はじまり 

December 04 [Mon], 2006, 10:46
あの日、一通の手紙を手にした瞬間、この物語は始まった。

1 

December 05 [Tue], 2006, 8:28
雨が降り続いていたこの数日、綾子はずっと家に引きこもっていた。
まだ冷たい、季節の変わり目の長雨。
誰かの心を表すかのような、起伏の激しい雨だった。

ただの幸いは、さくらがまだ眠っている事くらい。

2 

December 05 [Tue], 2006, 9:00
静かな朝。

綾子はその不思議なほどの静けさにふと目を覚ました。


「あ…雨がやんでる。」

思わせぶりな朝日に思わず目を細くして、
綾子はのそのそと布団から出た。


朝はいつも食パンにココア、
そして真っ赤な皮の、小さく切りわけた可愛いリンゴ。
白のシンプルなキャミに赤褐色の短パンをはいて、
どこぞの親父かのように片膝を立てて新聞を読みながら
リンゴを一切れずつちょびちょびかじっていく。


そういえば、ちょうどこんな日。
ちょうど1年前の今頃、こんな休みの日、

あたしは1通の手紙を拾ったのだ。

3 

December 05 [Tue], 2006, 22:21
ココアを飲み干して流しにつけた。洗うのは帰ってからでいい。

パンとリンゴに使ったお皿もそそくさと台所の俎板の上へ置き、
綾子は今日の予定を頭に浮かべながら、ありあわせの外着に着替えた。
おしゃれはあまり気にしない。
モノトーンの服がほとんどで、パーカーに膝丈スカート、
その下に足首までのスパッツを履く。大体いつもこんな感じ。
なのに靴だけやたら多くて、スニーカーが4つ、パンプスが5つもある。

いつものシンプルな黒いリュックを背負い、
先月買ったばかりのお気に入りのコンバースのスニーカーを履いて、
綾子は静かに家を出た。


あ、眉毛書いてない。まぁいっか、どうせ誰も見ないよね。

あー久々の外は気持ちいいかも。昨日までずっと雨だったからなぁ。

きれいに晴れてるなぁ。



リュックの肩かけのひもを両手で握りながら、
小さくリズムをとるように体を上下に揺らして、
綾子は公園通りの横の歩道を歩いていた。

4 

December 11 [Mon], 2006, 12:38
駅までのこの公園通りは、車通りが多くてあまり空気はよくない。
それでもこの通りに沿って長く続く公園の緑は美しい。

ちょうど昨日まで降っていた雨粒が朝日の優しい光と調和し、
歩道にキラキラした木漏れ日をつくる。
彼らの呼吸は、街の空気をも浄化していた。


綾子の足取りは軽い。
公園の緑に目を向けながら、思わず顔を綻ばせて、
綾子は気持ちいい朝の一時を静かに満喫していた。



そんな中、歩道橋に差し掛かろうとした手前で、
綾子はふと足を止めた。

普段あまり下を見て歩かない綾子が、
ふと立ち止まって、真直ぐにのびる歩道の先に目をやった。

5 

December 12 [Tue], 2006, 8:28
綾子は無心で立ち尽くした。
すっかり乾いた地面に、小さく白いモノがぼんやり見えた。
綾子は二回、ゆっくりと瞬きをすると、
さっきまでリュックの紐にかけていた手をそっとおろして
一歩、また一歩、おもむろにそのモノに近づいていった。


それは白、というには少しくすんだ、
淡い桃色のような、小さな封筒だった。

6 

December 12 [Tue], 2006, 22:17
足元の封筒を見ながら、綾子は茫然と考えた。


手紙?

最新型の小型爆弾が入ってたりして

開けたら爆発したりして
それか変なガスでも出たりして

今の世の中物騒なんだから

………


茫然と色々考えをめぐらせたものの、
それでも綾子は無性にその封筒を手に取りたい衝動にかられた。

少し身を乗りだして覗き込み、ひょいっと軽々しく取ってみせた。
手に取ってみると、どうやら本当にただの手紙らしい。
中身の触った感触が紙切れ以外の何モノでもないように感じた。

思わず綾子は辺りを見渡した。
誰かがこの道を通りがけに落としたのではないか。
しかし歩道には人気がなく、それらしい人も見当たらない。
思わず綾子は歩道橋の上を見上げた。
まさか歩道橋の上から誰かが落としたのだろうか。
歩道橋の上に、若い男が向こう岸に向かって歩いていく姿が見えた。

彼だろうか
大声で呼び止めようか
それとも急いで追い掛けようか

でも彼じゃないかもしれない
大声出すのは恥ずかしいな
追い掛けて人違いだったら恥ずかしいな

どうしよう


そうこう考えているうちに、いつの間にか男は
綾子の視界から消えてしまっていた。

7 

December 14 [Thu], 2006, 10:38
綾子は途方にくれた。

完璧にタイミングを失った気分だ。
完璧にチャンスを逃した気分だ。

この公園通りの歩道に自分独りだけ、見ず知らずの手紙を手にして、
どうしようもない孤独感と良心の痛みを感じた。

ただの興味本位とはいえ自分から手にしてしまったからには
またここにこの手紙を捨てていくのは抵抗があるしいささか良心が痛む
偽善と言われればそうだが綾子とはそういう人間だ
だが見ず知らずの私がこの手紙を保有していいものか……


と、その時、綾子はふと気がついた。

よく見るとその手紙には既に切手の上に消印が押してあった。
改めて自分がポストに出すには今一度その切手をはがし
新しく切手を貼りなおす必要があった。

自分の懐からお金が発生する事に綾子は少なからず躊躇した。
自分から手にした手紙とはいえそこまでの義理はないと綾子は考えたのだ。

…いっそこの宛名の住所まで届けてしまおうか。
いやいやそれこそそこまでの義理はない。

綾子の頭の中での討論は白熱した。

本当はこんな見ず知らずの手紙なんて知らんぷりして行きたいのに

自ら手にしてしまったから?

ただの偽善?
興味本位?


結局、綾子は振り出しに戻った。





ひとまず手紙を懐に入れて、
綾子は立ち止まっていた時間を埋めるかのように、
再び駅に向かって足早に歩き始めた。

8 

December 14 [Thu], 2006, 16:28
大学は家から40分ほど、少し山の方にある静かなところだ。
なんとなく入った大学も、気づけばもうすぐ3年生。
周りは就職だの進学だのあれこれ将来に向けて考えているのに、
綾子はまだ何一つ決められずただただ無難に学生生活を送っていた。

別に現実と向き合っていないわけでもなく、焦るわけでもなく、
綾子とはそういう人間だ。

朝はあんなに天気がよかったのに、昼になると薄い雲が出てきた。

綾子はひとり中庭のベンチに座って、朝拾った手紙をボーっと見ていた。

手紙を見ながら、綾子は物思いに更けた。
なぜかその手紙が気になって仕方なかったのだ。

9 

December 16 [Sat], 2006, 12:09
ここにきて、綾子は初めて差出人が気になった。
今まで気にしなかったのがいささか不思議に思えた。

差出人の名前…


宇田川 悠


悠…
ゆう…かな?
それともはるか…とか?

聞き覚えのない名前だった。
聞き覚えもなければ名前の読み方すら定かではない。
男か女か、それすらも判断しかねる名前だ。


ただ、そこに書かれてある字はとてつもなく達筆であった。
漢字ドリルにあるような整っている字、というよりも
行書や草書の如く、流れるような、芸術的な字をしていた。

あまり若くはなさそう…
今の若い人はこんな字書けないよなぁ…

思わず綾子は“宇田川悠”の書いた字に魅入ってしまった。

その字から、綾子は口髭を生やした紳士なおじさまをイメージした。
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