山岡荘八「柳生宗矩(春の坂道)」
May 15 [Tue], 2012, 18:10
講談社 山岡荘八全集28/29 「柳生宗矩1-2(春の坂道)」全二冊 1983年初版発行“息を吸うた儘では腹が膨れて死ぬばかりじゃ。吐き出せ、吐き出せ、さすれば必ず新しい仕合わせが、あっという間に入って来る。柳生の呼吸に誤りはありませぬ」
「散る花咲く花の巻」より抜粋
柳生新陰流は徳川家の家臣では無く指南役であり亦、“剣術は売物ではない”として俸禄三千石で命を賭した柳生又衛門宗矩は、晩年は俸禄一万二千五百石を与えられるも、死期を悟ると一万二千五百石そっくり将軍家光に返上している。
柳生の呼吸は吐き出すが先、よく吐き出してあれば吸う力は子孫の中に蘇る…という道理である。(尤も徳川家光は一応これを納めたが、宗矩の死後、十兵衛三厳等、遺児に分けている)
その又衛門宗矩(後の但馬守)が石舟斎に連れられ、徳川家康に奉る処から物語は始まる。
二代将軍秀忠、三代家光の時代に成った頃には清廉高潔な印象の但馬守宗矩だが、若き日の横着さと奔放さにより泣かせた女性の数も中々なモノ。
父石舟斎と母春桃御前の苦労、親友沢庵和尚との遣取りは非常に面白く描かれている。
興味深いのは、同じく山岡氏の著作「伊達政宗」でも斬り込んでいた“大坂の陣”での政宗の外国軍隊利用の企み、豊臣方の弱みに付け込んだキリスト教徒の陰謀等もチラホラ顔を出している点。
そして石田三成の計略か、淀君の野望か、諸説紛々の“関ヶ原の合戦迄の過程”も、山岡氏は何度も書いているがその都度少しずつ変えていて歴史小説の醍醐味が味わえる。
本作は、鷹と蛙の巻、柳生と桃の巻、人間曼陀羅の巻、散る花咲く花の巻、の四巻で構成されていて、宗矩が家康に鍛えられ、於りんと所帯を持ち、我が子等との奮闘を経て晩年に至る。
山岡荘八氏は凄く思い切りの良い作家で、主人公に直接的でない人物像や事件に就いてはスパッと切り捨てて物語を進行する為、非常に展開が速い。
かといって、昭和生れの作家にありがちな“史実の羅列に陥る”事は無く、しっかり小説として展開して往く。
小説に教科書的な史実を羅列して面白味を無くしてしまう作家は、司馬遼太郎氏の手法の生かじりであり、取りあげる歴史上の人物への興味が中途半端であるとも言える。
想像や理想で人物を書く事は、時代/歴史小説本来の良さであり、考古学や史実にビクビクし過ぎては信念も何も無いのではないだろうか。
- 2011.8〜 |
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