オーブンがなくても焼けるオレンジチョコレートチーズケーキ 

October 14 [Fri], 2016, 3:48
1週間に一度は薪の強火で炊き上げた土鍋のフリホーレスが食べたくなります。
薪に火を熾してしまえば、あとは鍋を置いておくだけなので大変なことはないのですが、結構な量の薪を使うし、残り火がもったいないし、釜戸に残った熱ももったいない。そこでありあわせの材料でオレンジチョコレートチーズケーキを焼きました。材料は以下のとおり。混ぜて焼くだけなので皆さんも是非、作ってみてください。





チーズはレケソンと呼ばれるものを使います。これは牛乳からフレッシュチーズを作った後に残る乳清に塩を加えて煮詰めると現れるものです。イタリアではリコッタチーズと呼ばれていますね。脂肪分がほとんどなくてあっさりしているので、軽いチーズケーキが出来上がります。

クリームは製菓用のものではなくて、搾りたての牛乳をほうっておくと上に浮いてくる乳脂肪を集めただけのものでグアテマラの田舎ではこんなふうにビニール袋に入れて売っています。草の状態によってクリームの質も変わってきます。これを遠心分離にかけるとバターができあがります。私はいつも大きめの瓶に入れてよく振ってバターを作ります。



チョコレートはカカオを炒って挽いて作るので手間がかかりますが、キリグアの宿では常備品。これにバターを加えて湯煎にかけます。今回のチーズケーキに使ったチョコレートは砂糖の入っていない100%カカオチョコです。







卵はいつも通りリリアンに持ってきてもらう地鶏の卵です。



オレンジ。先月、オレンジ売りのおじさんが来て大量にオレンジを買う羽目になったのでオレンジマーマレードを作りました。このマーマレードをチーズケーキの生地に混ぜ込みます。最近、オレンジとチョコの組み合わせに凝っています。



あとはコーンスターチを適量加え、砂糖と蜂蜜で甘さを調整します。蜂蜜はフルーティで酸味の効いたハリナシバチの蜂蜜です。



これらの材料を全部、ミキサーに入れてなめらかになるまで混ぜます。それを型に流し込んで釜戸に入れて焼きます。





一晩冷蔵庫で冷やし、食べる直前に粉砂糖と削ったチョコレートをふりかけました。ビターなチョコレートがおいしかったです。オーブンがなくても焼けるし、多少、形が悪く焼きあがってもこんなふうにきれいなお花で飾りつけすればオシャレなおもてなしチーズケーキになります。簡単で美味しいのでみなさんも是非、作ってみてください!


お誕生日が過ぎた 

October 08 [Sat], 2016, 2:30
グアテマラ人にとって誕生日を祝うことは一年の行事のうち最も重要なものの一つだと思う。グアテマラ西部のほうではセマナサンタ(イースター)のお祭りを盛大に祝うけど、東部のキリグアあたりだとクリスマスが一番盛大で、次が誕生日。家族が多いから1年中誰かの誕生日をやっている。

私は実はグアテマラのパーティーが苦手で、とにくかく音楽と爆竹がうるさいし、そんな中で会話もできないし、大勢集まったところで私が聞かれることと言えばいつも同じ。ジャッキーチェンは日本人だろ、チャオミン、おいしいよね?日本までいくらかかる?最初の30分くらいは確かに楽しいし、いつも私に一番最初に料理やケーキをくれるからそれを食べて1時間くらいで抜け出すようにしている。クリスマスもしかり。毎年毎年花火に爆竹、子供たちが集まって楽しいけど… 

クリスマスをキリグアで母と過ごしたことが3度ある。母もマルセロやメッチェスおばあちゃんの家でチョコレートを飲んでタマーレスを食べる。私は母を口実にはやく引き上げようと思って、もう疲れたでしょ?帰ろうか?って聞くけど、いつも、「んー、まだ、いてもいいけどね」と名残惜しそうな顔をする。私より母の方がラテン系でみんなから好かれている。



そんなわけだから、マルセロたちも私があまりパーティーが好きじゃないというこを察し、最近は誕生バーティーには呼ばれなくなった。だけど、私の誕生日は必ず覚えていてくれてプレゼントやタマーレスを持ってやってきてくれる。誕生日を一人で過ごさせることは彼らにとって耐えられないことなんだろう。



昨日もマルセロ、ソニア、メッチェスおばあちゃんがタマーレスを持ってやってきてくれた。メッチェスおばあちゃんがタマーレスにレモンを絞ってくれて、ソニアがタマーレスの上にパンを置いてくれる。赤の他人のガイジンをここまで面倒見てくれる家族がいるだろうか。

美味しいタマーレスを食べて、楽しい誕生日の夜は更けた。

次はクリスマス。熱帯雨林の深い緑の中をひんやりとした風が吹いて、冷たく光る朝日が強い陰影を作る季節になっていく。やっと。

ミルトマテのグリーンソース添え チピリンのスパゲティ 

October 07 [Fri], 2016, 7:04
チピリン、Chipilinという植物があります。学名はCrotalaria longirostrata、中米原産のタヌキマメ属の植物です。

グアテマラではこの葉っぱをよくタマーレスに入れます。火を加えるととてもとても香りが出るようで、チピリンのタマーレスがテーブルの上にあると部屋中がチピリンの香りになります。



キリグア村には2週間に一度くらいチピリン売りのおじさんが来るので、私はいつも一束買います。一束が最低単位ですが、私一人で食べるには多すぎて結局、三分の一くらい腐らせてしまいます。



そこで、最近凝ってる乾燥野菜!トタン屋根の上で乾燥させると雨季の今でも2,3日でからからに乾燥できます。
チピリンも葉っぱを全部むしって乾燥してみました。すると、生のままだと香りがないのですが、とってもいい香りの乾燥チピリンができあがりました。



これはお味噌汁に入れてもおいしいのですが、なんといってもスパゲティ!今回はドライトマトも一緒に混ぜ込んでみました。

これだけでも十分においしいのですが、昨日作ったミルトマテのソースがあったのでそれを添えてみました。
ミルトマテはメソアメリカ原産。赤いトマトの語源になったものです。チピリンの香ばしさとミルトマテの爽やかな酸味でとってもおいしい一品になりました。



乾燥チピリン、日本へのお土産に良いかも…

地生ラン 

October 06 [Thu], 2016, 10:00
2年前の今日、庭仕事中にたまたま見つけたこのラン、花の大きさが1cmくらいのとても小さな蘭です。
サンスベリアがものすごい勢いで繁殖するので、それを片っ端から引き抜いている時でした。あれ?ちょっと柄の違うサンスベリア、と思って近づいてみるとかわいらしい花が。 危うく引き抜いて放り投げてしまうところでした。



ランは木の枝などに根を張る着生ランと地中に根を張る地生ランに分かれるそうですが、これは後者。
Oeceoclades maculata という種類だと愛知県の蘭の専門家の方に教えてもらいました。原産はアフリカですが今は世界中の熱帯雨林に広がっているそうです。



ヤシの木の切り株の陰の薄暗い場所で目立たないので鉢に移してみようかなと思いましたが、2年前に一株だったのが何の手入れもしないのに三株に増えているのでここが住み心地がいいんでしょうね。このままにしておくことにしました。





外国人へのわさび増量サービスについて 

October 05 [Wed], 2016, 15:11
うちの宿は、夕食は和食かグアテマラ料理のどちらかを選んでもらうシステムです。観光地ではないので常時お客さんが入っているわけではなく、メニューを作ってその分の材料を用意し採算を取るとなると途方もない料金設定をしなければいけません。

ですから和食かグアテマラ料理の二者択一でお願いしているのですが、できるだけお客さまの好みに合わせるように努力はしています。予約を受けた時点で特別の注文、例えば菜食主義であるとか、エビは食べられないとか、エビが好きだとか、そんな注文があればもちろんそれに応じた料理を出しています。

開業してから約11年になりますが、日本人のお客さまはグアテマラ料理、日本人以外のお客さまはほとんど和食を注文されます。時期にもよりますが、ヨーロッパのお客さまが多いので和食の注文が多く、おかげさまでおいしい日本料理を食べられる宿という嬉しい評判もいただいています。


キリグアの宿の和食の夕食


ただ、私は本格的な日本料理を外国の方に知ってもらおうなどという考えはありませんし、グアテマラの片田舎そんなことができるはずもありません。日本食へのこだわりは全くなくて、外国人のお客さまがおいしいと喜んで食べてくれるような日本食(のようなもの)を作っているだけです。

世界的に日本食ブームですが世界の日本食は日本人の想像を超えて独自に進化しています。アボカド、クリームチーズの入ったカリフォルニアロールから始まり、お寿司のタレ(?)は醤油だけでなくマヨネーズ、ケチャップ、ウナギの甘いタレ、そんなのはごく当たり前です。

以前、ベジタリアンなので肉も魚もダメだけど寿司は大丈夫、サツマイモのお寿司が大好きっていうアメリカ人の男性がいました。サツマの寿司をネットで検索してみると結構人気なんですね。また、イギリスからのお子さん連れの一家、お子さんが好きなお寿司はパパイヤ寿司だとか… 巻きずしは揚げてあるものと思っている外国人もいるようです。

宿を始めて最初の頃は事情がよくわからなかったので、巻きずしは日本風に干ぴょう、干しシイタケ、出汁巻き卵などを入れた太巻きを作っていましたが、手間もコストもかかる割にはカリフォルニアロール的な巻きずしの方が外国人のお客さまには喜ばれるということがわかりました。

先に本格的な日本料理にこだわらない、日本料理(のようなもの)を作っていると書いたのはそういうことです。味覚は国や文化によってかなり違いますから、どの国のお客さまにも日本人と同じような料理を作って同じサービスを提供するということが、おもてなしであるとは思えません。

もう、ずいぶん前ですがアメリカ人のご夫婦に日本風の干ぴょう入り太巻き寿司を出したところ、「ワサビ、持ってきて」と言われたので、小皿に少し盛って出すと、すぐにもっとたくさん持ってきてと言われました。グアテマラでは生のワサビなんて手に入るはずもないのでもちろんチューブワサビですが、それだって結構なお値段です。ちょっとカチンときたので日本では巻きずしにワサビは使わないと言うと、「でも、僕たちワサビ好きだから」という返事でした。

外国人のお客さまはほとんどこういう感じなので、高いチューブのワサビはやめて業務用の粉ワサビを使い、日本人が見たらびっくりするくらいのワサビを必ずサービスで出すようにしています。グアテマラの食材店ではこの大袋入りの粉ワサビがとてもよく売れているようです。

そこで、今、日本で話題になっている大阪の寿司チェーン店「市場ずし」難波店、日本人女性と韓国人男性のカップルにサービスでワサビ増量したのにこれが裏目に出てしまったという、私にとっては笑い話なのですが、なんとこれがヘイトクライムだとか民族差別の嫌がらせだとか、挙句の果てはワサビ・テロとしてAFP通信が世界に発信。

この店のワサビが多すぎて泣きながら食べたという匿名の女の子の話がネットで炎上したことが発端のようです。それに対して店側はワサビ増量の事実があったことを認め謝罪文を公表しました。

「海外から来られたお客様からガリやわさびの増量の要望が非常に多いため事前確認なしにサービスとして提供したことがわさびなどが苦手なお客様に対して不愉快な思いをさせてしまう結果となってしまいました」

この店は場所柄、外国人のお客さまが多いのでワサビ多めがデフォルトのサービスだったようです。私にはごく普通に受け取れる謝罪文ですが、事情を知らない人たちからは「見え透いた」言い訳、人を馬鹿にしてると思えたのでしょう。そんなサービスがあるはずがないと。

「市場ずしの弁解は、不合理な弁解の典型として司法修習生向けテキストに載せたいくらい不合理。俺が担当する刑事事件の被疑者がこんなこと言ってたら、「私はあなたの言うこと信じるのが仕事だからいいけど、それ裁判官も信じると思う?絶対信じないと思うよ。本当にそれ法廷で言う?」と詰めるレベル。」

これはいわゆる人権派弁護士さんのツイートでしょうか。私はびっくりしました。うちも外国人のお客さまは日本食というと必ず(寿司でなくても)ワサビを欲しがるので最初からサービスで出します。もし、ワサビを知らない外国人のお客さまが間違えて食べてしまって訴えられたら法廷ではサービスのつもりで出したが確認が足りなかったとしか言えません。

私も民族差別、ヘイトクライムは絶対に反対です。でも、この件に関しては納得できないことが多すぎます。
ワサビが多くて泣きながら食べたという日本人の女の子と韓国人の男の子は差別や嫌がらせを受けたと抗議しているわけでも寿司職人を訴えているわけでもないし、実在しているのかどうかも怪しい。それにこの店はワサビの多いことで有名のようです。ワサビ好きの人たちや外国人にはファンが多いのではないでしょうか。このカップルが特にワサビに弱かったということも考えられませんか?ワサビたっぷりの写真は、当事者が撮影したものではなくて他のサイトからの借用とのことですし。場所柄、韓国人のお客さんが多いそうだし、そういうお客さんで成り立っている店が敢て韓国人に嫌がらせをするでしょうか。

いつもと同じことをやっただけなのに犯罪者のように扱われているとしたら…

事前にお客さんにワサビの量を聞けばいい、サービスとはそういうもんだろ!確かにそうです。でも、チェーン店でどのくらいの給料をもらっているか知りませんが、その従業員に高級寿司屋並みのサービスを期待するのは無理です。人権派の人たちがいつも言ってるじゃないですか、コンビニの従業員に何を期待しているのかって。

忙しいチェーン店で細かいサービスが無理で、ワサビ好きの外国人のお客さんが多い店だから、大雑把にワサビ増量をデフォルトサービスにしているのでしょう。そのくらいの手抜きも許されないのですか?

国土交通省もこんなことを推奨してます。
http://www.mlit.go.jp/common/000116954.pdf
G中国人に対して良いおもてなしをするための推奨事項 
刺身を食べる中国人には、練りワサビをたっぷりと提供する方がよい
(1回の食事で1 本の練りワサビを使い切る人もいる)

もしかしたら差別があったかもしれない。そうだとしたらその寿司職人は差別感情で嫌がらせをしたことをきちんと謝罪しなければいけないのは当然です。だけれどもまだ差別だったのかどうかもわからない段階じゃないですか。あんな「見え透いた」謝罪文を出して馬鹿にしてる、差別に決まってる、真面目に謝罪しろ!というのでしょうか。俺たち民族差別反対の人権派が納得するような謝罪文を提出しろと。

まだこの寿司職人から話を聞いたわけでもなく差別をしたという証拠もない、ただワサビが多すぎて泣きながら食べたという匿名の女の子のネット上の話だけでここまで1人の人間を犯罪者のように追い詰めていいのでしょうか?今回、寿司職人を叩いているのは、いつもは人権を声高に叫んでいる左翼の方たちですが、民族差別、韓国人差別の前では差別したと思われる側の人権は無視なのでしょうか?疑わしきは被告人の利益にと常々叫んでいる方たちが。しかも起訴されたわけでもないので被告人でもないのに。もっと言うなら犯罪者にも人権があります。弁護士を付ける権利もあるのに、その弁護士から「そんな言い訳、誰も信じないよ」と言われたら。

グアテマラのように司法が全く信頼できないい国では、犯罪者を住民がよってたかって殴り殺したり焼き殺したりするリンチがいまだにありますが、これはまるでネットによるリンチ... 拷問じゃないですか、納得のいく謝罪文を書いたら許してやる、楽になれるんだぞ... 

まずは冷静な検証が必要だと思います。ネットの噂だけでなく。外国人へのワサビ増量がサービスだなんて信じられない、そんな馬鹿な話があるかという日本人固有の考え方は捨てて。そしていつも人権派の人たちがやっているようにチェーン店やコンビニで低賃金で働かされている人たちの立場も考えてあげてもいいんじゃないでしょうか。

(次回からブログは別サイトに移ります)

アルタ・ベラパスのチヤメルコに行ってきた時のこと その3 

July 28 [Thu], 2016, 2:42

マルガリータが見せてくれたウィピル(マヤの民族衣装の上着の部分)は細くて撚りの甘いコットンで丁寧に織られている。グアテマラ織というとレインボーカラーをイメージする人が多いかもしれないが、アルタ・ベラパス県チヤメルコ村の織物はケクチ語でPik Bilと呼ばれる白いガーゼのような繊細な織物だ。Pikとはケクチ語で持ち上げるということ、Bilとはそれが出来上がった状態だそうだ。動物の骨でできた鉤針のようなもので糸をひっかけて持ち上げて模様を出していくからこの名前がついたのだろう。


(これは私が今回買ってきた布に穴を開けて首の部分を編んだもの)

コットンの糸は今では他の地方から買っているということだが、マルガリータの子供の頃はまだ綿を栽培していたらしい。彼女のお母さん、お祖母さん、そのまたお母さんやお祖母さんたちは綿を栽培し収穫して紡いで織って自分たちの着物を作っていた。今はもうこの地方で綿の栽培は一切行われていないらしい。

薄いガーゼのような布に織り込まれたいろいろな模様、これらは全部意味がある。パカヤ(植物の名前)に止まってる鳥、犬の足、鴨... スペイン人の侵略以前から受け継がれている模様もあれば、少しずつ変化したり新しい模様が生まれたりもしているんだろう。それにしても素晴らしい抽象性、白一色、糸の起伏だけで彼らの生活になじんでいる様々なものを現している。


(真ん中の模様が犬の足ということだけど…)

私は以前からこのPik Bil織の布が好きで、何年か前にコバンに行った時も道端で布を売っていたおばさんからPik Bil織のウィピルを買った。マルガリータのグループ「織る女たち、Aj Poop B'atz'の娘たち」の店には他の織物もあったが、今回もやはりPik Bilを買った。幅30cm、長さ1メートルほどの布が3枚、正方形に縫い綴じられていて売られている。真ん中に穴を開けて頭を出すようになる。コバンの道端で買ったものは穴を開けずそのまま取ってあるが、今回はすぐに穴を開けて、同じ糸で編んで始末しウィピルとして着られるようにした。


(こんな風に3枚の布を縫い合わせただけの状態で売られている)

4月に小林愛子さんがうちに泊まられた時、見せていただいた「織る女たち、Aj Poop B'atz'の娘たち」のPik Bil織がこちらの写真。マヤ織はどの織物もそうだが、布の端の始末がよくない。もともと自分たちが着るために織ったものだし、色や模様の意味こそが大切だったからかもしれないが、愛子さんに見せていただいたものはどれもとてもきれいに始末ができていて驚いた。愛子さんのかなり細かい指導と忍耐の成果だと思う。


(とてもきれいに布の端の始末もされていて商品として恥ずかしくない。)

残念なのはこの布を織るのはとても手間暇がかかるので、安いナイロンの布で出来たものを買って着る人たちが増えていること。愛子さんは彼女たち自身たちが着るウィピルを彼女たちの手で織るということ、マヤ、ケクチ族の伝統を伝えていくことの重要性も強調していてずいぶん自腹も切ってらっしゃることだろう。

「織る女たち、Aj Poop B'atz'の娘たち」の活動や販売している織物に興味のある方は小林愛子さんに連絡を取ってみてください。
https://web.facebook.com/aiko.kobayashi.165?fref=ts

食べていくためにやむを得ず、何か月もかけて織ったウィピル、お母さんの代から大切に来ているウィピルを売ってしまう彼ら、観光客に値切られて、あるいは自ら値下げして... 観光客が押しかける先住民族の村々は自らの伝統を切り売りし、観光客の嗜好に合わせた、まるでマヤ風ディズニーランドになってしまっているが、マルガリータたちの住んでいるアルタ・ベラパス県のチヤメルコ村はそんなふうにはなってもらいたくない。私たち外部の人間は慎みを持って彼らと接しなければいけない。

アルタ・ベラパスのチヤメルコに行ってきた時のこと その2  

July 15 [Fri], 2016, 4:35
バスはあっという間にチヤメルコ村の市場の裏の小さなターミナルに着いた。私はマルガリータを知らないし彼女も私を知らないけれど、外国人が滅多に来ないこんな場所で東洋人がウロウロしていればすぐに気づいてくれるだろうと思い、市場に向かって歩き出すと案の定、笑ながら私に近づいてくる女性がいた。マルガリータだ。

その日は市場(いちば)の日だったので人ごみの中をかき分けるようにして少し歩くとすぐに静かな場所に出た。彼女が住んでいるコミュニティに通じる道が数日前に土砂崩れにあったそうで車では行けない、ここから歩いて行ける場所に彼女たちのグループの作品を販売している店があるのでそこに私を連れて行ってくれることになった。歩きながら話を聞いているうちにこれは時間が足りない、もう一日用意してくればよかったと後悔した。

彼女たちのグループの名前は、Mujeres Tejedores, 織る女たち。古代マヤの時代から母から娘たちに静かに受け継がれてきた織物、マルガリータは初めてお母さんに織物を教えてもらった時のことを話てくれた。楽しい話だった。そして、Mujeres Tejedoresの後にHijas de Aj Poop B'atz'とある。Aj Poop B'atz'の娘たち? 

トウモロコシ畑の中をしばらく歩くと彼女たちの店があった。彼女たちが織った布を見せてくれながらAj Poop B'atz'のことを説明してくれた。話を聞いていると一緒に働いている女性がGuacalとかJicaraと呼ばれる瓢箪を二つに割ったような器にカカオの飲み物を入れて持ってきてくれた。観光地のカフェでは絶対に口にすることができないケクチ族の飲み物だ。砂糖が入って甘かったが、私はマルガリータに、「あなたの子供の頃は」と言うと、すぐに「砂糖は入ってなかったわ」と。私は、まだ経済成長にそれほど汚染されていなかった時の状況が知りたくて、さっきからずっと彼女に子供の頃のことばかり聞いていた。特に食べ物に関してはほぼ私の予想どおりの答えが返ってきた。

Aj Poop B'atz'、これはチヤメルコに実在したマヤ、ケクチ族の英雄の名前だがほとんど知られていない。2006年にチヤメルコ村の有志が集まり何年もかけて丁寧に歴史書を読み、チヤメルコ村のコミュニティを歩き回って口頭の伝説を聞き、2012年にAj Poop B'atz'について小冊子にまとめた。マルガリータが見せてくれた小冊子を読みながら、Aj Poop B'atz'、ああ、この人だったのか...と思った。

新大陸を征服したスペイン人は先住民をキリスト教に改宗するために拷問を行い、奴隷として過酷な労働を強要した。そのため、現在のチアパス地方はスペイン人の征服当時、27万5千人ほどいたマヤ人は17世に初頭に8万5千人まで減少し、ユカタン半島では100万人以上いた先住民が17世紀には16万5千人にまで減少した。キリスト教布教のためにスペイン軍に同行して新大陸にやってきたバルトロメ・デ・ラス・カサス司祭は、先住民に対するあまりにもひどい略奪、暴行、虐殺の状況を見てキリスト教者として苦悩し、ドミニコ会員たちと共にスペイン王室に状況の改善を訴える(L.ランケの「アリストテレスとアメリカインディアン」、マヤファンは必読。この時代にいかなる征服戦争にも正統性は認められないと神学の立場からの主張があったことにも驚嘆)。そして実際に彼らは現地で先住民に対する平和的布教を始めた。その一つがここ、アルタ・ベラパスだ。

スペイン人が名付けたアルタ・ベラパス、Alta Verapaz(verdadera paz)とは真に平和な場所という意味だが、その名の通りドミニコ会の修道士らはアルタ・ベラパスに住むケクチ族を平和的に改宗させて支配した。そして1544年にケクチ族の貴族をスペイン本国に連れていきフェリペ2世に謁見させる。この時にケクチ族がフェリペ2世へ献上した貢物の中には、ケツアル鳥の羽、土器、植物の実(を乾燥させて作った器、フリホーレス(インゲン豆)、トウモロコシ、松ヤニのお香、琥珀、そしてカカオが入っていた。これがスペインに渡った最初のカカオ、カカオの中でも一級品と言われているカカオ・クリオーヨ(cacao criollo)だ。カカオを旧大陸に初めて持ちこんだのはコロンブスでもエルナン・コルテスでもなくアルタ・ベラパスのケクチ族だったのだ。少なくとも文献上では。

このことはマヤ考古学者マイケル・コウの「カカオの真実の歴史」にも書かれていて、12年前にこの本を読んだ時からずっとアルタ・ベラパスのケクチ族やカカオのことが頭にあった。ケクチ族の誰がというところまではマイケル・コウは突き止めていない。まあ、そんなこと大して重要なことではないからだろうが、私にとってはやっと巡り合えたような懐かしいような不思議な気持ちになった。チヤメルコの英雄Aj Poop B'atz'こそスペインに初めてカカオを持ち込んだケクチ族だった。私がずっと探していたカカオの飲み物に使うある香辛料をこのチヤメルコ村で初めて見ることができたのもケクチの偉大な英雄Aj Poop Batz'が統治していた村だったからなのかもしれない。偶然ではないんだろう。

ところで、アルタ・ベラパスは土壌が豊かで、水が豊富、起伏に富んでいて気候が細かく分かれているので多種多様な農産物が豊富に採れる。カカオもその一つだが、高地にあって涼しいチヤメルコ村ではカカオは収穫できない。カーボン村がカカオの産地として有名だがたぶんAj Poop Batz'がスペイン国王に献上したカカオもカーボン産のものだと思う。

残念なことにアルタ・ベラパスの、水が豊富、起伏に富んでいるという条件はカカオの栽培に適しているだけでなく、水力発電所にも最適で、美しいカーボン川流域に4つも水力発電所が作られ、流域に住むケクチ族は水を奪われ、多国籍企業の利益を守るグアテマラの軍隊に日々、脅かされながら生活している。カカオを栽培するということはケクチ族にとって単に換金作物を栽培するということではない。とても神聖なことなのだ。そのカカオの栽培も水力発電所の建設、アブラヤシやサトウキビなどの大型プランテーションによる栽培で水が奪われ汚染されて行く中でいつまで続けられるのかわからない。

ケクチ族の英雄Aj Poop B'atz'がスペイン国王フェリペ2世に送ったカーボンのカカオ、アルタ・ベラパスのカカオをフェリペ2世はとても気に入り、その後もここのカカオしか飲まなかったという。皮肉なことに今、アルタ・ベラパスに水力発電所を建設し、5つ目のダムを作ってケクチ族のカカオ栽培にとどめを刺そうとしているのはスペイン企業だ。新自由主義政策の下、外国企業に売り渡された電力事業は貧困層に電気を普及するといいながら、先住民の土地を奪い水を奪い命を奪い... まるでバルトロメ・デ・ラス・カサスが見た先住民に対する略奪、暴行、虐殺が時を経て今ここで繰り返されているかのようだ。

Aj Poop B'atz'が献上した貢物の中にはすばらしい織物もあった。マルガリータたちは「Aj Poop B'atz'の娘たち」としてその織物を織り続けている。次回はやっとそのお話です、たぶん。



























セムク・チャンペイ自然保護区でケクチ族が強制退去 

July 09 [Sat], 2016, 1:15
アルタ・ベラパス県の友達から昨日(7月4日)、グアテマラの新聞Prensa Libreのセムク・チャンペイに関する記事を注意していてもらいたいとの連絡があった。フェイスブックでフォローしているグアテマラのいくつかのメディアの投稿を注意して見てたが4日は某ラジオ局のセムク・チャンペイに関する記事が一件だけ、「去年の10月から自然保護区セムク・チャンペイを不法に占拠していた周辺住民を国家警察が出動して強制退去」とのこと。しかしこの日の強制退去は失敗に終わったらしく他に記事を見つけることはできなかった。翌日(7月5日)から今日(7月6日)にかけてかなりの放送局、新聞社が報道していたが内容はほぼ同じで以下の通り。


「昨日からの警察による住民退去は本日(7月6日)の早朝終了し、2015年9月から周辺住民によって占拠されていた自然保護区セムク・チャンペイは再び治安部隊の管理下に置かれることとなった。国家市民警察によると自然保護区の侵略者たちは度重なる説得にも応じなかったため強制退去という手段に出たとのこと。強制退去の際に警察側に3名の負傷者が出た。およそ400人ほどの不法占拠者たちがマチェテ(山刀)、こん棒、石などを手にし徒党を組んでいるが、彼らに暴力的な行動をやめるよう当局側は要請している。セムク・チャンペイはCONAP(国家保護区委員会)とINGUAT(グアテマラ観光庁)によって自然保護区に指定されその管理下で入場料(外国人Q50、グアテマラ人Q30)が徴収されているが、周辺住民はそれを不服として保護区を占拠していた。今年の2月からINGUATは国内外の旅行者に周辺住民の暴動があるため注意を喚起していたが、今日(7月6日)再度、フェイスブックなどでセムク・チャンペイ、および周辺地域を訪れることを控えるように訴えた。」

セムク・チャンペイは石灰岩の浸食によって作られた300メートルにも及ぶ”石の橋”の下にカーボン川の急流が流れ込み、”石の橋”の上は美しい緑色の川棚がいくつも重なり緩やかな水の流れと熱帯の植物が見事な景観を作り出している場所。”石の橋”の下は深く太陽の光も届かない暗闇の世界、古代マヤ神話ポポル・ブフーに出てくるシバルバーという地下の国はこのあたりにある。

今回、「強制退去」させられた「不法占拠者」はスペイン人による侵略のずっと以前から現在のアルタ・ベラパス県に住んでいるマヤ系先住民のケクチ族やポコムチ族だ。マヤ人の受難はスペイン人による新大陸の発見に始まり、近代になってからは前回の投稿でも述べた通り外国人(主にドイツ)への入植奨励政策による土地の略奪、1960年から96年まで続いた内戦では政府軍によるマヤ先住民族の大虐殺、内戦終了後は世銀が後押しする新自由主義的な開発で鉱物資源の豊富な場所に住む先住民はやはり土地を奪われ命を奪われ、現在に至ってもそれは全く変わっていない。セムク・チャンペイの国家警察による強制退去事件もマスコミの報道だけでなくこのような背景を十分理解したうえで判断してもらいたい。

この美しい場所は1950年ころまで誰にも知られず、周辺に住むケクチ族によって聖なる場所として守られていたが、たまたま魚釣りの場所を探していた白人系のグアテマラ人に「発見」され、それ以来、観光地として国内外から多くの旅行者が訪れるようになった。

2000年にセムク・チャンペイとその周辺の土地の権利が周囲に住むケクチ族に与えられた。ところが2005年にセムク・チャンペイが自然保護区として登録され(政令25−2005)国の財産となる。速い話が国による私物化だが、当時はまだ市役所(ランキン市)が保護区の運営をしていた。しかし2013年にCONAP(国家保護区委員会)とINGUAT(グアテマラ観光庁)に運営管理が委ねら周辺住民がセムク・チャンペイ保護区を使用することを禁止した。周辺のケクチ族はその保護区を共有地として使っていたし、敷地内にある聖なる場所では住民が集まり祈祷師による豊作の祈願も行われていた。INGUATが定めたセムク・チャンペイ保護区の入場料は外国人がQ50、グアテマラ人はQ30でケクチの住民にもこの入場料が課される。歴史的にこの土地の所有者であるケクチの住民が自分たちの土地に入るのに入場料を払わなければならない、払わないで入るものは不法侵入者と見なされるとはどういうことだろうか。Q30という金額は彼らには到底払えない。

マスコミの報道によると今回の国家警察による強制退去は住民が話し合いに応じなかったため仕方なくなされたということだが、最初に話し合いを拒否、無視したのは国側だ。まず、2005年にセムク・チャンペイが政令25−2005によって自然保護区に登録され国の管理下になったが(突然、自分たちの聖地が国に奪われ入場料を徴収されることになった)、その際、周辺住民のケクチ族に対しては何の説明も行われていないし、意見も聞かれていなかった。これはグアテマラが内戦終了時に批准したILO条約169号(先住民の権利に関する条約)を無視している。また、政令25−2005の中で「地域住民ケクチ族の権利を尊重し、保護区で発生する社会的経済的利益を受けることができるよう便宜を図る」という項目も守られていなければ、入場料の30%を地域住民(ケクチ族)の生活向上のために支払われるとされているがこれも支払われていない。これは市長が着服していたらしいが。

彼らは観光地にされてしまった自分たちの聖地を取り戻すために団結し、2013年から時間をかけて抗議活動を重ねてきた。その結果、2015年9月にアルタ・ベラパス県内から大勢のマヤ先住民が集まった。そしてついに今年の2月に彼らは自分たちの聖地の権利を主張して市役所を包囲し、国家警察やCONAPの関係者を退去させた。ケクチの人たちは決して観光客に敵意を持っているわけではなく、自分たちの美しい場所を共有してもらいたいとの思いが強く、観光客には非常に親切で、メディアが報道しているように観光客に対して危害を加えるようなことは一切ない。聖地をCONAPやINGUATから取り戻した後は自分たちで保護区内の清掃、観光客の安全確保などの業務を分担し管理していたため、INGUATが管理していた時よりきれいに保たれているという声も聞かれていた。私は実際に2013年、彼らが抗議を開始した頃、セムク・チャンペイに行って、彼らが観光客に向けて自分たちの主張をアピールしている様子を見ているがとても抗議と思えないような穏やかな雰囲気で、今日は入場料払わなくていいんだよ、と笑いながら言われたのを覚えている。

しかし、聖地が彼らの元に戻ったのも束の間。
今年に入ってからセムク・チャンペイ周辺の村々に警察や軍隊がかなり入ってきて地元の住民はいつもおびえていると聞いていた。3月には住民二人が警察に拘留された、保護区の土地を略奪する恐れがあるという理由で。そしてついに今月、何百人もの軍隊や警察がセムク・チャンペイ自然保護区を包囲し、セムク・チャンペイ本来の所有者であるケクチ族の人たちを催涙弾などを使って強制的に退去させた。

これが事実なのだが、大手マスコミの報道は先住民をマチェテ(山刀)やこん棒を振りかざして観光客に危害を加える野蛮人のような扱いでセムク・チャンペイ付近に近づかないように呼びかけている。グアテマラは鉱物資源(ニッケル、金、石油)が豊富だが、その資源を国内の寡占企業や外国の多国籍企業が占有できるよう先住民族を立ち退かせ軍隊を投入している。内戦前も内戦後も今も。今は鉱物資源に加えて観光資源。このままグアテマラの観光化が進めばセムク・チャンペイのような悲劇はさらに増える。観光資源のある場所を自然保護という名目で保護区に指定し住民を立ち退かせ、徴収した入場料はグアテマラ国という名の民間企業の懐に。

自然保護が目的ならセムク・チャンペイの素晴らしい景観を作っているカーボン川、これはラス・ミナス山脈から流れ出てイサバル湖に流れ込む全長195qの川だが、カルチャという場所からセムク・チャンペイの手前までのわずか30qの間に4つも水力発電用のダムを作り、生態系は滅茶苦茶にされているがCONAPは何も言わないのはなぜ?スペインの多国籍企業Grupo Cobra(ACS)とグアテマラの寡占企業Corporacion Multi Inverciones(CMI)によるこの水力発電プロジェクト(RENACE)は5つ目のダムをセムク・チャンペイの手前に計画している。すでに認可は降りていると。このダムを作るためにカーボン川の流れは変えられ周辺に住むケクチ族から水が奪われる。セムク・チャンペイ自然保護区の景観も生態系も破壊されることは間違いないが、国家保護区委員会(CONAP)は何も言わず、言わないどころか軍隊を出動させて周辺住民の監視を強化している。

今回のセムク・チャンペイ自然保護区の強制退去の件はRENACE水力発電所プロジェクトと無関係ではないのは明白だ。もともとグアテマラは肥沃な土地と水と森林に恵まれた豊かな地域だった。貧困なんか存在するはずない。経済成長が貧困を作り出し、そこにもってきて援助だの、フェアートレードだのが観光地に群がる。前回の投稿で書いたケクチ族の女性マルガリータは少しでも豊かな生活を送ることができるようにと伝統的な織物を織り販売しているが、実はいくらそんなことをしても彼女たちの生活は豊かにならない。比べ物にならない大きな力、”善良な”私たちの消費という力が彼女たちの生活を苦しめ続ける。彼女に村の水の状況を聞くとやはり水不足は深刻な問題だと言っていた。どんどん井戸の水が枯れていっていると。彼女が住んでいるチヤメルコ周辺は熱帯雨林の貴重な樹木が不法に伐採され、その代わりに建築資材に使われる松が植えられていると。Pino(松)は土壌の保水効果も少ないらしいし、大量の農薬を散布しなくてはならない。豊かな暮らしを求めて一生懸命に織った布を見せてくれるマルガリータの嬉しそうな笑顔を見ながら私はとても暗澹たる気持ちになった。

実情を知れば知るほど、もう、私たちに何もできないと思いつつ、ケクチ族を始めとするマヤ系先住民は500年以上も地道に戦い続けていることを思うと少しでも彼らに寄り添えれば...と。それは彼らが作る民芸品を買ったり就学支援することではなく消費を見直すこと、経済成長ということをもう少し考えることなのではないだろうか。

参考記事サイト
http://www.guatevision.com/autoridades-retoman-control-de-semuc-champey/
https://comunitariapress.wordpress.com/tag/semuc-champey/

アルタ・ベラパスのチヤメルコに行ってきた時のこと その1 

June 16 [Thu], 2016, 8:08
私は年に2回ほど食材の買い付けにAlta Verapaz県のCobanという村に行く。ここの市場は規模といい食材の豊富さ、多様さといいグアテマラ内で他に類を見ないと思う。なんといっても観光客目当ての土産物市場でなく地元の人たちの生活を支える市場であるという所が魅力的だ。キリグアの宿のヌーベル・マヤ料理には欠かせない食材がここでしか手に入らなかったり、知らなかったマヤ料理に出あえたりするので出不精の私もなんとか年に数回は出かけるようにしている。

Cobanだけでなくその周辺の村々もとても面白く最近はChamelcoというマヤ系先住民ケクチ族がほぼ100%に近い村にも何度か足を運んでいる。この村には日本人のご夫婦が住んでいて、数年前にその方たちのおかげでずっと探し続けていた古代マヤのある香辛料を手に入れることができた。今回はマヤの織物を研究されている小林愛子さんの紹介で、Chamelco村ケクチ族の素晴らしい織物を受け継ぎ広め、さらに女性たちがその織物でなんとか生計を立てていけるよう努力しているグループのリーダー、マルガリータというケクチ族の女性の話を聞くことができた。グアテマラといえば化学染料と化繊を豊富に使い中国製のミシンで大量生産的に作り出された刺繍をペタペタ貼り付けたけばけばしい観光用織物が有名だけれどこの村のマヤ織は白か生成りのコットン、とても素敵な織物で私も以前から興味があった。

Chamelcoまでのバスの乗り場はCobanの市街から少し南に下ったところにある。Cobanを出る時にマルガリータに電話をしてChamelcoの市場で待っていてくれるように頼んおいた。ミニバスはCobanの街中をお客さんを拾いながらゆっくり走った後、Chamelcoへ通じる街道へ出た。Chamelcoは標高1300メートル以上の高地なので街道沿いの森林には針葉樹も多くみられる。そしてその森林の中にグリム童話に出てきそうな屋根の勾配の急な洒落た大きな家がちらほら見える。

グアテマラは19世紀の中ごろから外国人の入植奨励が始まり、フランス、イギリス、ベルギー、スペインなどから移民が入って来た。中でも多かったのはドイツ人で、Alta Verapaz県やQuetzaltenango県、Izabal県などに住みついたが、気候が穏やなこともありAlta Verapaz県のCobanやChamelcoへの移住が一番多かったようだ。そんなわけでCobanからChamelco辺りはドイツ風の瀟洒な家が目立つ。

CobanやChamelcoの気候はコーヒー栽培に最適だった上に、当時の大統領 Rufino Barrios(1873- 1885)の自由主義的な政策によってドイツ人入植者は広大な農地と格安な労働力を手に入れ、大土地所有制度によるコーヒー栽培はグアテマラ経済にとって重要な輸出産業となった。

もともとAlta Verapazにはケクチ族やポコムチ族などのマヤ系先住民が住んでいて、彼らは共有地でトウモロコシや豆など自分たちの食糧を栽培していた。Rufino Barriosの取った自由主義政策はその共有地を解体し奪い取り、ドイツ人入植者に格安で分け与えるというものだった。Barriosはドイツ人が広大な土地を手に入れた後の労働力の供給確保にも余念がなかった。日雇い労働者法なるものを作り、強制的に給与の前払いをし労働者に借金を作らせ土地から離れられないようにする、24時間いつでも雇い主の命令があればどこにいても飛んで行って働かなければいけない、などなど。Rufino Barriosは1人のドイツ人の価値は200人のグアテマラ人百姓(=マヤ系先住民)に値すると考えていたらしいがこれらの政策によって19世紀末までに面積8,686平方kmのAlta Verapaz県の4分の3がドイツ人の所有するところとなる。

これが後の北部横断帯(Franja Transversal del Norte, FTN)の創設に繋がり、豊かなマヤ系先住民の土地は政治家、軍人、大地主、多国籍企業に略奪され彼らによる独占はゆるぎないものになる。1996年内戦終結の際の和平協定で、不法に奪われた先住民の土地を政府は法的に回復すると約束しているが、協定は守られることなく現在に至り、奪われた土地はアブラヤシ、バナナ、サトウキビなどの大型プランテーションや電力発電用のダムとなり川の水の略奪、森林破壊、農薬による水や土壌の汚染は日々深刻さを増し、先住民は日々生活の場を狭められている、命を脅かされながら、経済成長という大義名のもとに… 

CobanからChamelcoまでは20分足らず。あっという間にChamelcoに着いた。(続く)



写真はChamelcoの紅茶農園。ドイツ人入植者が作ったもの。現在は組合のような形で運営されている。

雨季が続いている 

June 11 [Sat], 2016, 2:44
本格的に雨が降りだして、それと同時に雨漏りに悩まされる日々が続いている。

私はこの家をごく簡単で単純に設計したけれど、それで本当によかったと思っている。家の作りを簡単にしたのはもともと、この家を作る職人たちが難しいことをできるわけないし、この辺のやり方に従った構造にすれば、それほどこちらから指示することもないと思ったからだけど、今となってはかなり正解だったと思っている。いくら頑丈で防水処理の完璧な家を建てていたところで想像を絶する自然の力に対抗できるわけもなく、壊れたり腐ったりしたところを簡単に取り換えるという方法の方がよっぽど理に適っている。

この辺のやり方に従った構造… 簡単にうまく住むにはこれが基本なんだけれど、こちらの意向もあるわけでこの折り合いのつけ具合が難しい。私はせっかく亜熱帯雨林のジャングルもどきの中で住むんだから木に囲まれた生活をしたい、だけれども彼らにとって家の周りの大木は恐怖以外の何ものでもなくあっちも切り倒せ、こっちも切り倒せ。熱帯の樹木は根が浅い上に成長が速くあっという間に10メートルくらいになる。雨季になると地面が柔らかくなり葉にたまった水の重さで大木がどんどん倒れていく。それでもこのくらい離れていれば大丈夫だろう、切らなくても…と思っていたのが甘かった。

5,6年前の暴風雨の夜、トタン屋根に叩きつける豪雨と風の音で会話もできないくらいの夜だった。いろんなところで何かが倒れて何かにぶつかっているような音はするけれど、どこで何が起こっているのか全く分からない。客室も心配だが外に出る勇気もないしもちろん停電で何も見えない。雷が光る一瞬に見える庭の様子はまるで濁流の川。翌日は何事もなかったように真っ青な空に緑がキラキラ輝いていた。宿の前面異常なし。後方もとりあえずチェックしようと思って裏側にまわり目にした状況に心臓が止まりそうになった。

私の部屋の裏にある大木の大きな枝が、私の部屋の真上の屋根に落ちて来てトタン屋根がぐんにゃり曲がっている。枝と言ってもそれ自体で大木並みの太さと長さだ。しばらく放心状態で見ていたが、気を取り直して次に頭によぎったのはお金。悲しいけれど、こういう時にすぐにか頭に浮かぶのは修理にいくらかかるだろう?それでも修理はしなくちゃいけないし、すぐにティトに来てもらった。

まず、ティトと木こりのフェルナンドで屋根に崩れ落ちた大木の枝をどかす作業。しつこいようだけど枝と言ってもそれ自体で大木。大木をどかすのにちょっと時間がかかったけど、折れたように曲がったトタン板は裏側から金槌で叩いて平らにし、トタン屋根を支えていた材木も折れていたのでその部分を取り換えて、作業はあっという間に終わってしまった。トタン屋根にはもちろん傷がついたしそこから水が浸み込むので、そういう時のために穴塞ぎ用の強力テープがある。日本でもこんなの見たことないけどこの辺の資材屋ならどこでも売っていて、トタン屋根の修理にはこれが一番なのだ。これを買ってきてペタリと貼って作業はおしまい。修理にかかった費用はこのテープとティト達の賃金だけ。折れた大木の枝は薪として使えるわけだからトントンだろうか。

それ以来、やはり家の周りの大木にはかなり気を使っているのだが、もう一度、大枝が倒れ落ちたことがあった。それも宿の正面側。幸い、宿の建物には被害はなかったけど、アリシアの家に引いている電線の上に落ちて電線が切れた。そんなことがあってから、本当に樹木には気を使って外に出れば上を見て大木の枝の状態を気にしている。ところが…

今回の雨季、例年に比べるとそれほど激しい暴風雨ではないけれど、やはり水漏れには悩まされている。毎朝の客室のチェックは欠かせない。数日前、暴風雨の翌朝、角のツインの部屋を覗いてみて、とりあえず異常なし、恐る恐る洗面所の方に行ってみると予想通りの水浸し。どこから…?と思い上を見ると、明り採り用のプラスチックの波板に枯れ枝が突き刺さり穴が… どこから飛んできたんだか、この枯れ枝。

そう、何の心配もなく快適に暮らすには飛んでくる枯れ枝までも考慮して周辺の樹木を全部なぎ倒さなければいけない。まあ、それが快適な生活なのかどうかは私にはわからないけど。




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