影響されやすい性格 

2006年03月22日(水) 22時30分
本を読むとその読んでいる期間中、何かしらの影響を受ける。その気分になる。漫画でもしかり。
もっともっと早く読めるようになりたい。速読だ。

小原流いけばな展 

2006年03月21日(火) 22時52分
 きのうに引き続き、今日は小原流いけばな展に行って参りました。
昨日のフラワーアレンジメント展よりはるかに良かった。

 なんでかって考えていました。たぶん、小原のいけばなの方が昨日私が言ったところの「自然」が感じられるというか、自然の姿が一番美しい事を大部分の人は分かって生けているそして素材の表情の一番生かされる形で生けていると思いました。やっぱりそれが大きな違いではないでしょうか。あとは人の好みです。私は和風の趣がすきであるし、古い物がすきであるし。他の人は洋風が好きかもしれない。
 小原の活け花の中でもなぜついつい見入ってしまう物とそうでない物があるのか、これはすごく難しいけど、花材の選び方、その元気さと勢い、空間、又アレンジメントと同じくこの花のここが好きだからここを生かして観てもらいたいっていう主張、コンセプトが伝わってくるものではないでしょうか。
 空間って言うのは、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」にあるように『美は物体にあるのではなく、物体と物体との作り出す陰翳の綾』ということばで説明させてもらいます。すごく良い言葉だと思いませんか。

 そのとおりなんですよね。人間と人間でも物体と物体でもそれらの間の陰翳の綾っていうものがとても重要ないみを持っているっていうことなんですよね。

東京国際フォーラム 

2006年03月20日(月) 22時59分
 今日、「日本フラワーデザイン大賞2006」を観に東京国際フォーラムに行ってきました。
 去年はロンドンでチェルシーフラワーショーを観たよなって思った。チェルシーフラワーショーと比べるとちょっと物足りない感じがした。っていうか規模が違うから仕方ないけどね。
いい作品もあったけどそんなにおーっていう作品は一つか二つだったような気がする。
 
 なんでもそうだけど、立ち止まって何秒も見る作品と素通りする作品のちがいってなんだろう。
私の好みかもしれないが私の場合、一番は作品のなかに「自然」が感じられるもの。二番目に作り手のコンセプトが伝わってくるもの。三番目はたぶん、色とか大きさとかインパクトだと思う。
 一番目は私は京都の作り込んだ美よりも自然の残ったままの奈良の方が好きって言う説明がしっくり来るとおもう。そしてその素材を自然に一番近い形、つまり美しい形をよく分かった上で作品を作っているかどうか。
 二番目は作り手が訴えたかったことが率直伝えてくるもの。その伝え方が成功している物。これは途中で自分自身もどこに向かっているのか分からなくなった作品っていうのはすごくよくわかる。最後にごちゃごちゃって手先だけでごまかして終わっている。
 三番目はそのとおり、威圧感というものかなあ。

 自分でいけばなをするときにもそのことがすごく重要だと思った。勉強になりました。


体型のくずれ 

2006年03月19日(日) 22時42分
 今日、銭湯へ行った。大きな鏡に写した自分の裸体をみて愕然とした。なんだこれ。いつからこんな風になってしまったんだろう。太ったから?それもあるけど、年だ。今36歳。修復不可能なのか?とりあえず、痩せてみよう。こんな裸体をベットの上で好きな人がみたらショックで立たないかもしれない。っていうか最近そんな機会にもとんと巡り会えない。だから自分を制することができないのかもしれない。人間せっぱつまって追い込まないと(私の場合)できないのかもしれない。
とりあえず、腹筋してみた。


家で人と話をしたくない 

2006年03月18日(土) 1時19分
家の中で、特に外人と話をしたくない。これはたぶん幼児期の私と同じ。うまく交われない。

話が分かんなかったらどうしようとかなんてしゃべったらいいんだろうとかいろんな事を考えてします。そんなんだったら最初から会わない方がいいって思ってしまう。だから避ける。

その点、私の友人Mはすごい。どんどん話す。たとえ自分の英語が上手でなくても。昔、私も気合いをいれて交わろうとしたときがあった。でも今はそんなパワーがない。

ほんと、親しくなるまでがどんなにたいへんか。日本人でさえたいへんなのに。

でも、今日電車の中で前に座った外人、すごくかっこ良かった。

ひどい。 

2006年03月13日(月) 22時08分
 昨日久しぶりに更新しようとおもって張り切ってかいた日記が消えていた。ページが変わるのもじかんかかるし、ヤプログどうなってんの〜?

 今の私、かなりどん底。四十苦くらい。貧乏、職にいきづまり、住むところにいきづまり、未来にいきづまり、恋愛もできず…。プールの底に手をついて、一気に浮上したいものです。

 なんでこんなことになっているのか。一つクリアしたら全部がうまくまわるようなきがするのだけれど。いまのところ、ひとつとしてできない。なんとしても今月中にこの壁を打ち破るぞ!

不動産や 

2006年03月04日(土) 0時01分
今日、家を探しに都立大学と中目黒の不動産屋さんにいった。

 都立大学の不動産屋さんのおじさんはとても良い人だった。雨の中、何件も連れてみせてくれた。仕事だからあたりまえか。
 私は東京にいる間に中目黒に住んでみたい。なので、そのあと中目黒の不動産屋にも行った。5軒ほど廻ったが、三軒は門前払いだった。なぜかというと私の予算が六万円台だったからだ。

 そのうちの一軒は以前にもいったことがあり、そのときは暇だったのかいろいろと話を聞かせてくれたのであるが、今の時期は学生の需要が多く、たいそう忙しいらしい。その親父は私と目も合わせず、早く帰れ!忙しいんだ!みたいな気を全身から発していた。人間ここまで変わるのかと思った。

 もう一軒はすげー横柄な人相の悪いおじさんが経営している不動産やだった。私が「六万円台で…」と発するやいなや、はあ?見たいな顔をして、そこで私はまるで犯罪者みたく質問をばしばしと投げつけられた。優しさなど微塵も無い。石を投げつけるような質問の仕方になんだこいつって思った。「いまどんなとこすんでんの?」→「今はゲストハウスに住んでいるんです。」→「そこって外人がよく住んでるところ?」顔をしかめてものすごく軽蔑していた。「仕事何してるの」→「幼稚園のせんせい」塾の先生というべきところをとっさに言ってしまった。→「固い仕事してるじゃない、それだけが救いだな」「探す場所変えた方がいいよ」「契約するのにいくらかかるか知ってるの?なんか話きいてるとなんにもわかってないようだけど、敷金とか礼金とかかかるのわかってる?払えるの?」とまで言われた。まるで貧乏人を蹴飛ばすようなそんな言い方だった。なめられたもんだ。

 やつのいい分としては貧乏人は貧乏人らしく、もっと田舎に住みなさい。分をわきまえなさい。あなたに中目黒は場違いです。と言いたかったのであろう。

 でも別にすごくきれいな御殿に住みたいとか言っている訳じゃないじゃん。なんで貧乏人は中目黒にすんではいけないの?くやしくて。べつに迷惑かけるわけでもないし、そんなの自由じゃない?うん、やっぱりおかしい。お客のニーズに対応しなくてどうする。

結局、何を先に考えるかというと、自分を客観的に見てみることからはじめる。

中目黒になんで住みたいのか。一度はというあこがれ。便利。それしかない。それを持ってはいけないの?

Pのこと 

2006年03月03日(金) 2時09分
 Pがイギリスから四月の始めに日本に来る事になった。

 私を頼りに訪ねて来てくれるのはすごくうれしい。これについてはありがたい事だと思わなければ。
 
 しかし、うれしい反面、どうなることやら。とほほ。
というのは、Pは多分、私に好意を持っている。でも私は彼をそういった対象として見る事ができない。なぜなら、私がすごく気になるのは、足が臭い。強烈!あんな足の臭い人初めて。ほんとビックリなんだってば。気分が悪くなるのです。あとは非常にけちということ。これはイギリス人に共通して言える事なんだけど、彼の場合は高得点を得るだろう。そしてセコい。そういう事って結構致命的だよね。あと、このゲストハウスでどうやって彼と暮らしていこう。

 彼には申し訳ないけれど、私の英語力のバネとなってもらおう。これはすごく本音。私って打算的?でも自分を訪ねて来てくれるんだから、日本でいい思い出を作ってもらいたい。これも本音。男女関係を抜きにして。

美女と野球−1 

2006年03月03日(金) 1時34分
 今日、リリ−フランキーの美女と野獣を買って電車の中で半分くらい読んだ。
すごく面白い。面白い中にも、世の中の事、自分の事を客観的にみている。

 まだ途中だけど、私が一番共感したのは、幸せとか不幸とか成功の価値観ってその人が決めるもの。他人が決める物ではない。はっきりと本の中で書いてあった訳ではないけれども、そういう事が言いたいんだと思った。
 
 あと、鶴ちゃんの事。どうして、自己批評ができない人がはびこっているのかと言う話。

「四回戦ボクサーの分際で世界戦のセコンドで首からタオルをかけ、30年ボクシングを見つめたような顔をする。」「大皿料理の店長が書くような書と絵をやり始めたと思ったら、オリンピックにまでしゃしゃり出て、『魚ってのはねえ。見ているだけで美しくて描かずにはいられなっくなるんですねぇ』と大芸術家みたいに眉間にシワを刻み、『汝は王者』とか例の困った書をやりだしてしまう。」
彼には、「俺がこんなことをしていたらチャンピオンが安っぽく映るんじゃないか?」とか「こんな駆け出しの身で、大芸術家ぶっていいのか?」などという自己批評がない。という内容である。

 私も昔、鶴ちゃんについては彼の絵や書がどうのこうのというよりもなんかおかしい、と思っていた。でもそれが何でか言葉とか文章で的確に理由を追求することができなかった。さすがリリーさん。
 
 自己批評とは自分を客観的に見ること。それを繰り返す事をしていかなければと思った。なんについても台風の目にならず、周りで冷静に自分自身をみつめることができるよう。

日本人の学力に欠けるもの 

2006年02月26日(日) 21時30分
 留学しているとき、学校でとっさに意見を求められて英語の問題ではなく、自分の意見がないということに愕然とした。自分の意見を堂々と言えるのはやっぱり外国人。
頭の中でとっさに意見がまとめられなければ、英語でそれを答えるなんて事はできるはずがない。
 私はある教育関係の人の講演会に行った事があるが、そのときにその人が言っていたことは、日本人の学力低下について。
なぜかというと、日本の学校教育では教えられない事を試されるからということである。自分の意見を論理的に説明するとか、コミュニケーション能力、物事を追究する能力…そのメモを友達に貸したままなので、ちょっとあいまいですみません。
そして、海外の学校ではどういった授業をするかというと、例えば海という言葉について何を思うかということを生徒に答えさせる、そしてなぜかということを答えられなくなるまで永遠に追求していくということをするらしい。それは簡単な例ではあるが、もっと難しいことについても同じである。
ゆとり教育の弊害もあると思うが、そういったことについても考えてほしい。

たしかに私はそういう事が苦手である。だから、自分で問題意識をもつことを常に心がけている。

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