羨望の気持ち

June 02 [Mon], 2014, 16:26
ある時ウィーンの劇場に行こうとしていたのであるが、その前に別のところに行かなければならないことになった。ようやく劇場に着くと劇場は焼け落ちていたのである。何もかもなくなってしまったのに彼は助かった。このような人が自分は高い目的へと運命づけられていると感じるのは容易に想像できるだろう。万事は妻との関係が破綻するまではうまくいっていた。その時、彼は挫折してしまった。運命論の意義については多くのことが語られてきた。それは個人だけでなく、国民全体、文明全体に影響を与える。しかし、われわれの立場としては、運命論と心理学的な活動の源泉及びライフスタイルとの関係を指摘することにとどめたいと思う。運命論は、多くの点で有用な線に沿って活動しようと努め、そのような活動を築きあげるという課題からの臆病な逃避であるということである。この理由から、運命論は偽りの支えであることがわかる。われわれの仲間との関係に影響を与える根本的な態度の一つは羨望である。たしかに人の性格の中には、ある程度羨望の気持ちがある。わずかであれば害を及ぼすことはなくごく普通のことである。

一緒に楽しめることを何かする

November 21 [Thu], 2013, 16:13
子供が出できたら、一緒に楽しめることを何かするといい。そうすれば、あのことはもう終わった、もう機嫌を損ねていない、ということが伝わる。創造性は、良い人間関係のポイントだ。期待されていないことをするといい。泣き続ける幼い子供と一緒に、私は泣きまねをし、泣き続ける。子供はびっくりして笑い始め、近寄って、私を慰め始める。私は、とれほどうれしいかを告げる。子供は、しばしば、何を求めていたのか、何をしていたのか忘れてしまう。私は思い出させるようなことはしない。泣きそうになると、自律選択理論を少し教えて、こう言う。「今泣くことも、後で泣くこともできる。どっちがいい」子供たちは、ぐずつくのも、泣くのも選択だということ、そして、それはそれほど良い選択ではないかもしれないということを学習する。こうして彼らに考える材料を提供する。望むなら、泣かない選択もできるということを。信頼される生き方を身につけた親として、直接子供に自律選択理論を少しでも教えられたら有益である。最初に基本的欲求と上質世界を説明し、次に全行動を説明する。
困難をともなうこと

いつも疲れている

November 08 [Fri], 2013, 11:25
どう言えばいいのでしょう。何もかもひどいのです。学校でも私は駄目なのです。ついていけません。いつも疲れているし、落ち込んでいます。もうあきらめてしまう方が良いのではないかと時々考えます。自分自身を傷つけたい、と考えることはありますか?[治療者は自殺憂慮について、それとなく探りを入れた。もし患者が積極的に自殺を企図していたら、治療者は話題を転じ、患者の絶望感を直接扱うつもりであった。]いいえ、それはありません。いろいろな問題が消えてなくなればいいと、思っているだけなのです。どうやら圧倒された感じをお持ちのようですね。そうなんです。もうどうしたらよいのか、わからないのです。(患者が問題に目を向け、より扱いやすい大きさに問題を分解するのを手助けする。)そうですか。すると今、あなたは主に2つの問題を抱えているようですね。ひとつは学校でうまくいっていないこと、もうひとつは、あまりにも疲れ果てて落ち込んでいることです。他にありますか?さあ。(肩をすくめる。)この治療で、どんなことをしたいですか?ご自分の生活が、どんなふうに変わればよいと思いますか?
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