3月11日(その10)

June 16 [Thu], 2011, 2:52
食品工場を抜けると、だだっ広い所で出た。ここはと考えると、出荷前の自動車プールだった。台も残っていない、空の訳はない、全て津波で流されたのだ。左手上方の倉庫から回転する懐中電灯の光が見えた。また津波が来ますここへ避難してください安堵した。津波が怖かったので高所の避難所が見かったのは嬉しかった。距離も元いた場所からほど離れることは出来た。しかしまた、目の前は水溜りだった。ほうきの柄で水溜りの中を突き水底を確認しながら先へ進んだ。深さはひざ下まで浸かる程度だったが水は冷たかった。避難させていただいた場所は発砲スチロール工場の倉庫だった。地階階建の階部分に間借りさせていただいた。津波でかき回された天井の高い1階部分が破壊散乱していた。仮に先刻と同じ高さの津波が来たとしても、ここにいれば大丈夫だろう。避難場所を提供してくれただけでなく、工場の従業員さんが着替えや靴下を配ってくれた。倉庫は天井が高く床はコンクリートで、もちろん空調は動いていない。底冷えする床に発砲スチロール板を引いてくれて、寒さをしのぐようにとロール巻きのビニールも配ってくれた。皆、ビニールを体に巻き付け発砲スチロール板の上に座り込んだ。自らの体温で尻の下がじんわりと温まっていった。発砲スチロールの保温性がこんなに優れているとはしらなかった。それでも寒かった。ラジオでは外気温2℃との話だった。時刻は時をまわっていた。できれば寝ておきたかったが震える体で眠れるわけがない。未だ余震も続き、倉庫の窓は赤く染まり時折爆発音が響いていた。すぐまた行動できる状態でいなければならない。真っ暗な倉庫の中で余震や津波と火災に怯えながら早く夜が明けることを願っていた。何度も時計を見るも一向に時間が経過していない。時間がやけに長く感じた。上空をうるさいくらいにヘリが往来していた。石油工場の火災に集まってきたのだろう。何かを探すように、あちこちにサーチライトを当てて飛び去っていく。報道ヘリが面白い画を探して、ここら一帯をずっと飛びまわっているのだろう。ラジオでは荒浜地区は壊滅だと言っていた。クレイン海岸のヒト達は逃げたかな馬は全頭流されたのだろうな。そんなことを考えていた。
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