桜井翔 家族ゲーム ドラマ 映画版との比較を交えての感想

April 26 [Fri], 2013, 22:56
映画 家族ゲームが現代版ドラマとなってリメイクされた。

映画版のイメージがどうしても強く残っているので偏見をもち、つまらないというバイアスをかけてしまいそうになるのを意識して抑え、見てみた。

まだ第一話ではあるが、桜井くん主演の家族ゲームは面白いと思った。

気づいた点を挙げていこう。

テーマは表面上十分な交流があるようにみえても、裏側では交流が断絶された家族であり、映画と同じである。

それを描くためのツールとして、80年代の映画では受験戦争を用いており、今回のドラマではイジメと引きこもりを
用いている。

ドラマには映画へのオマージュと見られるシーンみられる。

主人公吉本の食事の仕方、不敵な笑み、そして、間のとり方だと思う。

上記の点はあくまで技術であるから、とりわけ話の流れには影響しない。

映画版との相違点としては、桜井くん演じる主人公吉本の役割、また、その存在が象徴するものをわかりやすく描かれていることだと思う。

松田優作が演じた主人公は、家族にとって歪な存在であるが、その実、家族内部の歪さをそのまま映し出していた。

それは映画版でのラスト、家族松田優作演じる主人公を真ん中に置いた、家族が一列になっての食事シーンで明かされることとなる。

(映画版では、次男を切欠に変わろうとした家族が長男の受験を機に、また元の木阿弥に戻ることを示唆していた)

しかし、今回の桜井くん演じる吉本は自らその役割を明言している。

そのおかげで、第一話の視聴者はわりかしすんなりと物語を受容できることになっただろう。


映画という手法はそもそも暗喩的手法をとった方が面白く、ドラマは骨太の方が面白いのかもしれない。

これはたんに時間の問題だ。映画の二時間とドラマの1クールは違う。

なので、ドラマ版では映画版では描かれていない、主人公吉本の過去というのが長い時間を戦うドラマにテンションを保たせる為、追加されている。

桜井くん演じる家族ゲームが役者、桜井くんというよりも、嵐の桜井くんとして演じるにあたり、ファンから危惧されていた点が『体罰』である。


『体罰』 

映画版では当時でも衝撃とされた体罰であるが、今回のドラマではどうだろう。

『体罰』は物資と情報を使用した『精神攻撃』が主である。

また、『家族』そのものに対しては、契約書もあるがなにより、『世間体』である。


桜井くんのドラマ1話、終盤において、次男が桜井くん演じる主人公吉本に何度も掴み掛かるシーンがあるが、
どれも、『いなされている』

みかけとは違い、とても受身な手法が用いられている。


とりあえずファンの心配は杞憂に終わりそうだ。



体罰が問題視される現代において、桜井くん演じる主人公吉本の手段が精神攻撃というのは面白い。

この手法は現代の問題、またドラマのツールとして用いられている問題『イジメ』の手法と通じている点で面白いと思う。

(現代のイジメが巧妙に隠された手法を用いられていることが大多数に広く知られており、またそれに対し、危惧を念頭に置き、認識されているという前提で書いています)


そろそろ終わる


村上龍が日本の閉塞感に対し、危惧を発信してからかなりの時間が経った。

いまでは、日本は混沌としていて出口がみえないというようなことも言っていた。


桜井くん演じるドラマ、現代版家族ゲームは松田優作の映画版同様、この20年の日本の歪さを切り取ることに成功するかもしれない。


ただ、多くの人が予想しているであろう、ハッピーエンドでの締めというのが自分も気になる。

個人的には映画同様、皮肉なラストを期待している。

ただ、もし、そうでなくとも、この家族ゲームがこのテンションのまま続くのであれば、個人的に賞賛したいと思う。



もし、ここまで読んでくださった方がいたら、どうもありがとうございます。
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