薬変更 

2010年05月21日(金) 20時56分
セカンドオピニオンからしばらくのあいだ、ドーパミンシステムスタビライザー系の薬を処方されていたが、効果は薄かった。
それで、再びセロトニンコントロール系のパキシルに処方が変えられたものの、やはり効果が薄かったため、前回の受診で処方量を増やされた。
ところが、今度は効きすぎたのか、一日中何をする意欲もわかず寝たきり状態になってしまった。
家事はおろか家事の支度すら滞る始末で相方に「役立たず」と罵られても反論する気力もなく、食欲もわかず、PCに向かうことすら面倒という最悪の精神状態に。

飲み残したままストックしてあった薬も切れてしまい、やっとの思いで今日受診しに行った。
で、新しく処方されたのが「サインバルタ」という認可されたばかりのSSRI。
またしてもセロトニンコントロール系なのだが、今度こそは何がしかの効果があって欲しいと思う。

・・・というか、薬を変えるたびにいつもそう思っているのだけど。

サヨナラ 

2010年05月20日(木) 14時23分
そう告げられても、一滴の涙すら出なかった。
でも、多分、私が本当に聞きたかったのはこの言葉だったのだ。

ただ流砂に呑まれてゆくように、足許が定まらないだけ。
心が粉々にひび割れて、もう何も感じない。
虚しさという名の風が、がらんどうの胸の奥を吹き抜けてゆく。


いとおしくも懐かしいあの日々にさようなら。
さようなら、あなた。

薬増量 

2010年04月25日(日) 5時49分
天候不順もあるのか、先月から非常に体調もアタマの調子も悪かった。
考えなければならないこと・こなしていかなければならないことが山積みなのに、身体は動かず、アタマは働かない。
あまりにもしんどかったので、主治医の先生に相談してみたところ、エビリファイから変更してテストしていたパキシルを増量された。

これで少しは状況がよくなるのだろうか。
どんどん自分がバカになっていくだけのような気がしてならない。
ゆっくりと、しかし確実に、自分というものが砂の城のように壊れて崩れてなくなっていっているような気がする。

ドーパミンシステムスタビライザー 

2010年02月27日(土) 22時10分
セカンドオピニオンを受けて以来、セロトニン受容体系の薬からドーパミンコントロール系の薬へチェンジ。
試行錯誤状態が続いている。

ジプレキサ
即効性があり、確かに効き目もあったのだが、副作用もひどくすぐ中止に。
手足がぱんぱんにむくむなど、副作用としてはかなりひどい目にあった。

リーマス
1ヶ月投与を受けたが、症状に変化無し。投与中止。

ロナセン
リーマスが効かなかったので新薬だというこれに変更したが、これまた効果なし。
本来の規定よりも投与量が少なかったのが敗因か?
しかし、効かなかったということも虚しかったが、大好きなグレープフルーツ(ジュース)絶対禁忌なのが個人的に非常につらかった。

――というわけで、今回投与が決まったのがエビリファイ。
これもいわゆるドーパミンシステムスタビライザーの一種なのだが、効くかどうかは服んでみないと判らない。
それがこのテの病気の辛いところだ。
特に、いわゆる「普通の鬱病」であれば、きちんと治療を続ければいつかは治るという希望がある。
しかし、私の病気はそうではない(そうでなければ、障害年金が受けられるわけがない)。
永遠に薬と縁のきれることのない、永く孤独な戦い を続けなくてはならないのだ。
ただ、症状を緩和する薬の組み合わせを模索し続けるだけ。
辛くないといえばそれは完全な嘘だ。
むしろ辛くて辛くて、毎日毎日死にたいという願望との戦いとの戦いだ。
ひたすら続く、虚しく、哀しく、やるせない日々。

どうしてこんな病気に私がならなければならなかったのか。
なぜ私が?
ひたすら続く自問自答の日々。

――ああ、もう疲れた。

治療経過 

2010年01月12日(火) 11時58分
ここのところ、薬を色々変更してみていた。
鬱症状がひどいと訴えたところ、デパケンRを今までの半分(200mg/DAY)にされ、代わりにリーマスを処方された。

最低投与量の半分からのスタートだったが、リーマスはいろいろな問題が――特に私にとっては死活問題になりかねないものがあった。
頭痛薬(ピリン系その他の鎮痛剤)との併用不可、という禁則事項。
解熱・鎮痛剤とリーマスを併用すると重大な副作用を起こすため、ごく一部の物を除いては市販の頭痛薬すら禁止、という厳しいものだった。
当然、市販の総合感冒薬も同じ扱いになる。どんな副作用が起こるのかまでは説明してもらっていなかったが、とてもじゃないが恐ろしくて飲めたものではない。

しかも、リーマスは全くといっていいほど効かなかった。
憂鬱な気分はいっこうに晴れず、落ち込みはひどくなる一方。さらに困ったことに、前胸部(要するに胸元)に、ばらばらと赤い発疹まで出てきたのだ。
頭痛は一日おきぐらいに出るわ、年末年始にかけてひどい風邪はひくわ(しかも薬が飲めない)と踏んだり蹴ったりの有様で、仕方なく新年早々に担当医に惨状を訴えた。
結局リーマスは投与中止になり、200mg/DAYだったデパケンRを300mg/DAYに微増。

この病気とは一生付き合っていかなくてはならないのだが、いい加減、色々といやになってきた。
こういうとき、死にたいと思う。
他人や家族に迷惑をかけつつ、飲みたくもない薬を飲み、やっとのことで命をつなぎながら廃人同様の生活を送っている自分にいったいどんな価値があるというのか。
せめて死んだら臓器提供をしたいと思ってはいるが、私の臓器など薬でぼろぼろになっていて、すでに使い物にならないのではなかろうか。

何のために生まれてきたんだ、私は。
望まれて生まれたわけでなく、そのために親・家族からも疎まれ、愛されたいとひたすら望んでは傷つくだけの繰り返し。

むなしい。
必死で生きようとしている難病の人には申し訳ないと思いながらも、心を蝕むこのむなしさから逃げられない。
それも病気のせい、と医者は言う。
しかし心と気力を蝕まれているのは当の医者ではなく、患者である私なのだ。
むなしい。
持って行く場所のない、名前をつけることもできない重い何かをひきずりながら、ただ残りの人生を歩くしかないのだろう。

なんでこんなことになってしまったのだろう。
私はただ『普通の幸せ』が欲しかっただけなのに。




誕生日 

2009年11月02日(月) 5時08分
今日は私の誕生日。
もう祝ってもらって嬉しい年齢などとっくに過ぎてしまった。

むしろ、一年の中で一番忘れていたい日ですらある。
この世に望まれて生まれてきたわけではない私の、呪われた人生の出発点の日。

UNHAPPY BIRTHDAY TO ME.
私なんか生まれてこなければ良かったのに。


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書き記そうと思いつつ、ずっと書けずにいたことがある。
それは、年下の彼のことだ。

結論から書いてしまおう。
この夏、長いようで短かった私の恋は、終わった。
正確には多分、ずっと私の一人相撲だったのだろう。
自分ではできる限り彼に尽くしてきたつもりだけれど、年上であるはずの私の中の甘え心が彼にとって負担になっていたのだろう。
多分、恋愛と呼ぶべきかどうか判らないけれど、とりあえず私との付き合いのあった期間は、彼にとってはずっと苦しい日々だったに違いない。

彼の一番輝いているべき20代の数年間を、私なんかのために無駄遣いさせてしまった。
その申し訳なさに、涙をこぼすことすら許されないほどの時間の重さを実感している。

棄てられた私はひっそり思う。
どうか、彼に相応しい、やさしくかわいい彼女ができますように。
そして私が守れなかった約束――ディズニーランドでのデートは、彼と新しい恋人との初めての楽しい思い出になりますように。

遠くから、私は祈る。
彼の人生の行く先に幸多かれ、と。

薬変更・その後 

2009年10月03日(土) 5時30分
セカンド・オピニオンにしたがって、セロトニンコントロール系から、ドーパミンコントロール系へと薬を変えてみた。
しかし、ジプレキサは私の体にあわなかったらしく、猛烈な副作用が出てしまった。
ハイな状態(軽躁状態)が落ち着いてきたある日、両手がパンパンにむくんで、痛みのあまり握れない状態になった。
ついでに、手足の腱(筋?)が突っ張って、全身が痛くて思うように動けない。
あわてて病院に電話し、ジプレキサは取りやめになった。

その後、先生と再度相談して、ジプレキサ5mg/DAYからロナセン2mg/DAYへ変更。
一応『お試し段階』ということで、通常4mg/DAYから始めるところを半分の2mgから始めることになった。
感想としては・・・ジプレキサほどの劇的な効果はないものの、ほんのりと少し浮上するような感覚?
ただ、ロナセンにはよくある副作用として頭痛がでることがある旨が報告されており、もともと偏頭痛持ちの私にとってはダブルで『頭が痛い』状態に。
実際、ズキズキと嫌な頭痛がけっこう頻繁に襲ってくる。
とはいえ、それがここのところの気候のせいなのか、ロナセンの副作用なのかが判らないのが困るところ。

とりあえず、ジプレキサのような耐えられない副作用が現れるかどうか、服用しながら様子を見るしかない。

カーテン購入 

2009年10月01日(木) 11時30分
大手通販のニッ○ンで、夏カタログのバーゲンをやっていた。
バーゲンの内容をチェックしてみたところ、ちょうどインテリア用品も安くなっていた。

窓が多いというのは魅力的ではあるのだが、逆に言えば遮光カーテンがないと夜に部屋の中が外から丸見えになってしまったり、夜明けの光(東南向きなので)がまっすぐに入ってきたりして具合が悪いことも結構ある。
さらにいうと、プロパーで買うとぶっちゃけ遮光カーテンというのは呆れるほど高いのだ。

それで、いい機会だと思ってカーテンのコーナーをチェックしていたら、我が家の窓サイズにちょうどいい遮光カーテンがバーゲン価格になっていた。
デザインは、大小取り混ぜたユニークなチェック柄。
色は、カタログでは「ブラック」となっていたが、届いた現物は黒っぽいダークグリーンという感じ?
とりあえず、季節を問わない落ち着いた色みなのでよしとする。
完全な真っ黒だったら、ちょっと部屋のイメージが暗くなりすぎたかもしれないので、これはこれでよかったのかも。

カーテンにあわせた黒のチェック柄の木綿のキルティングラグも購入したが、まだ寝室予定の部屋の荷物が片付ききっていない(自分のへたれさを日々痛感)ので、ラグをリビングに敷くことは当分先になると思う。
早く片付けてしまいたいと気ばかり焦るのだが、何しろこういう病気なので(あまり病気のせいにはしたくないが)なかなか思うに任せないのがもどかしい。

でも、カーテンを変えただけで(今までは前の家で使っていた遮光カーテンを、光が入る窓だけとりあえずかけていた)ずいぶん部屋のイメージが変わった。
この部屋に移って4ヶ月以上が過ぎたが、ボロアパートを渡り歩いていたころに比べると、部屋に対する愛着というか、「大切に綺麗に住もう」という意識が少しずつ芽生えてきているような気がする。
キッチンには分別式ダストボックスを置いたし、前はやる気が出なくて放置していることが多かった洗い物も、嫌になるほどたまる前になるべく片付けるようにしている。
それだけでも、私自身にとってはかなり大きな進歩なのだ。

何年この部屋に住むことになるかは判らない。
なるべくなら、長く住みたいと思う。
せめて1日1個でも、ダンボールの中身を片付けるようにしなくては。
こつこつがんばろう。

・・・とはいえ、荷物の片付けに相方がまったく協力してくれないのは非常に腹立たしい。
せめて、自分の趣味の小物ぐらいは自分で整理して欲しいのだけどな。

セカンド・オピニオン 

2009年09月05日(土) 9時58分
セカンド・オピニオンも時には必要だと思った。

ドクターショッピング(医者めぐり)はよほどの難病でない限り、やればやるだけ時間と金の無駄な場合がほとんどだが(あるいは、いくらドクターショッピングをしても治しようのない場合ももちろんある)、私のように足かけ十年も同じ病院にかかり続け、同じ先生に担当してもらっていても全く回復の兆しすら見えてこないとなると話は別だ。

まず、私への先入観が少ない、同じ病院の別の先生にかかってみた。
『小さい頃から片付け・掃除が得意ではない』
『注意力散漫』
『そのくせ、自分の好きなことには周囲の何も存在しないかのように見えるほどの集中力を見せることがある』
などの傾向から、もしかして自分は欝や躁鬱などではなく、広汎発達障害――いわゆる『ADD』の可能性はないか?と質問してみた。

すると、その先生いわく
「症状・所見からして、ADDの可能性はほぼないと思う。そういう症状が見られるとすれば、それは幼少期のトラウマ(幼少期〜十代にかけての家庭内DVについては申告済み)から来ていると思われるので、もしかすると投薬治療より専門機関でカウンセリングを受けた方が有効かも知れない」
という診断を下された。


この診断結果を基に、投薬治療とカウンセリング治療を並行して行うことが出来るという別の病院へ『セカンド・オピニオンである』旨を告げて受診した――この病院で出た診断結果は、意外にも『今私が処方されている薬の種類に問題があるのではないか』とのこと。

最初は私自身が精神的不調の原因が『鬱である』という認識を持っていたため、鬱の解消を目的として治療を開始したものの、トレドミンを処方されたら躁転・その後躁鬱II型のラピッドサイクラーに症状が変化し、治療方針が『感情の平衡を保つ』という方向に変わった。

今の病院で出されているのはセロトニンをコントロールするための薬がほとんどなのだが、セカンド・オピニオン先の病院では、セロトニンではなく、ドーパミンを投薬治療でコントロールするべきではないかと言われた。
また、カウンセリング治療に関しては、カウンセリングの過程で精神的不調を引き起こしたトラウマの原因を直視することになり、現在危うい状態で落ち着いている症状が劇的に悪化する可能性があるため勧められない、という。

セカンド・オピニオン先では診断結果だけで処方箋は貰わず、前回診察してもらった先生(カウンセリング治療が必要?と診断した先生)に「セカンド・オピニオンを受けてきた」ということと、その結果(ドーパミンコントロールを勧められた)を伝えたところ、セカンド・オピニオン先を確認され(申告したら先生いわく「あそこはしっかりしたいい病院だから大丈夫」とのこと)、確かに今までセロトニン方面からのアプローチばかりしてきて結果が出ていないので、一度処方をドーパミン方向からのアプローチに変更して様子を見ようということになった。

今回の処方は、今まで処方されていたジェイゾロフト100mg/DAYを取りやめ、就寝前にジプレキサ5mg/DAYを服用することになった。
その他はとりあえず変更なし。

これで2週間の様子見。さてどうなることやら・・・。
ちなみに、一度エピリファイ(ドーパミンシステムスタビライザー)を処方されたが、2週間服用しても変化が感じられなかった(ただ眠くなるだけだった気がする)のでやめてしまったことがあったので、今回のジプレキサも効果が出るのかどうかちょっと不安だ。

でも、セカンド・オピニオン先は医療施設ということで、通常よりもかなり割安の料金(診察とワンセットが条件。診察料は健保3割適用。私の場合は自立支援適用病院で診察・投薬処方をもらうので、診察料+カウンセリング料を支払うことになる。確か30分2800円だったかな?)でカウンセリングが受けられるというメリットがあるので、一度ぐらいはカウンセリングを受けてみてもいいかもしれないと思った。

・・・過去の暗闇に埋もれて朽ちつつもなお人を傷つける古釘のような、
嫌な記憶の数々が掘り出されることは間違いないのだけれど・・・。


<追記>
「お薬手帳」の大事さも痛感。
セカンド・オピニオン先への紹介状がなくても、お薬手帳に記載された処方の記録から、診断結果と治療方針の方向性がある程度は見えてくるのだとか。
今回は紹介状がなかったので、セカンド・オピニオン先の先生から
「お薬手帳がなかったらちょっと厳しい事例でしたよ」
と言われた・・・。

<さらに追記>
ジプレキサはけっこう効果が実感できているのだが、服用後、薬が効いてくると『電池が切れたように』ぱたっと眠ってしまうのが困り物。
目が覚めてしばらくすると、わりと元気に動けるようになるのだが・・・しかし、4~5日目、電池が切れた。
相方いわく
「単に目先が変わって躁転しただけじゃないか?」
と・・・。なんともいえないのがもどかしい。

・・・疲れる。 

2009年08月17日(月) 16時20分
盆休みがやっと終わった。
相方はといえば、ゲーム三昧で引越しの荷物を片付ける気配もなし。
私が言わなければなにもしないのか?

しかも、今年は結婚してから初めて夏季手当(ボーナスなどとはとても言えない金額ではあるが、あるとないでは大違いなのは確かだ)が出なかった。
二重の意味で、しんどい夏だ。

ああもう、どうしてくれよう。
P R
プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:桐子
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:11月2日
  • アイコン画像 血液型:O型
  • アイコン画像 職業:専業主婦
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年齢:秘密。でももう若くはない。
相方:アリ。
子供:なし。

仕事:コンピュータ黎明期?から、その周辺の仕事を転々。契約社員として某通販コールセンター勤務
→症状悪化のため退職、自称専業主婦として療養中orz

現在:鬱病・・・と思っていたらどうやら「双極性感情障害(いわゆる躁鬱病の一種?)」だった。なかなか合う薬がなく、症状改善への道はきわめて遠いといわざるを得ないのが現状。
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