ニカイア信条

April 08 [Sun], 2012, 22:04
 

Credo in unum Deum,
Patrem omnipotentem, factorem caeli et terrae, visibilium omnium et invisibilium.

Et in unum Dominum Iesum Christum, Filium Dei unigenitum,
Et ex Patre natum ante omnia saecula.
Deum de Deo, Lumen de Lumine, Deum verum de Deo vero,
Genitum non factum, consubstantialem Patri; per quem omnia facta sunt.
Qui propter nos homines et propter nostram salutem descendit de caelis.
Et incarnatus est de Spiritu Sancto ex Maria Virgine, et homo factus est.
Crucifixus etiam pro nobis sub Pontio Pilato, passus et sepultus est,
Et resurrexit tertia die, secundum Scripturas,
Et ascendit in caelum, sedet ad dexteram Patris.
Et iterum venturus est cum gloria, iudicare vivos et mortuos, cuius regni non erit finis.

Et in Spiritum Sanctum, Dominum et vivificantem, qui ex Patre Filioque procedit.
Qui cum Patre et Filio simul adoratur et conglorificatur: qui locutus est per prophetas.
Et unam, sanctam, catholicam et apostolicam Ecclesiam.
Confiteor unum baptisma in remissionem peccatorum.
Et expecto resurrectionem mortuorum, et vitam venturi saeculi.
Amen.


張横渠 『正蒙』 太和篇C

March 07 [Wed], 2012, 22:17


周濂渓の『太極図説』に続いて紹介してきました、張横渠の『正蒙』太和篇第一。
今回で全二十二章の紹介が成りました。
読み下しは明徳出版社 中国古典新書『正蒙』山根三芳氏のものをほぼそのまま引かせてもらいました。

これまでの紹介分のリンクを貼っておきます。

周濂渓 『太極図説』 http://yaplog.jp/raguan/archive/7073
張横渠 『正蒙』 太和篇@ http://yaplog.jp/raguan/archive/7087
張横渠 『正蒙』 太和篇A http://yaplog.jp/raguan/archive/7088
張横渠 『正蒙』 太和篇B http://yaplog.jp/raguan/archive/7092


游氣紛擾、合而成質者、生人物之萬殊。其陰陽兩端、循環不已者、立天地之大義。

游気紛擾(ふんじょう)たり、合して質を成すものは、人物の万殊を生ず。その陰陽の両端の循環して已まざるものは、天地の大義を立つ。

日月相推而明生、寒暑相推而歲成。神易無方體、一陰一陽、陰陽不測、皆所謂通乎晝夜之道也。

日月相推して明生じ、寒暑相推して歳成る。神・易に方・体なく、一陰一陽して、陰陽測られざるは、皆いわゆる昼夜の道に通ずるなり。

晝夜者、天之一息乎。寒暑者、天之晝夜乎。天道春秋分而氣易、猶人一寤寐而魂交。魂交成夢、百感紛紜。對寤而言、一身之晝夜也。氣交為春、萬物糅錯。對秋而言、天之晝夜也。氣本之虛則湛、本無形。感而生則聚而有象。有象斯有對。對必反。其為有反、斯有仇。仇必和而解。故愛惡之情同出於太虛。 而卒歸於物欲。 倐而生、忽而成、不容有毫髮之間。 其神矣夫。

昼夜は、天の一息か。寒暑は、天の昼夜か。天道春秋分かれて気易(うつ)るは、なお人の一たび寤寐(ごび)して魂の交わるがごとし。魂交わりて夢を成し、百感紛紜(ふんうん)す。寤に対していえば、一身の昼夜なり。気交わりて春となり、万物糅錯(じゅうさく)す。秋に対していえば、天ぼ昼夜なり。気これを虚に本づくれば則ち湛、もと形なし。感じて生るれば則ち聚って象あり。象あれば斯(ここ)に対あり。対すれば必ず反す。その反ありとせば、斯に仇(あだ)あり。仇は必ず和して解く。故に愛悪の情は同じく太虚に出ず。しこうして卒に物欲に帰す。倐(たちまち)にして生じ、忽(すみや)かにして成り、毫髮の間あるを容さず。それ神なるかな。

造化所成、無一物相肖者。以是、知萬物雖多其實一物、無無陰陽者。以是知天地變化二端而已。

造化の成すところは、一物として相肖たるものなし。これを以って、万物多しと雖えども、その実は一物として、陰陽なきもの無きを知る。これを以って天地の変化も二端のみなるを知る。

萬物形色、 神之糟粕。 性與天道云者、 易而已矣。心所以萬殊者、感外物為不一也。天大無外。其為感者、絪縕二端而已。

万物の形色は、神の糟粕のみ。性と天道とをいうものは、易のみ。心の万殊なるゆえんのものは、外物に感ずること一ならざるがためなり。天は大にして外なし。その感をなすものは、絪縕の二端のみ。

物之所以相感者、利用出入、莫知其鄉。一萬物之妙者與。

物の相感ずるゆえんのものは、利用出入して、その郷(ところ)を知ることなし。万物に一なるの妙なるものか。

氣與志、天與人、有交勝之理。聖人在上而下民咨、氣壹之動志也。鳳凰儀、志壹之動氣也。

気と志と、天と人とは、 交(交互)も勝つの理あり。 聖人上にありて下民咨(なげき)あるは、気壹(もっぱら)にして志を動かせるなり。鳳凰儀するは、志壹らにして気を動かせるなり。


Giacomo Joyce, handwriting page1

March 07 [Wed], 2012, 19:25
 



Who? A pale face surrounded by heavy odorous furs. Her movements are shy and nervous. She uses quizzing-glasses.
Yes: a brief syllable. A brief laugh. A brief beat of the eyelids.

Cobweb handwriting, traced long and fine with quiet disdain and
resignation: a young person of quality.

I launch forth on an easy wave of tepid speech: Swedenborg, the pseudo-Areopagite, Miguel de Molinos, Joachim Abbas. The wave is spent. Her classmate, retwisting her twisted body, purrs in boneless Viennese Italian: Che coltura! The long eyelids beat and lift: a burning needleprick stings and quivers in the velvet iris.

High heels clack hollow on the resonant stone stairs. Wintry air in the castle, gibbeted coats of mail, rude iron sconces over the windings of the winding turret stairs. Tapping clacking heels, a high and hollow noise. There is one below would speak with your ladyship.



                James Joyce   Giacomo Joyce page1


張横渠 『正蒙』 太和篇B

March 06 [Tue], 2012, 21:48
 

太虛為清。清則無礙。無礙故神。反清為濁。濁則礙。礙則形。

太虚は清たり。清なるときは則ち礙(こ)ることなし。礙ることなきが故に神なり。清に反すれば濁たり。濁なるときは則ち礙る。礙れば則ち形あり。

凡氣、清則通、昏則壅。清極則神。故聚而有間、則風行風行而聲聞具達、清之驗與。不行而至、通之極與。

凡そ気、清なるときは則ち通じ、昏きときは則ち壅(ふさ)がる。清極まるときは則ち神なり。故に聚りて間(すきま)あれば、則ち風行きて声聞具(つぶさ)に達するは、清の験(しるし)か。行(みちゆ)かずして至るは、通の極(きわみ)か。

由太虛、有天之名。由氣化、有道之名。合虛與氣、有性之名。合性與知覺、有心之名。

太虚に由りて、天の名あり。気化に由りて、道の名あり。虚と気とを合して、性の名あり。性と知覚とを合して、心の名あり。

鬼神者、二氣之良能也。聖者、至誠得天之謂、神者、太虛妙應之目。凡天地法象、皆神化之糟粕爾。

鬼神とは、二気の良能なり。聖とは至誠にして天を得たるをいい、神とは、太虚妙応の目なり。凡そ天地の法象は、皆神化の糟粕(そうはく)のみ。

天道不窮、寒暑已。眾動不窮、屈伸已。鬼神之實、不越二端而已矣。

天道の窮まらざる、寒暑のみ。衆動の窮まらざる、屈伸のみ。鬼神の実は、二端を越えざるのみ。

兩不立、則一不可見。一不可見、則兩之用息。兩體者、虛實也。動靜也。聚散也。清濁也。其究一而已。

両立たざれば、則ち一は見るべからず。 一見るべからざるは、 則ち両の用息(や)む。 両体とは、虚実なり。動静なり。聚散なり。清濁なり。その究みは一のみ。

感而後有通。不有兩、則無一。故聖人以剛柔立本。乾坤毀、則無以見易。

感じて後に通ずることあり。両あらざれば、則ち一もなし。故に聖人は剛柔を以って本を立つ。乾坤毀(やぶ)るるときは、則ち以って易を見るなし。


張横渠 『正蒙』 太和篇A

March 06 [Tue], 2012, 8:07
 

知虛空即氣、則有無、隱顯、神化、性命、通一無二。顧聚散、出入、形不形、能推本所從來、則深於易者也。若謂虛能生氣、則虛無窮、氣有限、體用殊絕、入老氏有生於無自然之論、不識所謂有無混一之常。若謂萬象為太虛中所見之物、則物與虛不相資、形自形、性自性、形性、天人不相待而有、陷於浮屠以山河大地為見病之説。此道不明、正由懵者略知體虛空為性、不知本天道為用。反以人見之小、因緣天地、明有不盡、則誣世界乾坤為幻化。幽明不能舉其要、遂躐等妄意。而然不悟一陰一陽、範圍天地、通乎晝夜、三極大中之矩、遂使儒佛老莊混然一途。語天道性命者、不罔於恍惚夢幻、則定以有生於無、為窮高極微之論、入コ之途、不知擇術而求。多見其蔽於詖、而陷於淫矣。

虚空は即ち気なるを知れば、則ち有無、隠顕、神化、性命、一に通じて二なし。聚散、出入、形不形を顧み、能く従ってくるところを推し本づくれば、則ち易に深き者なり。もし虚よく気を生ずといわば、則ち虚は窮りなく、気は限りあり、体用殊絶(しゅぜつ)して、老氏の有は無より生ずるとの自然の論に入り、いわゆる有無混一の常を識らず。もし万象は太虚中に見(あらわ)るところの物たりといわば、則ち物と虚と相資(よ)らず、形は自ずから形、性は自ずから性、形と性、天と人と相待たずして有り、浮屠(ふと)の山河大地を以って見病となすの之説に陥る。この道の明らかならざるは、正に懵(くらき)もの略(ほぼ)虚空を体して性となすを知るも、天道に本(もと)づいて用となすを知らざるに由る。反って人見の小を以って、天地を因縁し、明(めい)盡さざるあれば、則ち世界乾坤を誣(し)いて幻化となす。幽明ともにその要を挙ぐるあたわずして、遂に等を躐(こ)え意を妄りにす。しかも一陰一陽は天地を範囲し、昼夜に通じ、三極大中の矩(のり)たるを悟らずして、遂に儒仏老荘をして混然として一途たらしむ。天道性命を語る者、恍惚夢幻に罔(とら)われざれば、則ち定(かなら)ず有は無より生ずを以って、高きを窮め微を極むるの論となし、徳に入るの途には、術を択(えら)んで求めるを知らず。多はその詖(よこしま)に蔽われて、淫に陥るを見るのみ。

氣坱然太虛升降飛揚、未嘗止息。易所謂絪縕、莊生所謂生物以息相吹野馬者與。此虛實、動靜之機、陰陽、剛柔之始。浮而上者陽之清、降而下者陰之濁。其感遇、聚散為兩為風雨為雪霜、萬品之流形、山川之融結、糟粕煨燼、無非教也。

気は太虚に坱然(おうねん)として升降飛揚し、いまだかつて止息(しそく)せず。易にいわゆる絪縕(いんうん)、荘生のいわゆる生物は息を以って相吹く野馬(かげろう)なるものか。これ虚実、動静の機、陰陽、剛柔の始めなり。浮んで上るものは陽の清、降ってるものは陰の濁。その感遇(かんぐう)、聚散して風雨となり雪霜となり、万品の形を流(し)き、山川の融結するは、糟粕煨燼(そうはくかいじん)にして、教えにあらざるなきなり。

氣聚、則離明得施而有形。氣不聚、則離明不得施而無形。方其聚也、安得不謂之客。方其散也、安得遽謂之無。故聖人仰觀俯察、但云知幽明之故。不云知有無之故。盈天地之間者、法象而已。文理之察、非離不相覩也。方其形也、有以知幽之因。方其不形也、有以知明之故。

気聚(あつ)まれば、則ち離明(りめい)施すことを得て形あり。気聚らざれば、則ち離明施すことを得ずして形なし。その聚るに方(あた)りて、いずくんぞこれを客といわざるを得ん。その散ずるに方りて、いずくんぞ遽(にわか)にこれを無というを得ん。故に聖人は仰観俯察(ぎょうかんふさつ)し、ただ幽明の故(こと)を知るというのみ。有無の故を知るといわず。天地の間に盈(み)つるものは、法象のみ。文理の察(あき)らかなるは、離にあらざれば相覩(み)ざるなり。その形(あらわ)るるに方りて、以って幽にこれ因るを知るあり。その形れざるに方りて、以って明の故を知るあり。

氣之聚散於太虛、猶冰凝釋於水。知太虛即氣、則無無。故聖人語性與天道之極、盡於參伍之神變易而已。諸子淺妄、有有無之分、非窮理之學也。

気の聚散の太虚におけるは、なお氷の凝釈(ぎょうしゃく)の水におけるがごとし。太虚は即ち気なるを知れば、則ち無なるものなし。故に聖人は性と天道之を語るの極(きわみ)も、参伍の神の変易(へんえき)することに盡くるのみ。諸子は浅妄にして、有無の分あるは、窮理の学にあらざるなり。


張横渠 『正蒙』 太和篇 @ 

March 05 [Mon], 2012, 22:19
 
先日、周濂渓の『太極図説』を紹介しましたが、(←リンク)
それに続ける形で同じ北宋の思想家、張横渠(載 1020-77)の『正蒙』から、独自の気一元の宇宙論を展開している「太和篇第一」を何回かに分けて紹介していきます。
易経をはじめとする儒家の古典からの引用で成り立つ部分の多い『正蒙』ですが、「太虚に坱然とする唯だ気のみが<無極而為太極>である道の本体である」とする唯物的宇宙観は宋学の一大体系の中で異彩を放つとともに、現代の我々の感覚にも直截に訴えてくる力強さを持っています。

東洋思想といえば「陰陽二元論」を語り出してしまうようことの安易さも、これを一読すれば悟ってもらえるかな……と思います。



 正蒙 太和篇第一     張横渠

太和所謂道。中涵浮沈、升降、動靜、相感之性。是生絪縕相盪勝負、屈伸之始。其來也幾微易簡、其究也廣大堅固。起知於易者乾乎。效法於簡者坤乎。散殊而可象為氣。清通而不可象為神。不如野馬絪縕、不足謂之太和。語道者知此、謂之知道。學易者見此、謂之見易。不如是、雖周公才美、其智不足稱也已。

太和(たいわ)はいわゆる道なり。中に浮沈、升降、動静、相感ずるの性を涵(ふく)む。是れ絪縕(いんうん)相い盪(うご)く勝負、屈伸を生ずるの始めなり。其の来たるや幾微(きび)易簡(いかん)にして、其の究むるや広大堅固なり。知を易(い)に起こすものは乾(けん)なるか。法を簡(かん)に效(いた)すものは坤(こん)なるか。散殊(さんしゅ)して象るべきは気と為す。清通(せいつう)して象るべからざるは神(しん)と為す。野馬(かげろう)絪縕のごときにあらざれば、之を太和というに足らず。道を語る者これを知れば、これを道を知れりという。易(えき)を学ぶ者これを見れば、これを易を見たりという。 かくの如くならざれば、 周公の才の美といえども、その智、称するに足らざるのみ。

太虛無形、氣之本體。其聚其散、變化之客形爾。至靜無感、性之淵源。有識有知、物交之客感爾。客感客形與無感無形、惟盡性者一之。

太虚(たいきょ)にして形なきは、気の本体なり。その聚(あつま)りその散ずるは、変化の客(かり)の形のみ。至静(しせい)にして感なきは、性の淵源なり。識あり知あるは、物交の客の感(かんじ)のみ。客感客形と無感無形とは、ただ性を盡すもののみ之を一にす。

天地之氣、雖聚散攻取百塗、然其為理也順而不妄。氣之為物、散入無形、適得吾體。聚為有象、不失吾常。太虛不能無氣。氣不能不聚而為萬物。萬物不能不散而為太虛。循是出入、是皆不得已而然也。然則聖人盡道。其間兼體而不累者、存神其至矣。彼語寂滅者、往而不反。徇生執有者、物而不化。二者雖有間矣、以言乎失道則均焉。

天地の気、聚散攻取(しゅうさんこうしゅ)すること百塗(ひゃくと)なりといえども、しかれどもその理たるや順にして妄ならず。気の物たる、散じて無形に入りて、適(たまたま)吾が体を得たり。聚りて有象となるも、吾が常を失わず。太虚は気なきあたわず。気は聚りて万物たらざるあたわず。万物は散じて太虚たらざるあたわず。これに循(したが)って出入すれば、これ皆やむを得ずして然るなり。然れば則ち聖人道を盡す。その間、体を兼ねて累(かさな)わされざるもの、神を存することそれ至れり。かの寂滅を語る者は、往(ゆ)いて反らず。生に徇(したが)い有に執する者は、物にして化せず。二者間(へだたり)ありといえども、道を失うことをいうを以ってすれば則ち均し。

聚亦吾體、散亦吾體。知死之不亡者、可與言性矣。

聚るもまた吾が体、散ずるもまた吾が体。死の亡びざるを知る者は、ともに性をいうべし。


太極圖説

March 02 [Fri], 2012, 19:22
 

 太極圖説     周濂渓

自無極而為太極。 太極動而生陽、動極而靜。靜而生陰、靜極復動。
一動一靜、互為其根、分陰分陽、兩儀立焉。
陽變陰合、而生水・火・木・金・土、五氣順布、四時行焉。

五行一陰陽也。陰陽一太極也。太極本無極也。
五行之生也、各一其性。無極之眞、二五之精、妙合而凝。
乾道成男、坤道成女、二氣交感、化生萬物。萬物生生、而變化無窮焉。

惟人也、得其秀而最靈。形既生矣、神發知矣。五性感動而善惡分、萬事出矣。
聖人定之以中正仁義、 而主靜。立人極焉。
故聖人與天地合其コ、日月合其明、四時合其序、鬼神合其吉凶。君子修之吉、小人悖之凶。

故曰、立天之道、曰陰與陽、立地之道、曰柔與剛、立人之道、曰仁與義。
又曰、原始反終、故知死生之説。大哉易也、斯其至矣。



大極図説     周濂渓(れんけい 敦頤とんい 1017-73)

無極にして太極なり。 太極動きて陽を生じ、動極りて静なり。静にして陰を生じ、静極まりて復た動なり。一動一静、互いに其の根を為し、陰に分かれ陽に分かれ、両儀立つ。陽変じ陰合(がっ)して、水・火・木・金・土を生じ、五気順布(じゅんぷ)して、四時(しじ)行(めぐ)る。

五行は一陰陽なり。陰陽は一太極なり。太極は本(もと)無極なり。五行の生ずるや、各(おのおの)其の性を一(いつ)にす。無極の真、二五の精、妙合(みょうごう)して凝(こ)る。乾道(けんどう)は男(だん)を成し、 坤道(こんどう)は女(じょ)を成し、 二気交感して、万物を化生(かせい)す。万物生生(せいせい)として、変化窮(きわみ)無し。

惟(ただ)人のみ、其の秀を得て最も霊なり。形(かたち)既に生じ、神(しん)発して知る。五性(ごせい)感動して善悪分れ、万事出づ。聖人(せいじん)之を定むるに中正(ちゅうせい)仁義(じんぎ)を以ってして、 静を主(しゅ)とす。人極(じんきょく)を立つ。故(ゆえ)に聖人は天地と其の徳を合し、日月(じつげつ)と其の明(めい)を合し、四時(しいじ)と其の序を合し、鬼神と其の吉凶を合す。君子は之を修めて吉(きつ)、小人は之に悖(もと)りて凶なり。

故に曰く、天の道を立つるに、陰と陽を曰い、地の道を立つるに、柔と剛を曰い、人の道を立つるに、仁と義を曰う。又た曰く、始(はじめ)を原(たず)ね終(おわり)に反(かえ)る、故に死生(しせい)の説を知ると。大なるかな易(えき)、斯(こ)れ其れ至れりと。


春愁曲 陸游

January 07 [Sat], 2012, 7:30
 
 春愁曲    陸游

 宓 羲 至 今 三 十 余 万 歳

 春 愁 歳 歳 常 相 似

 外 大 瀛 海 環 九 州

 無 有 一 州 無 此 愁

 我 願 無 愁 但 歓 楽

 朱 顔 緑 鬢 常 如 昨

 金 丹 九 転 徒 可 聞

 玉 兔 千 年 空 擣 薬

 蜀 姫 双 鬟 婭 奼 嬌

 酔 看 恐 是 海 棠 妖

 世 間 無 処 無 愁 到

 底 事 難 過 万 里 橋



春愁の曲 陸游(りくゆう 1125-1210)

宓羲(ふくぎ)今に至るまで三十余万歳
春愁 歳歳 常に相似たり
外大瀛海(がいだいえんかい)九州を環(めぐ)るも
一州とて此の愁い無きこと有る無し
我は願う 愁い無く 但(た)だ歓楽し
朱顔(しゅがん) 緑鬢(りょくびん) 常に昨(さく)の如くならんと
金丹(きんたん) 九転(きゅうてん) 徒らに聞く可く
玉兔(ぎょくと) 千年 空しく薬(やく)を擣く
蜀姫(しょくき) 双鬟(そうびん) 婭奼(あたとして)嬌(きょう)なり
酔いて看るに 恐らくは是れ海棠(かいどうの)妖(よう)ならんかと
世間 処(ところ)として愁いの到る無きこと無きに
底事(なにごと)ぞ 万里橋(ばんりきょう)を過ぎ難き

南宋の大詩人 陸游、四十九歳のときの作です。
私は願う、何の愁いもなく、ただ歓楽のうちに過ごしたいと。
春の海に微睡んでいたい……と。

焼香曲

December 09 [Fri], 2011, 4:19


燒香曲 李商隱 (812-58)


細 雲 蟠 蟠 牙 比 魚

孔 雀 翅 尾 蛟 龍 須

漳 宮 舊 樣 博 山 爐

楚 嬌 捧 笑 開 芙 蕖

八 蠶 繭 綿 小 分 炷

獸 焔 微 紅 隔 雲 母

白 天 月 澤 寒 未 冰

金 虎 含 秋 向 東 吐

玉 珮 呵 光 銅 照 昏

簾 波 日 暮 沖 斜 門

西 來 欲 上 茂 陵 樹

柏 梁 已 失 栽 桃 魂

露 庭 月 井 大 紅 氣

輕 衫 薄 袖 當 君 意

蜀 殿 瓊 人 伴 夜 深

金 鑾 不 問 殘 燈 事

何 當 巧 吹 君 懷 度

襟 灰 為 土 填 清 露



聽流水調子  王昌齡

November 13 [Sun], 2011, 22:21
 聽流水調子  王昌齡

  弧 舟 微 月 對 楓 林

  分 付 鳴 箏 與 客 心

  嶺 色 千 重 萬 重 雨

  斷 絃 收 與 淚 痕 深


流人の水調子を聴く     王昌齢

弧舟(こしゅう) 微月(びげつ) 楓林(ふうりん)に対し
鳴箏(めいそう)と客心(かくしん)とに分付(ぶんぷ)す
嶺色(れいしょく)千重(せんちょう) 万重(ばんちょう)の雨
断絃(だんげん)収まり 涙痕(るいこん)深し

弧舟と微月は楓の林に向き合い
箏の音と旅の心に訴えかける
千々に重なる嶺々の色 万と重なる雨
断絃の響きは絶え 涙の痕は深い

さすらい人の心情を詠った王昌齡(おう しょうれい 698?−765?)の作品。
これを「完璧」というのですね。
珠玉です。

  王昌齢 『採蓮曲』
         『芙蓉樓送辛漸』




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  • 現住所:東京都
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    ・読書-ジョイス ロブ=グリエ ボルヘス クロソウスキー マラルメ P.K.ディック バロウズ 渡辺啓助 夢野久作 日夏耿之介 泉鏡花 笙野頼子 幸田露伴 大手拓次
    ・音楽-ジェズアルド F.クープラン J.S.バッハ シューベルト ヴァグナー ブルックナー ドビュッシー ウェーベルン クラム
    ・映画-ヴェルナー・ネケスケネス・アンガーアレハンドロ・ホドロフスキーD.ジャーマン J.シュヴアンクマイエル D.クローネンバーグ H.G.ルイス J.ウォーターズ『フォービデン・ゾーン』『ゴッドファーザー』
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