夏の思い出 

July 17 [Sun], 2005, 20:03
この時期になると思い出す
ある偉大なバッターがいる

その男は、ミスタースリーナイン
背番号999をつけた世界バッティングセンター機構には認められていない
非公認の選手だった

その選手が何故認められなかったのか
それは彼のバッティングに理由があった

その理由とは彼はバットを使用しなかったのである

バットを使用しない?
読者の皆さんはきっとそんな馬鹿なことがと思うだろう
しかしこれは事実なのである

ではバットを使用しない彼がどのようにして打撃を繰り広げたのか

実は彼は自分の手の甲をバット代わりにしたのである
よく小学校で小学生たちが手打ち野球をしているが
その論理なのである

もちろん小学生たちの手打ち野球はボールも柔らかく
あまり危険性はない
しかし彼は硬球使用のプロの世界で手打ちをしたのである

彼は元々、3歳の頃から空手を始めた格闘家であり
彼の拳は石より固いといわれていた

そんな彼の拳から放たれる一打は
バックスクリーンへと次から次へと消えて行った

もちろん彼は非公認の選手なので普段の公式戦ではみることはできなかった
彼はオールスター戦中でリーグ戦が小休止になる今の時期に行われる
練習試合のみ、その姿を拝むことができた貴重な選手なのである


彼は10年間の夏限定非公認選手生活を送り
その後、故郷へと帰って行った
今現在、彼が何をしているのかは知る由もない
しかし我々の記憶の中には、いつまでもミスタースリーナインの勇姿は
残り続ける

彼もまた伝説の打者なのだから…

 

June 23 [Thu], 2005, 22:24
バッティングセンター部の合言葉
燃える魂と熱き血潮

この言葉を聞いてバッティング以外に何か連想するものはないだろうか

燃えるとは炎
そして熱くたぎる血潮
ここから連想されるのは、そう
祭である


燃え盛る炎のように熱く神輿を担ぎ
一心不乱に盛り上がり続ける
これぞ祭の醍醐味
そしてこの祭の精神はバッティングに合い通じるのである

そこで、我がバッティングセンター部では
究極のバッティングへの精神面での鍛錬として
月に1度のペースで祭と呼ばれるイベントを開催している

盛り上がりの精神を学ぶために
酒を飲み飯を食う

思い切りの良い迷いのないスイングをマスターするため
祭では馬鹿騒ぎをし、思い切りの良さを身につける

このように祭とは究極のバッティングにかかせないものなのである
これを読まれてる方で、究極のバッティングを目指している方には
ぜひ一度、祭に参加していただきたい

執事の時田はそう思います

時代を駆け巡る名プレーヤーたち 

June 17 [Fri], 2005, 18:19
バッティングの歴史は数百年にも及ぶ
まだ外来語であるバッティングという言葉なく
打撃と呼ばれていた時代

1人の伝説の打者が居た
名前は彦次郎
名字を名乗ることを許されていない身分の男だった


7人兄弟で、兄が1人・姉が2人・弟が2人・妹1人
それに父と母と祖母を加えた10人家族だったそうな

伝承によると彼の打撃にはキレはなかったらしい
しかしその貧しい環境から生まれた不屈の闘志により
彼の打撃には強烈な魂が篭っていたらしい

彼は同時代に活躍した源茂吉、大作とともに
3大打者と呼ばれていたと文献に載っているが
その中に、3人のバッティングを例えた言葉が載っている

「源茂吉の打撃はナタの切れ味
大作の打撃は弓の撓り
彦次郎の打撃は棍棒ごとし」
と…

この言葉からも彦次郎の魂の篭った打撃の威力が伺える

現代のバッティング研究の権威
ドクターBは語る

「彦次郎が現代にいれば、おそらく打率2割5分でホームラン50本の
ホームランバッターになっていただろう
そしてその魂の熱さからチャンスに強い打者になると思われる
間違いなく4番候補だ」


ちなみにドクターBは同時代の
源茂吉を器用さの光る2番打者
大作を切り込み隊長の1番打者向きだと
分析している


このようにどの時代にも名打者は存在する
名打者の歴史
それがすなわちバッティングの歴史とも言えるのである

フルスイング 

June 16 [Thu], 2005, 22:41
バッティングセンター部に限らず
全てのバッティングマスターを目指す者たちが
例外なく心に秘めるこの言葉

それは「フルスイング」
全力で振りぬくという意味だ

バッティングの祖と言われるジム・ケンドールは、かつてこう言った
「フルスイング無きところに真のバッティングは無い」と


全力で振りぬいたもののみが
究極のバッティングにたどり着くことができる

それは何年たとうとも変わることのない
バッティングの真実である

誕生1 

May 29 [Sun], 2005, 20:46
人の人生の始まりが誕生であるように
バッティングセンター部にも誕生のときがあった

一般的にはバッティングセンター部は
現監督と現キャプテンにより7年前に作られたとなってはいるが

厳密にいえば、それは間違いである
現監督と現キャプテンの作ったバッティングセンター部は
正確には3代目にあたると言えるのである

しかし、初代と2代目たちの作った部は
バッティングセンター部ではなかった
その当時にバッティングセンターがなかったからである

だが、初代も2代目もバッティングセンター部の理念と同じく
バッティングを追究していくという面では
その精神は同じであった

ということから、初代や二代目たちの部は
バッティングセンター部の起源となり
真バッティングセンター部は3代目といえるのである

では、初代たちの作った部はいつできたのか
それを知ることが
バッティングセンター部誕生の歴史を知るきっかけとなる

この話は長くなるので
また次回に持ち越そう

それではアスタエルゴ

熱き血潮 

May 29 [Sun], 2005, 3:25
熱き血潮。
それは「燃える魂」に並ぶ
真のバッティングに必要不可欠な要素

血潮とは身体をめぐる血という意味であり、また激しい情熱や感情の例えとしても
使われる。

バッティングに何故、熱き血潮が必要なのか
その答えは20世紀の偉大なバッティングマニアの1人である
ジョージ・アレスターの言葉の中にある

ジョージはこう言った
「バッティングで、まず最初にやらないといけないことはわかるかい?
それはバットにボールを当てることさ。ボールからかけ離れたところでスイングしても
それはただの素振りだからね。じゃあバットにボールを当てるために必要なことはわかるかい?
それはクールさだよ!冷静に状況を見極めて、相手がどの球を投げるのか
読まないといけないし、それに投げた球を冷静に見なければならない。
熱くなってボールが見えなくなったら負けだよ。
え?なんだって?じゃあ熱い血潮は必要ないんじゃないかだって?
ノーノー!それは違うよボーイ!
本当に大事なことはこれからさ。バットにボールに当てるだけなら
クールさだけで充分さ!でもそれだけじゃバッティングとはいえない。
バッティングとは当てたボールを、飛ばさないといけない。
相手の守備陣が対応できないほどの激しい打球をね。
それはクールさだけじゃ無理だよ。だって投手が投げた球には
その投手の熱い思いが込められている、熱い魂の叫びがね。
そんな球を、ただバットを当てただけで打ち返せると思うかい?
思いにまけて、ぼてぼてのゴロになるのが良い所さ!
いいかい、ボーイ?
本当に大事なのはな、バットを振りぬくことで、相手の投手の思いの篭った
その球を打ち抜くことさ!
そのためには相手以上の熱い、熱い感情が必要なのさ
燃え滾るような情熱がね!
頭はクールに球を見極めるように働かせても
バットを振りぬくその思いはホットにボルケイノにいかないといけない。
それがバッティングさ!」


これはジョージが、ファンとの交流会で語った会話の一部である
この中に、熱き血潮の全てが語られてると言っても過言ではない


燃える魂と熱き血潮
この2つが揃ってこそ、真のバッティング探求への道の
入り口へ立てるのである

燃える魂 

May 29 [Sun], 2005, 3:22
燃える魂とは何か
それは永遠のテーマである

そもそも魂は何故燃えてるのか?
情熱の炎で燃えてるのか?
それとも魂を燃やし尽くそうとする苦難の炎なのか?

おそらくこれには明確な答えはないだろう
このことを考える人々それぞれに
それぞれの答えがある

私はバッティングセンター部の監督をおよそ10年務めてきて
そう思うようになった

しかし例え答えがどんな答えであっても
バッティングセンター部にとって
燃える魂を持つことは大切であることに変わりはない

何故なら魂を燃やしてこそ
真のバッティングに繋がるからである

燃える魂、それすなわちリアルバッターの証
これを無くして、バッティング道はなりたたない
そう私は考える

真(しん) 

May 29 [Sun], 2005, 3:21
真(まこと)と書いて真(しん)と読む
真とは真実の真
すなわち真バッティングセンター部は
真のバッティングを目指す部であるという意味が込められている
思えば10年前
熱い魂の捌け口が見つからず力をもてあましていた
キャプテンと監督が、バッティングの神のお導きにより
バッティングセンターと出会ってから
全てが始ったとも言える

やがてただのバッティングセンター通いから
バッティングセンター部という組織的活動となり
そして、2005年真のバッティングを追及をするために
真バッティングセンター部となった

ちなみに真バッティングセンター部には
真のバッティングにたどり着く為の道は
バッティング練習のみにあらずという言葉がある

これは、狭い視野でバッティングのみを追及したとしても
すぐに行き詰まりとなる
あらゆる分野に挑戦して広い視野を持てるようになってこそ
真のバッティングにたどり着けるという意味だ


というわけで、最近我が部では
部活動の一環として、定期会議兼用の祭やビリヤード
ジュースの旅、映画鑑賞、カラオケなどのメニューを取り揃えている
これだけに限らず、これから先も
これは真のバッティング追及に必要だと思ったことならば
どんどん取り入れていく予定だ

これを読んだ君も
僕たちと一緒に真のバッティングを追及したいと思ったならば
いつでも声をかけてくれ

それではアスタエルゴ
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