母の名言・・・・迷言 

2014年06月15日(日) 9時32分


昨日は,透析後ふらふらして夕方までベッドに伏せっていた母。
夕食が配膳されても,いっこうに起きる気配がなかった。
うっすらと眼を開けて,「もうこんな生活や,いやや。 はよ,しねばよかったぁ」

一夜明けた今朝。
先週,行けなかったステーキハウスへの執念が燃え上がっている。

10時までに三越へ到着すれば,平面の駐車場に楽々駐められるという。
「今日は,10時からワールドカップの日本の試合が中継されるから三越のお客は少ないで・・」と言うと,
サッカーや何がおもしろいんか分からん。
人間にはちゃんと二本の手があるのに,手を使わずに足と頭だけでボールを蹴って
何がおもしろいんな? みんな あほとちゃうんな。

(◎-◎;)
おっしゃるとおり
(^0^;)

母の介護生活 

2014年05月31日(土) 10時52分

2014年1月14日午後,母は友人の見舞いに向かう某病院のエスカレーターで転倒転落し,一時は生死の境をさまよった。 外傷性くも膜下出血,硬膜外血腫・・・これが医師がつけた病名だが,初日の判断が,本当に正しかったのか?未だに疑問だ。

まだ24時間経過していない翌日,ICUから普通病室へ移され,その日の夕方,事態は急変して,てんかん性痙攣が発現した。当直だった主任部長は,「先生,大丈夫でしょうか?」という家族の質問に「そんなもん誰も分からん。分からんことを聞かれても答えられん。黙っていろ・・・」と怒鳴り散らした。

心配で聞いているだけなのに,どうしてこの医者は怒鳴り散らすのだろうと・・・,そのときから不安は始まった。


それでも母は驚異的な生命力で回復の兆しをみせ,空腹を訴え,食事を求めたが,医師は「誤嚥」の恐れがあるので,耳鼻咽喉科での嚥下テストがパスするまではだめといって経鼻栄養チューブを差し込んで,1日3食高カロリージュースだけにしてしまった。
母が食べたいとうわごとのように言ったのは
・やまかつの200グラムの豚カツ
・スシローの寿司
・浜寿司のにぎり
・ラーメン
・・・・・,嚥下テストは一週間,なんだかんだ・・・耳鼻咽喉科が忙しいという理由も並べて・・・引き延ばされ,耐えかねて,家族としては誤嚥してでも食べさせてやりたいと申し出ると,医師はこう言った。
そこまで言うなら何でも食べさせてください。嚥下テストで例えパスしても,体調が悪くなれば誤嚥するので,テストはしてもしなくても一緒ですから・・・

それから,母は カツオのたたき,マグロの寿司,ハマチ・ぶりの刺身・・・・ぱくぱく食べた。
クラッシュした氷をいっしょに口の中へ入れてかみ砕く力を確認しながら,一生懸命食べさせた。

そして,一ヶ月後某病院に要介護5レベルのまま,転院を迫られ,医療保険制度の非情を恨みつつ,明日が見えないまま,介護タクシーに実家の前で一時停止してもらい,母に実家の姿を見せたのだが・・・・,本人は何も覚えていないという。


自宅近くの透析センターがあるK医院に転院した。
あれから三ヶ月,K先生の献身的な診断と治療で母は奇跡的に回復して,自分で歯磨きができるようになった。


そして,某病院とは正反対の暖かいご理解をいただいて「病院経営上はありえない」他医院でのリハビリ治療を許していただき,高松協同病院でリハビリを受けている。


上半身の筋力を喪失させた某病院は,ナイチンゲールの博愛精神を標榜しながら,現実は,院長の経営方針と称して,患者ではなく「診療報酬の点数」管理に重きを置いている。そうした大病院の現実と,赤ひげ先生的に小さな病院の奮闘を見ていると,社会システムの未成熟を感じるし,政治も行政も肥大化しただけで国民は置き去りにされているのではないかと懐疑的になってしまう。

時の定め 

2014年02月11日(火) 11時16分


娘も結婚相手は,なぜか高松とゆかりのある人だった。子供時代,彼は三条に住むおばあちゃんとところで過ごし,峰山公園でよく遊んだというから,うちのファミリーとニアミスしていた可能性が高い。
そして,息子の結婚,四国から遠く離れた博多での出会いは,かみさんの実家がある松島町に13年間住んでいたという彼女。よく聞くと,同じ書道教室に通っていたらしい。

兄弟そろって,遠く離れた地での出会いが高松育ち同士。

驚かされる運命の赤い糸だが,日曜日に無事結婚式も終わり,親としての肩の荷がひとつ下りた。

次は,その孫の結婚式を楽しみに,昨秋から準備をしてきた母が,一月前,日赤のエスカレーターで転倒し,
外傷性くも膜下出血・硬膜外血腫で入院してしまった。



当然,結婚式は姉の時に引き続いて,脳外科からドクターストップ。
しかも,今回は,前回とは比較にならないくらい「重傷」
一命は取り留めたが,薬とけがの後遺症に振り回されている。

こちらも,できるだけの看病と看護を続けてきたが,来週には,転院を迫られている。
医者は,小泉改革の結果であり,経営上避けられない措置で,恨むなら小泉を恨めという。

子育てが一段落すると 親の介護。
自分の身体もポンコツになりかけ。 油が切れそう・・・・・

曜日感覚がなくなってきた。

糖尿病とどうつきあうか? -1- 

2013年12月31日(火) 12時15分

生後8ヶ月 

2013年12月01日(日) 20時08分


毎日,追われまくりの生活。
「僕らはマイニチ,マイニチ,テッパンノウエデヤカレテ・・・・」と,口ずさみたくなる毎日。
日帰りの東京出張を終えて翌日,娘からSkypeでコールがあり,久しぶりの孫。

ねんねから,ステップアップして歯が生えた赤ちゃんに・・・。

自分の子どもがついこないだこうであったような・・・・・。

(*⌒O⌒*)
息切れしないようにコントロールしながら,第四コーナーにさしかかった人生を
乗り切らねば・・。

孫帰る 

2013年09月23日(月) 19時56分

連休の間,娘夫婦が孫を連れて帰ってきた。
「王様」は,とても風格があり,抱っこさせてもらうと「ずしり」と重い。
10分以上抱っこしていると,その手は腱鞘炎になりそうになる。



透析を受けながら,毎日頑張っている母にとっては,この曾孫の成長は,長生きの糧にもなる。
「王様」中心の三日間だったけど,新しい生命の成長に,「笑い」のある時間が増え,
楽しい時を有り難う。

スカイプ 

2013年09月15日(日) 18時49分


パソコンの画面を通して大阪とスカイプする。
こちらの画面を見て,孫が笑っている。
この便利さには舌を巻くが,どうか子が大きくなった時代も平和で安全な社会でありますように・・・と願わざるを得ない。原子力発電所の事故は,10万年や100万年に一回しか起こらないほどの重大事故に対しても安全に設計されており,現実的には,「ありえない」と扱っても大丈夫だと判断してきた我々は,今,福島の悲惨さにどう向き合えばいいのだろうか?

くりかえし 

2013年09月15日(日) 10時23分


今年の人間ドックが終わり,要精密検査が2ヶ所  赤く刻字されて帰ってきた。
ひとつは「左上肺結節影疑い」
これはH18のレントゲンから引っかかっているやつで,肺CTを3回撮影して,ほぼ変化がなく「脂肪の塊:脂肪腫」だろうと言われている。
CT被曝も,しないに越した事はないし,良性のもののチェックにCTを取る必要もないとのことで
今回もCTはパスした。



女医は,喘息治療で評判の呼吸器科医だが,過去のCT画像3年分を見て
この脂肪の塊は肺の中にあるのではなく,肺外,つまり肺の外側にあり,表面が「ツルリ」としているから心配しなくてもよいと・・・・。しかし,CTで一回にどれくらい被曝するかは知らなかった上に,PET受診を勧められた。・・・・・・こんなもんなんかなぁ?医者の知識って・・・

次は,境界型糖尿病の疑いあり
これも,今に始まったことではない。
空腹時の血糖値が100を超え始めたのはH19からのこと。
そのつど減食して体重を減らし,乗り切ってきた。
H23には,HbA1cが6.0となったために,久しぶりに糖負荷試験をしたが,インシュリンの分泌
プロセスはまずまずの結果で,再び「体重減少」だけの指導で過ごしてきた。
今年は,親父の3回忌でお供えのお菓子が豊富に存在し,元来,甘い物好きのかみさんと
ケーキ生活に付きあっていることもあり,ヤバいとは思っていたが
体重は大台を切っており,慢心していた。
案の定で,困ったが,Hba1cは6.2で,この値は,今年4月から,国際基準NGSP値に変更されているためで
従来の日本規格JDSなら−0.4の5.8であり,ちょっと高めという状態なので
先ずは,減量を言い渡されて,もう少し体重を 落として糖負荷試験を受けることにした。



それで夜のウォーキングを再開したのだが,長らく使っていたサンダルのベルクロが
バカになってきたので,Amazonで新しいTevaを注文した。
初代のTevaに「M9」と表示されていたので,US9(27.0)のサイズで注文したら,やはり
少し大きかった。US8(26.00でよかったかも知れないが,ベルトで調整できるから
特に問題はない。今回のは,ベトナム製で,ネットで見る限り中国製かベトナム製のどちらかしか
選択肢はなく,初代はおそらく米国製だったとおもうが,1998年頃,ゴールドコーストで買ったような・・・
15年も前だからよく覚えていない。長持ちしたことは,間違いない。

それで,ヘッドライトつけて夜歩きしているのだが,昨日から,左足の踝あたりが痛い。
これも5年前,歩き過ぎで関節包が破れて出血して一週間歩けなくなった悪夢がよみがえる。

切れた油,身体のクレ556はどこかにないかな?

孫の誕生 

2013年09月01日(日) 9時44分

あの日から,早,5ヶ月が経過した。
年度末業務,母の手術・入院,娘の初出産里帰り・・・・目が回るような毎日だった。
予定日は,4月5日,本人は新しい年度を望んでいたようだが,3月27日の夕刻,突然破水した。
想定外の早い破水で,職場からあわてて病院へ駆けつけたが,まだ本人が乗ったタクシーは
到着していなかった。
動転していたので,病院の受付で「○○□□子は来ましたか?」と聞くと「いいえ」という返事。
待てど暮らせど来ないので,受付に「○○□□子から何か連絡はありましたか?」と聞くと
受付の人はけげんそうな顔をして,
「○○という方からは何の連絡もありませんが,お父さん,娘さんですか?」と聞くので,
「はい,そうです」と答えると,
「もしかして,◎◎□□子さんですか?結婚されて「姓」が変わっていませんか?」

「うっ σ(^_^;)」
「そうです。◎◎□□子です。」

それから,丸一日頑張って,娘は正常分娩で元気な男の子を出産。
まさに「あかご」だった「あっくん」

母乳を一杯飲んで元気に成長している。



おかげさまで 母も初孫の元気な成長を 見守る日々が続き,お盆の帰省は賑やかだった。
父も天国で目を 細めているに違いない。

こちらは,加齢現象があちこちに目立ち始め,体力の自信は全くないが
油を差しながら メンテナンスに努めるしかない。

百か日が過ぎる 

2011年08月28日(日) 8時56分
父が平成23年5月20日午前9時25分に天寿を全うした・・・・あの日から今日でちょうど100日が経った。
いつか来る日とはわかっていたものの,その時が突然だったし,ちょうどその日は母が透析に入っている日で,下手な連絡が母への新たな負担になっても困ると思い,結局で一人でバタバタしてしまったが,公益社のU川さんにすべてを助けてもらった。

通夜,葬儀,初七日から始まる七日5との法要,そして四十九日,初盆・・・

不幸なのは,「想定外」で父の葬儀の2週間後にかみさんのお父さんが脳幹出血であっという間に亡くなり
一連の供養行事がダブルで始まったこと・・・


なんとかかんとか 親戚や職場のみんなのお陰様で仏事は滞りなく終わりつつある。

百か日の意味を調べると
「亡くなってから百日目を「卒哭忌(そっこくき)」といいます。「哭」は泣き叫ぶこと、「卒」は「終わる」という意味で、故人を失って泣き明かしていた家族の悲しみも癒えてくる頃だという意味です。忌明けから、この百か日頃までに挨拶や故人の遺品の整理などの雑事を済ませます。」
と書いてある。

義父とのダブルだったせいもあるが,父の最期を思い出すと いたたまれない気持ちは残っている。


亡くなる二日前から胸に溜まり始めた水が圧迫して呼吸が乱れ,ほとんど食事が取れなくなっていた。
それでも何とか一口でも食べさせたかったし,本人も一口でも食べようと口は開けるが
飲み込む力が急速に衰え,誤燕の危険が高く,苦しみを和らげるために
「緩和ケア」の選択は不可欠となっていた。
モルヒネを少しずつ送らざるを得なかった。

そんな状態で,父は「どうしてこんなことになったのか?」と嘆いて見せた。

平成10年から,肺ガン,前立腺ガン,大腸ガン,腎臓ガン,肝臓ガン 六回もガン切除し
「不死身の男」と県立中央の先生たちからも珍しがられていたのに,最期は祖父と同じくガンの苦しみながら
悶絶の死を迎えた。



今年はなぜか身内や知人の間にもお葬式が異常に多い。
3.11の大地震以降日本列島全体に暗雲が立ちこめているのでないかと思うぐらい
暗いニュースの連続である。



百か日が過ぎると,喪中とはいえ,旅行も許されるという。
忘れることができない父の悶絶と慟哭の日々だが,今日からは「積極的」に忘れて
自分の時間を取り戻したい。
・・・未亡人クラブのお世話は続くけどね・・・・

気力が続かないと ひとの命はバラバラになってしまうことを教えられた 父の死だった。
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K県庁に勤めて27年。京都府立大学大学院で森林生態学を学び,エコシステムの大切さを知りながら,現実の林野庁林政とのギャップに悩み続けてきたが,拡大造林政策の破綻や林業の構造的崩壊を目の当たりにして,これから日本の森林を誰がどのように管理していくべきなのか悩んでいる。
・・・という仕事の世界と,スペインにあこがれている娘と北九州で一人暮らしを始めた息子と無類のケーキ好きの妻と五十路の道をつづる日記としたい。
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