『中二病でも恋がしたい!Take On Me』を見ました。

January 15 [Mon], 2018, 21:48

待ち焦がれた、『中二病でも恋がしたい!』の続編、完全新作映画『中二病でも恋がしたい!Take On Me』が公開されました。

何年待ったのか、それすらも覚えていないのですが、とても長く待ちました。
私事ですが、『中二病でも恋がしたい!』はかなり思い入れのある作品で、数年間アニメをほとんど見ない時期がありまして、その後再びアニメを見るようになって最初に見た作品が『中二病』でした。とても印象深い作品です。
Twitterで私のことをご存じの方は、私が熱狂的な樟葉ちゃん推しであるため、この記事は樟葉ちゃんのことで埋め尽くされるのではないかと思われるかもしれませんが、今回はそれを封印します。もちろん樟葉ちゃんは好きです。でも、"普通"の記事を目指していきたいと思います(普通の基準がわかりませんが)
テレビシリーズも振り返ってみたいところですが、今回は映画のみを扱っております。


以下、ネタバレ多数です。

以下、ネタバレ多数です。


率直に申し上げると、『中二病でも恋がしたい!Take On Me』に対して、私はさほどの期待を抱いていませんでした。『戀』が不評だったこと(私も一期ほど好きではない)もあり、「ある程度納得のいく作品であればいいや」程度の気持ちでした。『戀』の不完全燃焼感を克服さえできればそれでいい、そう思っていました。
だから、まさか泣くことになろうなんて思ってもいませんでした。本当に、本当に素晴らしい映画だったと思います。夢にまで見た、美しいハッピーエンドがそこにはありました。

では、私の感想や考察を述べさせていただきます。



冒頭、六花と勇太の関係が何ら変わっていないことを確認でき、安心したのやら不安になるのやら。
そしてオープニングです。京アニの、監督の六花への「好き!」という思いが溢れ出るようなオープニングでしたね。ZAQさんの音楽も素晴らしい。心踊る旅が始まることを予感させる、胸の高鳴るオープニングでした。

六花について、ひとつ、キャラデザが少し変わったような気がします。オープニングなんかは顕著ですが、"中二病"としての六花よりも"女の子"としての六花を強調しているように感じました。心なしか垂れ目になったような。

さて、オープニングで虹が出てきます。私もTwitterでそのツイートを拝見するまでは気づかなかったのですが、この作品、虹だらけですね。それにどんな意味があるのか私なりに考えましたが、それについてはまた後程お書きします。

駆け落ちに出るまでは、ほどよく笑える日常が続きます。忘れかけていた『中二病』の世界に戻してくれる、そんなやり取りが。

駆け落ちの辺りから、これまでの『中二病』とは違った世界に入り込んだような気がします。いくら同棲している恋人とはいえ高校生。十花さんに大見得切って「一緒にいたい!俺たち(わたしたち)は大丈夫だ!」と言えるだけの勇気も根拠もない二人は、逃げるように駆け落ちの旅に出た、そう思っています。十花さんに認めてもらうための旅だと言ってはいますが、認めてもらうために十花さんと向き合うことから逃げた、それが私の受けた印象です。ただ、六花の「行きたいな、駆け落ち」という台詞からは、六花と勇太の「このままではいけない」という思いも感じました。この駆け落ちで何か変わるかもしれない、そういう淡い期待を二人とも抱いていたような気がします。私の暴走気味の想像が生み出した推測なので、果たして共感していただけるかどうか。

それにしても、間接キス事件は、勇太ぁ...お前なぁ...って思いましたね。女家系ってあんなものなんですかね?私は男家系でなおかつ工業高校出身なので、間接キスとか超大事件なのですが...でも、六花が勇太のことが好きなんだな、と再確認できる大事なシーンだと思います。

さて、話は大きく変わりますが、この駆け落ちでは京アニファンにとって思い入れの深い場所がたくさん出てきます。過去作が用いられるというのは、他社ではよくあることですが、京アニではなかなかないことかと思います。そして、何より嬉しかったのは、ネタとして京アニの過去作の聖地を登場させなかったことです。ネタではなく、ごく自然に、リアルに、作品の世界に溶け込んで出てきました。それが嬉しかったのです。七宮が「みんな繋がってるね」と言いましたが、京アニの過去の作品が、キャラクターが、そこに出てきた町が、繋がったような気がします(七宮はそういう意味で言ったのではないでしょうが)。京アニの造り出してきた作品が、キャラクターが、町が、決して過去のものではなく、脈々と受け継がれていく京都アニメーションの世界のなかで、今も生きている、この世界のどこかで幸せを生み出している、そう思えました。「町も人も、みんな家族です」CLANNADでの渚の言葉を思い出しました。みんな、どこかで繋がっているのです。作品が違えど、住む場所が違えど。だから京アニは"町"をあれほど丁寧に描くのだと思います。「わたしたちは町を愛して、町に育まれている」のですから。
話がずいぶんと脱線してしまいました。

六花が勇太から指輪をもらったことに関わる一連のエピソード、六花がまだ何かから逃げていることを感じられます。勇太からのまっすぐな気持ちを受け止めきれずに指輪を自分で付けてみたり、指輪を置き去りにして逃げてしまったりしました。何かの重要な決断をする際に、それと向き合うことを恐れて先延ばしにしてしまうというのは身に覚えがあるので、とても共感することができました。

それにしても、指輪は蝶なんですね。サナギから蝶へ、ですね。

駆け落ちをしている間で面白いなと思ったのが、キスに関する勇太と六花の見方です。キスはふたりにとって(特に六花にとって)上級契約を結ぶ重要な儀式だったはずなのです。でも、ふたりとも「そんなことはどうだっていい!」と言わんばかりに眠る相手に対してキスをしようとします。中二病だとか契約だとか、そういうことよりも「好き!」という気持ちが高じているのを感じとることができて、赤面してしまいました。

六花が母親に会ったときにどんなやり取りが交わされたのか、推測しかできませんが、「六花は富樫くんのことが本当に好きなのね」と繰り返し言っていた母親なので、六花の勇太に対する「好き」という感情を再認識させたのではないかと思っています。
そういえば、イチゴのパフェが出てきますよね。六花が母親と話すシーンでも、十花さんが勇太と話すシーンでも(うろ覚えですが)。イチゴが愛情と結婚の女神の果物だと言われているのと関連があるのかな、と思ったりしています。

勇太が六花の母親と会ったことにはどんな意味があったのか、あまりしっくりくる結論は導き出せませんでした。まず、六花が勇太のことを本当に真剣に考えていることを知れたことが重要だと思います。そして、みんな色々な問題を抱えながらも、六花のことを案じ、守ろうとしていることを確認できたのは、大きかったのではないでしょうか。決してひとりで六花を守るわけではないということを。勇太は「あいつを守ってやる資格はないんでしょうか」と問いかけていましたが、それはたぶん勇太だけが思っていることではないんだと思います。母親も一緒にいてあげられない負い目を感じながら六花のために精一杯働き、十花さんも自分の夢や仕事と家族の間で苦しんでるのだと思います。だから、この作品の中では誰かを守る資格の有無はさほど重要ではないのかもしれないと思いました。実際、勇太が六花を守る資格があるのか、明言はされていません。大切なのは、相手を思う気持ちなのではないのかと、そう思いました。

そして、六花はある意味ラスボスとも言える七宮との決戦に向かうわけです。六花が「どちらも最重要案件!」と七宮に言い切ったのには、拍手を送りたい気持ちになりました。六花はわかっていたはずなんです。いつかは邪王真眼を捨てる日が来ることを。そして自分が勇太とずっと一緒にいたいことも。でも、ダークフレイムマスターによって生まれた邪王真眼も、自分にとってとても大切なものであることも。七宮は、あるものを捨てて、あるものを選んだ。でも六花は選ぶことをしなかった。それは、かつて勇太に恋をした七宮にとって、許されざることだったのでしょう。もしかしたら、嫉妬なのかもしれません。でも、七宮も勇太と「ふたりで」選ぶ道をたどれば、全く違う未来があったのかもしれませんね。すべては想像でしかありませんが。

それにしても、くみん先輩は本当に頼れる先輩ですね。絶対に物事の本質を見誤らない、みんなが笑って未来へ進めるように、卒業前に素晴らしい置き土産をくれたという感じです。

そして、感動の再開です。お互いが「好き」という気持ちを再確認したからこそ、あんな痛々しい再開の仕方をできたんでしょうか。両想いであることの強い確信がないと、あんな恥ずかしいことはできないですよね。でも、よかった、本当によかったです。
ここで六花の持つ、十字架のキャリーバックが倒れるのですが、これは愛を表しているのか、契約を表しているのか。もしくは、別の何かを象徴しているのか。

そして、船の上でのシーンです。たとえすべてが変わっても、お互いを好きでいること、一緒にいること、最高の愛の形なのではないかと思います。「中二病でも恋がしたい」は、色々な契約を交わしたり、近づいたり、離れたり、本当に遠回りな恋だったと思います。でも、行きつくところは「中二病でも恋がしたい」。人生のほとんどは遠回りだと誰かが言っていましたが、本当にそうですよね。必至に考えて、悩んで、走って、泣いて、そういう道をたどってたどり着いたものは、案外シンプルだったというのはよくあります。
でも、六花と勇太の立派なところは、覚悟を決めたところだと思います。一緒に生きる覚悟をする、これは並大抵のことではないと思います。「よくやった!」と誉めてあげたいです。
最後、結局六花と勇太は中二病を発動させて、そのなかで抱き合います。この中二病発動で上級契約が結ばれたという解釈でよろしいでしょうか(不安)。六花も勇太も、そして他のキャラクターも、さらには私も、自分が恥ずかしくて、不器用で、自分の作った狭い世界でしか生きていけません。六花と勇太にとってそれは中二病だったのかもしれません。でも、そうやって狭い世界でひたむきに生きるたくさんの人が繋がって、素敵な世界を作っていくのだと思います。「みんな繋がってるね」です。

あのタイトル回収は、卑怯としか思えません。しかも、あの曲を流してくる。京アニ...そうやって泣かせてきますね...

さて、虹についてですが、虹は契約を意味するものとして用いられているのではないかと思いました。ノアの方舟で、契約の証として用いられた虹。上級契約を結ぶか結ばないかで揺らめくふたりのそばには、たくさんの虹がありました。いろいろな形で。私はそれを、契約のモチーフとして描いていたのではないかな、と思っています。旧約聖書に出てくるノアの方舟伝説、神と人間の契約の証の虹、いかにも中二病っぽくていいと思うのですが、どうでしょうか。だから最後が船なのかなとも思ったのですが、これは考えすぎかもしれません。でも、虹に関してはTwitterでもいろいろな見解があって、それぞれ「なるほど」と思わされるので、みんな正解ということでいいのではないかと思います。

最後に、結婚式のシーンになります。十花さんのブーケを目指して六花が飛びます。あのシーン、私はサナギから蝶へと生まれ変わった六花を表現していると思います。蝶へと生まれ変わった六花がつかんだのはブーケ。ブーケをつかむということが何を意味しているのかは言わずもがな。エンディングの『こころのなまえ』ではこう歌われています。「幸せにたどりついた」と。



私にとって『中二病でも恋がしたい!Take On Me』の最大の印象は、六花の一人立ちです。十花さんに引っ張られていた六花が、どこか勇太に保護者として守られていた六花が、自分の意志で、ひとりで、勇太と一緒に生きるという選択をする物語だと思っています。だから、最後が「同棲は解消しろ」なのではないかと。作品から受ける印象は一人一人違うでしょうから、一意見として受け止めていただければと思います。

この映画を見ることで、私は心から安心できました。六花はもう大丈夫だ。勇太はもう大丈夫だ。たとえ大きな困難があろうとも、ふたりなら乗り越えていける。凸守も、森夏も、くみん先輩も、七宮も、十花さんも、六花の母親も、みんななら大丈夫、助け合って生きていける、たとえ離れていても、立派に生きていける、そういう確信を得られました。みんななら絶対に幸せになれる、そう思います。この確信こそが、ハッピーエンドの絶対条件なのではないかと、私は思います。今日も、きっとどこかで、みんなは面白おかしくも、かけがえのない毎日を生きているのだと思います。

本当に素晴らしい映画でした。
本当に素晴らしいキャラクターたちでした。

これで完結なのか明言はされていませんが、私はこの映画を見て、何の心残りもなく、みんなとお別れすることができます。
みんななら大丈夫。幸せになれる。

『中二病でも恋がしたい!』のみんな、ありがとう!そして、さようなら!いつまでもお幸せに!

そして、『中二病でも恋がしたい!』を造り上げ、支えてくれたすべての方々、本当にありがとうございました!

『ゆるキャン△』1話 聖地巡礼

January 05 [Fri], 2018, 18:44
PC版にして見ていただいた方が見やすいかと思います。

『ゆるキャン△』始まりました!!!

山梨が舞台ですよ!!!山梨が

いや〜、ついに山梨にもアニメの聖地がやってきましたよ。東京の隣でありながらなぜかアニメの聖地がほとんどない山梨県。ヤマノススメもね、出てましたけど、メインは飯能ですしね、やっぱりひとつの作品のメインの舞台になるってのは嬉しいですよね。ん?迷家?ペルソナ?まぁ、あの作品はね、ほら...うん。なんでもありません。
とにかく時代が山梨県に追い付いたということですね。

というわけで、聖地巡礼してきました。放送日のすぐあとに巡るために希望休みをもらいました。

※この記事では比較や研究目的でアニメの画像を引用していますが、それらの著作権は(C)あfろ・芳文社/野外活動サークル に帰属します。
※聖地を巡る際は、法令やマナーの遵守、地元住民への配慮をよろしくお願いいたします。


【お知らせ】ここからしばらく、アイドルマスターシンデレラガールズの話になります。

ところで、皆さん「ガチャ」って引きますか?私は引きます。私はこの聖地巡礼の前日に、デレステのガチャを引きました。茄子さんが欲しかったんです。どうしても欲しかったんです。あ、そこのあなた、今「茄子」のことを(なす)って読みましたね。まぁ、仕方ないですよね。(なす)って読んじゃいますよね。でもこれ、(かこ)って読むんです。僕はいいですけど、他のアイマスP過激派の前で間違えたらiTunesカード10万円分の罰金を科される場合があるので気をつけてください。フルネームで鷹富士茄子(たかふじかこ)さん。みんなに幸せを届けるアイドル。20歳。なんと同い年!!!身長160p体重43s。とってもかわいいんです。だから、僕は課金してガチャを90回引いたんです。結果、引けませんでした(涙)。いや、石油王のごとく課金している皆様からすると微々たる課金ですし「そんな課金額で引こうとするなんて甘すぎる」なんて言われちゃうかもしれませんけども、やっぱり辛いですよ。僕は全力を出しきった。でも、僕の思いは茄子さんには届かなかった。

何が言いたいかと言いますと、私はとってもブルーな気分です。
そんな気分でゆるキャンの聖地、本栖湖へ向かいました。天気予報は曇りか晴れ。甲府盆地の自宅を出たときは晴れていました。そして、富士北麓地域へと向かう国境の長いトンネルを抜けると...そこは雪でした。いや、積もってはないんですけど、空はどんよりと曇り、雪が舞っていました。もう、心はブルーを通り越して    です。なんて書いたと思いますか。無色透明です。意味わかんないですね。すみません。

そんなこんなで、いつものよりテンション低めで始まった、ゆるキャン聖地巡礼です。

↓ここから本編↓ここから上は筆者の戯れ言。


本栖湖周辺・浩庵キャンプ場


はい。リンちゃんが坂道を汗水流して上ってきました。そしてトンネルです。国道300号を、身延町から上ってくると、リンちゃんと同じ道をたどれます。アニメで出てくるのは、トンネルの周辺の数百メートルだけですが。この国道300号、なかなかすさまじい山道でして、リンちゃんとなでしこ何者だよ...ってなります(アニメの地理関係にリアリティを求めるんじゃない!)



本栖湖側はこんな感じです。0度おおお!寒い!
と言っても、真冬の夜にこの辺りを通ったときは氷点下13度でした。皆様、防寒対策はしっかりと。




国道300号から本栖湖を周回する道へと右折するとすぐに、なでしこが寝ていた公衆トイレが(トイレの前で寝るって女子としてどうなんだ)

ふむ...ここになでしこちゃんがねぇ...
私も寝てみましょう。ゴロン。

ここから富士山を眺めながら眠ったわけですね。なるほど。心なしかなでしこちゃんのぬくもりが残っているような...嘘ですカメラをベンチに置いて撮っただけですすみません。
今の季節に寝たら風邪をひくどころか凍死しますので決して真似なさらないように(ヤマノススメクラスタは除く)
このトイレはチップ制なので小銭をご持参ください。

続きまして浩庵キャンプ場へ。先程のトイレから目と鼻の先にあります。
お店にいた方にキャンプ場内で撮影していいか尋ねたところ、徒歩での立ち入りで長時間でなければOKとご快諾いただきました。ありがとうございました。



再現度が高いです。



中に入ると探すまでもなく次々とアニメに出てきた景色が現れます。



富士山が見えない。
富士山が見えない!(大事なことなので2回言いました)
山梨に住んでるから毎日富士山見てるしいいだろ!って思いますよね。でも、ブログ映えしないじゃん!!!
ちょっとアングルは違いますが、晴れるとこんな感じです↓


こんなに寒いのに、結構キャンプしている人がいましたね。人が少ないですし、空気も綺麗なので、装備と経験があれば冬キャンプもなかなか楽しいのかもしれないと思いました(詳しくはヤマノススメクラスタにお尋ねください)

あ、松ぼっくりcv大塚明夫 もたくさん落ちてました。

以上が本栖湖周辺の舞台です。
まず言えることは、とっても寒いです。暖かい格好で来てください。
あと、ここは公共交通機関も少ないので、車で来る方が多いと思いますが、場所によっては凍結しています。雪や雨が降った後にはどこもかしこもツルッツルです。スタッドレスタイヤをお持ちでない方は、春を待ってから来ていただいた方がいいと思います。

「先生!質問です」
『ん?』
「最初のアイドルマスターシンデレラガールズの話って意味があったんでしょうか?」
『ない、ただガチャに負けた悲しみをみんなにも共感してほしかった』
あ、輿水幸子は山梨県出身ですよ!


内船駅

なでしこが通学の際に利用する駅ですね。特急も停まります。ただ、ローカル線なだけあって、本数はかなり少なめです。
本栖湖から国道300号の旧坂を下り、富士川沿いに出たら国道52号を南下、車で一時間ほどかかりました。

この向かいのパン屋さんオススメです。

南部橋

内船駅から西へ徒歩数分。富士川にかかる大きな橋があります。なでしこが通学の際に通る橋です。


ちゃんとカットを合わせて撮れやぁ💢って怒らないでください。写真下手くそすぎてすみません。(しかし酷いな)

この辺りになでしこの家がある設定なのですが、ここから本栖湖までの距離はなんと37キロ標高差は770メートル(ソースはグーグル先生)
これをあの自転車で行ったとなると、なでしこ、実はすごい子だった...?(アニメの地理関係にリアリティを以下略)


旧下部小学校・中学校

学校の場所ですが、これはいちばん苦労しました。原作で甲斐常葉駅が出てきたので、その辺りにないかなー、と探したら ビンゴ ありました(自分でもびっくりですよ)
身延町役場下部支所の北側、旧下部小学校と中学校でした(リンちゃんは小学生だった!?)




もう完全にここが学校のモデルだと思い込んでいる僕ですが、場所のモデルはここだけど、校舎は違う学校がモデルです、とかだったら三日三晩枕を濡らすことになると思います。



撮影していて何かおかしいな、と思い調べたところ、この学校、何年か前に閉校していたようです。最後の生徒数は二十数人だったとか。

生徒がいなくなっても時を刻み続けている時計が、なんとも悲しげでした。


ちなみに中学校が閉校した翌年に、ゆるキャンの1巻が発売されています。もしかして、作者さんの思い入れのある学校だったりするのかな、と妄想したりしていますが、原作で出てくる学校はどうも違う学校に見えます。果たして真相や如何に。

こちらの学校、閉校しているということもあって、地元住民の方は校庭などに自由に出入りしていましたが、果たして入っていいものか。町役場に電話で聞いてみようかな、と思っています。
この辺りには高齢者向けの施設や保育園、図書館などもあるので、地元の方に迷惑のかからないように十分注意してください。


以上、ゆるキャン第1話聖地巡礼でした。

オープニングでフルーツ公園や四尾連湖などが出ていましたが、また本編でも出てくるかと思いますので、今回は巡礼していません。高ボッチ高原いきたい...

ガチャで爆死した悲しみも忘れて、聖地巡礼を楽しみました。同じ県ということもあって、一度は来たことのあるところばかりでしたが、アニメの聖地巡礼として来ると、また違う楽しさがあります。
(でもやっぱり私は茄子さんがほしい。そうだ!クレジットカードがあるじゃないか!)

ゆるキャン聖地巡礼での注意事項は、

・冬の本栖湖はめちゃくちゃ寒い。
・聖地全般的に公共交通機関はとても貧弱。
・冬キャンプは知識と装備と経験を積んでから(詳しくはヤマノススメクラスタまで)
・車でアクセスする際には雪や凍結に要注意。
・浩庵キャンプ場は私有地。
・山梨県で「静岡側が表富士」とか「山梨側は裏富士」とか言うと普段は温厚な山梨県民が鬼と化すので気をつけること。

辺りでしょうか。

無駄なコメントの多い記事でしたが、お読みいただきありがとうございました。

山梨県、いいところです。ぜひお越しください。皆さまの来県をお待ちしています。

「CLANNAD after story」 菜の花畑を見てきました。(青森県横浜町)

August 18 [Fri], 2017, 22:48

お久しぶりです。

以前に青森県横浜町に聖地巡礼に行った記事を投稿しましたが、前回は4月中旬、菜の花は咲いていませんでした。そこで、5月に菜の花畑を見に、再び陸奥横浜に行って参りました。

素晴らしかったです。その一言に尽きます。皆様も是非一度訪れてみて、一面の菜の花畑を目に焼き付けてきてください。


欲を言えば、もう少し晴れていれば最高でした。

遠くに見える風車もいい雰囲気でした。風車の下では牛が放牧されていました。


陸奥横浜駅からすぐに菜の花畑が見え始めます。というか、電車に乗っているときから幾つか見えてました。陸奥横浜駅からは歩いて、菜の花フェスティバルのメイン会場にもなっていて作中でもチラッと映る自苑園に行ったのですが、まぁ、遠かったです。駅近くを除いて、途中にコンビニ等もないですし、おすすめはしません。でも道中チラチラと菜の花畑があったり、下北半島の冷たい風を感じたりすることができるので、個人的には楽しかったです。

Twitterでも投稿しましたが、陸奥横浜の菜の花畑は、採算性が悪いこともあり、苦境に立たされているようです。実際に訪れて観光をしていただいたり、今ではふるさと納税なんかもあるようです。お気持ち許されるようでしたら、ほんの少しだけでも、横浜町と菜の花農家を応援してくだされば嬉しいです。

この菜の花を咲かせるためにご尽力してくださった全ての方に、心からの感謝を申し上げます。

「CLANNAD after story」の聖地巡礼については過去の記事に書いてありますが、正直、私の書いた情報不足な記事より、他の方が書いた記事の方がよほど分かりやすいと思いますm(__)m

「半分の月がのぼる空」聖地巡礼

April 26 [Wed], 2017, 19:19
お久しぶりです。

だいぶ前のことになりますが、1月に行った「半分の月がのぼる空」の舞台、伊勢の聖地巡礼のまとめになります。
私は熱烈な原作ファンなので、今回はアニメや映画ではなく原作のみの聖地巡礼となっています。
「半月」は原作に聖地マップが掲載されたり、実在の地名がそのまま使われていたりと、ほとんど下調べなしでも、十分に聖地巡礼を楽しめました。

PC版サイトにしていただいた方が見やすいかと思います。

伊勢市駅

作中で幾度か登場する伊勢の玄関口、伊勢市駅。おそらく作品が書かれた当時から建て替えられた駅舎になると思いますが、雰囲気だけ。作品でも取り上げられている今はなき七越ぱんじゅうのお店があったのもこの駅前だそうです。



宇治山田駅

こちらも幾度か登場する宇治山田駅。文化財にも登録されている歴史ある駅舎です。たぶん、書かれた当時と雰囲気は変わっていないと思われます。




まんぷく亭

宇治山田駅のすぐ近く、「半月」ファンなら誰もが知っているまんぷく亭。例の唐揚げ丼をいただきました。普通サイズです。(店舗の写真撮り忘れた...)

とても美味しかったです。唐揚げのスパイシーな味付けとトロトロの卵がご飯と絶妙に合います。
お店では優しそうなおばあちゃんが「半月の人ですか?」と声をかけてくれて、橋本紡さんのサインや、聖地巡礼ノートを見せてくれました(作品が書かれた当時はこのおばあちゃんがお店を仕切っていたのではないかと勝手に推測)


瀬田川周辺

宇治山田駅から瀬田川を海へ向けてしばらく歩くと、河崎地区に着きます。原作に掲載されているマップによれば、この辺りが理香の住んでいる地区です。

川沿いに古い街並みが広がります。住宅地なので写真の掲載は控えますが、とても趣のある地区です。伊勢に行った際には是非歩いてみてください。

ちなみにここから少し北側、宮後地区周辺が司の家、ちょっと南側が山西の家、瀬田川をすこし上流に行けば裕一の家があるみたいです。どこも住宅地なので写真は掲載しませんが、とても歴史を感じられるいい街並みです。半月の世界、伊勢の生活感が感じられます。

こんなお店もありました。

みゆきの家がマップに書かれていないのがちょっとした疑問です。


虎尾山(砲台山)

半月の中でも最も重要な聖地とも言えるかもしれない砲台山こと虎尾山です。
私の知る限りでは登り口は2つあって、一つは麓の住宅地にあるこの公園から登るルートです。公園までたどり着けば看板があってすぐに登れます。

急斜面の山道になるので、歩きやすい靴が望ましいです。


もう一方のルートは、ふらふらと徘徊していたら偶然見つけたもので、山頂南側の住宅地から入ります。

こんな感じのところに登り口があります(わかりづらくてすみません)
登山道自体は歩きやすいのですが、登り口にたどり着くまでがわかりづらいので、あまりオススメできません(下手をすると住宅地を徘徊する不審者に間違われるかも)

なお、公園から登る登山道は、以前の登山道がダメになった際に、誰か(忘れてしまいました)が新たに作ってくれたものです。作ってくれた誰か、本当にありがとうございます。

そしていよいよ山頂です。
作品通り、石碑がありました。

伊勢の街が一望できます。

石碑の裏に回ると、イラスト帳や聖地巡礼ノートが。全国から今でもたくさんの方が来ていることがわかりました。

山頂から伊勢の街を眺めていると、この街で理香と裕一は今でも生きているのだろうかと、そんなことを思いました。


伊勢神宮内宮周辺

伊勢神宮内宮です。作中で何度も登場しているのかと思いきや、実際に登場人物が行っているシーンは少ないんですね。


五十鈴川です。とてもきれいな川でした。山本ケイジさんの画集に出てくる書き下ろし小説「花冠」でも登場しました。何?読んでない?アマゾンで売ってるから今すぐ買うんだ!


五十鈴川沿いを歩いていると見えるこの砂州。ここが、理香と裕一の出てくるものではラストエピソードにあたる「雨ー後編ー」の舞台だと思われます。

砂州からは原作通り、伊勢神宮へと繋がる宇治橋が見えます。理香と裕一はここでイチャイチャしていたわけです。


作中で言及されている、伊勢神宮前のおかげ横丁です。観光客で賑わっていました。

近くの五十鈴屋本舗で伊勢丹名物、赤福をいただきました。美味しいです!


あと、伊勢神宮のすぐ近くにある猿田彦神社。理香が巫女のバイトをしたのはたぶんここだと思うんですけど(適当)



伊勢市役所

みゆきと司が婚姻届をもらいに来たところ、そしていつの日か、理香と裕一が婚姻届を提出しに来たところです。私も婚姻届提出したい!



月夜見宮

伊勢市役所へ行くときに、みゆきと司が待ち合わせた場所ですね。真っ暗...



図書館

言わずもがな、裕一が幾度もパシりに使わされる図書館です。



宇治山田高校

裕一、司、山西、みゆき、そして退院した理香が通う学校です。作中で言われる通り、坂道の上にありました。



伊勢慶友病院

作中で最も長く登場する舞台、若葉病院です。原作ではここがモデルになっているみたいです。造りは作中で言及されている通りではないですが、ここで理香と裕一が出会ったのだと思うと、とても感動しました。原作通り、古い病院でした(失礼)



しんみち商店街

作品の冒頭で登場する印象的な舞台です。寂れ行く伊勢を象徴するように作品では登場していますが、まぁ、確かに寂れてます。半月で描かれている伊勢という街を強く感じました。



最後になりますが、伊勢で見た月を。

残念ながら、満月でした(^^;


「半分の月がのぼる空」は私にとってとても特別な作品です。その作品の舞台を歩くことができて、とても嬉しかったです。
伊勢は観光地の華やかな面と、寂れ行く古い街でひっそりと寄り添いながら暮らす人々の姿が見れる街でした。まさしく「半分の月がのぼる空」に表現されている街の姿がそこにあり、作者様の文才に脱帽しました。また、古き良き街並みを守ってきてくれた地域の方々に感謝したいです。決して華やかではなく、寂れ行く面もありながら、街全体から歴史を感じられるとても安心する、心地よい街でした。これまで歩いた街の中でも、トップクラスに気に入った街です。必ずまた来ます。

ご覧いただき、ありがとうございました。

「だれとでも仲良くなれる」京アニが悪役を作らない理由。

March 05 [Sun], 2017, 21:51

久方ぶりの更新になります。

PC版にして表示した方が見やすいかと思います。

京アニ作品のネタバレを含んでいますのでご注意下さい。

アニメファン界隈では「京アニは悪役を作らない」と密かにささやかれているとかいないとか(藤真弥勒?彼のことは気にするな)。私は京アニが意図的に悪役を作品から排除していると思っていたのですが、仮にそうだとして理由は何なのか、それを考えていました。そして今シーズン『小林さんちのメイドラゴン』を見て、ようやくその理由が見えてきた気がします。今回はそれについて書き連ねていこうかと思っています。

免罪符としてお断りしておきますが、私は創作に関して素人です。取り上げている京アニ作品の中にも、適当に流し見した程度のものもあります。また、今回の仮説に基づいて過去の作品を見返したりする作業はできていません(時間が作れたらやります。ごめんなさい)。この記事は、今自分が思いついたことを忘れないように、また文章にまとめて自分で自分を納得させるために書いたものです。あわよくば読んでくださった方の反応を聞いて、今後の考察に役立てたいなんて思っています。間違い、勘違い、矛盾等もあると思いますが、どうかご容赦ください。



休日に『小林さんちのメイドラゴン』を「ドラゴンと人間がわかりあっていく様子、微笑ましいわ〜」と思いながら見ていました。そこでふと考えたのが過去2つの作品との関連性です。これはツイッターでまわってきた誰かのツイートからヒントをもらったものです。知らないどなたか、ありがとうございます。『聲の形』は様々な障壁を乗り越えて仲良くなる物語。『ユーフォニアム』は様々な障壁を乗り越えて人が繋がる、思いを伝え合う物語(特に2期が顕著ですね)。『メイドラゴン』は生き物の違いを越えて仲良くなる物語。それぞれこれ以外の物語も含んでいますが、繋がる、わかり合う、仲良くなるというようなことにかなりの比重が置かれていると思います。

仲良くなる、か...
と漠然と考えながら過去の京アニ作品をふりかえってみて思い至った1つの結論があります。

京アニ作品には一貫して、

「様々な障害があっても、だれとでも仲良くなれる」

という要素、メッセージとも言えるかもしれません、それが含まれていることです。
幼稚な言葉ですが、私の語彙力ではこれが精一杯です。

仲良くなる、わかり合う、融和の物語ですね。

他にも「共に生きる」「同じ時間を過ごす」などのテーマを思い付いたのですが、とりあえずは保留で。

(実は私自身、この「仲良くなれる」という表現に若干の違和感を感じていたりします。理由としては、『たまこまーけっと』及び『ラブストーリー』のもち蔵とみどりの関係があげられます。あの二人、というかみどりが一方的にもち蔵に対してかなり根深い隔たりのようなものを持っているので、なんとも気まずい、仲良しとは言いがたい関係になっているからです。ただこの記事では他にいい表現も思い浮かばないので、そういった間柄も広義での仲良しということでくくっています)

これが作品を作るにあたってのテーマなのかただの設定なのかはわかりません。ただ、私個人としては「だれとでも仲良くなれる」という考えが一貫して組み込まれていると思います。まぁ、これはよく使われるものなので全くの偶然というのも十分に考えられますが。「だれとでも仲良くなれる」ということはキャラクター同士は仲良くなければなりません。でも、悪役と仲良くなるなんて普通の作品では無理です。悪役がただのモブなら構わないかもしれませんが、大抵悪役は主要キャラクターです。そうすると、主要なのに他のキャラと仲良くなれない奴がいる!となってしまいます。これこそが、京アニが悪役を作らない理由なのではと思った次第です。要するに「みんな仲良しな綺麗な物語を描きたいから悪役は邪魔」ということですね。

というわけで、『けいおん!』以降の作品を曖昧な記憶ながら振りかえってみようと思います。『けいおん!』以前は見てない作品もありますしとりあえず保留で。※シリーズ作品の場合は第1作が公開された時期を基準にしています。

『けいおん!』ですが、みんなが仲良くなる作品ですね。みんながみんな親しくて、理想郷のような作品ですね。あずにゃんが軽音部に溶け込んでいく過程には、人と人が仲良くなっていくことの暖かさを感じましたね。山田尚子さんの初監督作品ですが、監督の「物事を肯定的にとらえる」というポリシーを体現したような作品ですね。この発言を考えると、山田監督が毒気を抜いた作品を作るのもうなずけます。

『日常』ですが、これはネタ枠ということでスルー(逃避)。とはいえ、東雲研究所の仲の良い様子や、みおちゃん、ゆっこ、まいちゃんの心温まる話、なのが学校に溶け込んでいく様子などの人間(ロボット?)関係のほっこりするようなエピソードを自然に組み込んできたのはさすがだと思いました。ネタに走ってると思わせて、よくよく思い返してみると、意外と友達や家族の繋がりにも比重が置いてあるようなないような(漠然)

『氷菓』ですが、「省エネ主義」「灰色」という他人を寄せ付けづらい個性を持つ奉太郎が、千反田えるというアウトローに対して次第に心開いていく、むしろ千反田えるに心をこじ開けられていく、そういう作品だと勝手に解釈しています。仲良くなる、そうも表現できます。何にしても、奉太郎が人間関係において成長している、前向きになっている、そんな気がします。あと、里志の変化も見逃してはいけませんね。

『中二病でも恋がしたい!』ですが、これは現中二病患者と元中二病患者という水と油のような二人が、その違いを乗り越えて結ばれていく、そういう物語だと思います。他にも重要なテーマはありますが。『改』や『戀』を見ると、六花の側も、中二病の自分が中二病ではない勇太と共に生きることの難しさを自覚していたようなので、違いを乗り越えるということがよくわかります。お互いの良いところも悪いところも踏まえた上で、共に歩んでいく選択をする物語ですね。

『たまこまーけっと』ですが、山田尚子ワールド炸裂!って感じでしたね。みんな仲良し!言うまでもありませんね。でも、細部を見てみると、人間関係の微妙な隔たりなんかが描かれていて、京アニの芸の細かさを感じました。『ラブストーリー』では、たまこともち蔵の関係はどうなってしまうのか、そんな心配を二人はしていましたが、うん、お幸せにって感じですね(語彙力不足)

『境界の彼方』ですが、これも半妖、妖夢、呪われた血の一族、異界士という共存できるはずのない者同士が、仲良くなり、共に生きる、そういう物語です。やはり障害を乗り越えて仲良くなる、という感じですね。犠牲を払うことになろうとも、一緒に生きる選択をする姿には、強く感動しました。私が京アニ唯一の悪役だと思っている藤真弥勒が出てくるのもこの作品ですが、まぁ、愛ゆえの暴走だと思えば共感できるかも?(できません)

『Free!』ですが、岩鳶のメンバーがチームとして強く結ばれていく姿、遥と凛が隔たりを越えて良き好敵手となっていく姿は美しかったです。二期の遥と真琴が離れていくところ、最終的にお互いを理解しあっていく姿はとても感動しました。離別を越えて結ばれていく、熱い人間ドラマだと思います。。

『甘城ブリリアントパーク』ですが、これもみんな仲良くなってますね。作品のテーマはいまいち掴めていないのですが、過去、考えの違い、重圧、諦め、そういったものに押し潰されずに、最後にはみんな一丸となってる姿は心が暖まります(そういえばこの作品にも悪役がいたような...)。

『響け!ユーフォニアム』ですが、色々なコンプレックスを抱えながらも人と人が繋がっていく様子が丁寧に、そしてリアルに描かれていますね。2期製作時に石原監督が「人と人が繋がっていく作品にしたい」というようなことを言っていたみたいですが、特に2期ではそれが顕著で、最後は涙なしでは見られない感動の人間模様が描かれていましたね。必ずしもみんなが望んだ形にはならずとも、きれいな形に人間関係が納まった。そんな印象です。滝先生も好かれる先生になれたみたいでよかったです。

『無彩限のファントムワールド』ですが、正直に言うと見た当初はこの作品の意図をさっぱり理解できませんでした。でも、障害があってもだれとでも仲良くなれる、という考えを前提として振り替えってみると、荒唐無稽とも思えるストーリーにもある程度納得ができました。それぞれのコンプレックスを克服して、成長する、周りの人間に心開く、というような流れがあったような気がします(今度ちゃんと見返します)。そう考えると、エニグマの最後の台詞も納得がいきます。

『聲の形』ですが、京アニが、障害があってもだれとでも仲良くなれる、というのを作品の一貫した特色としているのだとしたら、この作品を京アニ初の続編モノではない長編劇場作品として選んだのも大いにうなずけます。内容はまさしく、障害を乗り越えて仲良くなる、お互いを認め合う、そういう作品です。大好きな作品です。

『小林さんちのメイドラゴン』ですが、人間を忌み嫌うドラゴンと至って平凡な人間が仲良くなってますね。もはや家族ですね。小林さんとトールに限らず、明確な理由もないけど気づいたら仲良くなっているというあの感じ、人間っぽさを感じますね(ドラゴンですが)。小林さんがカンナちゃんが家に来た時に言った「一緒にいよ?」という言葉、友達とか家族とか信頼とかそういうのはどうでもいい、一緒にいたら知らないうちに仲良くなっていた、というあるあるな人間関係を感じます。そして最終話の小林さんの台詞、熱すぎますね。摂理や道理、倫理を超越して、ただ一緒にいられると信じて行動する、人間同士の極めて感情的な、論理的でもなんでもない関係を見せつけてくれました。


こんな感じで適当に振りかえってみて、やはり京アニは「障害があってもだれとでも仲良くなれる」というのを描きたい、伝えたいと思っているのではないかと、そう思ったのです。それには、他のキャラと仲良くなれない悪役は邪魔だ、仮に悪役がいたとしてもだれかと仲良くなることで悪役ではなくなる、そういうわけで「京アニは悪役を作らない」のではないかと推察しました。
この京アニの姿勢には色々な意見があると思います。でも私は好きです。せめてアニメの中でくらいは、みんなが仲良しな、綺麗な世界を見たいからです。障害を乗り越えて仲良くなるというのは美しいですし。まぁ、でも、一度くらいはちゃんとした悪役に挑んでほしいとも思ったりしますが。
あと、悪役に云々以外でも京アニは作品から毒気を抜く傾向があるので、その理由も気になります。

長々と書き連ねてきましたが、これはあくまでも一個人の持論で、なんの根拠もありません。書いてきた京アニ作品の共通点も、ただの偶然かもしれません。次の京アニ作品で無様に覆されるかもわかりません。そうなっても怒らないでください。

読んでくださってありがとうございます。

最後に、素敵な作品を私たちへ贈り届けてくださる京都アニメーション様に、最大限の感謝をお伝えします。
P R
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