高濱虚子「斑鳩物語」

January 06 [Fri], 2012, 12:16
新潮社 日本文學全集69 「名作集(一)明治篇」 1962年初版発行


“鴉鳴迄寝た枕元 櫛の三日月 落ちて居る”

斑鳩物語文中より抜粋


日本人に限った殊かはよく知らぬが、気っ風の良さとか一途さとか云った美徳に心を動かされる事がある。

それが女性であったりすると更に粋さに拍車が掛かり、適度な男勝りが好感度を押し上げてしまうのだ。

正岡子規の後を嗣いだ高濱虚子の主催する“ホトトギス”に、漱石の「吾輩は猫である」が連載されると、それに刺激された虚子は短編小説を幾つか書いており、明治四十年の「斑鳩物語」もその一つである。

語り部は東京から奈良、京都を巡り、法隆寺辺りに宿をとり、法起寺へ出掛けてふと三重の塔に登ってみたくなり、小僧さんに頼んで歴階し始めるが、これが嫌になる程大変で面白い。

然し本当に興味深いのは登頂後に見た光景であり、意外な人物と、彼等を知る小僧さんの胸が透く様な洒落た言葉である。

その意外な場所で見た人物のひとりであるお道は、機織りも歌も上手い好女でありながら、前に触れた男勝りさを併せ持つ人物で、語り部の宿屋へもお手伝いに来ている。

物語自体は参詣の際に興味をそそる様な、神武天皇様の畝火山の話や、畳、寺の蘊蓄などを織り交ぜながら淡々と進行するが、その中に彼女の人生や人間性の一部が客観的に現れる。

虚子の詩でも顕著な、平淡な写生の中に伝統趣味を生かす手法がこの短編小説にも活かされており、従って意見めいた文章も出て来ないし、お道の生き方に関わりもしない。

官命の役目とやらで報告書を認めながら、“余”は何をか想わん。

合縁奇縁と云うが、確かにある程度の係わり合いのある人物よりも、接点が後に皆無であったり疎遠でありながら、非常に印象深い人物が存在する。

僅かな情報量にして十分な想像力と尊敬や心配をしてしまう記憶の中だけの人や、恋愛とは意趣の片思いの対象は神秘的でさえある。

人生の節目節目に虚を衝く如く現れる是等の人達程、種々考えさせられるモノは無く、亦、後々の教訓を生む事も多い。

勉学を強いる事を勉強と云い、人生死ぬ迄勉強。とは管理人が父に教わった言葉であるが、書を繙くだけでなく人と係わり道を知るのもまた勉強であり、知恵の源であると悟らなければいけない。

論語読みの論語知らずの格言通り、実に活かされてこその教訓である。

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