日大病院からの回答について その2 

April 10 [Tue], 2018, 0:02
日大病院乳腺外科の谷眞弓医師チームの処置についての質問書への長岡正宏院長からの回答書を読んだ多くの人が、病院の回答書なんてあんなもの、病院の処置なんてあんなもの、と言ってる。

多くの人たちが日本の病院の老人や末期患者に対する不満を抱いているのに、もう、誰も何も言わなくなっている。言っても無駄だから。

私は納得できない。なぜ妹があんな形相で死ななければいけなかったのか。谷眞弓や小関淳の私に対するあまりにもひどい対応、それが妹の1年半に及ぶ治療の際にも行われていたのではないか。妹は友人の紹介だから断れなかったのではないか。

長岡正宏院長は事実を確認して文書で回答をすると言ってきた。せめて監視カメラやボイスレコーダーに残っている記録を提示して回答してくるのかと思っていたが、従業員の主張をそのまま、しかもその場に自分がいたかのような断定的な書き方で、最後はこれで「ご理解賜りたい」と。自分の説明に対して反論、更なる質問があれば受け付けるという態度、患者や患者の家族の理解を深めたいという態度が全く見られないのだが、こんな調子で彼らの言うインフォームドコンセントも行われていたのではないか。

私は次のような質問をした。

「私は谷眞弓医師の扱ったトリプルネガティブ患者にはどういう治療がなされたのか、余命はくらいだったのかを知りたかったので、トリプルネガティブ患者をどのくらい扱ってきたのか聞くと、「失礼でしょう!その質問は失礼ですよ!何件も扱ってきてますよ!」と恫喝され、私は何も聞くことはできませんでした。患者の家族の質問に対してこのように感情的な態度でしか対応できない医者に冷静な判断、治療ができるのでしょうか?」

これに対する長岡正宏院長の回答は「谷医師が恫喝をした事実はありません。このようなご指摘は誠に遺憾です。
なお、谷医師にはトリプルネガティブ症例は100例以上経験があります。」

私もボイスレコーダーに記録があるわけではないので、証拠を出せと言われても出せないが、恫喝をした事実はないとはどういうことなのだろう?谷眞弓に恫喝したかしなかったのか聞けば、もちろん、しなかったというだろう。私は恫喝されたと言ってる。患者様第一と言いながら従業員の主張を信じ、それが事実だという長岡正宏院長の頭の構造はどうなっているのか。この院長はエビデンスのない噂を信じ、それが事実だと思ってしまうようなカルト医者か?

それでは「失礼でしょう」と言った事実もないのか。その事実もないと言うなら私はもう、谷眞弓が今までやってきた治療をすべて信用できないのだが、「失礼でしょう」という言葉は患者や患者の家族に対する医者の優越感から出る言葉ではないか。自分は医者だ、医者の自分に対してその質問は失礼だろうという権威主義。

谷眞弓は「勝俣医師は素晴らしい方です」と言ってきた(メールが残っている)。素晴らしいか素晴らしくないかなんて聞いてもいないのに。しかもどう素晴らしいかについては述べていない。彼女はいつも観念的なことだけ強く主張する癖があるようだ。勝俣医師は権威主義に反対の立場(一応)を取っている。谷眞弓のように患者の家族(家族は第二の患者)を見下すような医者とは真逆の立場にある医師だ。

長岡正宏日本大学病院長は何のエビデンスも提示せず、「そのような事実はなかった、遺憾である」と言い切った。もしかしたら谷眞弓はとてもやさしい口調で「失礼でしょう」と言ったつもりなのかもしれない。でも、私は怯えた。その後に続く言葉がなかった。あとから考えるとあれがドクターハラスメントというものだとわかった。

また、そのような事実はなかった、遺憾であると言い切る長岡正宏院長の態度はどうだろうか?自分や自分の仲間たちが見たこと、感じたことのみが事実であり、患者の気持ちは自分たちにとっては遺憾であると。

「当病院では「病院は病者のためにある」ことを理念として、教職員が一丸となり患者様の満足が得られるよう努力しており」と言いながら、家族(家族は第二の患者)の気持ちをこのように否定するとは。

おまけに日大病院乳腺外科の小関淳医師の「乳腺外科医 小関淳のオシャレとHawaii、時々仕事、ダイアリー」というブログ、勤務する病院名まで出しているのだが、このブログを見た瞬間、妹はこんな医者に扱われていたのだというショックで手が震えた。

主治医は三味線とグリーンのペディキュア、部下の医者はハワイに明け暮れ時々仕事、院長はこの回答書で「これでどうかご理解賜りたく」と言ってくる。私だけなんだろうか、こんな医者たちがやってきた治療に不安を抱くのは。

今回の回答書は入念にチェックしブログにアップしていくつもりだ。そして納得できる回答が得られるまで日大病院長岡正宏院長に質問を繰り返す。彼らは私が納得し妹の死を受け入れることができるようになるまで誠実に丁寧に回答を続ける義務がある。がん対策基本法で遺族ケアが定められているのだから。



日大病院からの回答について 

April 04 [Wed], 2018, 5:20
回答書が来たのは3月21日だったが、それを読むのが怖くてやっと数日前から目を通すことができるようになった。そして、再度、怒りが込み上げてきた。

もう、どこから突っ込んでいいのかわかりません。

私は次のように質問をした。

「家族が帰った後、私は木綿子の枕元で仮眠をとっていると、モニターがけたたましく鳴りグリーンのライトが点滅し、木綿子の顔は口が縦に一文字になり目は上を向いて恐怖映画のような恐ろしい形相でした。私は病室を飛び出してナースステーションに走りましたが看護師は誰もいなかったので、大声で叫びました。やっと病室に来た看護師は木綿子の形相を見て、慌てて血圧を測りましたが、右腕では測れず左腕で測ったりかなり慌てている様子でしたが、このような時にまず血圧を測るのでしょうか?モニターは何のために取り付けられていたのでしょうか?」

それに対して病院長は、

「痰は少なかったのですが、分泌物がたまって呼吸ができない場合がありますので、口腔内、鼻孔から吸引カテーテルを使用し吸引しました。動揺なさっていたことは承知しておりましたが、真幸様が病室から出て行こうとされたので、担当看護師が、最後は木綿子さまの苦痛がないように自然な形で迎えられるようお話していたので、そばにいて手を握って上げてほしいと声を掛けました。」

「動揺なさっていたことは承知しておりましたが」って動揺していたのは明らかに看護師。苦しがっている患者を見てまず最初に血圧測るのか?まずは救急処置じゃないの?私は呼吸ができないのだと思いとっさに人工呼吸をした。それを見た看護師は慌てて鼻の穴にチューブを突っ込みすぐに抜いた。痰も分泌物もなかったと思う。

その後、妹はぐったりなったので私は「どうしたの?木綿子どうしたの?」と叫んだのを憶えている。看護師も何をしていいのかわからない様子で立っていた。
苦痛がないよう傍にいて手を握って上げて欲しいと言ったなんて... さんざん苦痛を味わった後に。
医者や看護師がモニターを監視していればアラームが鳴る前に来るんじゃないの?信じられない、この病院。

「谷医師が6時15分ごろ病室に到着し」6時15分が死亡時刻となった。谷医師が来たときは妹はもう死んでいたんだと思う。苦しみ抜いて。「真幸様は谷医師を見ることなくスマートフォンを操作しており、死亡を確認した際にもご返答はありませんでした」って?なにそれ?きちんと医者を見てどうもありがとうございましたとか言えばよかったの?谷医師は「お姉さんと一緒ね〜」と言って出て行った。

結局、待機していた(と言ってる)谷眞弓医師はモニターを見ていなかったのではないか?アラームが鳴るってどういうことなの?普通は波形とか数値を見ていて危なくなったらわかるんじゃないの?それとも、病室にモニターを設置しておいたんだから見ておけよってこと?看護師がアラームの音を聞いてナースステーションに駆けつけても谷医師は来なかった。6時2分にアラームが鳴って谷医師が来たのは6時15分。どこにいたの?当直の医者は?緊急時にこんなことで大丈夫なんだろうか?「緊急対応のためのシステムも構築しております」って... どうせ死ぬ患者だからほっとけってことで、生きる可能性のある患者ならちゃんと駆け付けたのだろうか?

口が縦に真一文字になった事実はありません、木綿子さまは自然な形で苦痛もなくお亡くなりになりました、なんていうんだろうか、この病院。










日本大学病乳腺・内分泌外科 

March 14 [Wed], 2018, 4:10
紹介した馬橋摩利さん、松永鉄九郎さんは自分の三味線の弟子で、長年の付き合いがあったから良かれと思って紹介したのだろうけれど、医者を紹介するのは美容院やレストランを紹介するのとはわけが違う。ここまで酷い医者と言うことがわかったのだから、せめて、今、少しは反省してもらいたいし、師匠の立場からあの谷眞弓にひとことくらい言ってもらいたい。もう少し真面目に患者を診ろと。

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恥ずかしい。
妹の親友の紹介だから、早期だから、と安心していた私にすべての責任がある。

乳腺科の科長は三味線に明け暮れ、彼女の部下はハワイ、おしゃれ、時々仕事。

1年半、妹は辛い抗がん剤治療、放射線治療を頑張って続けた。親友の紹介である医者を信じて。治ると信じて。

「抗がん剤やめたら転移しちゃったんですよね〜」

「治療は難しいと思われます」

「母親より娘が先に逝くのは辛いわよね」

「その質問は失礼でしょう!」

「そういうことは言ったかもしれないし、言わなかったかもしれない、要は受け取る側の感じ方の問題」

「終末で看取りだから個室だけどタダ!

「窓口は一つにしてもらいたいんですよね〜」

「本人が治るつもりって言ったって、この写真見てくださいよ」

患者の前に素足にグリーンのペディキュアで現れて余命宣告。

自分の名前の谷を他人と誤変換したまま送信、ちなみに余命宣告。

こっちが要求したデータは意図的か、ケアレスミスか知らないけど、関係のないデータをよこす。

「家族との信頼関係がなければ良い治療はできません」(こんな医者のどこを信頼できるんでしょうか?)

聞いてもいないのに「勝俣先生は素晴らしい先生です」

聞いたことには「そうかもしれないしそうじゃないかもしれない」

まだ、笑顔でお見舞いの友達と会話をしているのに、「意識をなくす方法もあるけどね」

自分は当直じゃないけれど、チーム医療だからね、と言いつつ、あの夜は当直医なんていたんですかね?

血圧が急激に下がっても医者は来ず、看護師の判断で血圧を上げる薬が点滴に加えられる。モニターがけたたましく鳴っても誰も来ない。(看護師の判断でそういうことができるのでしょうか?電話で医者に問い合わせたのでしょうか?病院にはやっぱりいなかったのでしょうか?)

妹の口は苦しさで縦一文字に。

やっとのこのこ現れた谷眞弓は「お姉さんと一緒ね〜」

こんな無能医のチームで治るはずなんかない。

おまけに院長は書面で回答すると言いながらそのまま。

なんなんですかね、この病院は。

いいんですよ、こういう病院があっても。

だけど、だったらこういう広告はやめた方がいいんじゃないんですかね?

一般企業なら誇大広告、あるいは虚偽広告ですよ。



乳腺・内分泌外科
Natural Happier life with Beauty(なんで英語で書く必要が??)

「1人1人により自然で幸福な人生を送っていただくために」
患者や患者の家族の質問には一切お答えしません。失礼な質問はするな!

「乳癌と診断されたら絶望的な気持ちになってしまうかもしれません、でも大丈夫です。
適切な治療を提案し、その中に大事なことを一緒に考えていきましょう。」
妹は絶望的になっていなかった。治ろうとする気持ちを徹底的に叩き潰し絶望的にさせたのは、このチームの医者たちだ。

キリグア物語 怠慢医療編 

February 26 [Mon], 2018, 14:43
今後、無能で傲慢、怠惰な女医のドクターハラスメントな治療に関する記事はキリグア物語 怠慢医療編で投稿します。

TEAM TETSUKUROの方、モイスティーヌの摩利さん、真珠の純子さん、チェックはそちらの方でお願いしますね!渡辺純子さんて本当に演技派な人ですね。

怠診 

February 24 [Sat], 2018, 23:48
谷眞弓医師との面会で、私は「木綿子は緩和の看護師からホスピスを決めておくようにと、末期癌の患者に話しかけるのと同じトーンで言われ、自分はまだ元気だし治療で治るつもりでいるのに非常にショックを受けた」と言うと、谷眞弓医師は「そういうことは言ったかもしれないし、言わなかったかもしれない、受け取る側の感じ方の問題だ」と答えた。

妹とのメッセージのやり取りを遡って見てみると、こんな会話があった。

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「むずむず脚症候群」って知ってる?
これのことも調べて欲しいの。
あたし、昔からこれなんだけど、今回入院してからひどくて、熟睡できなくて…。

むずむずも脳のドーパミンが関係してるから、脳に放射線当ててるせいかなと思って、先生に聞いてみたんだけど、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないし…、って。
むずむずのことは、日本ではあまりまだよく解ってないみたい。
アメリカにも「むずむず脚症候群」ってあるのかなぁ?

病院で、むずむずがひどくて眠れないっていうと、すぐに睡眠薬出されちゃうから、あまり言ってないの。

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谷眞弓医師はここでも、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないと言っている。この言葉は彼女の人間性から出ているものだと思うが、真実や原因を追求せず、患者や患者の家族をはぐらかすような態度は医者としてどうだろうか?

素人の妹が必死で自分の症状の原因を調べ、ドーパミンとの関係を医者に教えてあげている。谷眞弓医師は妹から教えてもらうまでドーパミンと放射線治療の関係など考えてもいなかったのだろうが、「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」などと突き放すような返事をされた妹の気持ちを考えるといたたまれなくなる。だいたい、そうかもしれないと思ったのなら、すぐに薬剤師や他の医者とカンファレンスを開き苦痛を和らげるための処置を講じるべきではなかったか。「チームとしてスムーズに動きやすい環境にあります」と言っていながら…

結局、谷眞弓医師は、そうかもしれないというだけで何もしなかったので、私が日大板橋病院に睡眠センターがあるのを調べ、退院後すぐにそこを受診できるよう妹から谷医師にアレンジさせた。睡眠センターでは漢方薬を処方され、それはかなり効いたようだ。

全脳照射が終わり退院後の検査で肝臓の数値が異常に高かった。谷医師は肝不全を起こすかもしれない、後1ヶ月くらいとのメールを送ってきたので、私は肝臓の数値が異常なのは今までの投薬による薬剤性のものではないかと、質問すると、「薬剤性なら改善するかもしれない、治療再開も可能かもしれない」とまたしても主治医とも思えない曖昧な回答。

なぜその時点で他の医者と連携して原因を突き止めないのか。三味線の稽古が忙しくてそれどころではなかったのか。

私は投薬について某所に質問したいので、今までの投薬データを出してくれと言ったが、出してきたのは現在の処方だった。彼女は意図的に関係のないデータを出したのか、それともこちらの意図がわからなかったのか、あるいは、もう助からないので面倒くさいから今のデータを出したのか。

私が谷眞弓医師と関わった3ヶ月の間だけでこれだけ酷い処置が出てくるので、その前の1年間の治療が適正なものだったとはとても思えない。

谷眞弓医師からのメールで「家族との信頼関係がなければいい治療はできません」との返事をもらったことがある。どうしたらこのようにいい加減な医者を信頼できるのか。そしてこの言葉はドクターハラスメントにもつながるのではないか。

治療よりも三味線? 

February 24 [Sat], 2018, 21:19
私は谷眞弓医師の治療について書き始めた時、私の思い過ごしであることを期待していた。ところが投稿を始めて寄せられるコメントは私の想像を超えたものばかりで、全くこの医者は医者としてどころか人間性も怪しまれるほどのものだった。

この医者にかからなければ妹は助かっていた。

あんなに元気で仕事も普通にこなしていたのに。最後の入院の時も自分で車を運転して病院に行っている。

5月に谷眞弓医師から転移を知らされた時、無理やりにでも転院させていればこんなことにはならなかった。

谷眞弓医師を紹介した松永鉄九郎、馬橋摩利夫妻もまさかここまでひどい医者だとは知らずに親友である妹に紹介したのだろうけれど、ただ単に自分の弟子だからということで紹介するのはどういうものか。責任感や罪悪感は全く感じていないのだろうか。


日大病院への質問書 その2 

February 19 [Mon], 2018, 14:29


2017年5月にガンマナイフを受け、その後7月の脳MRIで再度、多発転移が認められたため7月25日から8月5日まで全脳照射のため入院しました。


6月からLDHの値が高く、入院当日の検査ではLDH9347、入院中のデータはありません。また、8月5日退院当日のデータもありませんが、退院2日後の通院検査ではLDH17998、その2日後8月10日に再度通院し検査結果はLDH19153、そのまま最後の入院となります。

谷眞弓医師から「脳転移に対する全脳照射が無事終了し、退院」というメールを受信しましたが、退院日の数値は退院させるに十分な数値だったのでしょうか?退院に際し検査は行われたのでしょうか?

入院中にドライマウスとレストレスレッグス症候群を発症してしまい、食事も睡眠も十分に取ることができずかなり衰弱していました。退院前に十分な検査が行われていれば退院後に2度も、衰弱した体で検査のために通院する必要はなかったのではないでしょうか?

レストレスレッグス症候群で睡眠が取れなくなったため睡眠薬を処方されていましたが、あまりに対症療法的なため、私が調べたところ日大板橋病院に睡眠センターがあるので退院後すぐに受診できるよう谷医師にお願いするよう木綿子に伝えました。他の医師と連携して治療をしていると言うならばこの程度のことは指示されなくても準備するべきではないでしょうか。

また、入院中に数値が悪くなっていたのなら、その時点で辛い全脳照射を止め緩和ケアーに専念することもできたのではないでしょうか?入院中は検査がされていたのでしょうか?

8月10日に谷眞弓医師から次のようなメールを受け取りました。



数値にかなり慌てたようで、谷を他人と誤変換したままで送信しています。
私から谷眞弓医師に送ったメールは次の通りです。



谷眞弓医師からの返事は以下の通りです。



この文面からは薬剤性の可能性もあると受け取れるのですが、こちらから指摘するまで薬剤性の可能性を考えていなかったのでしょうか?薬剤性ならその根拠は何だったのか、薬剤性ではなく転移性肝がんによる肝不全と診断されるのであればその根拠は何だったのか、薬剤性であるなら処方のミスだったのか、木綿子の体質なのか、よくあることなのかないのか、患者の家族としてはこの程度の内容は期待していましたが、主治医としてあまりにも曖昧な回答ではないでしょうか。あるいはどうせ助からないので面倒くさいのでこのような返信をされたのでしょうか。そして、月曜日は不在、チーム医療と言うなら、他の医者、あるいは薬剤師に説明をさせるべきではなかったのでしょうか?

最終的に紹介状は出していただきましたが、今までの投薬による薬剤性肝障害の可能性を確認するために投薬の資料を請求したのですが、実際に紹介状に添付されていたものは現在(最後の入院中)の処方だったので全く意味がありませんでした。

もう、何をやっても無駄なので積極的な治療に力を入れることを止めていたのでしょうか?そうであるなら、患者の精神的、肉体的苦痛を和らげる緩和ケアーに力を入れてくれてもよかったのではないでしょうか?

辛い全脳照射の治療が終わり無事退院と言われ喜んだ5日後に余命1か月の宣告、個室だけど終末で看取りだからタダと言われ、血圧が急激に下がっても医者は来ず酸素マスクもつけてもらえず、木綿子はどれだけ精神的、肉体的な苦しみを味わったのでしょうか。

谷眞弓医師は緩和に関しては診療科(精神的なもの)がないため不十分になっているかもしれないと書かれていますが、ここまでくると緩和ケアー以前の問題ではないでしょうか。まして、谷眞弓医師ご本人は医師緩和ケア研修会を終了されていて、小児神経疾患などの精神分析系の分野も扱っていらっしゃいます。

「患者の権利に関するリスボン宣言」
10.尊厳に対する権利
c.患者は、人間的終末期ケアを受ける権利を有し、またできる限り尊厳を保ち、かつ安楽に死を迎えるためのあらゆる可能な助力を与えられる権利を有する。

谷眞弓医師はリスボン宣言をどのように解釈されているのでしょうか?

以上のことから桑田木綿子が、患者の権利に関するリスボン宣言にあるような人間的終末期ケアを受け、安楽に死を迎えたとは考えられません。





妹 #乳がん 忘備録 その8 #患者の権利に関するリスボン宣言 #ISO26000 #Patients' rights 

February 16 [Fri], 2018, 13:15
2016年8月に摘出手術、その後、放射線治療、抗がん剤治療を続け、12月に抗がん剤中止。妹は髪の毛も生えてきてカツラも取れると喜んいたが、3月に咳が出たためCT検査をしてみると肺と肝臓に転移。その後、自宅の住所を書こうと思ったら書けなかったので5月にMRIを受けると脳にも転移していたのでガンマナイフを受ける。7月の脳MRIで再度、多発転移が認められ、全脳照射のため7月25日から8月5日まで入院。

2016年1月にトリプルネガティブと分かった時点ではKi67は不明で8月の手術後の病理組織診断でKi67が90と認められる。これほど悪性度が高いのになぜ抗がん剤治療を止めたのか、その後も症状が出た時点で検査をしているが、素人からすると全て後手後手に思えるがこういうものなのだろうか?

6月からLDHの値が高かった。全脳照射のための入院当日の検査ではLDHが9347、10日間の入院中のデータはないが検査は行われていたのだろうか。8月5日が退院日だがこの日のデータもないのでどのくらいの数値で退院させたのかわからない。まさか検査をせずに退院させるということはないだろうけれど。



全脳照射治療中にひどいドライマウスになり病院食は食べられなくなったため、病院内のコンビニでゼリーやカップ麺を食べていたようだが、ホスピスを決めておくようにとまで言った患者に対して食事のケアーもないのだろうか。

脚ムズムズ症候群にもなってしまったため睡眠が取れず、睡眠薬を処方されているとのことだったので、日大板橋病院に睡眠センターがあるので退院したらすぐにそちらを受診できるように谷主治医に頼むように妹に言った。

退院の3日後に検査のため受診、LDHがかなり高値であることを妹から知らされ、谷主治医から肝転移のためと思われる肝機能障害があり、今後のことを緊急に考える必要があるとのメールを受け取る。

その2日後に再度受診、余命1か月の宣告を受け最後の入院となる。

退院日の検査でどういう数値だったのか不明だが、無事退院が可能な状態だったのだろうか。妹は退院ができると喜んで報告してきたが、5日後に一転して余命宣告。悪性の進行癌は状況がどう変わるかわからないというが、退院前に検査結果をもう少し慎重に見ていたら、衰弱した体で何度も病院に足を運ばせることもなかったのではないか。ホスピスの用意をしておくようにとまで宣告するような患者に対して。

入院の日に谷主治医から肝機能が悪くなっている、肝不全を起こすかもしれない、1か月くらいか、というメールを受け取った。自分の名前を他人と誤変換して送信してしまっているので数値にかなり慌てていたのではないかと思われる。

私から主治医に出したメールは以下の通り。
「血液検査の3つの指標が異常なので肝不全と慌てているのだと思いますが、肝がんではなく今までの投薬による薬剤性肝障害などではないでしょうか?LDHの値は以前から異常な数値でしたが、その段階でもう少し投薬の調整ができたのではないでしょうか?
また、主治医や病院を変えないまま治療に関するセカンドオピニオンはとることができるし必要だという意見もありました。治療や投薬についての質問は本人が行かなくても投薬の資料をもって質問に伺うことができるとのこと。できれば私が資料をお預かりしてマギーズ東京に相談に行きたいのですが。」

谷主治医からの返事は
「月曜日はいませんので、紹介状渡せるように手配しておきます。
データは悪いですが、本人の自覚症状はありません。
薬剤性であれば、改善すると思いますので、治療再開も可能かもしれません。
今の時点では、薬剤を投与するのは危険と思いますし、本人も、希望されていません。」

薬剤性である可能性もあるということなのだろうか?薬剤性肝障害の可能性はないというならその根拠はなんなのか、おまけに月曜日はいない、他の医者が説明にあたれないのか、突き放されたような気分になってしまったが、なんとか紹介状を受け取った。しかし、データを見ると今までの投薬治療データではなく、現在の処方だったので結局役に立たなかったが...

妹 #乳がん 忘備録 その7 #患者の権利に関するリスボン宣言 #ISO26000  #Patients' rights 

February 14 [Wed], 2018, 1:16
あまりにもひどい谷眞弓医師の態度と看護師の不手際について病院に問い合わせたところ、患者サポートセンターに電話してくれとのことだったので、担当者名を訪ねると担当者は毎日変わるのでわからないという返事をいただきました。やはりこういうことは病院の最高責任者である病院長に直接、問い合わせるべきと思い、病院長宛に手紙を出しましたが音沙汰もありません。

患者は医者から施しを受けているわけではなく、正当な対価を払った上でサービスを受けています。それが保険から支払われているにせよ、医者は報酬を得ているのです。また、患者は「患者の権利に関するリスボン宣言」にもあるように良質の医療を受ける権利、尊厳に対する権利があります。

例えば、レストランでハンバーグを頼んでウエイトレスから「は?(笑) そんなもの食べるの?」と聞かれたら、お水のお代わりを頼んでウェイターから「失礼でしょ!その言い方は失礼でしょ!」と言われたら店長にクレームをつけます。店長はすぐに平謝りすると思いますが、この病院では医者はどんな態度で患者に接しても良いのでしょうか。患者の家族にはこういう態度だけれど、患者には適切な態度で接しているのでしょうか?

夜中に血圧が急激に下がって家族を呼ぶように言われても医者も来ず、医者が来ないままモニターが取り付けられて、看護師に容態は落ち着きましたと言われ、モニターがけたたましく鳴っても医者も看護師も来ず、ナースセンターには誰もおらず、ようやく看護師を見つけて病室に戻ると、呼吸もできていない妹の血圧を測り、右の腕では測れなくて左手に巻いてみたり。私が人工呼吸をするのを見て、痰を取りますと言い歯磨き用に取り付けられていた吸引機を鼻の穴に突っ込む。

谷眞弓主治医は自分は当直ではないがチーム医療だからね、とおっしゃいましたが、その夜は当直の医者はいなかったのでしょうか?チーム医療とはどういうことなのでしょうか?

私が谷眞弓主治医から緊急の連絡を受け帰国し谷眞弓主治医に面会を求めると、その日はいないので紹介状だけ置いておくとのことでしたが、このような緊急時にチーム医療なら他の医師が説明にあたるということはできなかったのでしょうか。もっとも、他の医師(小関淳医師)とお話しした時に「窓口はひとつにしてもらいたいんですよねー」と言われましたが。



医者の数が少なくチーム医療がうまく機能しないのはわかります。そうであるなら患者にチーム医療ということで安心感を与えかねないこのような文言は一般企業では誇大広告になのではないでしょうか。

・お姉さんからセカンドオピニオン取るように頼まれたけど、どーする?と聞く。
・個室だけど、終末で看取りになるからタダと患者に告げる。
・解熱剤を入れた点滴が全く減らないので、看護師に告げると「あ、入ってませんでした」
・治療でドライマウスになり病院食の酢豚や魚のフライ、カレーライスと言った健康者向けの食事は食べられないので持ち込みのものを食べていれば、 「まだ、病院食出す?もうやめてもいいかな?」と聞く。
・終末の患者の前にグリーンのペディキュア、素足にサンダル履きで現れる。
・遺体を運び出すときに医者の挨拶があるからとさんざん待たされた挙句、やってきたのは「窓口はひとつにしてもらいたいんですよねー」と言った医者。
etc..etc...

もう、医療過誤とか医療ミス以前に従業員の教育がまるでなっていないというレベルの問題ではないでしょうか。

谷眞弓主治医は指導医の資格もお持ちで、さくら薬局のピンクリボンセミナーの講師をされたときの肩書にその資格を載せていますが、日本乳癌学会によると、指導医資格は広告すべきものではないとあります。

谷眞弓医師は医師緩和ケア研修会を終了されていますが、患者の権利に関するリスボン宣言はその研修の中にはなかったのでしょうか?

「患者の権利に関するリスボン宣言」
10.尊厳に対する権利
C. 患者は、人間的な終末期ケアを受ける権利を有し、またできる限り尊厳を保ち、かつ安楽に死を迎えるためのあらゆる可能な助力を与えられる権利を有する。

このようなことが標準治療に対する不信感を抱かせ、怪しい代替医療に患者を向かわせてしまうのは本当に悲しいことです。


日大駿河台病院への質問書 

February 03 [Sat], 2018, 0:27
2017年8月31日に貴大学病院にて亡くなった桑田木綿子の治療、終末期の医師、看護師の態度について納得のいかない点があります。

2010年に社会的責任に関する国際規格であるISO26000が発行されました。この規格は持続可能な社会の構築や発展のために、組織が果たすべき社会的責任の必要性の手引書で世界標準になっています。組織が果たすべき社会的責任の中に、説明責任、倫理的な行動、人権の尊重などが挙げられています。
患者及び患者の家族に対する説明責任は果たされていたのか、木綿子の最後の処置が果たして倫理的で人権が尊重されたものだったのか、誠意のある説明をお願いしたい所存です。

私は故桑田木綿子の姉で中米のグアテマラという国に住んでおります。初めて木綿子から癌のことを知らされたのは2016年1月で、「早期発見なので大丈夫」と聞かされました。前医からトリプルネガティブ(ER-, PgR-, HER2 1+, Ki67不明)とのことで日大駿河台病院を紹介され、術前化学療法を開始(2016年1月)。その際に、谷眞弓医師は木綿子にどの程度のインフォームドコンセントを行ったのでしょうか?いくら早期でもトリネガなら今後の治療のためにも家族にインフォームドコンセントをするべきだったのではないでしょうか?また、前医からのデータで、Ki67が不明。不明のまま化学療法を施行し2016年8月の摘出手術後の病理診断で初めてKi67が90という高値とわかったのでしょうか?

谷眞弓医師は「ご本人とご家族には悪性度の高い癌であること伝えてあります。お姉様が他国に在住しており、一度ICしたのですが、後からいろいろ調べられ心配されているようです。」と診療情報提供書に書いていますが、谷医師の言うインフォームドコンセントは2017年の5月になってからで、「トリプルネガティブって知ってます?手術の後、順調だったんだけど、抗がん剤をやめたら転移しちゃったんですよね。悪性度の高い癌だけれど、アメリカに検体を送る方法もある、40万円。癌だからって何をしちゃいけないってことはなく、グアテマラに行ってもいい。お母さんより娘が先に逝くのはつらいわね」と、ほんの20分もかからなかったと思います。その時に2016年8月の摘出手術後の病理検査のデータを見せられましたが、8月の時点でなぜ家族にICをしなかったのでしょうか?なぜ悪性度が高いのに抗がん剤をやめたのでしょうか。私に対するICがこの程度なので木綿子にどの程度説明がされていたのか非常に疑問が残ります。

2017年5月に谷医師からICを受けた後、私はグアテマラに戻り、谷医師に他の医者のセカンドオピニオンが欲しいと何度もメールで頼みました。すると、谷医師は「お姉さんからセカンドオピニオンやりたいってメールが来てるけどどーする?」と木綿子に相談したそうです。木綿子は私に「谷先生からどうするか聞かれたけどどうする?」と聞いてきました。谷眞弓医師にはご自分の判断はないのでしょうか?セカンドオピニオンは患者にとっても主治医にとっても今後の治療を考える上で非常に重要です。木綿子が知らされた(インフォームされた)情報は正確な病気の情報ではなく、姉からメールがあったということだけです。その情報でセカンドオピニオンをするかどうか決めろと。このようなことが貴院では日常的に起こっているのでしょうか?

また、これは谷眞弓医師を紹介した馬橋摩利さんの証言にもありますが、木綿子が谷眞弓医師に「姉が失礼なことを言って申し訳ありません」と謝っていたということです。私は木綿子に心配をさせないよう、言葉の一つ一つに細心の注意を払っており、谷医師の態度についても全く話していませんでした。考えられることは私が谷医師にメールで質問をするたびに谷医師は木綿子にお姉さんから失礼なメールが来た、と言っていたのではないでしょうか?

2016年8月に部分摘出手術。術後に初めてKi67が高値であることを認める。TS-1服用、2016年12月に中止。Ki67がこれほど高いのにも関わらず抗がん剤を中止した理由を教えてください。また、2017年1月初めにひどい咳が数日続きましたが、血液検査はしたのでしょうか?3月になって初めてCTで肺転移、肝転移を認めていますが、いろいろな要素を相互に確認しながら判断するため腫瘍マーカーだけで断言できなくても、取るのが常識と聞きました。

その後、木綿子が字を書くことが困難になり、そこで初めて脳MRIを行い5月に脳転移を認めています。すべて後手後手の処理なのですが、悪性度の高い癌ならもう少し真面目に検査、治療をされていてもよかったのではないでしょうか?

5月12日にガンマナイフ施行、7月の脳MRIで多発転移が認められ貴院にて全脳照射のため7月24日から8月5日まで入院。全脳照射施行中は抗がん剤治療ができないと聞きましたが、他の転移を考えると抗がん剤治療をやめて全脳照射をするより抗がん剤を続けるべきだったのではないでしょうか?木綿子には全脳照射の前にセカンドオピニオンを取ってから決めるように谷医師に相談するように言いましたが、谷医師はセカンドオピニオンは全脳照射が終わってからゆっくり考えようと言ったそうです。悪性度が高く進行も速いのにゆっくり考えるとはどういうことでしょうか?

7月24日から8月5日までの入院中は血液検査はされていたのでしょうか?7月25日の時点でLDHが9347、肝機能は下がり続けていたと思うのですが、肝機能改善のための点滴などはなされていたのでしょうか?8月5日に退院していますが、全ての検査をした上で退院させたのでしょうか?退院後8月8日に受診し、LDHが17998、8月10日の受診でLDHが19153、即日入院となりました。

8月10日に谷眞弓医師からメールで、肝機能が落ちている、今晩にも吐血し意識を失うかもしれない、あと、1ヵ月くらい、とのメールをいただきました。谷医師は数値にかなり動揺してメールを出したようで、ご自分の名前を「谷」と書くところを「他人」と変換し送信しています。自分の名前の変換ミスは一般の人間でも考えられません。医師としての適性が疑われます。その後に、木綿子と母、親戚に余命宣告をしていますが、その状態で冷静で的確な告知ができたとは考えられません。

最後の入院は個室ですが、無料だったとのことです。谷医師は木綿子に「もう終末で看取りになるから、家族が寝泊まりできるように個室にする、でもタダだから」と言ったそうです。こういうことを言う必要があるのでしょうか?確かに終末期の患者は医師や看護師の目が届きやすいように個室にするという話も聞きました。治療、看護の上で必要だからということだそうです。後述しますが、木綿子の最後はモニターがけたたましく鳴っても医師どころか看護師も来ませんでした。また、余命宣告の時に、谷医師は木綿子に自宅療養にするかどうか尋ね、木綿子は自宅でもし吐血した場合はどうするのかと谷医師に聞いたそうです。谷医師は自分がすぐに駆け付けると言ったそうですが、自宅どころか病院にいたのに医師も看護師も来ませんでした。

私は8月14日に帰国し翌日15日に病院に行きましたが、木綿子は元気そうで食べたいものは食べ、一人でシャワーも浴びていました。その日の午後、木綿子の病室に看護師が車椅子を押して入ってきて、谷医師が話があるので来てくれとのことでした。谷医師本人が今日か明日にも吐血して意識を失うと言っている病人を車椅子を使って呼び出すとはどういうことなのでしょうか?話があるのなら病室に谷医師が来ればいいのではないでしょうか?そしてこれ以上何を木綿子に告知するつもりだったのでしょうか?

確かにデータは最悪でも木綿子は頑張って退院するつもりでいました。谷眞弓チームは多分、それが気に入らなかったのでしょう。絶対に治らない、1か月以内に死ぬ、それを覚悟させたかったのだと思いますが、もしも最後ならできるだけ絶望的な気分にさせたくない、痛みもやわらげて、穏やかな気持ちでいさせたい、そう思うのが家族であり、緩和ケアーだと思います。

私は、車椅子を押して入ってきた看護師に「谷医師の話は私一人で聞くから」と言って、看護師を急いで病室から追い出し、指定された部屋に行きました。そこには谷医師と看護師が座っていて、X線写真がありました。私が木綿子にはもうこれ以上厳しい話はしないでくれと言うと、谷医師はあからさまに不機嫌そうな顔をしました。

その席で私はまず、木綿子が7月に入院した時、緩和の看護師が、ホスピスを考えておくように、隣のベッドの末期の患者と全く同じセリフを子供に話しかけるような口調で木綿子に話したことに本人は自分はそんなに悪くなっていないのに(そう思っていた)非常にショックを受けた、緩和の対応は無神経ではないかと質問しました。谷眞弓医師は「(緩和担当者は)そういうことを言ったかもしれないし、言わなかったかもしれない。要は受け取る側の気持ちの問題だ」と言いました。これはパワーハラスメントにおける加害者側の常套句ではないでしょうか?しかも、緩和担当が言った言葉に傷ついたのなら、いくらマニュアル通りであったとしても、考え直す余地はないでしょうか?貴院ではマニュアル通りであるなら患者が傷つくことは問題ないのでしょうか?

例えば、80を過ぎた母にも木綿子の余命は1ヵ月と告知したそうですが、木綿子はそれを大変不服に感じていました。もし母がショックでどうにかなってしまった場合でも、ショックを受けるか受けないかは本人の問題というのでしょうか?しかも、母はショックは受けましたが内容は全く理解していませんでした。早口で何を言っているのかわからなかったと話していましたから。それがインフォームドコンセントでしょうか?谷医師はインフォームしたつもりだったのでしょうが、患者や患者の家族はインフォームされた状態になっていなかった。谷医師のICはいつもこういうものだったのではないでしょうか?

最初に本人から癌を知らされたのは2016年1月でその時、木綿子は「早期だから大丈夫」と言っていたので…と私が言うと、谷医師は言葉を遮るように「とんでもない!早期なんかじゃないですよ!」と威圧的な態度で私に言ったので、後に続く言葉もありませんでした。突然の死を宣告され動揺している家族に配慮はないのでしょうか。また、患者やその家族の話を傾聴するという姿勢は谷医師にはないのでしょうか?そして、2016年1月の時点で早期でなかったのならなぜ家族に知らせてくれなかったのでしょうか。木綿子へはどういう告知をしたのか教えてください。

私は谷眞弓医師の扱ったトリプルネガティブ患者にはどういう治療がなされたのか、余命はどのくらいだったのかを知りたかったので、トリプルネガティブ患者をどのくらい扱ってきてのか聞くと、「失礼でしょう!その質問は失礼ですよ!何件も扱ってきてますよ!」と恫喝され、私は何も聞くことはできませんでした。患者の家族の質問に対してこのように感情的な態度でしか対応できない医者に冷静な判断、治療ができるのでしょうか?

その後、谷医師に廊下ですれ違った時に、木綿子は丸山ワクチンを望んでいたのでそのことを伝えると、「え?あんなものやりたいの?(笑)昔はやってたかもしれないけど、今時あんなのやってる人いるの?」という返事をいただきましたが、丸山ワクチンがどういうものにせよ、このような態度はどうなのでしょうか?そして、肝機能が下がっているとのことだったので、肝臓の手術などできないものかと素人の質問をいたしました。すると、「え?(笑) どこを?まあ、肝臓の手術なら〇〇病院、350万円」との返事でした。必ず金額がとっさに出てくるのです。最後の看取りの個室はタダと木綿子に言ったのも頷けます。

私はもう、谷眞弓医師と話はできないと思い、あえて彼女の不在の時に他の医師に面接をお願いしました。指定された部屋には小関淳医師が座っていて、開口一番、「窓口は一つにしてもらいたいんですよねー」と言われました。谷眞弓医師は1週間のうち、何日ほど、駿河台病院にいらっしゃるのでしょうか?主治医が不在の場合は他の医者が患者及び患者の家族の対応に当たるのがチーム医療ではないのでしょうか?他の医者の意見を聞くことは重要だと思いますが。私はとても嫌な気持ちになりましたが、「本人はまだ治るつもりで頑張っている、これ以上残酷な告知はしないでもらいたい」と言うと、「本人は治るつもりって言ったって、この写真見てくださいよ。」との返事。私は、治らないのはわかっているが、これ以上、残酷な告知をしないでもらいたいとだけ言いました。

8月17日、ポート埋め込みの手術後から一気に容態が悪化しました。ひどい吐き気と目まい、たぶん、麻酔薬が合っていなかったのだと思います。ある朝8時過ぎに私が病室に行くと、とても苦しそうな顔をして私に痛い、と訴えました。医者には言ったのか聞くと早朝に来た看護師に言ったがまだ薬をもって来ないとのこと。私はナースステーションに行き、とても痛がってる、腹水がたまって苦しいんだと思うので薬を処方してくれるように言うと、「パジャマの紐がきつくて苦しいんだと思いますが、先生に聞いてみます」との回答で、薬が処方されたのが昼過ぎでした。

また、全脳照射の時にどこかの神経をやられたらしく、ひどいドライマウスになってしまったため、水分の多いものしか食べられず、病院食で出てくる魚のフライや酢豚、揚げ物のような健康食はほとんど食べませんでした。それでも汁物や果物はなんとか頑張って食べようとしていましたが、私がスープ類を作って持って行っていました。谷医師は「まだ病院食続ける?もうやめてもいいかな?」と木綿子に聞いてきたので私は慌てて「食べられるものもあるし生活のメリハリにもなるから出してください」と言いましたが、無神経にもほどがあるのではないでしょうか?木綿子は一生懸命、生きる努力をしているのに、全く患者の気持ちを考慮しない、これも受け取る側の問題と言うのでしょうか?

もう助からないのならもう少し緩和をしっかりやってくれる病院に転院させたく、某病院への転院を谷眞弓医師にお願いすると、あの病院は汚い、木綿子さんはこの病院が綺麗だから気に入っている、とのことでしたが、汚いとかきれいの問題なのでしょうか?そして、某病院の個室はいくらいくら、この病院はタダ、と言われました。

それでも何とか転院の手続きに移り、谷医師が福祉担当の方を呼んで事務手続きに入りました。その席で、谷医師は福祉担当の人に「忙しかったでしょ?悪かったね、ごめんね、大丈夫?」ととても気を使われていましたが、谷医師が丁寧にアテンドすべきはクライアントである患者、患者の家族ではないでしょうか?患者のために忙しい時間をとらせて申し訳ないと患者の家族の前で言うのは失礼ではないでしょうか?患者の家族には恫喝し威圧的に出る、仲間意識だけは異常に強い、それが貴院のチーム医療なのでしょうか?

高熱が出たため、看護師が点滴に解熱剤を加えたのですが、見ていても一向に減らないので、看護師を呼ぼうかどうか迷いながらもあまり頻繁に呼び出すのも悪いと思い(谷医師の前述のような態度がそうさせたとも言えます)しばらく待っていましたが、看護師が血圧を測りに来た時に解熱剤がきちんと入っているかどうか尋ねると、「あ、入っていませんでした」との答えでしたので、その後は私が転院の手続き等で外出する時も必ず友人に付き添いを頼みました。貴院ではこのようなことが普通にあるのでしょうか?

もう終末期の患者で死ぬのを待つだけなので、看護も疎かになっていたのでしょうか?それが貴院の終末期の患者に対する緩和ケアーなのでしょうか?

谷医師と最後に話した時、容態はどんどん悪化している、今週が山だと思う、自分は当直ではないがチーム医療だからね、と言われました。

31日の午前1時頃、看護師の回診があり血圧を測ると、急激に下がっている、先生に聞いてみると言って出て行きました。そして血圧を上げる薬が点滴に加えられましたが、30分経過しても上がらず家族を呼ぶように言われました。家族が来て少しすると血圧が上がり、看護師はモニターを取り付け容態が落ち着いたと言って病室を出ていき、家族だけになりました。看護師も医者もいない、何の説明もなかったので私たちは容態が落ち着いたのだろうと思い、高齢の母もいるのでとりあえず帰宅させました。家族が帰った後、私は木綿子の枕元で仮眠をとっていると、モニターがけたたましく鳴りグリーンのライトが点滅し、木綿子の顔は口が縦に一文字になり目は上を向いて恐怖映画のような恐ろしい形相でした。私は病室を飛び出してナースステーションに走りましたが看護師は誰もいなかったので、大声で叫びました。やっと病室に来た看護師は木綿子の形相を見て、慌てて血圧を測りましたが、右腕では測れず左腕で測ったりかなり慌てている様子でしたが、このような時にまず血圧を測るのでしょうか?モニターは何のために取り付けられていたのでしょうか?

私は木綿子が呼吸ができていないのだと思い無我夢中で人口呼吸をしました。もちろんやり方など知りませんが。それを見た看護師も慌てて、痰を取りますと言って、枕元に歯磨き用に取り付けてあった吸引器を鼻の穴に入れてすぐに抜きました。呼吸ができず恐ろしい形相になっている患者に対し、まず血圧を測り、歯磨き用の吸引器を鼻に差し込むのは適切な処置なのでしょうか?木綿子の頭がぐったりとなりました。しばらくして谷眞弓医師が病室に入ってきて、看護師が何か言おうとすると止めて時計を見て6時15分です、と言いました。

谷眞弓医師は最後に話したときに、(木綿子の)最後はどうするか、家族が来るまで持たせるかと聞いてきました。人工呼吸器をつけると外せなくなる、殺人罪になるから。酸素マスクをつけておくか?そうすると顔がむくんでしまうが、などと言われました。とりあえず、家族が来るまでなんとか息を繋いで置いてくれるようにいいましたが、結局、血圧が急激に下がった時から、息を引き取るまで6時間近くあったのですが、どの医者も現れなかったので、何のために聞かれたのかわかりません。貴院には当直の医者はいないのでしょうか?あるいは、もう死ぬ患者なので駆け付ける必要もなかったということでしょうか?

木綿子は最後にどのくらいの苦しみを味わって死んでいったのでしょうか?貴院では終末期の患者がこのような死に方をするのは日常的なことなのでしょうか?

最終的に遺体を運び出す時、葬儀業者から先生が最後のご挨拶をしたいと言うので待ってくれと言われ、20分近く待たされた挙句、挨拶に来たのは谷眞弓主治医ではなくて、「窓口は一つにしてもらいたいんですよねー」と面倒くさそうに言った小関医師でした。

私が実際に貴院で2週間、木綿子に付き添っていただけでこれだけ異常な状況を目にしているので、木綿子が治療を受けていた1年半、何もなかった、まともな治療、説明がなされていたとはとても思えません。

また、谷真弓医師はいつも髪の毛が不衛生にぼさぼさで、素足にサンダル履き、グリーンのペディキュアで患者の前に現れていました。他の看護師さんは髪をまとめてきちんとした格好でしたが、貴院では女医がこのような出で立ちで患者や患者の家族に接することが許されるのでしょうか?

1.2016年1月の段階で「早期なんかじゃないですよ!」と言われるほどの病状なら、なぜ、今後の治療のために家族にインフォームドコンセントがされなかったのでしょうか?

2.2017年5月にトリプルネガティブ、悪性である、母親より娘が先に逝くのはつらいわよね、という非常に簡単な報告を受けました。(谷医師はこれをインフォームドコンセントと言っていますが)その時に、アメリカに検体を送って調べる方法もあると言われましたが、なぜ、それを2016年1月に実行しなかったのでしょうか?その時点で谷眞弓医師はその方法を知らなかったのでしょうか?

3.2017年8月の面談で、谷医師は私の質問に対し、「その質問は失礼でしょう!」と恫喝し、私の質問に答えませんでしたが、実際、谷医師はトリプルネガティブの患者を何件扱っていたのでしょうか?

4.今後の治療の段階で必要なインフォームドコンセントは行わず、余命1ヵ月、今日か明日にも吐血して意識を失うとう終末の段階で、家族がこれ以上の告知はやめてくれと懇願するにもかかわらず、執拗なまでに患者に死の宣告をしようとした理由はなんだったのでしょうか?

5.病院でモニターが付いていたにも関わらず、アラームが鳴っても誰も駆け付けて来なかったのはなぜなのでしょうか?あるいはこのようなことは日常的なのことなのでしょうか?当直の医者はいないのでしょうか?

6.貴病院では医師が素足にサンダル履き、グリーンのペディキュアで患者や患者の家族に接することが許されるのでしょうか?

最後にもう一度、組織の社会的責任に関する国際規格であるISO26000で、組織が果たすべき社会責任の中に、説明責任、倫理的な行動、ステークホルダーの利害の尊重、人権の尊重が挙げられています。貴院の乳腺内分泌科のサイトには「1人1人により自然で幸福な人生を送っていただくために」とあり、患者第一、人権尊重の理念を謳い、CSRあるいはSRの部門は設置していなくても社会的責任をある程度は意識しているように思われます。そうであるならば、命の扱い方の問題を患者相談窓口で聞いてくれなどという態度は改め、上記の6点に関してだけでも社会的責任に関する国際規格に則り誠実な説明をお願いいたします。







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