《船》2-F 

2013年03月25日(月) 2時41分

「テル、アマネと一緒に云ってやってくれ」
 ケンが云う。おう、と答えて、テルがアマネを追ってかけて行く。
 《海》を出るふたりの背中を見送ってから、ケンはうつむくサラの細い首筋を見下ろした。
「アマネの気持ち、サラだってちゃんとわかってるんだろ、本当は」
「私は、あいつの左手を放したりしない。あいつをひとりで歩かせたりしない」
「サラ、」
「あいつが死ぬまで、何があっても絶対に、私は死なない」
「違う」

《船》2-E 

2012年11月29日(木) 1時02分

「アマネ?!」

 悲鳴のような声に、全員が驚いて振り返った。
 いつもは後ろでひとつに束ねている髪の毛を振り乱して、泣きそうな顔のサラが立っている。転がるように駆けてくると、アマネの肩を強くつかんだ。
「アマネっ、なにしてるんだ?!」
「サラ?」
「ひとりで歩いたりして…危ないじゃないか! 云ってるだろう、行きたいところがあればどこにでも連れて行くからって!!」
「サラ、頭が痛いって云ってたろ? だから、」
「私のことなんてどうでもいいっ」
 サラが怒鳴るたび、長めの前髪が揺れて、皮膚だけが落ちくぼんだ右目がのぞく。足元は裸足だ。ひきつった顔には普段の快活な様子は影もなく、唇まで色が抜けて蒼白になっている。
 テルが、サラの肩をつかむ。

《船》2-D 

2012年10月15日(月) 23時36分

「…アマネ?」
 ケンの声に我に返る。
 《海》の入り口に目をやると、コンピュータを抱えたアマネがひとり立っていた。
 ケンが、自分たちの居場所を知らせるように少し声を張る。
「アマネ! どうしたんだ、ひとりで」
「ケン? テルとオウもいるよね、声が聞こえた」
「ああ、いるよ」
 オウが答え、砂浜に転びそうになるアマネを支えた。
 いつも必ずその左手を支えているはずのサラの姿が、今日はない。

《船》2-C 

2012年10月01日(月) 18時14分

 砂浜に打ち寄せられた小瓶は、テルのものより少し小さい。
 拾い上げたそれを見つめ首をかしげる。
「リキッドは命の水」
 ふいに聞こえた声は、年上の親友のものだ。
 ケンは器用に車いすを操ると、波打ち際、テルの隣に並んだ。
「汚染されたこの星では、たとえ《船》の中ですらリキッドなしでは生きられない。強すぎる副作用に耐えリキッドを飲み続けて生きていく以外、道はない」
「おかしいよな。汚れきった地球を捨てて、人はこの星に逃げてきたはずなのに」
 これでは---逃げてきた意味がない。

《船》2-B 

2012年09月26日(水) 4時50分

「リコ!」
 強く肩をつかまれ、温かい手が背中をさする。
 顔を上げると、必死な顔のメノウと目が合った。
「…すみません」
 絞り出した声はかすれて不格好だ。
 それでも、多少安心した様子でメノウが息をつく。肩にかけた大ぶりのショールを広げると、リコの身体をそれで包んだ。
「大丈夫?」
「はい。ありがとうございます」
「元から丈夫じゃなかったけど、この頃酷いじゃない」
 気をつけなさいよと、ショールの上からリコを抱くメノウの腕が強くなる。

《船》2-A 

2012年09月24日(月) 9時46分

 朝焼けの《海》をリコは歩く。
 ホログラムの空が赤く染まり、その色は打ち寄せる波に映ってきらきらと眩しい。
 砂浜の細かい砂粒が靴に入って、少しくすぐったい。足を取られ、何度か転びそうになりながら、リコは波打ち際に立った。

《高天原》T-f 

2012年09月23日(日) 10時56分

「…わかりました。では歌はお願いしますよ、フトダマ様」
「え、や、俺は…」
「朝の祈りにふさわしい曲がいいなあ…そう、たとえば昔よく歌ってくださった、旅の歌とか」
 ああ、それはいい。
「私も久しぶりに聞きたいわ、フトダマ様の歌」
「でも、あれは、」
「大丈夫ですよ。私も一緒にしかられてあげますから」
 美しい顔を意地悪くゆがめて、タマノオヤが笑う。

《高天原》T-e 

2012年09月22日(土) 9時57分

 …ああ、やっぱり見つかっていたか。
 苦笑しながらウズメは木陰を出る。
「でも、フトダマ様。負けてしまったのだから、それはただの屁理屈に聞こえますわ」
「その通り。もっと云ってやりなさい、ウズメ」
「ち。厳しいなぁ、ふたりとも」
 唇をとがらせ、ふてくされたように云いながら、フトダマは身体を起こす。投げ出したままだった剣を拾うと、ぶんと一振りして鞘に収めた。

《高天原》T-d 

2012年09月21日(金) 8時52分

 朗々と響き渡った声に、全員が思わず動きを止めた。
 振り向いて、コヤネは目を見開く。
 灯りを持つのは年配の小柄な女---先刻、静止の声を張った伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)。そしてその後ろ、ゆっくりとこちらに近づいてくるのは……。

「そこまでだ、タヂカラヲ。拳をおろせ」
「アマテラス、様…」
 ---天照大神(アマテラスオオミカミ)。
 この国を統べる王の一族。変わり者と噂の第一皇子。
 何故、ここに?

《高天原》T-c 

2012年09月20日(木) 9時04分

「私がひとりきりだなんて、一体誰が云ったんだよ!」

 ---っ、しまった!
「フトダマっ!」
 コヤネが叫ぶのと、フトダマの悲鳴が同時だった。
 少女の声に呼ばれるように現れた気配は、背後からフトダマに襲いかかった。とっさに振り向いたフトダマの顔面から血しぶきが散る。
 コヤネは刀を抜きざまに斬り込み、相手に距離をとらせるとフトダマを背にかばった。
 ちらりと見れば、顔の右半分が血まみれだ。
「フトダマ、大丈夫ですか」
「ああ…ちくしょう、もうひとりいやがったのか…っ」
 苦々しげに吐き捨てる。