愛は言葉 

2005年05月31日(火) 20時55分
言葉は愛の波動を生む。そして絶対的な絆を結ぶ。 黙っていると伝わらない気持ち。うまく言葉で愛情表現が出来たら、お互いの喜びとなって愛は深まるのでしょう。 愛は口に出さないと伝わらないものです。 でも私、最近「愛してる」「好きよ」という言葉しか見つからない。みんなどんな言葉で愛情表現をしているのかしら・・ 今の自分の気持ちを言葉にしようと色々考えてみた。 「貴方しかいない」「愛しい」「可愛い」「逢いたい」 確かにメールは口ではなかなか言えない気持ちも伝えられますが、愛を伝えるこれ以上の言葉は見つからない。 若ければ、「貴方と結婚したい」が終着駅? 「貴方を独り占めしたい」はいかが? 一度失敗した私にはこの言葉はなかなか出て来ない。 そもそも私、幼い頃からなぜか「お嫁さんになりたい」という願望はなく、それよりも「ビルのオーナーになりたいな」 なんて考えていた風変わりな女の子だった。 では、「私、貴方がおじいちゃんになっても一生愛し続けるわ。」と永遠の愛を誓ってみる。 昔、某男性歌手が「僕は何もいらない」と全財産を奥さんに渡して某女優の元に・・ これ以上の愛の言葉を言えますか? ありふれた 「愛の言葉」より「裸の言葉」が好き。 「貴方は髭と胸毛とベットが良く似合う」これが私流裸の言葉。そして「貴方の最後の女になりたいわ」 愛はここから

メール恋愛の落とし穴 

2005年05月18日(水) 20時37分
喧嘩はどちらかが相手に対して不満を持っていて、それを直して欲しいことから始まります。喧嘩する程仲がいい? 「喧嘩でないコミュニケーション」で終わればいいのですが、人を傷つける言葉を並べて喧嘩をすると愛は終わりを告げる。 メールはとても便利なコミュニケーションツールですが、その場の状況やニュアンスが全く伝わらず、活字から感じるイメージしか伝わりません。 ましてこの短気で面倒くさがり屋の私が携帯電話のメールで気持ちを伝えるなんて到底無理なお話なのです。 あれは夕飯時の事、私がいつもの様に夕食を作りながら、なかなか学校の宿題を終わらさない我が子と格闘中、ヒステリックになっている 私に届いた「今日どうする?」のメールから始まった。 急いで返信した私の心無いメールに激怒した彼からの攻撃メール。直感的に「指摘魔が来る」と慌てて「メールしないで」と返信してしまった。 言葉はたった一言で、人を喜ばせたり傷つけたりします。大切に使わなきゃね。 電話や顔を合わせての会話ではあり得ない喧嘩の始まり。メールでなければ弁解の余地もあったでしょうし、誤解も解けた。 やはり彼の攻撃は私の被爆まで続く。マニュアル通りの倦怠期。 デートのパターンのマンネリ化は即倦怠期を迎えるとか・・ 子供の居る人同士のデートは制約だらけ。「子供を寝かしつけてから彼が私の家に来る。」がお決まりのパターン。 お酒でも飲むのなら又、違う時間の過ごし方もあるのでしょうが・・ 倦怠期をうまく乗越えられないと別れを迎える。 怒った彼はまるで別人の様。まさに「指摘魔」 「私、貴方と付き合ってるんじゃないわよ。出て来ないで」って思う。 私がいつも付き合っている優しい彼は「僕」。でも恋愛をしているのは「僕の中の私」。怒ったら「俺の中の指摘魔」が出てきて私を責める。 私に彼の事、理解出来るかしら。 「指摘魔」との喧嘩別れは望むところですが、いつもの優しく可愛い彼ともお別れ??って最後にやっと気がついた私。 やっぱり私には彼しかいない。 ごめんね。私、いつも貴方に優しくちやほやされて、嬉しかったのよ。どこまでも調子にのってしまう。 「落下流水の情」そして、逆も真なり。この言葉を私の座右の銘にもっと真剣に愛を育くんでいこう・・と思っています。 私が彼と出会った場所

愛する事と、愛される事 

2005年04月25日(月) 20時54分
どうすればこの人に愛されるのか。恋する人なら誰もが考えている事でしょう。 どうして愛されたいの?それは、色々な面で満たされるから。 メンタルな部分で・・が一番ですよね。 愛という欲求の最終的な目標は、「幸せをつかむ」ということです。 その確かな形として「結婚」があるのではないでしょうか。 私が彼から受けた影響の一番は「幸せとは何か」「愛されるかではなく、どうすれば人を愛せるか」をじっくり考えた事だと思う。 今までは、愛されるということを至福の喜びとしていた私。 私の周りにも、「愛され結婚をした人」が今いかに幸せかに気付かず、不満ばかりをもらし、結局幸せを感じられない人達が沢山います。 私は今まで「愛されなければ幸せを感じられない人」だったから、結局、いくら愛されても満たされなかったんじゃないかと思う。 「もっと、もっと」という要求が増すだけでいつまで経っても満たされる事がない。 離婚をして、子供を父親のいない子供にしてしまった私は「皆にあって貴方にないものは何もない」が口癖になりました。 愛に限らず、与えられたものに感謝せず、ないものばかりを数えていると幸せにはなれない。 私の彼への愛は「母性愛」いつも彼を「可愛い」と思う。 なのに「もっと愛して」と要求をしてしまいます。「幸福の追求は自己矛盾であり、幸福を妨げる」という心理学者の言葉がある。 「彼は誰かの為に存在していたい」と言う。これが彼流「愛し方」の基本なのかも知れない。 今、私は遅すぎる恋のレッスン中。「幸福の追求」ではなく、「自分がつくりあげる幸せの追求」に全力を注ぎたい。 彼と私が出会ったサイト

不幸と幸せ 

2005年03月31日(木) 2時29分
不幸とは、自分の心が決めるもの.幸せも自分の心が決めるもの。 幸せになる唯一の方法は、自分は幸せだと思うこと。それ以外にないのでしょう。だから、今見つけられる幸せを探してみたい。 長かった仮面夫婦生活に別れを告げ、離婚後は子供をかかえ、生活も精神状態も、まさに背水の陣でした。 「どうしてお家に帰らないの?」と聞かれるたび胸を痛めた日々・・それでも進むしかない。 離婚後、初めて子供と父親を会わした日、10キロは痩せたんじゃないかと思うような憔悴ぶりで現れた父親。 「酒ばっかり飲んでるんだ」 「逢わせてくれて有難う」 その憔悴ぶりをみてもう私の憎しみは消えていた。やはり子供にとってはこの世でたった一人の父親です。 私も若ければ「子供を父親とは逢わさない」と、気持ちは再婚に向いたかも知れません。 でも、疲れきった私には再婚の意思もなく、子供から父親を引き裂く事の方がつらかった。 これ以上子供を犠牲にしてまで自分が結婚して幸せになりたいなんて思わない。 この子がこんなに頑張っているんだから、私はもっと頑張らねば・・ 自分の事より子供の為に生きようと決心をした。そしてその時から女として生きる事を忘れてしまった私。 そんな私の前に突然現れた彼。この出会い、私にはちょっとヘビーでした。でも、結構運命を感じるんです。年甲斐もなく。 自分の感情をありのままに認めることが、生きている証なんだと思ってみても素直に受け入れられる程、若くない。 うれしいこと、楽しいことばかり起こる人生が幸せなのではありませんよね。 悲しみを受け入れられた人、そして乗越えられた人だけがが、喜びも幸せも自分のものとして感じられるのです。 今後も、自分の事より子供の為に・・という考えは変ることはありません。でも、彼とのメール交換を重ねるうちに、 今度は子供の為にも女として幸せになり、子供にとって幸せそうな母親、楽しそうな母親、毎日を楽しめる母親に なってあげたいとやっと思えるようになってきた。 この私に「女返り」出来る日が来るのかしら・・と彼の写真に問いかけてみる毎日だった。 私が彼と出会った場所今でもチャットで使っています。
2005年05月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31
最新コメント
アイコン画像Яinka
» 離婚。そして新たな出会い (2005年04月04日)
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:rikarin367
読者になる
Yapme!一覧
読者になる