諸行無常 

April 20 [Wed], 2011, 17:30
2011年04月19日(火)
どこにいても
光はわかる

どこにいても
闇は見えない

どこに居ても生きるべき人は生き
どこに居ても死ぬる人は死ぬる

綺麗事はもう沢山

「元気になろう」「頑張ろう」ではなく

今は…

「自分の直感を磨き信じること」

これがきっと我が身を救う

関東方面で巨大エネルギー放出の予感
誕生日までに動きあり


昔のクライアント 

July 26 [Mon], 2010, 12:19
MIXIをやめてから、昔のクライアントさんとのメールのやりとりができなくなったせいか
直接 携帯メールに連絡が入ることが多くなりました。

内容はといえば。。。


ご機嫌伺いなんですけどね(笑)

最近 スピリチュアルブームで猫も杓子もヒーラーやチャネラー、占い師になる時代。
クライアントさんの中にもそういう人が居るのです。
ただの挨拶かと思いきや・・・

メールを開くと感じてしまう

セッションは要らないけど・・・
   アドバイスが欲しい欲しいオーラ


今までの私なら 流れのまま 数十回というメールのやりとりで
結果的にアドバイスしてしまうんだろうな〜

最近の私は忙しいせいか・・・
そういうオーラを感じてしまうと深くはつっこみません(笑)

今までそういうことを幾度となく繰り返していて思うこと

その場限りで言う言葉を簡単に受け入れてしまう怖さ

性格上、シビアに分析してスルーできないタイプの私としては
この行為事態が「苦行」だったりします。

今回は、メールから読み取った言葉を
短い文章にまとめて「一言」で返してみました。

案外自分の中に答えがあって、背中をおしてもらいたいだけだったりするので
いとも簡単に解決しちゃうもんです。

さて 今日は何通のメールが届くんでしょうね

お久しぶりんこ☆ 

July 25 [Sun], 2010, 15:33
さてさて、みなさま こんにちは。
MIXIのブログをやめてから こっちでUPしようと思います

26時間TVみながら 更新って・・・おいおい

伸助さんが何かにチャレンジする時に仲間に言う言葉に

「おい みんなアホになれ、アホになったら凄い力がでるねんぞ」

私の親友に あほうつかい好絵さんという人がいます。
好絵さんはインドのディクシャギバー(エネルギーを伝授する人)なんですが
右脳と左脳のバランスを保ち、バカにしてくれます。

ひとえにバカにしてあげるというと・・・とんでもない
と思うでしょ

実はちゃんと脳の仕組みに沿っているのです。
空白になることで、新しい部分が空きます。
要はハードディスクに空きを作った時に、新しい情報を書き換えるような感じです。

それは新しい情報だけでなく、本来自分の持っている潜在能力を引き出すことにもなったりします

伸助さんの言葉の中に、イチローもそうやって記録を伸ばしていることを考えれば
おのずと結果も見えてくるのではないでしょうか。

一週間の中で、食事を摂らず内蔵を休める日を作るように
脳みそもお休みさせる一日をつくってみませんか。

きっと次の日、新しいアイディアが閃くかもしれません

『心象画を自分で描いてみよう(パステル編)ワークショップの』のお誘い 

August 28 [Thu], 2008, 11:40
『心象画を自分で描いてみよう(パステル編)ワークショップ』

大人はよく言います。
「絵はへたくそなんで描けないわ〜、絵心がないんです。」

はたして本当にそうなのでしょうか。

自分の心と向き合う心象画では・・・

絵心なんていりません。
自分の身体があれば充分。

技術なんていりません。
ただただ無心になれればいい。

形なんてこだわらなくていい。
気のみ気のまま 色と遊んでください。

というコンセプトで、自分と向き合い、
人との関わりを探るワークショップを行います。
自分が描いた絵を通して、自分の強みや苦手なことを
求めていることを客観的に探ってみませんか?

一度、ご気軽にご参加下さい。

場所 8月30日(土)PM1:30〜4:30 クレオ大阪中央 
   〒 543-0002 大阪市天王寺区上汐5丁目6番25号
   電話 06-6770-7200 Fax 06-6770-7705

 http://www.creo-osaka.or.jp/chuou/index.html

アクセス 地下鉄谷町線「四天王寺前夕陽ヶ丘」駅下車、
1・2番出口から北東へ徒歩約3分 四天王寺前夕陽ヶ丘駅案内

市バス「天王寺警察署前」・「上本町9丁目」下車、徒歩約7分
「あべの橋」から101号系統「天満橋」行、62号系統「上本町6丁目」行
「上本町6丁目」から101号系統「あべの橋」行、 62号系統「住吉車庫前」行

参加人数:10名様程度(先着順、定員になり次第締め切り)
参加費用:2,000円

ワークショップの内容

1.パステルの説明と使い方の説明
2.音叉を使った心のエネルギー中枢への集中
3.各自の心象画を使ったディスカッション
4.感想

参加に際しての注意事項
1.心象というものを扱っていますので、ここで知り得た個人情報等には
 守秘義務があります。
2.その方の絵やその方を深読みをしないで、感じたままを素直に答えて
 いただきたいです。
3.絵を描く道具はこちらで用意致します。

生かされる 

August 22 [Fri], 2008, 1:54
思春期の思い出はたくさんあるけど
私の最初の転機はなんだったんだろうと考えてみる。

好きな人との付き合いを
学校ぐるみと親から反対されて
私は自暴自棄になっていた。

反対理由はひとつ。
「馬鹿な学校の子とつきあうのはやめなさい」だった。
彼自身を誰も見てくれなかったのを覚えている。

彼の苦しみや悲しみを知っているのは私だけ。
お互い家に不満があって
今から思えば 「傷を舐めあう二人」だったのだと思う。

自殺を思いついたのは
いったいなんでなんだろうか。
やっぱりあてつけだったのかもしれないね。
学校から私は救急車で運ばれた。

意識が遠のくフラフラの感覚の中で、薬をゲロゲロ吐かされて
胃洗浄ってやつかな?
空になっていた教室の廊下で倒れた私は
頭も打っていたらしい。

目が覚めたら左手の包帯が重く 母が枕元に立っていた。

「ああ、とうとうやりやったぁ・・・」

学校からの電話を切ったとき
母はそう言ったという。

自分の命を絶つかもしれないと思ってたのかな
何をしでかすかわからない娘。
自分の理解を超えている娘。
小さい頃からアトピーで苦しんで大変な思いをした娘を
母はどう感じていたのだろうか。

一人っ子は今の時代でも
育てにくいと思う。
生まれた時から大人の中で育っていく事実。

あまりにもいさぎいい母の言葉に
私は笑みがこぼれたのを覚えている。
だって一人っ子だもん。
私が死んだらもう誰もいない。

今でも育てにくかったんだろうなと思う。
でも母は決して逃げなかったな。
常に自分らしく、質素に私を育てたのだ。

「一人っ子はいいな〜」と周りから言われ続けたけど
誰が見ても過保護じゃなかったから
兄弟が居て楽しくしている友達が羨ましかった。
隣の芝生はよく見えるとは よく言ったものである。

スピリチュアルを知って
これが私が生まれる為に選んだ家だとわかるまで
たいそう時間がかかったけどね(笑

今は兄弟が居ても居なくても
同じような育てられ方や境遇が似てる人に出会うと
価値観が似ているせいか、安心してしまう。


社会人になっても私の逃げたい気持ちは変わらず
「結婚」という逃げ道へと変わっていくのである。

生まれるということ 

August 21 [Thu], 2008, 13:59
奈良の柿の葉寿司が有名な五條で私は産まれた。

京都が出所で旧家だった家で
まだまだ跡継ぎが男性で喜ばれた時代に
女性として性を受けた私が、町内あげてのお祝いをしてもらったと
物心ついたときに教えてもらったっけ。

代々 女の子が生まれても
わずか4歳や7歳で他界してしまっていて 爺ちゃん婆ちゃんは
初孫である私の誕生をたいそう喜んだという。

母は若くして両親を亡くしていて
実家(兄夫婦)に身を寄せることができず
父の実家で私を産むこととなる。

名づけにおいては、鑑定士の手によって
最終的に親がつけたのだが・・・
「男性としての気質を持った女性」として伝えられたらしい。
「男の子に生まれたならよかったのにね〜」という鑑定士の言葉が
今でも私に受け継がれている。

「逆立ちしたって女ですから

要は男らしく物事をハッキリ言える
そんな子だったらしい。

小さな頃は子どもゆえに見えたこと、感じたことを
怖いぐらいに人に突き立てていたのだと思う。
生きてるだけで凶器。
でもその頃は言葉で人を殺せるなんて思っても居なかったと思う。


前にも書いたけど
私の勉強机の前には、母が書いた言葉があった。

「人のよこしまを見る無かれ、我が何を成し、何をすべきかを思うべし」

人の気持ちの裏が手に取るようにわかるようになった頃
この言葉は正直きつかった。
正義感強かったんかもって今なら思える。
自分のことをほっといてまで人の世話を妬くくせに
言葉に仮面はなかった。
オブラートに包む言葉も知らなかったし、術もなかったからだ。
学校では協調性を学ぶところだと聞いているけど
うまくやると言うことは、誰かの犠牲においてだと
信じていた頃でもあった。

誰が話し方を教えてくれただろう?
誰がうまくいく方法を教えてくれだたろう?

私は歳を重ねた今でも
親に頭があがらない
躾の中に「偉大なる無償の愛」があることを受け取れないでいたから。

思春期になって
型苦しいと思っていた家を出たくて
たくさんの恋愛を重ねた。
誰かにすがりたくて、誰かに連れ去ってほしくて
若い気持ちを相手にぶつけていたのだと思う。

家出もしたな〜
今で言う”プチ家出”ってやつ?
落ち込んで落ち込んで
キレて
高校の時 自殺未遂
あてつけだった

プライベートの付き合いに
相手がアホ校だったから反対されたのだ

彼の名前は今でも覚えてるなぁ
ちょっとした会社の社長の息子で
妹が居て、歳の離れた異母兄弟が居た
母親の愛を知らない人だった


アノ頃、学校もさぼって喫茶店で本を読んでいた。
誰も信じてくれない。
独りで入ることすら、ありえない時代だったから。
それが普通にできる私は何者だったんだろうか(笑)

今から思えば
私は贅沢だったのだと思う
真の親の愛の強さとか教えてもらっていたのにね

親の言う言葉を聴くなら
親が教えてくれたらいいじゃん
誰か教えてよ

でも親はわかってたんだよね
「自分で経験して知っていく事が一番」なのだと。
私は今でも自分の親を語るとき
ライオンの崖落としの教育話を重ねる。
幼い子を崖から突き落として、這い上がってきた子どもだけを
育てるという話。
それぐらい自然の摂理は過酷で、生きるという厳しさを教えている
ものはないと思う。


親の為に結婚できないとか
親をほっとけなくて生きてるとか
最近そういって言い訳してる人がいるけど

本当に親のことを思っていたら
自分が自分を生まれたことを愛して
産んでくれたことも感謝できて
幸せを見せることが
一番の親孝行だって思ってほしい

親の気持ちが辛くなったら

「私の幸せはこれだ!」って示せばいい。

イキイキした姿を見せないから、親は心配するのさ。
離れていたって「気持ちがあれば伝わる」と体験した。
親の愛も子どもの愛も
心がけひとつでまっすぐに通るのだから。

生まれた所が 人間関係のはじまり。
だから基本は家族なんだよね。
家族のこと助け合えなくて、四つに組めなくて
どうして他人を愛してあげられるんだろうか。

家族が最初の行(ぎょう)
カルマとか色々理由をつけているのは 自分への言い訳なんだと
思った。
むしろ、今の人はそうやって調べられたり、教えてもらえるだけでも
幸せなんちゃうかな?って思う。

家族を選んで生まれる事が真実なら、全てにおいてカルマやから 
みんな一緒ちゃうんかな。
克服しても克服してもどんどん出てくる課題やけどね
だから死ぬまで勉強って言われるんやろ?


人のよこしまを見る無かれ、我が何を成し、何をすべきかを思うべし

もう一度 自分の文字で書こうかな。
精一杯生きる
シンプルに生きるってことは

一生懸命なだけなんだから

P.S.久々の日記やのに、昔を思い出した。
  お墓参りに行ったからからかな。
  奈良のお墓が妙に輝いていた。
  おばあちゃんありがとう。
  おじいちゃんありがとう。
  みんなが居てくれたから、今の私があります。

突然の卒業 

August 12 [Tue], 2008, 23:52
最近 EXILEにはまっています。

ある団体の代表であるコーチが言いました。

「みんながみんな、目的を持ってきているわけでないから」と。

上から目線でした。
挙句の果てに、言いたいことだけを言い放ったあと
自分の目的の人と話をしたいからと
断りもなく中断させて立ち去りました。

あなたはプロのコーチですよね?

と私は心の中で叫びました。

怒りというよりも、不思議に 

「ああ この人が率いるこの勉強会は私の居る処ではない」と感じていました。

そして、こういうコーチが居るからこそ
本当の意味での「コーチング」が誤解されるのだと思います。

人の数だけコーチングはあるけど
「心のコーチング」と外面だけで伝えていけるほど
甘くはないのだとも思います。

普段のコミュニュケーションなくして
コーチが成り立つのなら こんな簡単なものはないでしょう。

それぞれの学びがあるのですから
決してそれを暴いたり、高圧的に意見したり、することはしないでしょう。
ただただ、自分の行動で周りの人が気づいて
感じてくれたらと願うだけです。

突然私の前に現れた「卒業」のコール。

途中で勉強会を抜けて、この日記を書いています。
勉強会が終わるまでネットカフェで時間つぶし。


「卒業おめでとう、私」

そして、ボランティアもおのずと卒業になりました

夢日記 

August 05 [Tue], 2008, 11:11
食卓でちょっと褐色の外人さんが座っている。

「彼女と一緒になるんです

その彼女とは、私の知り合いの中でもとびっきりのアジア系美人

でも彼女は既婚者でもある。

外人さんと色々話していて

彼女のおたくっぽい趣味の話になって

「我慢できるの」と聞いている私。

「正直、ちょっと困るかもしれない」と流暢な日本語。

「あはは、やっぱり自分より趣味優先だといやなんだね〜」と苦笑い。


奥の部屋に行くと、彼女が隠れていた。

「ねぇねぇ 彼 一緒になるって言ってるけど」 と私。

「うん・・・そうみたいやねん」

心の声(そ・・・そうみたいやねんって なんやねん。
        気持ちはっきりしてないんかいなっ・・・・)

もっと奥の部屋に行くと

彼女の本当の旦那様と見知らぬ女性が居た。

私の前でいちゃいちゃしている。

「あ そういうこと。ふ〜〜ん。」


彼と結婚したいきさつを聞いていた私は

人生の怖さを見たような気がした。

彼は結婚前とてもよくモテタそうで・・・

彼女の略奪愛だったからだ。

夢三種 

August 04 [Mon], 2008, 11:04
まるまると太った男の子を抱きながら

おもちゃ屋さんで、小さなプールを探している。

「あ そうだ。プールにはじょうろも必要だね」と物色中。

かわいいじょうろが見つかった。

男の子のお気に入りは ”ぞうさんのじょうろ” だった。

外に出ると、黒々とした雲がすごい勢いで流れている。

「夕立

思うまもなく、大粒の雨が降ってくる

何か奇妙な感じがして、自転車で帰るのを諦めタクシーを拾おうとする。

考えていることはみな同じ。

サラリーマン風の人々が先に、上手にタクシーをひらって目的地に行く。

子どもを連れている私は、なかなかタクシーをつかまえられなかった。

ようやくタクシーをつかまえて、帰宅する途中

何故か旦那さまと合流していました。

心配で帰ってきたようでした。

都心にでもあるような、大きなビルが見えます。

丸い円形のアンテナのようなものが二つ、ビルの上部に見えました。

ものすごい音の雷が・・・そのビルに落ちたのです。

吹き抜けのようなところに、キレイなシャンデリアが見えましたが

バラバラと星がまばたくように、ビルと共に崩れ落ちてしまいました。

大型ビル崩壊。そんな映像でした。




季節はプールを探しているので、初夏から初秋にかけてでしょうか。

しろっぽいビル。個性的なフォルム。

目が覚めた今でも図にかけるほど鮮明な映像。

暗黒の雲は何を表していたのでしょうか。

あれは本当に雷だったのでしょうか。



お盆が近くなる8月は、夢三昧。

今年の夏はキャッチする量が半端じゃないようです

風が吹く 

August 03 [Sun], 2008, 16:09
これって スピになるのかなって思うこと、ふたつ。

この前アトリエにするべく、不動産を廻ってたとき

真夏の暑い時期になんでなんと思ってた。

だからこそわかったことなんだけど、色々な物件を見てて 今決めた部屋だけ

玄関からの風が吹いた

ほら、真夏の不動産周りって、移動中の車さえ高熱でむ〜〜ってするじゃん。

でもって、紹介されたお部屋も む〜〜って。

つかさず、「お知らせ」って思った。

縁のある人との別れの時も、決して高くないベランダから

風が吹いた

まるで優しく

「これでいいんだよ」って 言われてるみたいだった。


必要なものを手に入れる時も

不必要なものを手放す時も

自分にとって心地よい 風が吹くんだってこと
P R
プロフィール
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母が他界してから、森羅万象にはまり今に至る
四柱推命・タロット鑑定士。
今も老若男女問わず、アドバイスの日々を送る

トールペイント講師としてアートを通じて地道に活動、ネットショップも開設中。

イベントでは『あなだけの心象画』を描いて、道開きや引き寄せのセッションに使っている。人の手で創られたものをこよなく愛する。








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