最終話 PLASTIC誕生 

2005年12月31日(土) 23時37分
PLASTICの5人で初めて入ったスタジオは九条にある゛フリエ゛というスタジオで、そこにはTsukiと二人で車で向かった。
その車内でいろんなことを考えていたと思う。

最初のこのスタジオでは、ELの楽曲二曲とアクチュアベールの楽曲を二曲を合わせようということになっていた。

他の4人がどんな気持ちでこのスタジオに入ったかは知らないが、俺に言わせてみれば、オーディションであった。

と言うのも、実はこのスタジオの前にELの前ギターであったTAKA兄に「おまえの歌を一回聴いてみたい」と言われ、カラオケに行ったことがあった。
TAKA兄もまたELを脱退して次のバンドを結成するためメンバーを集めている最中で、ボーカルだけが決まっていない状況だった。
そしてTAKA兄の指定する曲を言われるがまま8曲くらいを歌い、メンバーと話してみると言われた。

その結果「kaimの歌はきれい過ぎて、毒がない だから今俺が探しているタイプのボーカルとは違うなぁ」と言われ、採用という訳にはいかなかった。
それからTAKA兄は゛NiL゛というバンドを組んだ。

そんなことがあったため、今回のスタジオ(自分にとって本命のメンバーだと思っていたメンバーとのスタジオ)で、そのことがよぎる。

自分にとっては願ってもないチャンスで、これを逃したら思い描いてた道が閉ざされる…とさえ思った。
実際ものすごく緊張していたと思う。

そして曲を合わし始めた…。

その頃は声量もなく、声が通らない。
自分の歌が合っているのか、ハズしているのかさえ分からない程聞こえなかった。
スタジオの時間が終わり、和やかなムードでスタジオを出て、何てことのない会話をしてた。
もちろん俺は自分がどうなのか気が気じゃなかったが、そんなことを単刀直入に聞くような雰囲気でもなく、和やかな空気のまま「じゃあ、また」という感じになった。

この時のみんなの心境は今となっては分からない。
俺と同じような心境の奴がいたのか、それとも今後共に活動していくことを既に前提として、音を合わす事を楽しんでいる奴もいたのか…

ただ…
このROAD to PLASTICを連載するにあたって当時の状況をTsukiと話してると、組みかけていたバンドとPLASTIC と… 何故PLASTICを選んだのか?という質問に対して、
「おまえがこっちの方が楽しいって言ったんやんけ!」
と言われた。
この答えに対して
−俺とは最初から絶対にやる気やったんや−
と思い、すごい感謝の気持ちを抱いた。

こうして集まったPLASTIC。
この日から本当のSTORYが始まることになる。

挿絵?C 

2005年12月30日(金) 6時42分
1999年 成人式、区民ホールにて

第十七話 ギターリスト Isshi 

2005年12月27日(火) 13時02分
Isshiとの出会いは第十五話でも語ったように曖昧であった。

ELの解散時には見かけたことがあるなぁという認識で、またいるなぁという感じだった。
どのパートかも知らなかったし、バンドをやってるのかさえ知らなかった。
Isshiもバハマを拠点にしてたみたいだし、Mystic Moonのローディーをやっていたことから知らない間に顔を合わしていたのだろう。
ただ…
PLASTICを結成をする前にお互いにとって強烈なインパクトを残す出来事があった。

その当時garaメンバーの一人であったTresorのスタッフをやっていた人の家で鍋パーティーを開催するという話があった。
参加メンバーはほぼバンドマンで関係者も含め20人くらいはいた。
もちろん俺も参加し、そこにIsshiとHibikiが当時組んでいたバンドも参加していた。

一通り腹も膨れ、酔いもいい感じになってきたころ、誰からともなく悪ノリが始まった。
具体的な内容は伏せるが、そこに参加していたメンバーが全員順番に回っていく罰ゲームが始まった。
その際にたまたま隣にいたIsshiから俺に回ってきたのだ。
お互い嫌な… いや、誰がやっても嫌な罰ゲームだったので、インパクトも強く強烈な印象が残った。

本当に内容を言ってしまえば、俺もIsshiも体裁が悪くなりそうなので、みなさんのご想像にお任せする(笑)
まぁ赤面するような内容である(笑)

たぶんIsshiとの関わりはこのくらいであろう。

そんな出来事がある中バンドの方はと言うと、TsukiがYu-と連絡をとり始めていた。
前回述べたとおり違和感を感じつつあったバンドに対してTsukiも同じような感覚を覚えていたのだろう。
その結果Tsukiのサイドはボーカル(俺)とドラム(Tsuki)が、Yu-サイドにはギター二人(Isshi・Hibiki)とベース(Yu-)が揃ってることになり、一度スタジオに入ってみようということになったのである。

つづく…

第十六話 バンド結成!? 

2005年12月23日(金) 13時15分
Tsukiとメンバーを探すようになって、ベースは当てがあると紹介されたのが、現WAILのベースのTAKAMIさんだった。
TAKAMIさんはTsukiがそれまでやっていた゛アクチュアベール゛の後期のベーシストだったので、その経緯からまた一緒にやろうとなったのだろう。
そんなTAKAMIさんが出身地が同じであるウッチーというギターリストを連れてきた。
これで基本のパートは揃った。
あともう一人、キーボーディストがTsukiとやりたいということでメンバーに加わった。

この5人でミーティングをし、スタジオに入ることになったのだが…
そのミーティングでもTsukiの発言に驚かされた。

−どんなバンドになりたい?−
という問いに対して、
「メジャーに行くのは当たり前。そこを目指すバンドにはなりたくない。」
と言った。

漠然とは頭で分かってたものの、こうも改めてハッキリ言えることにモチベーションの高さが分かった。
ただバンドを組みたかった訳じゃない。自分の夢はその先の先にあるんだ!ということを再確認した俺は、こい言ったTsukiの発言に「この人と手を組んで良かった」と心底思った。

変な話だがTsukiはPLASTICを組むまで、俺の中の印象ではかなり優等生バンドマンだった(笑)

そしてスタジオに入り、キーボードの子のオリジナル曲と゛heaven on wheel゛を合わせた。
さすがにキーボードがいたせいか、PLASTICのそれとはアレンジが全く異なるものであった。

自分の曲が楽曲になっていくのが本当に嬉しくて、感動の連続ではあったが、やはり欲というのは抑えれないもので、自分の中にあったイメージに近付けるようアレンジに対する意見を積極的に出したが、今一つ近付いてくれない理由がその時は分からなかった。
根本的にそれぞれが出す音がイメージと違ってたのだ。

何回くらいスタジオに入ったかは正確に覚えてないが、回を増すごとに違和感を覚え始めた。

つづく…

第十五話 ドラマー Tsuki 

2005年12月19日(月) 12時34分
ELの解散ライブが終わり、関係者を含めての打ち上げがあった。
打ち上げ会場には関係者が先に到着し、メンバーさん達は片付け等があるから先に入っててくれとのことだった。
゛二個いち゛は解散していたので一人での参加となり、知り合いは微々たる人数だったので、いささか緊張していたのを覚えている。後から聞いた話によると、Isshiもその会場にいたらしいが、その記憶はうっすらしかない。

座敷に座り一人肩身狭くメンバーさんの到着をまっていると、一人のバンドマンが俺の目の前に腰を落とした。

「さっきの金髪の人だ…」

すぐにわかった。
そう、さっきバハマで俺のすぐ横で解散ライブを見に来てた、長髪で金髪のクールな… 、Tsukiだった。

俺の前に座ってからどれくらいの時間が経ったか、何故そんな話になったのか全く覚えていないが、全ては一瞬だった。

月「なぁ、自分何やってるん?」

俺「え?あ、ボーカルがやりたいです…」

月「あ、そうなん!?じゃあ一緒にやれへん?」

俺「は?」

月「俺、ドラムのTsukiって言います!よろしく!」
この会話をするのに何秒要するだろうか?
本当にこれだけなのだ。
嘘みたいな話だが、この一瞬で今現在までが、全てが決まったのだ。
この会話は今でも忘れない。
それからすぐに電話番号を交換し、打ち上げからの帰りに家の方向が同じということで車で送ってもらい、いろんな話をした。

俺はその時にTsukiが在籍してた゛アクチュアベール゛のことはあまり知らなかったが、ELと同じく解散が決まっていたようだ。
もっと詳しく言うと、上京して事務所に就いたりしてたようなバンドだったらしい。
そんな話をしてると物凄く不安になってきた。
なぜなら… やっぱりどう考えてもありえない。
その日初めて会った名前も知らないような奴を次のバンドのボーカルに誘うか、普通?
俺は「ボーカルがやりたいです」って言ったよなぁ…
まさか「ボーカルやってます」と勘違いしてんじゃないの?
とかいろいろ考えた。

でもその誘いは本当でそれからよく連絡を取り合うようになり、二人でメンバーを探すようになった。

しかしPLASTICを結成するまでにはまだ時間を要した。

つづく…

第十四話 ベーシスト Yu- 

2005年12月15日(木) 18時41分
休学を決めてからいろんなことが一気に動き出したように思う。

まずは大学。
一年間の休学しか考えてなかったので、三回生のうちに卒業に必要な分の単位を稼いどかなきゃいけない。結果的に卒業まで6単位を残して休学した。
一年を通しての授業が4単位、前期や後期といった半年の授業が2単位だったので、この位だとバンドをしながら復学したとしても楽勝だろうと思っていた。(実際はそれでも結構キツかったが…)
親友らが就職を決め、卒業旅行など卒業に向けいろいろ盛り上がってるのに、自分は離れることを選んだので寂しい気持ちはあったが、特に後悔はなかった。
それよりもやはり夢へと続く光の方が気になって仕方なかった。

バンドの方に話を戻ると…
ELの解散の話が浮上してきた。
なんで?って思ったものの、チャンスかも?とも思った。
ELの楽曲は作詞・作曲ともYu-というベーシストが書いているのを知ってたし、たまにバーで会ったりしていたので顔見知り程度にはなっていたからである。そして解散を知った俺は何故かは分からないが、自分の力量を棚に上げ、憧れのバンドだったコンポーザーと一緒にやりたいと思い口説き始めたのだ。
当時どこにそんな自信があったのか分からない。たぶん何も考えず、思うがままに行動したのだろう。

答えは「NO…」

逆に後輩のバンドのボーカルはどう?と薦められた。
そのバンドというのが現在ドレミ團のボーカルである眞琴さんの前のバンドの゛Genesys゛というバンドだった。
なんでもボーカルを入れ替えたがっているということで話をもらったのだが、スタジオな何度か入ったもののしっくりは来なかった。

結局話はまとまらずそのバンドは解散してしまった。
どちらが早かったか記憶が確かではないが、ELも解散ライブを迎える時期になっていた。
その解散ライブを見にバハマに足を運ぶと、会場は満員になっていて、仕方なく入口の近くでライブを見ていた。

そこに少し遅れて入ってきた一人のバンドマンがいた。
髪は金髪で長く、一本に束ねていて、体格も大きく印象だけで言うと物静かでクールな空気を漂わせていた。

その男が自分のバンドのドラムになるなんて…その時は考えもしなかった。

つづく…

第十三話 分岐点 

2005年12月13日(火) 17時21分
どのくらい時間が流れただろう…
半年… いや、一年くらいかな…
細かい活動やそれに対するアプローチはしてたものの、依然メンバーは集まらず自分のバンド活動において何一つ進展はない。
正直イライラしてた。
それに対して゛二個いち゛の片割れの彼は将来に対して別の展望を描き始めていた。
元々酒好きだった彼はgaraに触れることによってバーテンダーに興味を持ち始めていたのだ。
それに気付いてた俺は余計にイライラしていた。
それまでずっと二人だったから…、今思えば寂しかったのかもしれない。

実はこの頃に既に「heaven on wheel」はあった。
ただいわゆる゛バンドサウンド゛になったのはPLASTICで取り組んでからなので本当に原曲だったから、自信があったのに形にならないもどかしさが募るだけだった。

そんな二人を周りが見てて、「バンド本当にやる気あるの?」なんて声が飛び始めた。

冗談じゃない!
ふざけるな!

そうは思っても何もできかったし、何も起こらなかった。
ただ悔しかった。

そんな俺を見ていてバーテンの妹さんが「本気でやりたいんやったら、もう一人と離れてちゃんとあんただけでやったら?」って言ってくれた。
…わかってた。
夢を持つことは人それぞれ自由で、それを無理矢理変える権利なんて俺にはない。もし説得できたとしてもいずれ離れてゆくんだろう。やっぱり人生は自分で決めた方がいい。
二人で… なんて俺のわがままでしかなかった。

それからちゃんと話し合ったと思う。
そして俺はバンドのボーカルを、彼はバーテンダーの道を選んだ。
両方とも゛みずもの゛だし、どっちが長く続けられるか勝負だ!とか軽い冗談を言いながら腹をくくった。
当時大学三回生だった俺は、次の四回生、いわゆる就職活動年を休学して大学を離れることを決めた。
何のあてもなかったけど、その年にバンドを組んで、ある程度まで活動して親を納得させてやる!と思っていた。
今から思えば、無謀極まりないと恐ろしくなるが、その時の俺の゛けじめ゛というか゛決心゛みたいなもんだったのだろう。

大学の学年は一月の学年末試験によって締めくくられる。
ちょうど2000年がもうそこまで迫っている1999年の年の暮れのことだった。

つづく…

第十二話 二人のボーカル 

2005年12月12日(月) 14時21分
garaメンバーとなり初めての大晦日がやってきた時、案の定garaはカウントダウンイベントなるものをその店で催していた。
もちろん参加していた俺らはその妹さんから「よかったらうちのバンド見にいかへん?」と誘われた。
いや、たぶん最初から見に行く流れになっていたのだろう(笑)
俺らもあっさりOKしてバハマというライブハウスに足を運んだ。
そしてそこで初めてリーダーの前のバンドである゛EL゛のライブを見たのである。(ELについてはリーダーが詳しく語ってくれると思うので、ここでは控えておく)

ELのメンバーさんの顔は店にあったチラシ等で知っていた。
なのでバンドのイメージとしての第一印象は好感触であった。
音自体は前もって聴いていたかどうかは確かな記憶はないが、いずれにせよそのライブでELを見た時にすぐに魅かれたのを覚えている。見た目・音の両方ともその当時の俺にとって好きな感じだったからだ。
ぶっちゃけて言うと…完全に憧れの念を抱いていた(笑)
それからというものはボーカルさんがgaraにくれば仲良くなろうと近付き、バーテンの妹さんを通していろんな話をしたりした。

また時同じくしてMystic Moon のボーカルのSAYAさんとも仲良くなった。
SAYAさんとの繋がりはSAYAさん自身がよくgaraのイベントに参加していたというのもあったが、そもそもMeshが゛フリージア゛というバンドでギターをしてた時のボーカルだったので、まず最初の紹介はMeshだったのであろう。
SAYAさんもタイプの違うボーカルだなぁと思ってはいたが、ライブを見たり、音源を聴いたりすると、すげ〜な〜と思っていた。
そしてそんなボーカル二人と仲良くなった俺はその二人が当時通っていたボイトレを紹介してもらった。

…嬉しかった。

バンドのことで少しでもいいから何か一歩でも進んだ感はあったし、何よりもこの二人と共通の接点が持てたからである。
ただそれだけでその時の俺にとってはボイトレを始める十分な理由であったので、すぐにボイトレを始めた。
何の目的もなくボイトレをするのは本当に意味のないことだと今となってはそう思うが、その当時の俺にはそんな意味など知る由もなかったし、…まぁ単純にミーハーというか…感化されていたんだろう。

充実したかのように思えた日々はそれからまた悪戯に流れた。

つづく…

第十一話 gara 

2005年12月05日(月) 13時10分
Meshと親しくなりバンドをしたいという気持ちを伝えると、とても良くしてくれた。
Mesh自身のバンドのライブにも数回誘ってもらったし、インディーズ時代に同期だったということで、Dir en grey の城ホールでのライブなども関係者として誘ってもらったりした。
そんな時は決まってYと二人で参加し、゛二個いち゛的な存在になっていたと思う。
そうして一年くらい経っただろうか…Meshから「呑みに行こう」とバーに誘われた。
いつも通り゛二個いち゛で出向いたら、当時゛gara゛という名のバーに連れて行ってもらった。

そのバーこそ大阪のミナミに店を構える知る人ぞ知るバンドマンの集まるバーだった。
店内はメジャー・インディーズ問わず様々なアーティストのポスターや写真などが飾られ、情報も豊かであった。
イメージとしては「ドラゴンクエ○ト3」に出てくる「ルイーダの酒場」みたいなもので、その店で知り合い、気の合ったバンドマン達が新しいバンドを結成することもあるという話を数多く聞くようなバーであった。
なぜそんなバーが存在するかというと、そのバーのバーテンダーは姉妹二人で店を経営しており、何を隠そうその妹さんが実は、リーダーの前バンドのスタッフをしていたのだ。

その姉妹もノリが良く、仲良くなるまでに時間はかからなかった。
またその姉妹はイベント好きで、いつしか気軽に通えるようになっていた゛二個いち゛は、その姉妹が開く初詣や花見、旅行やX'masパーティーなどの様々なイベントに積極的に参加した。
そのメンバーも多様な人達で構成され、普通のサラリーマンからOL・バンドマン、ただの酒好きとその店に来店し、その姉妹と仲良くなった人は誰でもメンバーみたいなノリだった。
そうやって゛二個いち゛はそんなメンバーのレギュラーとなり、周りからはgaraメンバーとして見られるようになった。

つづく…

第十話 出会い 

2005年11月30日(水) 15時29分
そんな革命的な一日が終わりバンドという世界に飛び込んだのはやはり最初の二人で、俺とYは新たなメンバーを探した。

雑誌のメンバー募集、楽器屋のメンバー募集、その他いろいろあたったが…最終的にバンド形態になるまでには至らなかった。
オリジナル曲もド素人ながら作り二人でアレンジする日々が続いた…

そんな日々が続く中、ある人との出会いで一気に展開が開けていったのである。
この頃の俺は一般的な大学生で、音楽を本気でやりたくても何をしていいかもわからず、大学とバイトとサークルが活動の中心といった毎日を過ごしていた。
その中のバイトというのが高校時代のサッカー部で仲の良かった親友から紹介された派遣型のスーパー店員で、一風変わった仕事であった。
メンバーは基本的に大学生200人くらいで構成され、就職とともにそのバイトを卒業という形式で、仕事の内容もスーパーのレジから夜間店長代理、そして警備に戸締まりといった一店舗の夜間の全責任を負うものであった。

その構成メンバーの一人に大学を辞めてなおインディーズで活動しているバンドマンがいるという話を耳にした。
その人はステージで「Mesh」と名乗り、その頃は゛MADE IN JAPAN゛というバンドのギターで後に゛Tresor゛というバンドのボーカルを担当した人物だった。

初対面はたまたま同じ店のバイトで一緒になった時で、その風貌に強烈な印象を抱いたのを覚えている。
腰まであるように思われた黒髪の長髪に雑に散りばめられた紫色・全身を被うかのような真っ黒のゴルチェのコートに厚底のブーツ。この当時流行っていた音楽シーンから連想するバンドマンのイメージそのものであった。

゛この人とバイト以外でも接点を持ったら自分では行けなかった世界に行ける゛そう確信し、徐々に親しくなっていった。

つづく…

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