Y,斎藤の建もの探訪 No,1 

2017年04月06日(木) 21時20分
Y,斎藤の建もの探訪 No,1 「啄木について」

2017.01.09

Y,斎藤として10年やってきまして、ちょうど大学に入学して始めた音楽を、細く長くやってきているわけですが、つい先日、友人の結婚披露宴にて「上下ナナメ」を余興で披露させていただきました。長年やってきたなかでの、ひとつのゴールであるなと感じました。こういう場で披露させていただけたことは、わたくし自身うれしいものがありました。ライブハウスにおける自己欺瞞とは違い、素直にお互いが楽しめる、まさに結婚披露宴という場所が、ホームだったのかもしれません。何かに足を踏み入れ、入り口と出口が違うというのがこの世であり、彷徨い行く先がどこであるかは、誰も知る由がありません。松澤くん、お幸せに!

ということで、この旅では北海道は札幌から倶知安、函館を経由し青函連絡船で青森へ。そこから三厩を往復し、帰ってきました。


↑成田空港

バニラエアとか、安い飛行機がありますが、今回はジェットスターで行きました。飛行機は搭乗手続きなど緊張します。


↑小樽 石川啄木歌碑

新千歳空港につきまして、その足ですすきのへ行きます。旅の最後のご褒美にとか、出し惜しみしておりますと、どうもムラムラが止まらず、道中そのことで頭がいっぱいになってしまいますので、先に行っておきます。昼は、札幌みそラーメンを食べ、今回入った店はあたりだったなと思いました。

小樽駅では接続待ちのため、駅前を散策いたします。駅前の三角市場の前に、その歌碑があります。

「子を負ひて 雪の吹き入る停車場に われ見送りし妻の眉かな」(小樽駅前歌碑歌)一握の砂より

この句は、1907年(明治40年)21歳の時、9月から12月まで勤務した小樽日報社を退社し、家族と離れ単身で釧路に旅立つ様子を詠んだ歌です。今一度、啄木について考えようと思う歌碑に出会いました。そういえば、いつの間にかわたくし斎藤は30歳となり、いつしか啄木が過ごした26年の生涯を超えておりました。

空白が多すぎるその4年間についての感慨はありません。酒を飲みすぎては二日酔い。そういうのは、少なくしていきたい年頃でもありますが、改めて「そ」を聴きにいくべく、ワンカップ片手に、上野駅の、あの歌碑を詠みに・・・・・・

「ふるさとの 訛なつかし停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく」(上野駅句碑)一握の砂より

昇華される街について 

2016年09月28日(水) 22時56分
みなさんはいかがお考えでしょうか。と言われても、考えたことなかったからなんとも言えない話題、というのがよくありますが、その人にとっては一大事である関心事というものがあるわけです。ゴシップ的な、興味本位な話題について、つまるところは、どうでもいいよね結局、という結論になるわけでありますが、そういうどうでもいいよね結局という、自分が考えたところで別になにが変わるわけでもないし、という次元のことについて議論しあう間の時間の不毛さといったら、やるせないですが、そいう生産されることのない、ただ消化(昇華)されるだけの時間にこそ注がれるエネルギーが、消費されることで「Y,斎藤の鈍行日記」が書きあがります。

満たされないままの矛盾はどこにでもあって、その欲求はつきることがありません。柏そごうが開店し43年が経ち、2016年9月30日(金)をもって閉店するとのことで、小さいころはよく母親に連れられて行ったものですが、それからというものの、買うものがなかったので行くことはほぼありませんでしたが、いざ閉店となると、なぜか、急に焦りだすんですね、現金なもので。

そこで考えているわけです。現金なもんですね本当に。旧来からのいわゆるデパート、百貨店と言われたものがなくなってしまってもいいのかどうか。街の流行り廃りについては、今に始まったことではありませんが、今回については、そもそもの日本文化、それは着物を知らない世代と、わたくし自身の責任だと思うのです。そういった古き良き、ハレの日の粋な文化といいますか、日本における粋、美的観念の喪失が、この状況をまねいてしまったのではないかと、思うわけであります。

かたや高島屋のように若者をターゲットとした売り場にしてこなかったとか、方針転換が失敗したからとか、そういうのはもちろんあると思うのですが、わたくしは、運営側の責任については一切責めません。頑固として「柏そごう」として君臨した、いい意味であんまり変わらなかった「柏そごう」で、よくぞ2016年まであってくれたと、敬意を表するわけであります。悪いのはわたくし自身であり、「柏そごう」をないがしろにしてきたこと、わたくし自身が「柏そごう」の良さについて、今の今まで気づかなかったことにあるのです。

文化や生活様式を「あえて」守るのは、結局はどこかで成り立たずに破綻してしまいがちですが、世の中が合理的になりすぎて、良い悪いもなく、ただ弱肉強食といいますか、時代にそぐわなくなった事実を突きつけられた「今」について、本当にそれでいいのかどうか。大食堂のラーメンチャーハン、おもちゃやNゲージを買ってもらったり、屋上の滑り台、乗り物系の遊具で遊んだり、懐かしい場所がなくなってしまうことへの、よくわからない焦りを、ただそれだけを伝えたかったのです。

旅と友と酒 

2016年09月23日(金) 22時52分
しばし旅に出れば旅先で歌を詠み、知友を訪ねては酒を飲み、1人旅を好むが淋しがることなく。その精神は、Y,斎藤にも通ずるところありと思い、数年前に途中まで読んで、どんなもんだったか忘れましたので、この「みなかみ紀行」をもう一度再読してみようかと、今晩より。

ふと旅先で出会う、若山牧水の歌碑のように、Y,斎藤もそうありたいと思うわけであります。

できない理由 

2016年09月22日(木) 23時09分
気分を一新するというのは、けっこう大事なことで、仕事のオン・オフにしても、Y,斎藤をするにしても、なにかを引きづりつつだと、ダメですね。音楽を聴きながらの読書は、どっちつかずで、どっちかでないと、文字を追っているだけで音楽を聴いているようで、どっちも入っていかない、というような現象に陥りるようになります、わたくしの場合。できる人にはできるのでしょうが。学生時代、暗記が特に苦手で勉強できなかったっていうのは、そういうことをしていたからで、ある種のトランス状態に陥っており、勉強しているようでただ無意識の時間を過ごしていた、とも考えられますが、その分野に対しては、心底興味がなかったということだけは確かです。

それを、なにかの障害なのかもしれないとも、疑いたくなりますが、そんな安易に片付けられることではなく、それもそう、今現在も自分で作詞作曲した曲すら覚えきれずというか、これに関しては、どっかで誰かが言っていたのを読んだのか聞いたのか忘れましたが、自分の言葉でつづった詞に対して、あたかも他人が歌っているような、自分の言葉なんだけども、つまり臨死体験と死後の世界のような、あれは死後の世界に間違いない、と思ったにしても、その思ったことに対しての実態はなく、脳それ自体が勝手に意識を作り出しただけのことであって、そういう幻想を追体験するためにも、それが本心であったかを確かめるためにも、わたくしにとっては必要なことなので、あえて覚えないし、これからも文字を見ながら歌います。

できないのではなく、あえてできない。というように、できない(しようとしない)理由があるのです。

コメントに対するコメント 

2016年09月19日(月) 20時55分
「OasisはWonderwall以外興味がないし、それしか聴かない」
そう豪語するY,斎藤の鈍行日記(ダンスシーン)に、コメントが届きました。

記事については、「10周年について No,2」ご参照ください・・・

「FREEDマン」さん、「フリードさん」さん、「目がぁぁぁ!目がぁぁぁ!」さんの三名からでした。純粋に受けとめます。大変ありがとうございます。「FREEDマン」さんにおかれましては、「フリードさん」さん、「目がぁぁぁ!目がぁぁぁ!」さんにもコメントを返していただき、とても微笑ましく思いますし、応援されたことが心底うれしかったです。あえて鈍行日記(ダンスシーン)のコメント欄を使っていただき、それがまたひとしお感じるものがあります。

今後ともよろしくお願い致します。

まったく関係ない話ですが、南越谷のタワレコで買ったアルバム、MEWのAnd The Glass Handed Kitesや、これも南越谷のタワレコで買ったと思うけど、Death Cab For CutieのPlansあたりの、2005年あたりは、今まで生きてきたなかで、一番ミーハーだったような気が致します。多分、フジロックとか、サマソニあたりに出ているアーティストに、多大なるリスペクトを持っていた時期がありました。

知っている曲をみんなで聴くっていうのは、楽しいことであります。Y,斎藤を知っていただき、ありがとうございます。たまには折にふれて、Y,斎藤の知っている音楽をひけらかしてみようかと。

コメントに対しては鈍行(ダンス)日記(シーン)でコメントさせていただきましたが、これは「いいね!」ボタンで片付けられる世の中に、つたない文章で対抗するものであり、ポップなものをこの鈍行日記(ダンスシーン)に取り戻そうとしているのであります。数年前にMyloがやったみたいにね。

こんな日常にふと思い出す 

2016年07月22日(金) 23時39分
「また夏がやってくる」なんてありきたりな言葉で今を表現したいのでありますが、そういう儚い1日や2日だったりが、夏には多くあります。夜空に広がる一瞬の色鮮やかさを、花火から見ることができます。夜祭に盛り上がる、よくわからない宗教観。フライデーナイトが7日に1回あるのとは、わけが違います。



素敵な夏になるといいですな。

10周年について No,2 

2016年06月05日(日) 20時58分
Y,斎藤オーケストラwith混声合唱団として、音楽活動を始めて来年で10年が経とうとしています。記念アルバムとか、地方公演、記念品制作など、それらしいことはやっておこうと思っております。日常のなかの10年という時間の長さといったら、どう表現したらいいか難しいです。とりあえず言えるのは、今がすべてということだけでしょう。

後継ぎが絶え、没落していく家、集落。時代と一緒に移り変われるか、時代に取り残されるか、時代に逆行するか、すべては最初のアルバム「アナクロニズムの世界」から始まっていること。論ずるより聴いてほしい。アナクロニズムから始まる、Y,斎藤の音楽世界を。

10周年について No,1 

2016年06月03日(金) 22時12分
Y,斎藤オーケストラwith混声合唱団として、音楽活動を始めて来年で10年が経とうとしています。年をとるということは想像はしていたけど、なにか、良いように年をとっている気が致しません。自分より若い人たちが、無善寺やライブハウスで弾き語りを始めたり、しているのだろうけど、そういう若気の至りを、昇華させる必要というか、昇華できないまま、10年を経てしまっているわけですが、みなさんはいかがお過ごしでしょうか。

これからの抱負など特にありませんが、一生やっていけたら面白いなあと思っておりますが、受ける刺激がなければ、なかなか音楽をする必要性に駆られることがなく、かといって粗さがしをしながらの音楽は無理があり、年々、性欲とともに衰えてしまうものであるのならば、それはそれで仕方ないことなのかとも思っております。

ウィンドサーファー No.4 

2016年04月11日(月) 20時32分
ウィンドサーファー No.4 「強風」

2015.08.26

6時起床、シャワーを浴び、荷物の整理はビニールの音とか気になるので居間でやりました。朝のラッシュもまだ早い時間で、朝のなんともいえぬ繁華街の荒んだ風景が、今日のはじまりを告げています。ゴミの回収を生業にされている方には、普段抱くことのない、感謝の意をここに表明いたします。

仙山線で羽前千歳まで出まして、奥羽本線に乗り換え新庄へ、そして陸羽西線の清川で下車します。
今回はフリーきっぷではなく、有楽町−上野−(東北本線)−仙台−(仙山線)−羽前千歳−(奥羽本線)−新庄−(陸羽西線)−余目−(羽越本線)−秋田−(奥羽本線)−弘前、という行程で普通きっぷを購入しました。途中、特急に乗ることも考慮しました。

新庄が近づくにつれて乗客が増えていきます。この時間で2両編成でワンマンかあ、なんて思いつつ、なんだろうこの異常な込み具合はと疑問に感じておりましたところ、その日は新庄まつりの開催日ということでした。駅に到着し、乗り換えまでの時間、どんなものか見に行ってみることにしました。

まだ早かったので、催しを見ることはできませんでしたが、夏の終わりの盛り上がりはいいものだなあと思いました。駅にもどり、列車の到着を待っていたところ、酒田からの折り返し列車が強風の影響で遅れているということでした。母は朝一番の新幹線で新潟から、羽越線経由で余目まで来ており、親戚が余目まで迎えに出ていて、自分はその足で清川にて拾ってもらう予定でありました。

「日本三大悪風」という局地風があります。岡山県那岐山麓で吹く「広戸風」、四国山地を越えて吹きおろす愛媛県伊予三島市付近の「やまじ風」、そして奥羽山脈から庄内平野に吹き下ろす「清川だし」です。農作物被害や、大火を与えたりと、人々は昔から恐ろしいもの、やっかいなものとして敬遠されていました。

ちょうどこの日は、まさしく「清川だし」が吹き荒れており、もしカツラを装着していたとすれば、コント映像みたく遠くへ飛んで行くことでしょう。そんな土地にも人々は存在しており、生前の祖父との最後の夏となりました。

その年の冬に亡くなり、96歳という大往生だったわけですが、耳も遠く、最期は自分の存在すら理解していたのかどうなのか、わからないけど、まあ一年に一度の里帰りに孫として連れられて行った、ザ・夏休みが、ザ・田舎でよかったなと思います。そういうのがあって、今、山形と縁のある仕事をしているのか、そう肯定するのはあまり好きではないけれども、幼少のころから、少なからずな何かを感じえていたのは、間違いないです。

通夜の前日も、集落には突風が吹き、屋根やら納屋が飛ばされていきました。

PS:ライブ情報
 Y,斎藤企画「第一回 タケナカナイト・インティライミ」
 日時:2016/5/29(日曜)
 場所:高円寺無力無善寺
 時間:調整中
 料金:1000円
 出演:jituniankoku(from mariko accidents)
     AMORA(from マウンテンズ)
     ノムラシュンスケ(fromマウンテンズ)
     サイトウケント
     コーラ
     Y,斎藤オーケストラwith混声合唱団

終演後は飲みに行きましょう!

ウィンドサーファー No.3 

2016年02月20日(土) 22時05分
ウィンドサーファー No.3 「ゲストハウス」

2015.08.25

思うところはたくさんあるはずなのですが、ここ数年は、こういう感情を表に出さなくても、どこかで消化されているようで、創作という不自然な自己表現においては影を潜めております。よく、自由の中には自由という概念はなくて、束縛の中に自由を見出すことが、自由の発見だということを言いますが、そういうところで発生する自由は自然な文化だということは承知の通りであります。普通の女子高生がアイドルに憧れたり、プロ野球選手に憧れたり、でも潜在的な能力は、これは持って生まれたもので仕方がないから、限りある自由がとても尊いものであることを、常に感じていたいものであります。

仙台のゲストハウスで一泊し、翌朝に山形の祖父の家へ行く予定であります。ゲストハウスは初めてということで、内心ワクワクしておりました。予約は前もって済ませていたので、これだけは外せませんでした。というより、ゲストハウスに泊まりたいがための前乗りといいますか、なにかそういうアットホームであろう空間に身を置きたかった欲求がありました。

夜は20時過ぎでしたが、チェックインを済ませ、夕食がまだだったので、いったんゲストハウスを出て周辺を散策することにしました。近くに国分町があり、イカガワシイお店などが立ち並ぶ、通称イカガワストリート(個人的にそう言っているだけ)に心躍らせながらも、行きついたのは、場末感ただよう餃子屋さん「あっぷる」でした。

事ある毎に言いますが、仙台と言ったらまず「牛タン」だろ!という安易な発想はおやめなさい。青森に行って飲んだ、鹿児島の焼酎「五代」の味に何を思う。自己愛を前面に出してくる土地にこそ、「愛さない」という感情を高ぶらせるのです。

餃子に瓶ビール、レバニラ炒めに瓶ビール。お店のテレビでは、ちょうど世界陸上をやっておりましたところでした。アスリートは作られるべきなのか、作られたアスリートは「夢を与える」とかよく言うけど、なにをするにも努力しなければならないなんて、この世の正体は地獄なのだと、つくづく思います。

ゲストハウスへ戻り、居間でくつろいでおりましたところ、外人さん(どこの方だったか忘れた)が日本を旅していたということで、いろいろ写真を見せてくれました。大阪でtakoyakiを食べたyoとか、他なんだったか忘れたけど、ニッチなところも攻めていて、「oh!!you are nice guy!!」と言ったか言ってないかもしれないけど、仲良くなりました。

なんだかんだ盛り上がっておりましたが、管理人さんから消灯を告げられた後も、静まり返った居間にそのままとどまったわけですが、どういうわけかオセロがあったので、さっきの外人さんと勝負することになりました。言葉の壁も、国境の壁もここにはありゃしませんin仙台。スマホの明かりで盤面を照らし、リアクションは抑えめに、さらにヒソヒソ声でのやりとは、まるで修学旅行の夜のようで、気持ちをさらに高揚させてくれました。

一回戦、二回戦共に、かつてオセロ日本代表で名をはせたY,斎藤でしたが、負けました。「オーマイガッ!!」とは言ったか言ってないかもしれないけど、なぜだか負けた自分に相手選手から、民族的な首飾りをいただきました。「明日おれ朝早いからgood luck!!」と言ったか言ってないかもしれないけど、最後の別れをし、それぞれの寝床へ入っていきました。

明日の準備をしつつ、自分も何か差し上げられるものはないかなと思い、でも手持ちではなにも見当たらなかったので、コンビニに行きました。ハッピーターンにペヤング、歌舞伎揚げ、うまい棒、あと綾鷹・・・・・・部屋に戻り、外人さんの寝床のカーテン越しに声をかけました。

「this is my favorite food!!」
プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:Y,斎藤
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■07年05月、アンダースローバレリーナに才能を見出されY,斎藤オーケストラwith混声合唱団として活動開始

■07年06月08日、高円寺無力無善寺 初ライブ

■07年06月19日、アンダースローバレリーナ企画『彼女のための水玉記録会』に出演

■07年12月19日、デモテープ『アナクロニズム』をリリース(配布)

■08年09月23日、Y,斎藤オーケストラwith混声合唱団&アンダースローバレリーナ企画 『バブルと寝た女たち』 開催

■08年09月24日、1st album『アナクロニズムの世界』をリリース(配布)

■09年07月29日、2st album『警笛鳴らせ』をリリース(配布)

■09年08月02日、アンダースローバレリーナ企画 Y,斎藤とざっくばらんの会主催『マグロに賭けた男たち』出演

■09年09月04日、ラミ子企画『ラミ子のワンポイントどころじゃない妖精さんの国講座』出演

■09年09月30日、CERAMIX企画『毎日休日』出演

■09年12月29日、Y子企画『シャケナベイベー!』ムーンウォークはまたにと出演。この日から、ジェロ(千葉)を名乗るようになる。

■09年12月31日、ジェロ千葉の入試対策講座を鈍行日記にて掲載

■10年01月04日、大館市『コート・ダジュール』にて新春ふれあい歌謡フェスティバル『秋田さ来てたんしぇ〜』にジェロ千葉として出演

■10年03月、生粋の江戸っ子3人組によるノータイムリミットハンズスプラッシュパンクバンド『東京シェイカーズ』を結成

■10年08月12日、東京シェイカーズ1stアルバム『Shake Your Cock』をディスクユニオン各店にて発売。世界的なシェイク・ブームにより販売から2週間で即14枚突破!!。

■10年09月28日、Y子企画『シャケナベイベー!3』Y,斎藤オーケストラwith混声合唱団として出演

■10年10月19日、東京シェイカーズ企画『ダンスダンスダンス、ダンスダンスダンス、ヘイ、ダンスダンスダンス』開催

■11年3月18日、アンダースローバレリーナ企画『俺の肌に群がった女たち』が東日本大震災により中止

■11年04月17日、Y子企画『第4回あけてビックリ!!竜宮城』ムーンウォークはまたに with ジェロ千葉として出演

■12年08月25日、『FIREJAM2012』Y,斎藤オーケストラwith混声合唱団として出演。

■12年11月24日、Y.斎藤&M.岡本企画『STOP MAKING SENSE -beyond』雨宮とY,斎藤オーケストラwith混声合唱団として出演
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