最終頁〜PLASTIC結成編〜 

2005年12月31日(土) 23時35分
リーダーに誘われて一緒にバンドを組むことになり、まずメンバー構成の話をした。
メンバー探しに関して俺にはアテがなかったので、基本的に任せていたのだがリーダーの頭の中にははっきりとした構想があったようだ。
「いっしー、ツインギターにしたいと思ってるんやけど…」
「あっ、いいと思う」
「誰かいてる?」
「それやったらヒビキやなぁ」
よく前のバンド同士で対バンをしていたし、聞かれて一番に出てくるギタリストと言えばあいつだった。リーダーのページには別のギタリストも考えていたと書いてあったが、正直メンバーもこのコーナーを始めるまでは知らなかった。最終的には一緒にやることになったのでよかったと思う。
ヒビキにどんな誘い方をしたかは覚えていないが、検討してみるとのことだった。もしかするといろんなところから声がかかっていたのかもしれない。
しばらくしてから返事をもらい、弦楽器隊は揃った。どんな音楽をしていくか等は決めていなかったが、面白味のないツインギターにはなりたくなかったので、兼ね合いについてはよく話し合った。
メンバーの集まり方をわかりやすく言うと、リーダーが俺たちを連れて、そしてツッキーがカイムを連れてという感じになっていた。本当はボーカルをまだ考えていなかったのだが、ツッキーが連れているという事でカイムと会うことになった。
こうして集まり出したメンバーだが、一番肝心な事は確認していなかった。
この面子で音を合わせた事がなかったのだ。とりあえずスタジオで音を合わせないことには、誰もが正式メンバーとして決を出せない状態だったような気がする。
必然的に、一度音を合わせてみようという事になり、ツッキーの前バンドの曲等、数曲を合わせる事になった。
この連絡から初スタジオまでは少し時間があったと思うが、俺とヒビキは曲を聞き必死にアレンジをした。そのままコピーをするだけなら誰でもできるし、ツインギターなど必要ない。なによりも、何かを仕込んでいないと自分を認めてもらえないだろうという気持ちでいっぱいだった。
この時期はまだ俺とヒビキにとって、ひとつ上のレベルの人達とバンドをするという感じだったため、プレッシャーはとても大きかったのだ。
初スタジオは2000年5月8日だった。
緊張のため、どのくらいの時間スタジオにいたか、またどんな内容だったかはほとんど覚えていない。はっきり言って他のメンバーの音を聞く余裕はなかった。自分の手元に必死だったからだ。音合わせの確認にもかかわらずまわりの音を聞けていなかったので、本末転倒と言われればそれまでだが、ここから今までやってきているのだから縁があったのだと思う。
これがPLASTICのはじまりだ。

結成当初の話は何度か出していたが、このコーナーでそれまでの話を書けて良かった。自分的に初心にかえれたし、やっぱりメンバーとスタッフは家族なんだとも思えた。
これからもまた一緒に歩いていければと思う。
石井真之

〜番外編・4〜 

2005年12月31日(土) 22時28分
※前バンドのライブショット

〜番外編・3〜 

2005年12月31日(土) 22時27分
※10代後半のオフショット

〜番外編・2〜 

2005年12月31日(土) 22時26分
※現役高校生時代

〜番外編・1〜 

2005年12月31日(土) 22時26分
※前バンドのアーティスト写真

22頁〜PLASTIC結成直前・裸ドラマー編〜 

2005年12月30日(金) 6時19分
高校を卒業したぐらいに親父から驚くことを言われた。
「お前、ギターを作れよ」
「ん?」
「兄貴は大学に入れてやったからお前にはそのかわりや」
会話通り、大学に行かせるために用意していたお金でギターを作ってくれるという。うれしかった。
ただ、全くと言っていいほどギターそのものに対しての知識がなかったため焦った。うなずいてからしばらくは調べものの毎日だった。
まず一番大切な木からはじまり、オリジナルインレイまで、思いつく限りのポイントをあげた。…が、楽器屋さんに相談すると、ボディの厚さは何ミリだとか、ネックの丸みはどのぐらいだとか、俺には到底分からない事だらけでまた焦ってしまった。
いろんなギターを触ったわけではないので、まだどれが自分に合うか分からなかった。こうなかったら好きな音を出すギタリストのギターを調べよう。全部足して作ればはずれはしないだろう…。
こうして人を見てみると、自分の事が少し分かった。どうやら好きな音を出すギタリスト達は大体この木なんだ…とか、こういう配線にすれば対応できる幅が広がる…とか、そんな感じだ。
こうして注文書の全ての欄を埋め、後は完成を待つだけとなった。

半年弱かかったが、オリジナルギターはPLASTICの旗揚げに間にあった。俺自身扱いには充分気をつけていたのだが、その一方カイムは初めての傷をつけた。彼は多分ロックスター気質なんだと思う。あまりにショックな出来事だったため、今でも覚えている。
はっきり言って、少しギターを分かってきた今の好みとはかけ離れているモデルだが、もの自体は気に入っている。今メインではないため、自分で弾かずに後輩に使ってもらっている。弾かずに飾っておくだけでは木が死んでしまうためだ。クオリティが良いので、最近はレコーディングで使ってみたいという気もしている。そして、今の自分に合うギターもほしいとも思っている。

話は変わるが、メンバー同士の出会いの記憶は曖昧な事があると書いた。TSUKIとの出会いはカイムのときとは逆で、俺は覚えているのだが…というパターンだ。
俺が記憶しているTSUKIとの出会いは、関係者が集まるお花見の席だった。
俺はいつものようにリーダーと顔を出し、気持ちよく呑んでいた。そしてそこそこまわりが酔ってきたころに、真面目そうな男がやってきた。この、どこからみても真面目な大学生風のお兄さん(当時の印象)こそが、我らが裸ドラム月岡氏だ。
本当に真面目そうだという印象が強かったため、第一印象と現在とのギャップはメンバーで一番大きいが、それによって助かった事もある。彼はいわゆるムードメーカーというやつで、深刻な空気を和らげたりもする。
そして今でも鮮明に覚えている事といえば、ヒビキと住み始めたわが家に呑みに来たことだ。というのは、気を使い合う距離間を早く縮めようという彼なりの気使いだった。
気持ちはありがたいのだが第一印象もあり、気を使うのは仕方がなかった。
「自分ら音楽なに聞くの?」
「…いや、あの〜エックスとかですかねぇ、はぃ」
「つっきーさんは何聞くんですか?」
「俺は○○とか○○かなぁ」
「ええ、はぁ…」
「…」
今ではバカやって笑ってるが、みんなはじめはこんな感じだった。住む土地や世代が違うバンドにはあることだと思うが、時間がたつと笑える話しだ。

21頁〜高校・卒業編〜 

2005年12月30日(金) 4時52分
高校に行けて良かったと思う。
ミュージシャンと話をすると、高校に行く意味はない…直で言うと時間の無駄とまで言う人もいる。また、高校在学中にバンドで食っていけるわけがないという、バンドに対して批判的な奴もいた。実際どちらが正しいのかは分からないが、俺が行って良かったと思うのだから俺にとってそれが正解なのだろう。
友達はたくさんできたし、書ききれないほど楽しい事があった。偉そうに言うわけではないが、今高校に行くかどうか迷ってる人は、是非行って楽しい事を見つけてほしい。
高校の思い出といえばやはりバンド活動の事が一番に出てくる。悩んだり辛かったことはたくさんあるが、充実していたと思う。そのときのバンドのメンバーは今別の人生を送っているが、たまに連絡を取り合い会ったりする。素直に応援してくれるし、ファンか?という反応までしてくれることもある。頼もしい支えだ。
高校卒業は中学卒業の時と違い、音楽の道に対して迷いはなかった。多少ではあるが動き方が分かったためだろう。
卒業近くになると一人暮らしの家を探し、引っ越しの準備をした。家賃の割には広い家で、15人ぐらいで鍋をつついたし、ミーティングをするにしても役にたった。後に元メンバーのヒビキが来たのもこの家だ。
そこまで寂しいという気持ちは無いまま卒業式を迎えた。そしてその足で美容院に向かった。これから音楽の道を歩いて行こうという決意のようなもので、生まれて初めて髪の毛を染めた。青色だった。色が全然抜けず結局二日かかったのだが、おしゃれな茶髪よりは断然目立ったと思う。目立つは良いが、そのために困ったこともあった。リタッチが大変というのは言うまでもないが、親友が亡くなったときにお葬式でういてしまった事だ。人一倍注意しなければならない職業だけに、申し訳ないという思いでいっぱいだった。
家を出て、これから音楽に集中できると思ったが、バンドはまた悩みを抱える。正式メンバーが決まらず動員も延びない。メンバーのテンション的にも、容易に続けられる余裕はなかった。
そして出した答えは解散だった。
ギターを持ちはじめてからずっと続けてきたバンドということで、思い入れはとても強かった。解散のライブが終わり楽屋で泣き崩れたのを覚えている。
最近はほとんど披露していないが、このバンドの時から演奏している「SCENE」は、俺の中でこの時代を思い出す大切な曲になっている。

自分の人生で考えても止まりたくなかったので、解散後すぐに動いた。今度はリーダーからの誘いを受け、PLASTIC結成に向けて動き出した。もう解散は経験したくない。やれることをやれるまでやるつもりだ。
解散してしまった前バンドのメンバーには今でも感謝している。これからもずっと応援していてほしい。

20頁〜高校・カイム編〜 

2005年12月28日(水) 0時54分
高校に入ってから、BAHAMA、SUNHALL、そして西九条BRANDNEWと、出演するライブハウスを増やして活動を続けてきた前バンドだが、高校卒業前になるとメンバー脱退に悩んだ。
もちろん引き留めたがやはり進路はそれぞれで、残るメンバーは俺も含めて3人になってしまった。
ボーカルが間に合わせでベースを弾きながら歌ったりしたが、やはりあまり良い形とは言えない。そこでサポートメンバーを迎え活動をすることにした。
何人かにサポートをしてもらったのだが、その中にリーダーもいた。引き抜きのためうちのバンドに潜り込んだ(Yu-談)とのことだが、そのときの俺たちからすると確かな腕に支えてもらい助かったと思っている。
この頃リーダーから、一緒にバンドを組もうと誘われていたが何度か断った。理由は単純で、今バンドを組んでいるからだった。誘われてうれしかったし、もしバンドを組んでいなかったら一緒にやりたいという気持ちもあったが、とにかくタイミングが悪く惜しいという気持ちだった。
この頃バンド自体に行き詰まった雰囲気が漂っていたため、メンバーを探しているバンドマンから数回誘われたが、同じ理由で全て断った。
正直な話、この時期から今のバンドを続けて行くことに対して不安を抱いていたため、解散という事まで考えていた。
確か高校を卒業する年になったばかりだったと思うが、こういったバンドの行き詰まりやリーダーからの誘いなどは、俺にとってPLASTICに結びつく大切な事だったように思う。
このコーナーを始めてから、メンバー間でそれぞれの出会いについて何度か話をした。そしてEL解散ライブの打ち上げで、メンバー全員がその場にいたことを俺は最近知った。
こういった感じで、実は会っていたのだが覚えていなかったり、会った日の記憶が曖昧だったりする。
カイムとの出会いもそうだ。
カイムは俺がMysticMoonのローディーをしているときや、ライブハウスをリーダーと一緒にうろついているのを何度か見かけたと言うが、俺はその時カイムの存在を知らなかった。俺の中でカイムと初めて会った…というか自己紹介をしあったという記憶は、カイムの話でも登場した鍋パーティーだった。
「カイムです…」
「あっ、イッシーです…」
「……」
こんな感じだ。お互い気を使い合い会話はほとんど交わさず、自己紹介の後はお互い近くに座っていた別の人と話しをしていた。
…が、今でも忘れられない強烈な思い出がある。
ティッシュペーパー口移しゲームだ。
名前から想像できる絵面がそのまま繰り広げられるうえ、綺麗な思い出ではないので詳しくは書かないが、このゲームでたまたまカイムが隣にいたため顔を覚えたようなものだ。自己紹介だけでは覚えていなかったかもしれない。
第一印象は常識ある好青年といったところで、バンドマンにしてはめずらしい真面目なタイプだった。
「カイムっちさん」
「イッシー君」
の仲はしばらく続き、PLASTICが始まる頃までは年上の人というイメージのままだった。
今では本当に年上かと疑ってしまうような場面もあるが、センターマンとしては驚くべき早さで初心者から抜け出したと思う。

19頁〜高校・進路編〜 

2005年12月24日(土) 1時26分
一方高校生活は…と言うと、相変わらず休まず通っていた。二年生か三年生になると始まる進路指導も、保健室でお昼寝の時間になっていた。
「先生〜俺進路決めたから進路指導とか別にいいっすよねぇ?」
「う〜ん、せやなぁ保健室いっとけ。こっそりやぞっ!!」
三年間同じ担任だったため、進路についての細かい話は終わっていたのだ。
三者面談も世間話と沈黙のみで、逆に言うと手のかからない生徒だったのではないだろうか。
理解ある先生で、音楽活動に関しては全く学校が邪魔ではなかった。
毎日休み時間だけでなく、下校のときも楽しみだった。
学校の近くに店があり、そこのおばちゃんは奥の部屋で煙草を吸わせてくれた。もちろん下校の時間になると学年を問わず混みあった。
こういった感じで相変わらずのほほんとした学校生活をおくっていたわけだが、一つだけ面倒なことがあった。学校停学だ。今でも納得はいっていないのだが、原付に乗っているのがバレて呼び出された。
「おまえ原付乗ってるよなぁ?」
「うぃっす、乗ってますよ」
「学校から家が3km以内の者が乗るのは校則違反や!!」
…どこの都会の意見だ?
「…はぁ!?家から学校の間だけで生活してると思ってんすか?駅まで歩いていかれへんこの田舎で原付なかったら、やることもできんっしょ!?スタジオにも行かれへんし!!」
「いや、そんなこと言っても…違反は違反や!!」
…生活指導の先生も、俺が言うことに納得していたのは明らかだった。田舎のため駅まで遠く、バスも多くない。
しばらく言い争ったが、やはり校則が変わることはなく停学となった。が、期末テスト中だったため、テストを受けれない=留年で、そこはなんとかテストを受けるようにと自宅ではなく学校停学になった。登下校の時間が人と違うだけで、これといって辛いことはなかったが、隔離されていて休み時間に友達と遊べないのがとても退屈だった。
テストの成績は公表できるようなものではなかったが、学校停学も終わり留年することなく無事進級した。
高校に入った時点で音楽をやっていこうと決めていたため、進路で大変な思いはしなかったが、ある日の登校中に友達のタケシと考えさせられる話をした。
俺「なぁ、進路もう決まってんの?」
タケシ「あ〜、普通やで」
俺「普通って何?」
タケシ「なんかサラリーマンとかかなぁ」
俺「えっ!?夢とかないんか!?」
タケシ「いや、それが夢やねん。めっちゃ平凡な安定した人生をおくるのが夢やねん」
そのときの俺には理解できなかった。失礼な話だが、誰もが進める道は夢と呼ばないと思っていたのだ。
こんな話をした後に、またこれについて考える事があった。
親父だ。
そういえば俺が生まれたときから今もずっと高校で数学を教えている。夢を追っていても必ず現実はついてくるが、この親の子として生まれてからずっと、不安になることはなかった。いわゆる平凡を絵に書いたようなこれこそが、タケシの言っていた夢ではないか…。確かにすごい事だ。もちろん平凡だったとしても大切にしていることや夢はもちろんあるはず。これに気づくまでには時間がかかったが、この会話ができて本当によかったと思う。そのおかげでいつからかまた夢が一つ生まれた。
「音楽で安定した生活をおくる」
単純な発想で、聞こえは良くないかもしれないが、非凡と平凡の両方をとるということは大変で立派な夢だと思っている。

18頁〜高校・訪問者編〜 

2005年12月23日(金) 2時32分
新しい活動の場である「BAHAMA」で数回ライブを重ねた。この頃の動員はほとんどが友達だったため、やはり徐々に減っていった。よくある話だと思うが経験すると辛く、悩んでしまうものだ。この頃ついてきてくれたお客さんに初めて、暖かさと人前に立つ事の厳しさを教えてもらった気がする。
ライブハウスで活動するならこのままではまずいと思い、先輩や仲間からいろんな話を聞いた。
ミーティングを重ねやる気に満ち溢れたあるライブの日、リハーサルを終え楽屋に戻るとブッキングマネージャーからある人物を紹介された。
マネージャー「ELってバンドのYu−君」
Yu−「うぃっす、まこっちゃんの後輩やんなぁ!?はじめまして〜」
俺達「はじめまして…あっ、ELって知ってる!!」
チラシか何か忘れたが、ライブハウスに貼ってあったものをよく目にしていたのだ。
当時のリーダーの見た目はというと、ツンツンの白髪にサングラス、スーツに厚底にヒョウ柄の鞄…ミュージシャンだ。近寄り難い容姿だが話すとそうでもない、不思議な感じだった。
紹介される事になるまでの経緯はよく分からないが、先輩のマコトさんと仲が良いということや、雰囲気で明らかに格の違うバンドのメンバーなんだろうとも思った。
第一印象が強かったためか出会った日の会話等はあまり覚えていないが、俺とリーダーのつきあいはその日から始まった。
出会ってからしばらくすると毎日のように行動を共にするようになり、いろんな事を教わった。よく飯をおごってもらったり終電がなくなると泊めてもらったりと、プライベートでもつきあいがあった。そして今までつきあいがなかった先輩バンドのライブにもよく連れていってもらい、これは後に大きな財産となった。
俺は高校を卒業するあたりの時期からPLASTIC結成直前までの短い間だが、MysticMoonというバンドのローディーをさせていただいていた。これもリーダーの紹介で、ライブハウスに出始めた俺にとってMUSE HALL(現OSAKA MUSE)等の大きいステージで横につかせてもらえるのはとても新鮮で勉強になる事だった。PLASTIC初ライブでMysticMoonと対バンと聞き、とても慌てたのを覚えている。
…こうして先輩後輩という間柄で始まったリーダーと俺のつきあいだが、同じステージに立つことになるまでには他にもいろんな話があった。細かいところまで書き出すとキリがないが、東京に行ったり花見に行ったり、車で事故をおこしかけたりバンドのサポートをしてもらったりと、思い出と呼べるものはたくさんあるし、お互い忘れていることもいろいろあると思う。
今でもいろんなバンドや後輩から相談されることをふまえると、面倒見が良い性格だということに間違いはないだろう。
俺が思うリーダー像は昔からこうだったように思う。
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