チャイナドレスの始まり

September 28 [Sat], 2013, 19:02
清代に旗人(満州人貴族)の女性は、正装として両把頭に旗人の帽子(旗頭)、服(旗袍)、靴(旗鞋)を身につけていた。旗頭は六角形の形をした人の頭ほどもある飾り物の帽子、旗鞋は10センチ程のヒールのついたラッパ形の靴である。スリットは騎乗の際に脚を横に出し、前からの風を防ぐ目的があった。

光緒年間、満州族支配への不満を募らせていた漢人社会を慰撫するために、旗袍の一般の着用を許可した。一般庶民には結婚用の衣装として流行した。

辛亥革命後、民族意識の高まりの中、洋装の自由さと伝統の折衷を意識して、洋服を旗袍風に改良したデザインが1920年代半ばに登場する。当初のデザインは背心(ベスト)をゆったりと身幅をとり身丈に伸ばしたものであった。発明者が女学生という説、花柳界という説がある。この衣服がチャイナドレスの直接の源流と考えられる。また、スラックスの替わりに西洋風のスカートをあしらった物も女学生のファッションとして流行した。

1930年代に入り、上海にモダンブームが起きる。伝統社会では忌避されてきた腕や脚部を露出する行為が旧社会からの解放として提唱された。日本語のチャイナドレスに該当する衣服はこの時期に登場した新式旗袍を指す物と考えてよい。新式旗袍では、スカートやスラックスを廃止しワンピースに仕立て、スリットから脚部を露出するように改められた。また、胸や腰の曲線を強調するためにタイトなデザインが採用された。チャイナドレスは有閑階級の若い女性や花柳界、芸能界のファッションとして流行した。新式旗袍は上海で流行し始めたので当時は海派旗袍と呼ばれることが多かった。流行は各国の華僑社会、そして戦前の日本のモガにも及んだ。


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