いわしとさば 

2005年07月10日(日) 15時32分
 わたくしは一体に青魚のたぐいが好きなようだ。
格別に意識してはいないのだが、鮨屋に入ってしめ鯖があれば、
まず食べる。握りではなく、刺身で食べる。
ちょっとしめた鯵なども好きだし、こはだがあれば最初に握ってもらう。
これは刺身では食べない。

 人間が青い、という表現がある。
青い魚が好きだ、というのはわたくしの人間が青いからだ、とまでは思わないが、
こはだの握りを頼むとき、この言葉を思い出すことがあるのは、なぜだろう。




 日本語には雲を表す言葉がたくさんあります。
入道雲、刷毛雲、綿雲、傘雲、浮雲、片雲、おぼろ雲。
などなど枚挙にいとまがない。「いたち雲」などというのもある。
わたくしは、エイゴもできないので、外国語に雲の表現がどのくらいあるのか
知るよしもないが、日本語の多様な雲の表現に、日本人の自然への感性を感じます。
俳句の季語になっているものも数多くあります。

 そのなかに、いわし雲、鯖雲も含まれています。目にしたことはあるのですが、
天文のことに疎いわたくしには、この二つがどう違うのかを知りませんでした。
調べ物をしていたとき、思い出して「広辞苑」を引いてみました。
そして二つが同じものだとはじめて知りました。

 いわし雲や鯖雲を見て、鮨を連想するほどわたくしの想像力は豊かではない。
まして、羊雲を見てジンギスカン鍋を思い浮かべるなどということはない。
 しかし、5年ほど前だろうか、札幌を訪れたときだった。
サッポロビール園にジンギスカンを食べにいったことがある。秋だった。
タクシーを降りたとき、工場だった赤レンガの重厚な建物の上にあったのは、
あくまでも青い空とそこに広がる真っ白な羊雲でした。
あの光景をわたくしは忘れません。

 いまでも「北海道」と聞くとき、わたくしの目に浮かぶのは、
あの青空、そして、あの羊雲である。





ざくろの名前 

2005年06月19日(日) 15時02分
 「猫の額ほどの」という常套句がある。わが家の庭の形容にふさわしい。
そこにやみくもに植えられた木々を見るのは、植えた本人にも
うっとうしい眺めではある。
常日頃、庭をきれいに手入れし、それに喜びを感じるというのは、
残念ながら、わたくしの性格には含まれていない。

 その庭の南はじに、ざくろの木が1本ある。
わが家では数年前まで、この木は
「ラミダス方気付、田川ざくろ」と呼ばれていた。

 8年ほど前だろうか、まだわたくしが働いていた頃のことである。
留守の間に近くの田川夫妻がこの木をかついできて妻にこういったそうな。
「自宅の庭に木を植えすぎた。ぜひ貰ってやってほしい」。
そして、二人でざくろを植え込んでいったという。
わたくしはありがたくもあり、いささか困惑もした。





 高さは3mほどで、毎年花はつけるのだが、
実をつける前にみな落ちてしまう。
一度、3個ほどの実をつけたことがあったが、
それも途中で落ちてしまった。
だからといって、まさか切り倒すわけにもいかないではないか。
 その後もたびたび、田川夫人が立寄って、こう言うのだった。
「この子はここで陽にあたって幸せになったのよ」。
この木の名前の由来である。

 昨年の夏は暑かった。ざくろも幹は太くなり、枝も伸びた。
わたくしは思い切りよく、強い剪定をした。
そして、ことしはいつもの年にもまして多くの花を付けた。
昨年の剪定に効果があったのだろうか。

 この夏はざくろの木に目がいくことが多くなりそうだ。





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