである。



ちなみに日本が世界に誇る新幹線ではわずかに5時間半だが、江戸時代、急ぎ足でも約1ヵ月かかった旅が、明治の末には早くもまる1日に短縮されたのだ。



ただしこの列車、1日に一便だけで、新橋発は朝8時20分、下関着が翌朝9時38分。



逆に上りは下関発が夜7時10分、新橋着は翌日の夜8時25五分だった。



呼称は少々ヤボだが、下りが「一列車」上りが「二列車」である。



なお、この年5月には信越線横川?軽井沢間で蒸気機関車を使用しはじめ、7月2日には樺太(サハリン)縦貫鉄道が開通して、我が国の交通網はいよいよ完成に近づきつつあったが……、



7月30日、明治天皇が崩御、時代はまた新しく大正を迎えることになるのである。

どこまでも高級だった特急列車

April 19 [Sat], 2014, 10:00
伊勢志摩 旅館に行きたいと思い、旅行記を紐解いてみると興味深い記事がたくさんある。



日本初の特急列車に備えつけの書棚には、シェイクスピア全集とか同本文学全集、外人客用の洋書から子供客のためのおとぎばなし全集もあったとか。



安っぽい漫画本とか週刊誌などはもちろんのこと置いてない。



そしてテーブルには便箋とペンがあって、車中で書いたレターは列車ボーイに渡せばいいというサービス。



こうした列車だから、料金の方も目の玉がとび出すほど高い。



一等が新橋?下関間24円78銭、二等でも14円90銭。



当時線路工夫や巡査の月給が約15円。



大工が日当1円30銭ぐらいである。



だから今の金額にすると、二等でも片道20万円、一等なら35、6万円というところか。



一等で親子4人東京から下関まで旅行すると、往復でざっと200万円。



マイカー1台が買える勘定になる。
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