山岡荘八「柳生宗矩(春の坂道)」

May 15 [Tue], 2012, 18:10
講談社 山岡荘八全集28/29 「柳生宗矩1-2(春の坂道)」全二冊 1983年初版発行


“息を吸うた儘では腹が膨れて死ぬばかりじゃ。吐き出せ、吐き出せ、さすれば必ず新しい仕合わせが、あっという間に入って来る。柳生の呼吸に誤りはありませぬ」

「散る花咲く花の巻」より抜粋


柳生新陰流は徳川家の家臣では無く指南役であり亦、“剣術は売物ではない”として俸禄三千石で命を賭した柳生又衛門宗矩は、晩年は俸禄一万二千五百石を与えられるも、死期を悟ると一万二千五百石そっくり将軍家光に返上している。

柳生の呼吸は吐き出すが先、よく吐き出してあれば吸う力は子孫の中に蘇る…という道理である。(尤も徳川家光は一応これを納めたが、宗矩の死後、十兵衛三厳等、遺児に分けている)

その又衛門宗矩(後の但馬守)が石舟斎に連れられ、徳川家康に奉る処から物語は始まる。

二代将軍秀忠、三代家光の時代に成った頃には清廉高潔な印象の但馬守宗矩だが、若き日の横着さと奔放さにより泣かせた女性の数も中々なモノ。

父石舟斎と母春桃御前の苦労、親友沢庵和尚との遣取りは非常に面白く描かれている。

興味深いのは、同じく山岡氏の著作「伊達政宗」でも斬り込んでいた“大坂の陣”での政宗の外国軍隊利用の企み、豊臣方の弱みに付け込んだキリスト教徒の陰謀等もチラホラ顔を出している点。

そして石田三成の計略か、淀君の野望か、諸説紛々の“関ヶ原の合戦迄の過程”も、山岡氏は何度も書いているがその都度少しずつ変えていて歴史小説の醍醐味が味わえる。

本作は、鷹と蛙の巻、柳生と桃の巻、人間曼陀羅の巻、散る花咲く花の巻、の四巻で構成されていて、宗矩が家康に鍛えられ、於りんと所帯を持ち、我が子等との奮闘を経て晩年に至る。

山岡荘八氏は凄く思い切りの良い作家で、主人公に直接的でない人物像や事件に就いてはスパッと切り捨てて物語を進行する為、非常に展開が速い。

かといって、昭和生れの作家にありがちな“史実の羅列に陥る”事は無く、しっかり小説として展開して往く。
小説に教科書的な史実を羅列して面白味を無くしてしまう作家は、司馬遼太郎氏の手法の生かじりであり、取りあげる歴史上の人物への興味が中途半端であるとも言える。

想像や理想で人物を書く事は、時代/歴史小説本来の良さであり、考古学や史実にビクビクし過ぎては信念も何も無いのではないだろうか。

山岡荘八「柳生石舟斎(柳生一族)」

May 13 [Sun], 2012, 10:50
講談社 山岡荘八全集39 山岡荘八著「柳生石舟斎(柳生一族)/柔肌峠」 1984年初版発行


“吏時君ヨ怪シムヲ休メヨ
山城門ヲ閉ズルヲ好ムヲ
此山長物無シ
唯野ニ清鶯ノ有ルノミ”

吉川英治「宮本武蔵 水の巻」“鶯(四)より抜粋


冒頭に抜粋したのは吉川版「宮本武蔵」で、修行者武蔵が何とか石舟斎に試合を挑もうと画策し、小柳生の敷地へ足を踏み入れ、石舟斎の住む離れの門に見付ける詩句である。

あらゆる名利、名聞、一切の我欲多欲を吏時(役人の事)に対してすら怪しむのを止めてくれ…云々と書かれているのを理解した武蔵は、石舟斎を“まだ自分などには届かない人間”と知り、笑われる前に潔く立ち去る。

山岡荘八氏は御存知、民主党の山岡賢次氏の義父に中り、彼が山岡性を名乗ろうとも養子とは認めなかった、愛国歴史小説家である。

余談だが山岡氏の著作中、管理人の愛読書は「織田信長」である。

簡潔で読み易い語り口の文章で絶大な人気を誇る山岡荘八小説の特徴は、史実に無い人物は登場させず、物語も展開が激しい為、史実を追いたいが楽しく読みたい読者に向いている。

吉川英治、柴田錬三郎の様な時代の薫りを残す文体ではない為、戦国時代にしてはやや軽い表現が気になる嫌いも無いではないが、文才無くとも文章が立つ不思議な魅力がある。

後の石舟斎こと、柳生但馬守宗厳(やぎゅうたじまのかみむねよし)若き日の物語である本作の前半は、期待通り宗厳の師である上泉伊勢守秀綱(かみいずみいせのかみひでつな)の英雄譚でもあり、剣豪好き読者必読の面白さだ。

後に石舟斎からその息子宗矩(むねのり)へ、そして徳川家康へと受け継がれる“無刀どり”(相手を疵付けずして制する)の極意は上泉伊勢守の意志を宗厳が完成させたモノである。

戦を嫌い、遁世を過ごした上泉伊勢守同様、宗厳も石舟斎として一線から身を引くと、二度と戦火で楯鉾をとる事は無かった。

兵法の舵はとりても
世の波を
渡りかねたる
石の舟かも

剣の名人で在り乍、世渡下手な宗厳が自身を揶揄した歌と云われる此の詩に、別な解釈を納得させるだけの“剣の精神”が本作には貫かれている。

信長無き後、更に騒然となる秀吉と家康の時代を生きた柳生石舟斎が、どんな想いで宗矩を徳川家の指南役として随身させたのか。名指南役、柳生但馬守宗矩の功績は、父但馬守宗厳こと石舟斎の兵法の極みである。

中山義秀「塚原卜傳」

May 11 [Fri], 2012, 10:41
新潮社 中山義秀全集 第六卷 「朝雲暮雲/新劍豪傳/塚原卜傳」 1972年発行


劍豪小説と云うと、宮本武蔵が圧倒的に人気が有り、管理人の好きな吉川英治氏による不朽の名作、柴田錬三郎氏による甘さを排した小説等、ある程度史実に則した物から敢えて史実に無い部分を徹底的に想像で書いた物迄沢山在る。

処が塚原卜傳の小説は余り見かけない。最近NHKが何方かの原作をTVドラマ化しているが、それと此の中山義秀版位だろうか。

中山義秀氏は簡潔な文体で淡々とした語り口の人で、吉川英治氏の様に巧みで円い文章や、柴田錬三郎氏の様な切れ味を持っている訳では無いので、ちとあっさり、物足り無さは感じつつも読み易いものだ。

亦、司馬遼太郎氏の様に小説に史実を沢山持ち出した序でに、反帝国陸軍史観をぐだぐた書く愚もやらないが、しっかり土地や建造物の歴史等には触れており、肯否定は避けていて好感が持てる。

例えば、厩戸皇子が物部守屋に攻められた時に逃げ込んだ山に毘沙門堂を建て、この山信ずべし、貴ぶべしと云った事から“信貴山”が起ったという様な蘊蓄はちゃんと書かれているが、松永久秀の話が出て来ても特にその人柄に主観的な評は加えていないのだ。

話を元に戻すと、後の塚原卜傳こと新冨流の創始者、塚原新右衛門高幹は37度の戦で202の首級を上げ、掠り傷一つ負わなかったという劍豪で、高天原の戦いで戦死した鹿島古流の秘刀「一の太刀」松本備前守尚勝に仕えていた。亦、鹿島古流で教えを受けた陰流の上泉伊勢守の兄弟子に中り面識がある。
肩に鷹を乗せて歩く姿と、不意討ちを鍋の釜で受け止めた話でも有名な劍の達人だ。

その卜傳の若き日の武者修行時代に焦点を中て、後に武田信玄の相談役に成る山本勘助、後に蝮の斎藤道三となる脂売り松波庄五郎迄登場させて描いている。

片手討ちの池田真龍件、薙刀の梶原長門を斬り伏せる孤高の劍豪塚原卜傳を、意外な人物を周りに配して彩り豊かな小説に仕上げている。

亦、美貌の盲琴弾き玉路、不遇の未亡人於辻等、血腥い剣客伝に華を添えている。

吉川版「宮本武蔵」にも登場した沢庵坊(大根の漬け物の考案者でもある)等、劍豪好きなら必ず楽しめる豪華な顔ぶれも魅力だ。

因みに此の作品は昭和三十一年に発表されたもので、例によって若干旧字が含まれる為、読み慣れない方には漢和辞典の使用をお勧めする。



平清盛 鑑賞guide (保元の乱)

May 06 [Sun], 2012, 9:48
NHK大河ドラマ「平清盛」の視聴率が良くない。

近年の種々な歴史観によって故意に皇室を貶めたり、原作、脚本、配役、映像と、視聴率低迷の原因も様々だが、そもそも歴史(伝わっている書物)と考古学(僅かな物的証拠検証による推測)は全く切り話して考えるべきで、ましてや小説やドラマは作者創造の産物である。

今回の大河で管理人が一つだけ気になる場面があるとすれば、皇室の方々が武家の侍と会話をする際、御簾を出られてお話をされる所で、これは有り得ない気がする。

ともあれ上記の事は別にしても所謂「平家物語」の時代の話は、戦後生まれの世代は教科書でも内容量不足、小説の類でも信長以降の戦国物とは較べものに成らない程馴染みが薄いという事で、今日の放送分からの保元の乱をスッキリ纏めてみる。

72代白河、73代堀河、74代鳥羽、75代崇徳と継承され次の76代天皇は、鳥羽天皇の長男である崇徳天皇の子が成るべき所を、白河法皇崩御後に実権を握った鳥羽上皇が美福門院に産ませた親王を近衛天皇として即位させ、近衛天皇が十七歳で崩御あそばすと崇徳天皇の弟を後白河法皇として、更にその後は美福門院が可愛がっていた親王を78代二条天皇とした。

これは、鳥羽上皇にとって崇徳天皇は自分の后に実の祖父白河法皇が産ませた“我が子にして祖父の息子(詰まり叔父)であったからだ。

この推移に強い不満と恨みを抱いた崇徳天皇が、鳥羽院崩御直後に打倒後白河天皇として兵を挙げるのが“保元の乱”である。

崇徳上皇側には鳥羽院に疎んじられていた藤原頼長が応じ、源為義、その息子の為朝、平忠正。

後白河天皇側には源義朝、平清盛、詰まり此方には源氏、平家共に“氏の長者(氏族の首長)”が味方する。

保元の乱で悲惨な事は、上記の通り源氏、平家共に身内同士の戦になってしまった事である。

崇徳側についた源為義、為朝は、後白河側の源義朝にとって父と弟。
同じく崇徳側の平忠正は後白河側の平清盛の叔父である。

72代白河天皇の撒いた種がとんでもない戦になるのであるが、ついた武家もまた、互いの義を貫かんとするが為、泣く泣く一族同士の争いに成ってしまうのだ。

管理人は吉川英治氏の長編「新・平家物語」の愛読者で、今回の大河「平清盛」とはかなり違う筋なので、この違いを楽しみながら観ている。歴史的文献に出ていない部分の物語は、作者の想像力次第なのだ(笑)



モーパッサン「ピエールとジャン」

May 06 [Sun], 2012, 5:26
河出書房新社 世界文学全集16 モーパッサン著/杉捷夫訳「女の一生/ピエールとジャン/脂肪の塊/短編」 1960年初版発行


“評論家という名前に完全に値する批評家は、傾向を持たぬ、好き嫌いの無い偏見のない分析家以外の者であってはならぬ。”

by モーパッサン


元宝石商の老人ジェローム・ロランの二人の息子、ピエールとジャンは体格も髪の色も異なる兄弟である。
母ルイーズの友人ロゼミリ夫人は23才の美しい未亡人で、兄弟二人は共に好意を寄せていたが、弟ジャンに軍配が上がった。

話は此処から始まる。
家族同然の付き合いをしていた老人ロランの親友レオン・マレシェルが突如亡くなり、その全財産がロラン氏の次男であるジャンへ贈られる。

両親から同様の愛を受けて育った筈の長男、長女は、後から生まれて来た下兄弟が可愛がられて育てられるのをまざまざと見せつけられて成長する。

そして何かにつけ後から生まれた方は上の兄弟を真似し、競争相手とし、背伸びをして差を縮めんとする為、学業、運動に関しても成長が早く有利である事が多い。

管理人は長男だが二人姉弟で姉が居るので末っ子であり、確かに姉が出来る技能的なモノや持てる知識を存分に拝借して育ったものだ。

其処へ下の兄弟だけに親類以外の人物から財産が転がり込んで来れば、いよいよ嫉妬と憎悪の渦巻く怒りが頂点に達する事必定。

ピエールの憤りは至極当然の事であるが、モーパッサンは更に人生の皮肉を浴びせかけ、家族崩壊へと物語を導くのである。

冒頭に引用した文章は、本作の頭章に寄せたモーパッサンの「小説」という論文で、毀誉褒貶に晒される小説家達に対する評論に就いて語ったモノの一節である。

小説斯くあるべし、読書の要望に応えるべし、等の“好みや傾向”に与する事を拒んだ創作活動こそ、真の小説家ではないかと言っている様だ。

管理人が常日頃、音楽Blogの方でも書いている“自分の好みで作品の価値を論じてはいけない”という評論する側の姿勢と、作品を造る側の安易に世論を踏襲しては成らぬという事を戒めている様だ。

本作に胸のすく様な結末を期待してはいけない。そして宗教上若しくは道義的な過ちを受け容れ給え。

現実は唯漠然と存在し亦、完璧に清廉潔白に生きて往ける人間など存在しない。我国の神話に出てくる幾柱の神々でさえも幾多の過ちを犯し、それを教訓としているではないか。

モーパッサン「女の一生」

May 05 [Sat], 2012, 4:07
河出書房新社 世界文学全集16 モーパッサン著「女の一生/脂肪の塊/短編」 1960年初版発行


“お母様を愛しております息子の、ポルより”

「女の一生」文中より抜粋


モーパッサンによる客観的で冷静な観察眼は、我国の明治文学に多大なる影響を及ぼした。特に短編に定評のある彼であるが、長編である「女の一生」は、マリア・シェル、パスカル・プチ主演、アストリュック監督で映画化されているので観られた方も多いのではあるまいか。

善良な男爵夫妻に育てられた主人公ジャーヌは何不自由無く育てられ、策士である美貌の青年ジュリアンと結婚する。

修道院で教育を受けたジャーヌの処女は手練手管のジュリアンによって瓦解し、望まれぬ子供を出産後も更に交渉を続ける。

此処で適切な相談役であるべき司祭の呪言謀略により、彼女の人生は泥沼化して往く。

巧みに人間の弱点を突いた物語の構成は冷淡で鋭く、“財産を持たぬ者”の苦労とは無縁に育った人間の“持てるが故の善良さと甘さ弱さ”を見事に看破破壊している。

冒頭に抜粋したジャーヌへ度々届けられる息子ポルからの手紙の常套句は、情婦や女中と姦通した父親譲りの欺瞞に満ちたものだ。

愛の鉾先を間違えてはいけない。一方的な愛は必ず一方に忍耐が生じ、その“忍”は心を傷つける。

本来、心の上に刃はあるべきで、それに気が付かぬ者には心と履き違えた刃で知らず知らずの裏に相手を傷付けてしまっている。

ジャーヌの愛は夫から息子へ向けられ、その愛は子供に狡猾な知恵と堕落だけを与えてしまった。

人の世は儘成らずと雖も、学問を疎かにして分限を弁えず義務を怠れば、生まれ乍にして平等である筈の人間に、身分貧富の差や格差が生ずるは、福沢諭吉「学問のすゝめ」にも在るが如く必定。

亦、敵は人だけに非ず、大自然、そして世の中の流れと我の運命も向こうに回して励めとは、剣豪宮本武蔵の言葉であるが、これに近い境地に立った視点からのモーパッサンによる筆致は実に見事だ。
訳者の杉捷夫氏の和文も滑らかで読み易く、映画しか御覧になられていない方々にも推薦出来る。

本題から逸脱するが、福沢諭吉「学問のすゝめ」は、戦後の左傾教育により“天は人の上に人を造らず〜”の部分だけを教科書に抜粋して、平等を謳っていると誤認させているが、文庫版でも良いから初級編だけでも読んで頂きたい。人権保護の書等ではない。

寺崎英成/マリコ・テラサキ・ミラー「昭和天皇独白録/寺崎英成・御用掛日記」

May 02 [Wed], 2012, 2:33
文藝春秋 1991年初版発行


よもの海 みなはらからと 思う世に
など波風の たちさわぐらむ

明治天皇


明治三十七年に始まった日露戦争、各地での華々しい我国の戦果が伝えられても、天皇は夥しい数の兵士が落命している事を知っており、表情一つ変えなかったと伝えられている。
そしてその戦争の最中にお詠みになった歌の一つが、冒頭の和歌である。

排日移民法等で在米日本人を苦しめてきた米国の圧力は、支那事変以降加速し、ABCD(アメリカ,,ブリテン,支那,ダッチ)包囲網による対日経済封鎖、更に米国は対日石油輸出禁止、在米日本人の資産凍結に踏み切った。

帝国国策遂行要領が大本営政府連絡会議で可決された三日後の九月六日、御前会議が開かれ、外交と戦争準備のどちらを優先するか話し合いをしていた時、昭和天皇は先述の明治天皇の「よもの海〜」をはっきりと“二度”朗誦あそばした。

大日本帝国憲法下の確立された慣行によれば、政府と統帥部が決定した国策に就いて、天皇はこれを却下する機能を有さないが、天皇陛下は明治天皇のお歌をお詠みになる事で、暗黙の叡慮をお示しになった。「白紙還元の御譲」と呼ばれている出来事である。

本書は真珠湾攻撃前夜、国交断絶の電報(最後通牒)が遅れた原因と云われている“米国日本大使館員の送別会”の主賓であった寺崎英成氏の、貴重なメモ日誌をその一人娘マリコ氏が公開提供した事で出版されたモノで、寺崎英成氏が御用掛官吏として、終戦直後に天皇陛下の数多なご回想のお言葉を書き残した書に注を加えた者と、彼自身の私的な日記とで構成されている。

勿論この時点で判明していなかった事実や結論は微妙に食い違ったり疑問を残すが、安倍源基著「昭和動乱の真相」、瀧川政次郎著「新版東京裁判をさばく」等の著作と照らし合わせても興味深い内容と、陛下の御心やお立場がよく表れたメモになっている。

特に東条英機元首相に就いてのご回想の数々は必読である。

最後にマリコ氏が文藝春秋(平成二年十二月号)に寄稿された父英成氏回想文の中に寺崎英成氏の家族、特にマリコ氏への愛情と、日米の架橋として戦争を回避出来なかった悔しさと苦悩が描かれている。

戦後、野村吉三郎大使や寺崎氏等への非難は多く、管理人も若干その傾向が無いでもないが、その寺崎氏の最後の誠意として遺されたこのメモ日記は、かけがえの無い資料で感無量である。

山岡荘八「吉田松陰」

April 06 [Fri], 2012, 17:38
学習研究社 書きおろし歴史小説シリーズ 1968年初版発行


“人は詐ることは出来ても、自分は欺けない。自分の中に棲う、天なり神なりを相手にするのでなければ日本人ではない!”

by 山岡荘八“作品中より抜粋”


高邁崇高な士規七則は、吉田松陰が叔父玉木文之進の長男の成人式に贈った至誠の書であり、自身の経験を凝集して提出した“人間の条件”である。

書物にまみれ、勉強に明け暮れた松陰こと吉田寅之助の生涯を描く本作品は、其の両親の馴れ初め、即ち出生以前から始まっている。

人は木の枝から生まれぬ限り、必ず人の腹から産声をあげる事から先祖代々脈々とその血は受け継がれている。
更に“教育”は寝食を共にし膝を相まみえて施されるモノであってみれば、人の師は大抵の場合“親”である。

明治維新後より大東亜戦争終結迄の間、神格化した傑物である楠木正成、吉田松陰は、終戦〜極東軍事裁判(通称 東京裁判)を経て見事に我国での人気、知名度を失い、現在の学生にどんな人物かを問うたとしても、詳しく知らない処か全く知らない者も居る。

これは「武士道」の著者である新渡戸稲造が五千円冊に使われる事が決まった時に、大半の若者が「如何なる人物ぞや?」と不思議に感じた時と同じ現象である。

勤皇だの七生報国だのは天皇制を増長させるとして、教育の場から抹殺してしまったに他ならない。

皇族は制度ではないので“天皇制”という言葉自体が妥当でないという意見は至言であるが。

“日本は神国である”を信念として生きた松陰を、山岡荘八氏は極一人の人間として描き、其の人の良さと一途さと勤勉を讃えている。

面白いのは傑作大長編小説「徳川家康」の著者である山岡氏が、その徳川幕府を敵に廻した正反対の立場の人間を題材にした点で、秀吉が生有る限り戦さに明け暮れた(武将の本分であるが)のを見て、家康は戦さの無い世を目指したが、結局徳川家の独裁であり、秀吉が次々に手柄を立てた家来に領地を与えたのに対し、武功の有る家来達から領地や財を取り上げたり締め付けたりした挙句に鎖国をやった。

この鎖国がなければ明治昭和の戦争も無かったのではないか?(詰まり徳川幕府の失策)

徳川家康に愛着のある山岡荘八氏の描く幕末の勤皇派という面から、冷静な筆致には信憑性と公平性が伺える。

松陰の勉強に対する真摯な姿勢が読む者の胸を打つ小説である。

樋口一葉「にごりえ/十三夜/たけくらべ」

March 18 [Sun], 2012, 10:02
新潮社 日本文學全集3 樋口一葉著「大つごもり/にごりえ/十三夜/たけくらべ/わかれ道/われから」 1963年初版発行


“有がたう御座んしたと温順しく挨拶して、格子戸くゞれば顔に袖、涙をかくして乗り移る哀れさ、家には父が咳拂ひの是れもうるめる声成し”

「十三夜」文中より抜粋


夭折した閨秀作家樋口一葉は、当然の事乍遺された作品は多くなく、而して其の作品も出来不出来と云うよりは完成度の低いモノも在る。

新潮社の本全集の中から三作品を推挙すると、下馬評通りの短編が並ぶのもやむを得ずか。

「にごりえ」は新開地の銘酒屋菊の井の一枚看板であるお力(おりき)と、其の馴染み客であった源七の悲劇であり、所謂近松の“曾根崎心中”路線。

面白いのはその脇を固める登場人物の描き方と行動習性で、はっきりと女性の筆致と認められる部分が有る事で、残酷さを持つと云われる一葉であるが、それでも女性的な感覚が物語を支配していると思う。

冒頭でも抜粋した「十三夜」が管理人の一番のお気入りで、望まれて高級官僚と結婚した筈のお関だったが、いざ離縁したいと成っても実家の事情で儘成ず、還りの途上で嘗ての戀人と出喰わすという短編。

ひと時の再会に流れる空気と心情が何とも筆舌に尽くし難く、本作を読まれてそんな心持ちに成られた方も少なくないのではないか。

人生とは色々有りますねぇ…。

「たけくらべ」は花魁の妹である美登利(みどり)と、龍華寺の息子である信如(のぶゆき)の表題通り“丈較べ”である。

餓鬼大将長吉(ちょうきち)の為に気不味い仲に成った彼等の心と立場の違いが一葉の感性で描かれる。

さらっと三作品を紹介したが、特筆すべきは共通して女性が哀れな境遇にある事で、此は一葉自身が嘗て妾にされかけた体験から来るモノだと云われている。

私見だが戦後、昭和後期の生れである管理人は、女性は比較的に自由度が増し、翻って男性には依然“責任”だとか“我慢”を強る風が残っていた時期を経て来た。

男としての自覚と分限をわきまえると云う部分での厳さは、廃藩置県後でも現代から見れば過酷であったが、大東亜戦前の文學を読む限り、女性にも別の厳さが存在している。

平成に於ては男女共に比重は違えどその縛りからは解放されたものの、平和の下での自由というアイロニーに悩まされている事は全くの皮肉であると痛感させられず居られない。

幸田露伴「一口劍/五重塔/連環記」

March 08 [Thu], 2012, 21:29
新潮社 日本文學全集2 幸田露伴著「風流佛/對髑髏/一口劍/五重塔/太郎坊/幻談/連環記」1964年初版発行


“男一匹腕二本、片輪には親がうんで下さらざりし満足の此男の姿をもって恩義知らずの畜生と成りすまし、刀は作れませぬとは誰の口を借りて云い得べきや…”

「一口劍」より抜粋


紅葉の写実・露伴の理想と云われる通り、幸田露伴の小説はどれも面白かったが、「風流佛」は正直言って管理人には難解だった(笑)

「一口劍」は冴えない刀鍛冶に大役が廻ってくるのだが、前金を貰って夜逃げを決め込んだ矢先に、誰よりも其正蔵の腕無きを知る妻が逐電。絶対絶命の事態に物語が展開する。

「五重塔」は川越の源太が請負う筈の谷中観音寺の五重塔建立を、その元弟子であるのっそり十兵衛が朗圓上人に願い出て揉める小説である。
職人対職人の意気地と世事への疎さから拗れる両人各々の妻の性格も亦、対照的な設定で良い味を出している。

露伴晩年の昭和に改元されてからの作品「連環記」は、慶滋保胤(かものやすたね)が、僧寂心と成った処から多武峰の僧賀、横川の源心との交流を史実を追って語り、大江匡衡(おおえのまさひら)と其妻との話を膨らまして描き、定基が出家して寂照と成り、寂心の親交から源信の弟子として渡宋する伝記小説と成っている。

三河の学業の神として祀られている菅原道真の少し後の時代であり、三河の学問の名家、大江、菅原、慶滋(賀茂)の各氏の記述で貴重かも知れない。

ざっと三作品の簡単な紹介文を記したが、興味深いのは最後の「連環記」で、 保胤の数々の逸話から“馬鹿がつく程”人が良い所に古き良き宗教家を感じさせる。

「五重塔」にも物語の筋に重要な役割をする朗圓上人が居り、上人の“御悟し”が一時的に奏功したかと思えばどちらとも云えず、其の解釈の二極たるや難題である。

「一口劍」は露伴の理想主義が如実に表れた小説であり、徹底的に汚い性格の妻に対し、何処までも善人な庄屋と苦悩する正蔵の対比が見事である。

人情の紅葉、芸道精進の露伴を称して“紅露時代”と云われ、啓蒙期の行き過ぎた欧化熱への反動は、再び保守的或は国粋主義を復活させた。

明治も昭和も“動乱期”があり、これを繰り返してきた。平成の今矢張り“グローバル化”と“保守”が対立しており、雨降って地固まるの諺通りに成ったとしても良き国民気質だけは失いたくないものだ。

プロフィール
  • ニックネーム:やまChan
  • 性別:男性
  • 誕生日:3月28日
  • 血液型:O型
  • 現住所:愛知県
  • 趣味:
    ・record collection-Modern Jazz/50s-70s Blues & Soul/80s Heavy Metal/70s-80s Punk Rock/70s & 80s Rock/80s Disco/浪曲/Classical/
    ・book collection-夏目漱石/吉川英治/山岡荘八/柴田錬三郎/司馬遼太郎/ヘミングウェイ/その他歴史小説&講談/海外文学/日本の古典/明治-昭和の歴史関連/
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