ガラスが割れるから帰ろう

March 18 [Sat], 2017, 12:45

 黒澤明監督は能楽のファンであった。
 その嗜好の成果はとりわけ『隠し砦の三悪人』(1958)に表れ、個人的には初上映当時の1985年に観に行ったこの作品にもその同様の成果が表れていたのだなと回顧でき、かつ同時にこの恐怖にも似た惨憺たる映画館での記憶が鮮明にいまだに残っていることは、誠に久しくもあり、この作品がいかに強烈なものであったかを示しているようなものだ。


 芸能という言葉があり、百姓の集まる城下町などでお披露目される大衆芸能や長きにわたって伝わる伝統芸能など演芸、舞踊や能楽、浪曲、落語など舞台で表現される踊りなどすべて芸能と称し、見る人を喜ばせる芸を見せる才能を集めたのが芸能界、またそこにいる人を芸能人と呼ぶ。ただ、そうだとしても歴史は長く、この定義づけも実はかなりあいまいなものであって、人は何となく新たなことを発見してはそれは偶発的に起こり、それがやがて奇跡となるのも実はあいまいな時に発見されるというようなもので、喉を通して長剣を差し込んでいったりとか、口から火を吹いたりとかしてジェルソミーナを驚かせたりしたのがヨーロッパであった一方、現代に至って最も著名とされるのは海老一染之助・染太郎の演芸と役所広司の蝦蟇の油だろうか。

 そんな伝統芸能のひとつである能楽による舞踊とお囃子を目と耳にもらってじっとしていると、見る見るうちに惹き込まれていくような吸引力を体感する。それだけの効果を実感できる旋律とはなんだろうか、楽譜では書き記せない不思議な異世界を感嘆の渦と共に筆者は包み込まれていくのであった。

 それにしても冒頭の仲代達矢演じる一文字秀虎の形相、あの眼力と特殊メイクはまるで黒澤明が彩色デッサンした一文字秀虎の形相を描いた絵そのものをそのまま仲代達矢の顔に特殊メイクで埋め込んだようなもので、いずれにしても強烈な形相をもってした斬新な幕開けであった。この転写的造形の完成に気づいたのはなんと未熟にもほんの数年前のことであった。

 ご存知のように、父親の城主、一文字秀虎、その息子たちに三人兄弟、いずれも戦に赴き、いずれにせよ劣勢に傾く。城内でも痴話で揉め、父親は痴呆が進行し、逃げてゆく側室たちの駆ける草っぱら、城は燃え行き、息子たちはおおいに嘆く。そして最後はお先真っ暗よ、というこのオチの表現ではもはや高揚するも物足りない。あの最後のワンシーンをいかようにも喩え難い。筆者はものの見事に渦中に嵌ったのだった。

 2007年には森田芳光監督によって『椿三十郎』が再映画化された。この作品の音楽を担当したのが大島ミチルだったが、この当時には世間でも和太鼓や大太鼓が大いに流行していた時期だったと思う。やがてEXILEも合流したかに見える伝統芸能のひとつだが、『乱』ではないので映画の演出に使うものが異なるために違った効果も当然だが、桑畑、椿いずれも野太さと軽快さを表現するのに一役を果たしている傍らで、『影武者』の次に撮ったこの作品は武満徹が全てを鳥肌で覆うようにして楽譜を書きしたためていったのだった。

 『陰陽師』野村萬斎が野村武司という本名でクレジットされ、出演している。本編でかのおどろおどろしい霊感とともに白の女狐も現れよう、この映画では盲だけにただ歩くだけだったが、ゆらりと能楽そのものを体現したかに見えるその舞うような佇まいを頭からつま先まで感じ取ることが可能であった。

 劇場用パンフレットの表紙は素晴らしいデザインである。画像は敢えて割愛しよう。

 加藤武!



戦慄! 鳥肌!
『乱 4Kデジタル修復版』
監督 : 黒澤明 出演 : 仲代達矢、寺尾聰、根津甚八
http://cinemakadokawa.jp/ran4k/
4月1日より全国順次ロードショー!

…YEBISU GARDEN CINEMAしかまだ決まってない!
せっかく書いたのに!

こんなチラシがあった / ニッサンも日本車だ!!

February 26 [Sun], 2017, 6:00

 先日、ロバート・レッドフォード主演『ニュースの真相』を拝見した。
 実在のCBSニュースキャスター、ダン・ラザーがアンカーを務めていた報道番組「60ミニッツ」でジョージ・W・ブッシュ元大統領の軍歴詐称疑惑のあらましを追った内容である。かの大統領の持つ軍歴についてドキュメントを入手し、これについて偽造として疑惑報道をかけるも、入手したそれが詐称疑惑報道をあたかもさせるために作成されたとみなされ、転じてすなわち番組制作側が意図して偽造したものとして糾弾に追い込まれるという窮地に至るまでを描いたものだったと思う。筆者に言わせればロバート・レッドフォードが宣伝段階で見せていたルックスがダン・ラザーなのか、ジョージ・W・ブッシュなのか、混同させられた時点ですでに見る者を翻弄させたのではという疑惑が先に立ったものだ。しかしそれとは翻して、全米に見せられるその全貌は、ひとつの局面を垣間見せたその場所でそれでもアメリカ合衆国は悲しくも静まり返った嵐の傷跡の中を生きていたことに改めて気づかされる。

 それなのに日本人はまだわかっていなかった。

 こんな映画チラシがあったが、ドナルド・トランプ現大統領がさっそくドキュメンタリー映像作品で槍玉にあげられた。長期のロードショー上映ではないし、すでに都内ではもう終わっているとは思うが、「すべての政府は嘘をつく」を長年モットーにしてきたロシア系アメリカ人の政治ジャーナリスト、I.F.ストーンを中心に政府が発するメディア力を分析したものである。エクゼクティブ・プロデューサーにオリバー・ソーンがいる。
 ミスプリになっていないミスプリが表記されている。

 製作総指揮:オリバー・ストーン

 しかも堂々とでかく宣伝している。こんな見間違いは自分史上、見たことがない。オリバー・ストーンは恐らくこういった類の映画には手を出さないという気は長いことしているが、これほど反米的な映画チラシは見たことがない。ああ、日本人、ただでさえ安倍晋三小学校でひともめ起こしているなかで、んー、ということは名物でいくならハナ肇、ビートたけしの次に安倍晋三か、とふと逡巡しているだろう時にであった。

 OK牧場!
 『すべての政府は嘘をつく』 2016年
 監督 : フレッド・ピーボディ


 アンダーソン「タイプライター」!
 『ニュースの真相』 2016年 監督 : ジェームズ・ヴァンダービルト
 出演 : ケイト・ブランシェット、ロバート・レッドフォード

関西人・松本人志は上からただそこを眺めるだけ

February 13 [Mon], 2017, 20:00

 女優・清水富美加が女優引退宣言を公表した。
 一方で彼女の入信しているという「幸福の科学」は
 これを否定している。

 実は当方ではシナリオがひとつだけ完成したが、
 無許可ながらFINALを終えた「踊る大捜査線」の
 新編の第1編であって、その中に清水富美加をも
 キャストに入れて想定していた。

 極秘裏に書き続けていたために俳優陣にもまだ
 正確に内容が伝わらない段階だが、面倒でも
 5年以上かかろうとも完成はさせておこうと一応こぎつけた。
 今現在はまだ第1編だけで、あとは劇場版に至るまでの全編について
 おおまかな粗筋のみ書いてあるだけである。

 そこへ女優・清水富美加の引退もしくは休業の報道が流れ、
 大概の粗筋だけでも練り直しの必要が出てきた。
 しかも「幸福の科学」出家とまで言っており、筆者は
 「なんだそりゃ」とまた異様な直感を得るのである。

 少なくとも筆者の考えていた粗筋にほぼぴったり合致していたため、
 少なくともそこから外れなければならないと考えた。
 これはもうしかたがない。

 ただでさえオウム真理教(アレフ)関与(もしくは類似)の疑いも出ていた
 シリーズだけに、およそ仏教には依存しない「幸福の科学」は
 『ドクター・ストレンジ』にも模倣されたかに見えた昨今において、
 キリスト教徒としてある筆者ワザト・クロサワとあっては、

 もはやこれまで。

 そもそも疑問に思わざるを得ない状況もいくつかあり、
 FINALにしては締めくくりが甘い、内田有紀はセリフも少なく
 ただ呼ばれただけの存在たりえ、彼女では目立ち過ぎの
 オイシイところが少ない、伊藤淳史ぐらいのオーラで丁度よい。
 話題性の高さが期待を裏切るにはあまりにも初歩的だった。
 個人的には『踊る大捜査線 THE MOVIE3』がベストであった。

 そのFINALを返上するだけの力量は果たしてあるのかというと、
 筆者には発想を変える必要があった。

 例えば小泉今日子を内藤剛志にスイッチするとか。

 もちろん筆者は自衛隊に対しても意地悪である。
 かなり無駄な映像企画だ。
 どれだけ無駄か、わからない人にはわからない。
 筆者にはこれでいいのだ。

 いずれにしてもここで台本作成打ち切りだ。


 筆者にはどうも記憶があいまいだが、宣材をいくら思い出してもTOHOシネマズ系列などメジャー館での和製ゾンビ映画はない。『レ×プゾンビ』、『レ×プゾンビ2』だとかをテアトル新宿でやっていた(ここでもやっていいはずがない)はずだが、せいぜい小規模の小屋だったらあと数本はあったが、いずれもふさわしくない空気だ。地上波デジタル放送でも「玉川区役所オブ・ザ・デッド」を見ても、なんだかすっきりしない。我々日本人はご遺体を遺灰にする国にいる。だから相性が悪いのだ。どうせやるなら日本人がここまでやって、イタリアで封を切って来ればいい。意外と無事に帰ってくるものだ。

 この映画は1980年のドキュメンタリー・フィルムである。ゾンビの実在を撮っているのではなく、人喰い人種を撮っているのである。南米ブラジルとペルーの国境アマゾン流域で撮影隊が行方不明になった。彼らを捜しに出るため、新たな撮影隊がその未明の地へ向かう。そこではカメラが残されていた。そのカメラの収められていたフィルム映像には何が写っていたのか、という半分演出的な映画だ。ついこの前にも『グリーン・インフェルノ』が封切られていたが、デジタル映像カメラで恐らくきめ細やかに撮られていることだろう。それにしても最近の食人族は撮影に協力的だ。

 筆者は観たことは観たが、あまりオススメはしないし、ブログで書く前に口コミのほうがいい時もある。ところで女優・清水富美加が「人喰い役出演」の仕事を断るのが一回では引退の理由にはならない。同様のオファー多数という表現が妥当であり、実際にはもっと多くの和製ゾンビ映画企画の存在を裏付けているがほぼ全て頓挫していると考えたほうがよさそうだ。そこに絞らずとも、それに近いジャンルに関して災難が降りかかっていたのが実際だったのではと思う。

 『食人族』 1980年イタリア/1983年日本上映
 監督 : ルジェッロ・デオダード



リメイクについてなにもいわなかった黒澤明のシナリオ締切間近、じゃあこうしよう、「カエサルは黒人だった」

January 31 [Tue], 2017, 18:00

 1960年、ジョン・スタージェス監督の『荒野の七人』が完成されたとき、
 『七人の侍』の黒澤明監督はなにも言わなかった。

 筆者には自身が黒澤明監督の孫であると噂が流れてきてから
 証明できるはずがないし、だからわざとクロサワをやってみている。

 黒澤明監督ならこう言うだろう。
 「よかったね」「もうちょっとだね」
 彼はこういう人である。

 ワザト・クロサワなら第一印象にこう言うだろう。
 「なんだそりゃ」
 これが筆者である。

 時代はこの一瞬で変わった。


 一度で記憶に残る高く大きく建つ教会を奥に据える大西部の町に悪党どもが押し寄せてくる。農夫や鉱夫たちとその家族たちの多く住むこの町の中にある一攫千金を目的に、悪党のお頭(かなり微妙な癖のある俳優になりつつあるピーター・サースガード、この根暗なフェイスの持ち主である俳優はかなり面白がっていい)は保安官たちをも買収しては自分たちの傘下に収め、自分ら盗賊の根城にしようとしていた。町民たちはこの圧力にこれから苛まれることを恐れての毎日を過ごすことになった。
 そこへ男が流れてやってくる。依頼を受けては捕獲する手配犯捕物男、要するに殺し屋だが、保安官たるもの、生殺しには敢えてせず、お縄で縛って成敗を果たす男である。見よ、この町の状況の不安と怖れを。町民たちの憂えるこの町の荒廃の予見を、町民たちの声から察知した保安官、要するに殺し屋稼業で日銭を稼ぐこの男がひとつ動き出そうと考えるのである。

 この保安官を演じるのがデンゼル・ワシントン。この男は2001年を境に、アカデミー賞を受賞して以降は一部を除いてダメ男の役ばかりで、最近なんかお酒飲んでフライトに出て行く(これは大人数を空を経て運んでいくという重圧感からの回避を狙っての行為だと察するが、それでも警察は怒って当たり前でダメ男という烙印を捺されるだけだ)という役までこなす。ちなみに受賞したのは『トレーニングデイ』であって新人刑事(これもイーサン・ホークだ)に捜査に付き添わせるベテラン刑事だがこれがまた悪い男の成りで、ジャラジャラしている服装である。紳士が基本の日本人には実に堪え難い大転換であり、それでも英雄像を演じてきたこの男へのリスペクトは日本側からも立ち消えになることは実際にはほど遠かろう。
 そして今回の役は勧善懲悪取り締まり、名傑の保安官と称してしかしてその実態は悪の響きを持つ殺し屋稼業、そして町を大悪党の危機から救い出す英傑の一人を演じるという、半分半分で、でまたどこかで半分をちらつかせてスルーしようかな、みたいなところ、それでも最近の映画では悩みや葛藤を抱える人間を演じることを多きに踏まえて演技に反映させる傾向が現れるようになってから既に久しい。この映画も恐らくそれがかなり要求されたと思うが、服装やメイク、不精髭、所詮は駄弁りの台詞ひとつひとつから汲み取ることでも充分に足り、ましてやこれだけ大人数である。一進一退の秘策を練るだけで精一杯の2時間13分だ。思い返せばそうするほど実は面白くなってくると思う。実は西部にいるのが難しい都会っ子のようなクリス・プラット、韓国スター、イ・ビョンホン(居合い撃ち!)はなぜそこにいるとか、実はイ・ビョンホンとマット・デイモンはバーター取引してないか(かなり迷惑ですぞ)とか、実はクリス・クリストファーソンみたいなイーサン・ホークだとか、実はオーソン・ウェルズが大好きだったとか、それはもうどうでもいいことまで。さらに60年『荒野の七人』と配役陣を比較してみると、ほぼ同一の基準をもって俳優たちが選ばれてきたかのように思われ、ならば全て埋めよう、既に50年を経た今、ハリウッドの衰退・変遷の片鱗をいまだ垣間見るなかでハリウッドを覆い尽くす靄を追い払う存在が出来るかどうか、ハリウッドを新たに動かすほどにうまく活かせるかどうか。そもそも全てはスターによって支えられてきたこと(そこからバウンドしてアーノルド・シュワルツェネッガーも国を動かすアメリカ合衆国大統領になるさと公言している!)を受けて従来のそれを引き続けるか否かが問われている感があることも否定できず、ピーター・カッシングはまだいいがキャリー・フィッシャーはCG処理で新スター出演拒否の現状が露わ、しまいに母の女優デビー・レイノルズまで巻き添えを喰った昨今、ハリウッドは果たしてスターであるべきか、トーキョーであるべきか、それはもうどうでもいいことまで。ジョージ・クルーニーもこの映画を引っ張る可能性はあった。でも南北戦争のほうがいい。だからデンゼル・ワシントンになったとか。メキシコ出身の所詮脇役俳優だがマヌエル・ガルシア・ルルフォがわからなくて、これではまるで『リオ・ブラボー』だ。これでは追い出される。実はヴィンセント・ドノフリオは最後のシーンは実は観客に覚えてもらえる名シーンになるだろうとか。インディアン役のマーティン・センズメアーのそれはもうきわどいもいいところで、びっくりもびっくり。
 ハリウッドはしょせん村の名前だった。そこに映画が集まり、繁栄を極めたとしたら、映画を作る人口の種類は変貌したという解釈がふと出てきた。歩きスマホが流行ったようなものだ。坂本九は歌う。上を向いて歩こうと。
 音楽スコアはジェームズ・ホーナーとサイモン・フラングレン、彼らの奏で出す旋律は本編全編に隅々まで響き渡らせてあるが、いざポスプロ作業となるとかなり左右のバランスが難しかっただろう。そしてかつてのエルマー・バーンスタインの名曲はこの作品の中では惜しいことに使われることはないだろうということまで鑑賞中のあいだはそう予測していたわけだが、何十回も聴いてきて筆者を魅了してきたこの名曲の楽譜一行が聞こえてきた一瞬がなんとも言えずに嬉しい一瞬であった。現代の考えを優先するか、往年のハリウッドへの敬意を優先するか、あれではまるで右往左往しているようで実は無駄に押し合い圧し合いしている考えであると筆者は云いたいもの。



 『マグニフィセント・セブン』 監督 : アントワン・フークア
 出演 : デンゼル・ワシントン、クリス・プラット、イーサン・ホーク
      イ・ビョンホン、ヴィンセント・ドノフリオ、
      マーティン・センズメアー、マヌエル・ガルシア=ルルフォ

比較対象:『不都合な真実』

January 23 [Mon], 2017, 12:00

 フレッド・トランプは若かりし頃に白人至上主義団体、クー・クラックス・クラン(KKK)に所属していた。同団体による暴動にも参加し、身柄を確保された際に彼の名も連ねられている。しかしこれはいまだ同姓同名とされている。
 彼の息子のひとりが、クリント・イーストウッドも孫正義も支持する不動産屋・実業家出身、ドナルド・トランプである。筆者にはこれ以上の意地悪な発見はないと思った。


 さて、題 ”celebrity” とは「名声」「有名人」のことである。この映画では数多くの有名人たちの生態が次々と案内されている。映画撮影、モデルファッションショー、セレブ招待パーティー、プレミアショー、スイートルーム宿泊、プレスフォトセッション、とにかくさまざまな豪華絢爛をここニューヨークのあちこちで飾り立てている。それなのにお笑い・狩野英孝の6股報道はいかにも追い込まれている気がするし、女優・広瀬すず熱愛報道は双方ともに未成年交際報道であり、彼らと同格にするにはまだ早すぎるとまで考える余波。地上デジタル放送の過多な情報の操作作業が限界にきている今、地盤が緩んだ日本は完全に崩れかかっている。

 主軸はシナリオ・ライターのアピールだ。これを英国名優ケネス・ブラナーが演じているが、自分のシナリオをみんなに読んでもらいたくて映画人のあれこれに売り込んでいく小話である。その間、主人公は様々な有名人たちと出会うが、その出会いはここから仕事につながるのではなく、とにかく注文に応じてつきあわされ続け、気がつけば仕事に辿り着くことを忘れているのである。メラニー・グリフィス、シャーリーズ・セロン、そしてシナリオを一瞥する時間すらなく遊び呆けながらシナリオを指摘する天才レオナルド・ディカプリオ。バイトしながら女優のウィノナ・ライダーはというとまるで振り回す気がない(その後万引き常習犯でアメリカを席巻した)。ケネス・ブラナーは名匠という冠は要らないとでもいうような名(これも困る)監督ウディ・アレンの映画に出演することでセレブ業界に蔓延する鬱屈に対する皮肉を盛り込むことにあたかも同意し、これを手伝っている、むしろ問題を指摘している一方でそれがまた可笑しいのである。本編最後にケネスは鑑賞席に座るが、この時の表情には一種の不安と憂いを感じさせた。筆者にはその観客席の向こうで2階席から誰かが飛び降りてきそうだ。そういえば新宿ミラノ座でもいつの間にか2階席がなくなっていたような。記憶違いだといい。



 『セレブリティ』 1998年

 監督 : ウディ・アレン
 出演 :
 ハンク・アザリア、レオナルド・ディカプリオ、ウィノナ・ライダー、
 ケネス・ブラナー、ジュディ・デイヴィス、メラニー・グリフィス、
 ジョー・マンテーニャ、シャーリーズ・セロン

おめめあけて

January 01 [Sun], 2017, 5:00



謹 賀 新 年



今年も宜しくお願い致します。

平成29年 元旦


エベレスト

June 09 [Thu], 2016, 14:09

当ブログハッキング被害にあったため、当分のあいだ休止します。

(2016年5月13日 14:00)



今後のため筆者の名前の改称を検討しています。

ワザト・クロサワ Wazarlt M. Kurosawa

(2016年5月13日 18:18)



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「チラシ」語源 諸説ありあり

江戸時代の頃のこと。
宣伝を記した紙をあちこちに
ばらまいたことや紙を散らす
行為から「チラシ」と呼称
されるように。

飛行機からばら撒くことから
「フライヤー」との呼称もある。

明治初期の軽井沢など別荘
物件貼り紙の見出しに
"billa"。
「ビラ "bill" 」の語源。
"handbill" などとも。

地面に落ちた宣伝紙を拾って
内容を知ってもらう。
これが宣伝に繋がって
作品側も観客側も運気上昇。

運気を下げるには丸めて
ゴミ箱へ捨てて
観に行かない。

それ書くな



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