ZARDのこと

2012年02月29日(水) 23時34分
今日、うず高く物が積まれた私の机の上を、
少しだけ片付けていました。
そうしたら、懐かしいZARDのシングルCDが、
出て来ました。
「新しいドア〜冬のひまわり〜」と「GOOD DAY」という、
2枚の8センチのシングルCDです。

ジャケットを見て、坂井泉水さんは、惚れ惚れするほど
綺麗だなと、しばらくジャケットを鑑賞しました。
そして、CDを聞きました。
2曲とも、昔何度も聞いたので、懐かしくなりました。
このCDは、確か2枚同時にリリースされたものです。

前にも一度書きましたが、
私は、2年の休職明けで、まだ鬱が残っているときに、
会社へ行く気合を高めるため、
行きは、B’zの「ギリギリChop」
帰りは、ZARDの「負けないで」を聞きました。
この2曲を、会社の行き帰り、1曲リピートで
何度も聞きました。
それを、2年間聞いていたので、
一体、合計何回聞いたか、すごい回数になると思います。

私は、ZARDが歌が上手と思ったことは一度もなかったのです。
ある夜、テレビで「夜も、ヒッパレ!」という番組を見ていたら、
ある兄妹ユニット「ゼロ」の愛ちゃんという人が、
ZARDの「Don’t You See」を歌うのを聞いて、
ものすごく上手だなと思いました。

それだけに、毎日、毎日ZARDを聞いていて飽きないのは、
なぜだろうと、これは、長年の疑問でした。
でも、そのうち気が付きました。
ZARDの坂井泉水さんの歌には、一生懸命さが感じられるのです。
他の歌手の人達は、一生懸命歌っていないという意味ではありません。
泉水さんは、声の限りに、力を振り絞って歌っている。
その懸命さが伝わってきて、心を打つのだと思いました。

だから、私が毎日の仕事で弱りきっているとき、
ZARDの歌が、励ましになり、また癒しになったのだと思いました。
坂井泉水さんの声は、高音ですが、耳になじみ、
程よくビブラートがあることが、魅力です。
何度聞いても飽きない歌を歌える方なのだと思いました。
そうでなければ、いくら美しい方でも、
10年近く、高い人気を維持することは、できません。

坂井泉水さんが、亡くなったことは、
私にとり、大きなショックでした。
2年間、私を支えてくれた方です。
大きな感謝を込め、改めて、
ご冥福を、祈りたいと思います。

眼鏡はどこ?

2012年02月28日(火) 22時25分
私は、今でこそ、家庭におりますので、
眼鏡を探すことは、減りましたが、
会社にいるときは、よく眼鏡を探しました。

ずっと掛けていればいいのですが、
近くを見るとき、見え過ぎて辛いので、
つい、眼鏡をはずして、そこらに置いてしまいます。
そして、眼鏡を置いたところを忘れ、
「眼鏡、眼鏡、私の眼鏡を知りませんか。」
と慌てふためき、周りの人に聞いて回ります。

こんな調子でしたので、
私が眼鏡を置いたら、その周りの人達は、私を見張ってくださり、
私が眼鏡を忘れて行こうとすると、
「めぐみさん、眼鏡。」
とすぐ教えてくれるようになりました。

眼鏡に紐を掛けて、使わないときは、
首からぶら下げるものがあるのですが、
あれはどうも(今風に言えば)ウザイのです。

やがて、私は眼鏡を使わないときは、
頭に差して、近くを見るようにしました。
しかし、これに慣れてきますと、
頭に差していることを忘れ、眼鏡を探します。
こんなとき、同僚は、
「めぐみさん、頭。」と教えてくれます。
もう何回教えてもらったことでしょう。

あるときは、頭に差しているのに、
眼鏡を探し始め、
よく見えないので、頭の眼鏡を掛けて、
まだ、探しているときがありました。
そんなことが続きますと、同僚は、
「めぐみさん、目。」
と教えてくれるようになりました。

これは、恥ずかしいので、
私は、眼鏡がないと思ったときは、
真先に、自分の目を確認します。
両手を、目に当ててみますと、
ときどき、そこにあったりするのです。

私が、ときどき両手を目に当てていますと、
その目的を知っている同僚は、
こっそりと笑っていたようです。
そして、そこに眼鏡があったときは、
遠くからの笑い声まで、よく聞こえて来るのでした。

「めぐみさんは、癒し系ね。」
と同僚がよく誉めてくれました。

日光浴

2012年02月27日(月) 22時15分
今日は、久しぶりの晴れ間がありましたので、
ベランダに座椅子を運び、私の大好きな日光浴をしました。
といっても、まだ2月、まだまだ寒いので、
かなり、着込みましたけど。

日光浴も、チョコチョコとお日様に真正面に向かうことが大事です。
そこで、座椅子をちょちょっと動かさないといけません。

日光浴には、何と言っても、ホット・ミルクが一番です。

しかし、お日様の力は偉大です。
たくさん着込んでいた物が暑くなり、
一枚一枚と脱いでいきました。
日に当たるのが顔だけでは惜しいので、
靴下も脱ぎ、脚や足の裏にも、
そして、腕まくりをして、腕にも当てました。
全部、日光消毒です。

で、私は、気が付きました。
お日様の殺菌力で、虫歯も治してくれるかもしれない。
そこで、私は、顔がお日様に垂直に向かうように、
かなり苦しいポーズをとり、
ぱかんと口を開け、虫歯のところにお日様を当てました。
しかし、これって、人目に美しいものでしょうか。

私は、あわてて、ご近所を確かめました。
誰も、こちらを見ていません。
そう思ったのは、家々の小窓が閉まっていたからです。
しかし、これは、後から気がついたのですが、
こちらから顔が見えなくても、
向こうからは、窓の隙間が、2cmでも開いていれば、
こちらを見られるんですね。

ああ、恥ずかしい、どうしましょう。
私は人目がないと安心し、
下の歯の表にも虫歯があるので、
下唇を指で下に引っ張って、お日様に当てたのです。
これからは、人目がなくても、これはやめようと思いました。

前歯にも虫歯があって、
上唇を指で持ち上げることだけは、しなかったのが、
せめてもの幸いでした。

日光浴とは、何ですね。
貪欲に日に当たろうとしてはいけませんね。
日の移ろいに会わせて、座椅子の角度を小刻みに変えるなど、
優雅を忘れた行いです。

日光浴は、のんびりと、頭を空っぽにしてこそ、
日光浴ですね。

片付けられない女

2012年02月26日(日) 18時16分
「片付けられない女達」
かなり昔ですが、こんなタイトルの本が出版されました。
外国の方の著作ですが、ニキリンコさんが翻訳されました。
ADHDという言葉は、今でこそ知名度が上がりましたが、
この本が出た頃は、全然で、
この本をきっかけに、かなり言葉が知られるようになったようです。
もっとも、この本では、多動性を抜いて、ADDとされていました。

私にとって、耳の痛い本でした。
私もその「片付けられない女」の末席を汚しております。
これは、遺伝し、私は父から、父は祖母から。
また、伯母も同じであり、脈々と遺伝子がはびこっております。

私が独身のころは、自分の部屋があり、
もう、部屋が散々だったのですが、
結婚をしますと、そうはいきません。
夫と共用の空間は、仕方なく片付けます。
狭い家なので、私の部屋などはありません。
一つだけ、私の机だけは、私の場所であり、
もうそこに集中して、私のADDが発散されています。

部屋の両端に二人の机があり、間は離れています。
私の机は、2辺が壁であり、これがいけません。
物を積めるのです。
机はB全の製図版なので、かなり広いのですが、
もう、物に侵食され、パソコン1台を置くスペースだけに、
限りなく、近づいています。

夫の机は整然としていて、うらやましくてなりません。
何もない机の上に、パソコンだけがちょこんと置かれています。
私が机に乗せてあるようなものを、一体どうしているのか、
不思議でなりません。

私はどこかから本を引っ張ってきて、
読み終わったら、元の本棚に戻せばいいのですが、
それが、「後回し、後回し」となって、
未だに目障りな本が、前にあります。

たくさん捨てるのがコツなのでしょうが、
捨てた直後、それが必要になったりして、
恐くて捨てられません。
夫曰く、「まず、捨てて、困ったときは、
困ればいいんだよ。」
はああ。その境地なのですね。

机の隅に、ごぞっと乾いて書けなくなった
マジックペンがいつまでも、あります。
捨てればいいのに、ちょっと面倒。
すべての元凶は、この「ちょっと面倒」ですね。
他の家事はちゃんとやってるんですけどね。
トホホ。

朝ドラを見ています

2012年02月25日(土) 22時07分
このごろNHKの朝の連続ドラマ「カーネーション」を
見ています。
といっても、まだ最近の5、6回だけですが。
母が言うには、初めの頃は、もっとおもしろかったそうですね。
ああ、見なくて損をした気分です。

でも、今のも十分おもしろいです。
今日みたのは、ミニスカートが流行り始めるという、
画期的な場面だったので、とくにおもしろかったです。

今では、ミニスカートは、流行ではなく、
もうスタンダードですよね。
父に、ミニスカートが流行り出した昭和41年ごろのことを
聞きました。
今日のドラマでは、ミニを履いてあるく女性に、
純情な男性達が、恥ずかしくて、ミニの女性を見られないという、
おもしろいところでした。

父がテレビで初めてミニスカートを見たのは、
山本リンダさんが、ミニを履いてテレビに出演したときだったそうです。
今日のドラマと同じです。
リンダさんの長い脚にミニスカートですもの、
父は、恥ずかしくて恥ずかしくて、
テレビの画面を見られなかったそうです。
それでも、赤いワンピースだったと言っていますので、
父は、やっぱり見たのでしょうね。

当時のミニは、ワンピースであることが多く、
女性が高いところにあるものを、両手でとろうとすると、
当然、スカート部は、持ち上がり、
ショーツの部分が見えることが多く、目のやり場に困ったようです。
昔、スカートの下から、シュミーズ(スリップ)が見えてしまうことを、
「シミ・チラ」と言ったそうですね。
それが、ミニの時代になり、「シミチラ」から「パンチラ」と、
レベルアップしたそうです。

今は、「ちら」どころか、「見せパン」、「見せブラ」の時代ですものね。
股上の短いジーンズで、女性がしゃがむと、完全に「見せパン」が見えます。
でも、ときどき、見せパン用のショーツを履いてくるのを忘れて、
ジーンズで来る人もいて、その人がしゃがむと「見られパン」に
なってしまいます。同性同士でもそれは恥ずかしいです。

かつては、Tシャツでも、ズボンの中に入れ、言わばINが普通だったのですが、
今は、完全にOUTですね。INなんかだと恥ずかしくて外に出られません。
ところが、最近、女性のシャツのINを見かけます。
え?それ、流行りなんでしょうか?

父世代のお父さんは、INどころか、ランニングシャツをパンツの中にINします。
それで、次の開襟シャツを、ズボンの中にINです。
もう、がっちり身を固めて、一分の隙もありません。
セーターを上に着て、やっとOUT。
ここで、家族はほっとするようです。

しかし、冬、上にジャンパーを着たりするときは、
セーターでさえ、INにするお父さんもいて、
家族は冷や冷やのしどうしです。
どうか、ジャンパーを脱がないでね。
私も、父に言っておかないといけませんね。

ヨガを再開した

2012年02月24日(金) 19時58分
このごろ、長くやらなかったヨガをしている。
このヨガは、30分コースで、
私が鬱になり、医者にも行かず、
自力でなおそうとしていたとき、
ある本で、鬱向け専用のもの。
ほんとに効くのかしらと試して、
毎日やっていたので、
すっかり自分のものになった。
覚えるまでは、本を見ながら、
次は何だっけってやっていた。

だから、このヨガ30分コースは私の財産だ。

ヨガをやるときのフルコースは、
ヒーリング音楽をかけて、
アロマポットに水をいれ、
それにエセンシャルオイルを垂らして、
下にろうそくの火をつける。
その熱でハーブの香りが部屋中に漂う。
私の一番好きなのは、ゼラニウム。
次は、ベルガモット。
ベルガモットは、柑橘類だから、
気持ちがとても晴れる。

もう何ヶ月もやらなかったのに、
久しぶりにやって、もう3日で、
体の柔軟さが戻った。
ヨガは偉大なり。

いつも、午後2時ごろとても眠くなっていたのに、
そのときにヨガをやると目が覚める。
どうも、鬱専用のヨガは、目を覚ます運動が
たくさん取り入れられている気がする。

薬を使わない鬱治療は、
散歩もセットだ。
鬱になりかけのとき、ちゃんと散歩をした。
雨の日もレインコートとレインハットをかぶっていった。
会社に行くのが嫌だったので、
朝4時に起きて散歩をした。
それから、ヨガをやる。

そこで5時。
会社の時間まで、1時間半あるのがうれしい。
そこで、自律訓練法をやって、ストレスをなくす。
もっと時間のあるときは、
自己催眠をしていた。
「私は強い、ストレスに負けない。
 何事も楽しくやれる。」と暗示を掛ける。
調子のいいときは、「手が挙がる」と思うと
本当に上がっていった。
「うそー?」という気持ちが、
気の集中をすぐに乱したけど。

いろいろやって、ヨガだけが残った。
インド5000年の歴史はすごいな。

七つの子

2012年02月23日(木) 15時26分
今朝、夫が朝風呂に入りましたので、
私は、その残り湯で、昼風呂とシャレ込みました。
湯船につかっていたら、外で、
「あー、あー、あー。」と泣く声がはっきり聞こえます。
『カラスだ。まあ、珍しい。』
と私は、思いました。
カラスはよく見かけますが、
その泣き声を聞くのは、久しぶりでした。

すぐに思い浮かんだのは、童謡「七つの子」です。

♪カラス、なぜ鳴くの カラスは山に 可愛い七つの子があるからさ

これを、ザ・ドリフターズは、
「カラスなぜ鳴くの、カラスの勝手でしょ。」
として、子供達に大変な人気を博しました。
作者が聞いたら、さぞ怒っただろうと思いますが、
「七つの子」を当時の子供達に普及させた業績は、大きいと思います。

加藤登紀子さんが、新人の頃、大きなキャバレーでバックバンドを背に
歌うことになりました。
しかし、いくら歌っても、お客さんは自分を見てくれません。
泣きたい気持ちで歌っていたそうです。
そのうち、近くのテーブルにいたおじさんが、
「もっと知ってる歌歌え。童謡でも歌え!」と怒鳴ったそうです。
加藤登紀子さんは、そこで開き直って、
ロングドレスでステージの上に胡坐をかき、
無伴奏で、♪カラス なぜ鳴くの カラスは山に・・・
とやさしい声で歌い始めました。
「やっぱり、誰も、聞いてくれない。」と思いかけたとき、
先ほどのおじさんが、目にいっぱい涙をため、聞いていたそうです。
そして、見れば、ここかしこに泣いているおじさんがいます。
以来、加藤登紀子さんは、自分がどんな歌を歌っていけばいいか、
より深く考えるようになったということです。



さて、大変恐縮ですが、昔私の作った、「カラスは山へ」とい詩があり、
ここに綴りたいと思います。

詩「カラスは山へ」

カラスは 山にいる七つの子のために カアカアと鳴く
子を思う 親の心 親を待つ 子の心

遠く離れ 親は鳴く
子を思って 鳴く

子は大きくなると 親を忘れ
好きなことを するときもあるが
親は 子がいくつになっても
子の幸せと 健康を願って 鳴く

子の痛みは 親の痛み
子の喜びは 親の喜び

大きくなった子は 親を思い
自分の痛みを 親に知らせず
その親は 老いゆきて 子の幸せに安堵し

カラスは山へ いつも山へ
子を思い その翼を 急ぎ羽ばたく

オールド・ラング・ザイン(蛍の光)

2012年02月22日(水) 23時24分
今日は、私の別のブログなのですが、
いつもは、さらっと15分くらいで書いているのに、
2時間くらいかけてしまいました。
そこで、私のパソコンタイムは、あと少し。

「蛍の光」のことを書いていたんです。
私は、「蛍の光」の歌詞が、苦手です。
どうしても好きになれません。
世界中の人が歌っているのは、
スコットランドの詩人、ロバート・バーンズの詩です。
「オールド ラング ザイン」という題名です。
( Auld Lang Syne)

バーンズは、私の大好きな、詩人です。
日本で、「誰かと 誰かが 麦畑」という
曲の詩を書いた人です。
「Coming Through the Rye」
だったかな?
サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」
で使われている歌です。
村上春樹も、「キャッチャー・イン・ザ・ライ」
として、訳していると聞きます。

で、バーンズの詩を紹介したくて、
昔の、通信制大学のときの、
英米文学の教科書を時間をかけて探したり、
日本語に訳すのに、あれやこれや考えたり。
(楽しい時間でした。)

そてから、You Tubeに行って、
オールド ラング ザインをたくさん聞きました。
ジュリー・アンドリューも歌っていて、惚れ惚れとしたり、
黒人の人が、乗りに乗って歌っているのを聞いたり、
エルビス・プレスリーのも聞いたり。
結局とても楽しい時間だったのですが。

いろいろ見た結果、
ケニー・Gという人のサックスの演奏が、
心に沁みるほどステキで、
それを、何度も聞いてしまいました。

私は、「蛍の光」を、
バーンズの詩の邦訳で、歌いたかったです。
2重投稿になりますが、バーンズの詩の一部の概略を書きます。

『古い友よ。今ここに、友情の杯を酌み交わそうではないか。
 二人でよく丘をかけ回り、雛菊を踏んだものだ。
 あれから、時が過ぎ、ぼくたちは互いの距離を隔て、
 弱った足取りで世間をさまよった。
 だが、今ここに君がいる。
 互いに手をとり、飲み乾そう、友情の杯を。』

こんな内容の詩なんです。
私は、この原詞の方が好きです。

すき焼き

2012年02月21日(火) 22時50分
今日、夫はいつもより早く帰ってきました。
にっこりしていたので、
「今日は、どうだった。」と聞きました。
「うん、今日も一度も怒らなかった。
 だけど、みんなちゃんと勉強したよ。」
とうれしそうでした。
「じゃあ、あと一日?」と聞きました。
「あしたも、大丈夫だと思う。
 何しろ、子供たちが変わったというより、
 俺自身が変わったんだから、大丈夫さ。」
と言いました。
私は、うれしくてたまりませんでした。

「今日、すき焼きよ。
 『残念でした会』でも『よかったね会でも』
 どちらでも、いいと思ってたの。」
「そうか、めぐみにも心配かけたなあ。」
と言われたとき、私は思わず涙ぐんでしまいました。

夫に連絡長で、一番厳しく意見していた親から、
今日、逆に、一番のねぎらいの言葉をもらったそうです。
夫は、うれしかったと語っていました。

上手くいかなかった約1か月の期間の勉強を補うため、
がんばらなくてはと、言っていました。



私は会社にいるとき、「歌のお姉さん」として、
いろんな学校のクラスへ行きましたが、
それが、ほとんど上手くいったのは、
担任の先生が、そのように、クラスをきちんとしてくれていたからだと、
再認識しました。

すき焼きというのは、いいですね。
すき焼きは、少ない煮汁の中で、
全部に火が通るように、
強火で、煮汁の泡が肉や野菜を包むようにさせて食べるのがいいそうです。
そういう勢いのついた景気のよさが、すき焼きの魅力だとのこと。
なぜか、すき焼きだけは、夫にあたる人が作るのが多いそうです。
夫もそうですし、実家でもすき焼きだけは、父が作りました。
男の料理なのでしょうか。

そんなことで、今日も平和な夜を過ごせました。
すき焼きに夢中でしたので、
夜空を見に行くのを忘れてしまいました。
夜空はいくらでも、待ってくれますね。
ありがたいなと思います。

明日もうまくいくかな?

2012年02月20日(月) 21時01分
今日、夫が帰ってきたとき、
表情が少し明るかった。
すぐに聞いてはいけないと思って、
夕食の時間まで待った。

そして、夕食のとき、おもむろに聞いた。
「今日ちょっとあなたくつろいでいるけど、
 いいことでもあったの?」
すると、夫は、
「うん。今日だけかもしれないけど、
 昨日めぐみが『ピエロ法』を教えてくれたろ。
 それで、俺、過去のことやプライドは一切忘れることにした。
 それで、子供がわいわいやっていても、静かに立ってた。
 そして、俺はある指示を出した。
 すると、俺を無視するのは全員じゃない。
 何人かは、ちゃんと俺の言葉を聞いていて、
 勉強の準備をするんだ。
 前の俺は、準備をしてない子を怒鳴って怒ってた。
 でも、今日は、ちゃんと準備をした子を、
 一人ずつ名前を呼んで、誉めたんだ。
『先生の言ったこと、よく聞いていたね。えらいよ。』って。
 これ、くり返した。
 指示を出しては、ちゃんとしてる子だけを誉め続けた。

 するとさ、誉められる子が、どんどん増えてきて、
 ほとんどの子を誉めてあげられるようになってきた。

  そして、しっとりした雰囲気で授業をやってたんだ。
 ちょうどそこへさ、校長がこっそり教室を見に来た。
 みんな静かにやってることに、びっくりして、
 あとで、校長に言われた。
『どうやったの?』って。
 俺、説明した。
 校長はうなずいて、これが3日続けば、
 もう大丈夫だろうって言った。」

わあ〜と私は拍手した。
「すごい、どうして、そういうこと思いついたの?」
「いや、俺が自分を一度最低のラインに立たせてみたらさ、
 俺のいうことを聞いている子がいることに、
 なんか、感激したんだ。
 そして、誉めずには、いられなくなった。
 今まで、言うことを聞かない子だけに目がいってて、
 ちゃんとしてる子に目がいってなかったんだね。
 俺、すごく反省したよ。
 昨日のめぐみの話を聞いて、
 やっと自分が謙虚になれた気がした。」
「明日も、上手くいくといいね。」
私は言った。

「期待はしてない。子供は日によって違うから。
 でも、明日も上手くいくかなっていう、楽しみがある。
 明日を楽しみに学校に行けるのは、久しぶりだよ。」
夫は、にっこりした。
「明日がダメでも、明後日があるじゃない。」と私。
「そうだね。」
と夫。

今夜は、久しぶりに、二人で夜空を見に行った。
「明日もうまくいきますように。」
そう祈った。多分、夫も。