私の娯楽を聴け! 

2004年12月23日(木) 6時23分
 私の一番の娯楽というか、リフレッシュメントは社会のゴミが死ぬこと。ニュースなんかで、「ノーヘル二人乗り高校生、パトカーに追われ事故死」なんて事件が報道されると、その日の疲れは一気に取れる。もしその馬鹿達の家の住所や電話番号なんかがわかるのならば、「ありがとうございます!」と礼を言いたい。そして向こうの子供が死んでくれたことにより、心が安らぐ人間がいること、近隣に住む多くの人がコーラのノドごしのようなスカッっとした気分を共有するであろうことを説明したい。そのくらい心躍る素晴らしいことだと感じる。
 何が素晴らしいってまず死に様。DQNが死ぬときってだいたい、バイクや車の事故死。連中に相応しいつまらない死に方だと思いませんか? 追突先の電柱やらトラックの後部扉なんかに殺されるなんて、それはもうファンタジー。出来ることなら、その電柱なんかと肩組んで記念撮影したい。その後、高い日本酒なんかをかけてやり、「次も頼むよ」と言いつつ小突いてから帰るのだ。その夢想make me happy.
 自分でも怖いのだけど、この感情って相手が身内でも消えないらしい。親戚に暴走族あがりのDQNがいて、それが最近白血病だか何かにかかっているらしい。やはりとてもうれしい。今からDQN白血病貯金箱を作って、貯金を開始し、その親戚DQNが死んだときその貯金箱を解体して、中のお金で知人を呼んでパーティーを開きたい。DQN宅に祝電を入れるのはもちろん忘れずに。

女に服従する犬どもよ聴け! 

2004年12月21日(火) 21時44分
 「少しはモテようとしなよ」と言われるのが好きだ。最近では言われる頻度が増えてきた。とてもうれしい。自分が「自分の理想とする人間」への階段を上っていると感じられるから。
 早稲田の人間というのはモテるモテない至上主義に支配されている奴が異常に多い。早稲田は人種のるつぼだとか言われているが、実際はほとんどが発情期の犬=普通の学生だ。だから当然私の周りもそんな連中ばかり。
 この人たちって本当に女性の印象が悪くなうようなことは全くしない。悪評が立ちそうなこともしない。私はそんな努力をするつもりはないし正直そういう人を好きとも言いがたいけど、そういう大学生活もありなんじゃないかなと、一応認めてはいる。
 でもおかしいと思うことも多々ある。なければココに書かないしね。私は、(女性を)喜ばせ組の人たちっていうのは大人しく企業に就職するつもりなのだと思っていた。だって喜ばせ組に籍を置きながら出来る選択というのはそれくらいしかないように思えるから。しかしそれは私の思い込みで、彼らに将来の希望を聞くと意外な答えが次々と返ってきた。作家、ジャーナリストetc。
 忌憚なく言わせてもらうと、女にこびることばかり考えてる奴のジャーナリズムが認められるわけないし、文芸作品が面白いはずがない。面白い物事は面白い人間からしか生まれてこないし、喜ばせ組の連中は面白い人間には決してなれない(顔からしてつまんなそうな顔してるんだコレが)。彼らは世間体や女の評価を第一においている時点で、かなりの可能性を自分から潰しているのだから。
 女や社会に尻尾を振っているくせに、時には自分以外のものと戦わなければならない、ジャーナリストや作家になりたいなどとよく言えるものだ。彼らはまず長いものや欲望に巻かれる癖を抜いて、少しずつ戦う習慣をつけたほうがいいと思う。あせらなくてもいい。まず女と戦いなさい。そうすればこんなブログが書けますよ。

植草を批判するメスどもよ聴け! 

2004年12月19日(日) 4時06分
 スーパーフリー大学が何かと話題になる昨今。レイプやら覗きやら、さすが人種のるつぼ早稲田。犯罪のバリエーションも目を見張るものがある。世間の反応は言うまでもなく、在校生も自分の籍がある大学でのスキャンダルに怒りと恥じらいが半々といった感じだ。当然といえば当然のこの反応。
 しかし私は植草を叩く連中に違和感を感じる。植草の評判として顕著なものに「女性に甘い」というものがあった。この評も今となっては笑えないところではあるが、私が引っかかるのはこの点。私は何かを批判するときはその本質を批判するべきだと思っているのだが、植草批判には本質が伴っていないと感じる。
 早稲田生は講義の情報に敏感だ。科目登録用雑誌が発行され、サークル内、友人間での情報交換も盛んに行われている。だから当然植草が「女に甘く、単位をくれやすい」との情報は出回っていた。植草に限らず女性に甘い教諭は結構な数おり、その教諭の講座を取る女というのは、「あいつはイヤラシイから女には甘い。ヘラヘラ愛想良くすれば単位は来る」との考えがあって登録している(に違いない)。つまりイヤラシサにつけ込んで単位を得ようとしているのだ。
 そして、植草はそのイヤラシサゆえに女子高生のパンティを求め犯行におよんだ。そのときに、植草の講座を受講していた女達(以下=クソ女)はテレビに出てヘラヘラしながらこう言った。「サイテーですよね」と。おかしいじゃないか。クソ女達は植草のイヤラシサを理解し、それを知ったうえで利用していたのに、それがパンティに向いた途端、今まで利用してきた、おいしいイヤラシサが「サイテー」なものに変わる。イヤラシサを利用し利益を得てきたクソ女に植草のイヤラシサを批判する権利などあるはずがない。また植草を批判するなら、女性の単位認定が甘かったことも、それにつけ込んだ人間(お前のことだぞ!クソ女)も等しく批判すべきだ。
 植草を馬鹿にしているクソ女どもは今までの人生、常に清く生きてきたのだろうか。男の「ヤリたい」心理につけ込んだことは一度もないのだろうか。物を買わせる。車で迎えに来させる。ご飯をおごらせる。絶対に一度はあるはずだ。繰り返すが手鏡覗きのイヤラシサを批判するならば、上記のようなイヤラシサに基づく施しは一切受けてはならない。植草のイヤラシサとクソ女達のシタタカサ。性質の悪いのは果たしてどちらだろうか。

ブログ童貞 

2004年12月18日(土) 3時10分
ついに念願であるブログの筆下ろしをすることとなりました。
意欲を匂わせていますが、ひなのブログと同じ程度の更新頻度を予定しています。

内容ですが、思ったことを素直な心で書き連ねていきます。
それを翻訳すると、「偏った価値観から差別的な発言をしていきます」となります。
石原慎太郎閣下に少しでも追いつけるように精進していく所存です。

このブログのスタンスについての説明を補足しておきます。差別的と先ほど言いましたが、
私は根拠のない差別はしません。たとえば朝鮮人や中卒(低学歴)の人間を私は差別しますが、それには私なりの根拠があります。
まず朝鮮人、説明不要だとは思いますが、卑近な例を挙げるとすれば朝鮮学校の連中(通称=チョン校)でしょう。知ってる人は知っているでしょうが、このキチガイたちの悪行は目にあまるものがあります。そもそもヤクザ就職を念頭においた奴がかなりの数います。そのため素行は悪く、その「悪さ」も常軌を逸しています。いくつか例を挙げるとすれば
☆部活でチョン校に勝つと後で報復される。
☆ナイフ、金属バット当たり前。(靴にナイフを仕込んでいる奴もいるとか)
☆奴らの暴力を振るう動機は「相手が日本人である」というだけで十分。
等でしょうか。噂が一人歩きしている感じもしますが、チョン校の周辺に住んでいる知人も被害にあったことがあるので概ね真実でしょう。
だからといって差別は良くないだとか言う人もいるでしょうが、チョン校生の行動範囲に住んでいる人間からすれば、彼らは実害を及ぼす存在であり(こちらの落ち度がなくても殴られたり、お金取られたりするのだから)、その点においてはゴキブリや公害と同じなのです。ゴキブリがわいたら、ゴキブリホイホイ置くでしょう? それでもまだ反論があるという人はワンダーランドに移住することをお勧めします。創価学会かマイケルの自宅へどうぞ。
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