手作り ピザ

June 03 [Sun], 2012, 23:57







COOPが 配っていた 小冊子を見て


作ってみた。


生地が 簡単にできる クリスピータイプ。


本当は  お手軽に ホットプレートで焼いていくのだが


下焼きを フライパンで焼いて トッピングをしてから オーブンで焼いた。


薄力粉           150g

強力粉            50g

ベーキングパウダー 小さじ 1

砂糖           小さじ1

塩 小さじ二分の一

オリーブオイル  大匙2

ぬるま湯 100〜120ml


こねてこねて  なめらかになって 伸ばして伸ばして 下焼きをする。


そして  好きなようにトッピング



写真は  最初の2枚の 大判を 私が 一人で作り 焼いたもの。


そのあとは 3番目以外の 子供たちで(3番目は 外出した後で寝ていた) 


 生地を 3等分にしながら


こねたりのばしたり して


トッピングまで 好きなように  やって  楽しくて盛り上がった。


ちょっとした ピザパーテイーになった。


予想以上に おいしかったので  みんなバクバク食べてしまい


合計4枚分の生地を焼いた。


具は  本当に 好きなもので OK。

ピザソースは  今回は 突発的だったので(私の突然のこれ食べたい発言)

 
市販のものを買ったが


手作りなら 尚 格安激旨になるとおもう。

ピザは  次から  これになりそう。

近況記録

June 03 [Sun], 2012, 6:32
長男は  近頃  友達 や恋人を欲するような発言が増えた。

自分のこと
(幼いころの おじさんにいたずらをされたことによる多種多様な後遺症と 
自閉症スペクトラムを持つ脳)

について  かなり整理できてきた 結果なのだと思う。

ただ 同時に 

ゆうと(弟)がいたころは  落ち着いていた話や 

弟がいたから つられて自分は外に出て行けた話やら 

多くなった。

3番目の分析結果では  

「やっと  他人と家族の違い(距離感)がわかって 家族の大事さがわかってきたんじゃないの?」

と 言う。

そして  ゆうと(弟)への 依存心も 見え隠れする・・・・

自閉症スペクトラムを持つと

「自分対周りの人間」でしかなく

経験をつむことで  「自分と 家族」 は 近くて(つか =イコール。 自分は家族の一部という認識)

「そのほかに他人」 という 区別が出来ていく。

つまり 家族が家族らしいという経験がなされなければ

(親が 親らしいことをする本当の意味で親ではなかった場合
この経験はなされていないということになる)


つまり 「自分対周りの人間」 の 図式は 続き続けるし

その 「周りの人間」の中に 「親も 他人と同等の位置付け」のまま 生きていくことになる。


区別が付かないのだ。



3番目は  基本的に おそろしく自閉が濃いたちなので


外へ出ることでの ストレスは ものすごく受ける。


昨日も 一緒に コーチャンフォーに行ったが


「人に酔った・・」

「吐きそう・・・・」

「人が多くて  気持ち悪い・・・」

と なった。

地方の町の 店である。

人が多いといっても  ゼンゼン ひしめき合うほどではないのだが

そうなってしまった。


ストレスから 女の子としての生理機能も 相当 影響を受ける。


基本が 自閉症スペクトラムを持つ脳であるので


婦人科で どうのこうのということは  基本解決につながらないと思う。


で  私が飲んでいる「命の母」 を  飲みだしたのだが


これがかなり効いて  ヒステリー が なりを潜めた。


これは 本人もかなり自覚があり


気持ちが安定するので 過食も消えた。 


ストレスって  怖いなあ・・・と思う が 響きやすい脳なので しょうがない。



4番目は  相変わらず   学校へ一人では行けず、  休んだ日は家庭訪問を受ける。


ただ  先生が 家に上がりこんでも  自室に隠れるという行動は


みられなくなった。


先生が来ても 堂々と茶の間でネットゲーをやり続け  軽く挨拶をして


そのまま  私と担任の先生の話を聞いている。


7日に  M先生という 昨年から変わらずいる先生が 自転車でお迎えに来てくれる


という なんとも手厚いことをしていただけることになり


4番目も了解した。


19日には 陶芸教室があるそうで それに対しては

かなーーーり好反応で  先生が帰った後も 


いつなのか 確認していた。


絶対行くだろうな という感触を持つ。


とりあえず  送り迎えを 自転車でして そのうち


どこか途中で待ち合わせをしたりして


最終的に  自力一人通学まで  引っ張りあげる計画だ。


学習面では   体験のみにしている。


技術家庭科の重要性を 私も 要望したので そういう形だ。


自閉症スペクトラムは 自分の関心以外に事以外に


興味が無いので  何でも自発的に吸収は出来ない。

自分が たくさんの経験をつむ事で  蓄積され 


長い人生の中で  ゆっくり成長して やがていかされるときが来ると思う。




5番目は  相変わらず


コマーシャルでも 日常生活でも なんでも学ぶ。


どうしてそうなのか?  という疑問も 興味があるから沸き起こる。


これは大事だ とつくづく思う。


そして 相変わらず  表現がうまい。

「お願い〜。 パパにしか出来ないことなの〜。  だから 来て。」


とか 上の子たちに


言われたことが無い彼は ついつい 5番目の言葉で動いてしまう。


この前は  5番目の運動会の写真が  携帯でちゃんととれなかったので


一眼レフのデジカメを 突然買ってきた。

ちゃんと 撮れなくて 悲しかったんだそうだ・・・・(笑)

「夏休みに〜 パパに  遊んでるとこ 撮ってもらいたいなあ 


と 話している。


上手い 


全く


絶対 どこかに 遊びに連れて行ってくれるだろう(笑)


計算して言うのではなく  情緒的発言が カワイイ  のだ。


はっきり言われないとわからない(心情など) 自閉症スペクトラム持ちは


ころっと いくよなあ・・・・ と  思う。







 

5月13日

May 29 [Tue], 2012, 5:56
母の日 と言われているが  うちでは普通の日だ。


とりあえず  彼が  ロールケーキを買ってきてくれたので


みんなで  食べた。


そして  その日 心に 残ったのは


5番目の 言葉だった。



日曜日、  いつも  4番目の友達が遊びに来るので


場合によっては  せつな(5番目)がふだんやってるものが(PCもDSIも)


4番目たちに使われて  何もできなくなる。


なので  私の普段のお買い物(食料品や日用品)にせつなも一緒に出かけて


ついでに公園などに行き  遊んだりする。


今は  花盛り なので


あちこちで  大きな花を付けたタンポポを探したりお花を見たりしながら行く。


最初のお買い物の場所のドラッグストアに 着き


買い物をしていたが せつなは 段々 待ちきれなくなり


「もう これで終わり? もう行ける?(次の目的地の公園) 」と言い出した。


「うん。 もう行こうかな


と  いったものの また 化粧品コーナーで 引っかかった私は


しゃがんでモノ(商品)を見ていた。


すると  もう行ける と 思ったせつなが 私がすぐにレジに来ないので

店内で

「ママー  ママーどこー 

と探しはじめた。


「ここー」


と私が 声を張り上げたが すぐに見つけられず


せつなは 少し 焦ったらしい。


やっと私と 再会して

「もう  ママ なんで一緒に来てくれないの

(心配したんだから)


こんなに大事に思ってるのに」


と  しがみついてきた。


なんて  この子は  愛情豊かに 発するのだろうと 思った。



言葉の表現力。


5番目は  本当に  情緒を表現する言葉を 多く持つ。



自閉症スペクトラムを持つ上の子達は 愛を持たないわけではない。



ただ  外に向かうことは少なく 内へ向かうのだ。


私に何かを してもらうこと(自分に対して私がすること)が  愛だと感じている。


普通に考えて してもらうことばかりを 愛だと思うのは 


まるで  幼い子供のようで おかしいと感じるが  いつまでも そうだ。


彼でさえ  そうだ(笑)


そこが 自閉症と名付けられた 妙で


主観が主体だからこそ  自分がされること、 自分の喜び、 という主観だけの気持ちでしか


愛を感じ取れない。


自分からすること、 尽くす  言動は は  子供たちにはまだ 見られ無い。



世界の基本は  やはり相手のために 尽くすことなので


やがては  誰かのために  そうなってほしいという想いは  ある。



主観的な彼らが これをできるようになるのは  なかなか難しいと思う。


バランスが崩れれば  それは単なる 相手への病的な依存となる(次男のように)


思いやりを互いにもち 相手の立場をわかって尊重していたわりあう


という姿ではなく  互いのこうしてほしい  してくれない という


不満のぶつけ合いになりがちな気がする。


そう ならないためにも  どこまで主観を減らせるか 


客観性を見つけられるか という


鍛錬が必要だ。


親が生きている間に できるだけ と 願うのだが


自閉症スペクトラムを持つ彼らは  親が歳をとって衰え 死ぬことを


想像できないようだ。


長男は  鮮明な記憶を保持し続ける能力なので


自分が幼いころの私の姿を  鮮明に記憶しているので


それと 今の私の姿を 照らし合わせることが多い。


そこで 老けたな とか 言う。


5番目は


「ママ  おばあちゃんになったら 段々 力なくなって 歩けなくなったりするんだよね・・・」


と  話す。


「ぼくが 守るからね」


と 言う。


そして  早く 自分は大人になりたい と言い


どうして 自分は  一番上の人(長男の立場)に なれなかったのか と 嘆く。
(先に生まれたかった という意味)


「それは 神様が決めたことだからね。 せつはせつとして やることがあるんだと思うよ」


と話す。


すると 5番目は 「そうか・・・」  という顔をして


「がんばる


と言うのだ。



みんな それぞれ(すべきことがある)なのだから  


 一人でがんばらなくていいんだよ と話している。



八重桜

May 29 [Tue], 2012, 5:17





もう散り始めているけれど






美しいなあ と 思う。



ついつい


その美しさに引かれて  散った花びらを  集めてしまうけど



手の中の花びらは  


もう朽ちるだけ

それぞれの違い

May 28 [Mon], 2012, 10:48
先日  5番目が給食の道具を忘れたので  学校まで 届けに行った。


ちょうど アサガオを植える 「せいかつ」 の授業が始まったところで


朝顔を植える鉢の底に 石を並べる作業中であった。


出来た子は  一列に並んで座り  全員が終わるのを待つのだが


5番目が その列にいない。


すでに クラスの8割が終わっていたのだが  探してみると


先生に 見てもらいながら 石をいれていた。


家に帰って来てから 話をしたが


なぜ みんなより遅いのか  私には その理由は  よくわかっていた。


実は 私にも経験があったのだ。


もちろん植える前に作業の手順は  先生が ちゃんと教えてくれる。


だが  はじめてのことで  もし  ちゃんとした石を並べてあげれなかったら


植えた アサガオが死んでしまうのではないか


うまく育たないのではないか という 想像がまず浮かび

責任の重さから緊張感が大きくなり


どの石を選べばいいか  わからなくなっていく。


つまり  先を想像するわけである。


自分がやったことでどうなるか  それが瞬時に頭に浮かぶ。


それで  びびってしまい 慎重になり 遅くなってしまうのだ。


種を植えたあと  植物用の 液体肥料も差したらしいが


先生が  

 
「アサガオに おくすりがついたら アサガオ死んじゃうから 離して  入れてね」 


といったそうだ。


この言葉に  5番目は  またも 混乱しΣ(・ε・;) 焦ったそうだ


種を植えたが  土をかけて もう どこに植えたかわからなくなってしまっていたので


もし  植えた種に  万が一にも肥料があたっていたら  

「種が死んでしまう(´;ω;`)」


と  焦ったのだ。


自閉症スペクトラムを持つと  こういう反応は起きない。


なぜなら   彼らは  支持された作業の意味を理解するわけではなく 


「こうやる」という表面的な動きを 理解しただけで 「やるだけ」 だから。


そして  発芽しない状態や 


たとえば 水遣りを忘れて アサガオが枯れたのを見て


そこではじめて 自分がやったことの意味を知るのだ。


先を読む 想像することができない と言われる特性は つまりこういうことなのだ。


だが  今までも書いているが  自閉症スペクトラム持ちは経験することで  学んでいく。


「説明」  と 「自分がやったこと」  と 「結果」  を 

実体験を通さなければ  わからない。


自分が 体験して初めて 真の理解がなされていく。


定型発達と 自閉症スペクトラム持ち との違いは こういう感じである。


5番目は  これから毎日  アサガオを見るたびに 


無事に 発芽されるまで 大丈夫かな と心配し続けるのだ。


かつての私がそうだったように。


5番目には  いらない気苦労をさせないために  


植物は めったなことで 死んだりしないこと、


発芽できない場合は その種が 初めから死んでいただけで

セツナ(5番目)のやり方のせいではないこと、


種だって  卵だから  運なのだと話した。


そして 発芽できない場合は 先生が 予備に植えたアサガオを 植え替えてくれるから


大丈夫なこと  などを話した。


休み時間に  やはり心配で チョコチョコ見に行ってるそうだ(笑) 


自閉症スペクトラムを持つ上の子達は この話を聞いて


そんなこと 考えんの!?Σ(゚Д゚;エーッ!


と驚いていた。


そして そういうことは どうでもいいことだという。


つまらいことは 早く終わらせること、 それしか考えないらしい。

つまり 言われたことを  ちゃんとやればそれでいいという考えだ。

だから 言われたことしかしない という反応が おきるのだ。

上の子達から見ると 私たちは  とても面倒な感覚を持つ人らしい。

共感性や感受性というか情緒的なものなど 必要ないというか 何にもならない

無駄なことという。

持つと イラつくらしい。

理論で片付く部分ではないから。

だが そう感じる部分があるということは 彼らもそれを持つということだと思うのだが

そういう感情は めんどくさいらしいのだ。

いろいろな理論を当てはめてみても  すっきりしないとき イラつくらしい。

彼らは 人を好きになることにさえ 理由(理論)が必要なのだ。



アサガオを植えた 5番目は  おうちでも何かを 育てたいと言い出した。


ちょうど 家庭菜園を始めたところだったので


畑を せつなのために  広くした。


これから 何を植えるか  相談して決めていく。


何かきっかけがあれば  上の子たちも 興味を持つのかと思うが


そう考えて  長男や次男や3番目の小さいころ(年中 年長のころ)


畑を作って色々植えて 収穫をしていたのだが


そのコロでさえ 彼らの口からは  


自分で何かを育てたいという言葉は 出てこなかった。


私に 言われるままに 水遣りなどは していたが


今の5番目のように 自分からは この分野に関しては 無かった。

やはり ゲームばかりに関心が高かった。


5番目は いろいろなことに興味が広がる。


実際 私も 学校の勉強は楽しかった。


知らないことを知ること や  理科系や社会科系の

日常生活につながることを学ぶことは


面白かった。

テレビも 番組の選び方によっては 役に立つ。


Eてれ の 「地球ドラマチック」 と  「大科学実験」 を 

自分がまず面白いと思ったからなのだが 見ていると 彼も見に来る。


図鑑も 上の子達では 好きなことに対しての偏りがひどかったが


5番目は  何でも  OKなので  買い揃えようかと考えている。


自主的に 学んでいけるということがあるから楽だ。


日常の創意工夫も  知識があるからこそできるという部分はあると思う。

義務教育は 一般常識だと思うので


そういう 最低限の 一般教養的なものを 4番目にも つけさせたいと考えている。















 

4番目の近況

May 28 [Mon], 2012, 6:08
3月まで  順調に通えていた4番目が

新年度の 進級に伴い 先生方の移動、入れ替わりが起きてから

環境の変化にうまく馴染めず 再び不登校になった。

新しく担当になった O先生と対応策を話し合い

家庭訪問も続けてもらったが

5月に入って

先月から 予定していた対応策の私の付き添い登校を やっている。


一緒に行くと やはり 難無くこなせる。


それは もう あっさり、  驚くほど 呆れるほど  登校できるのだが


ついていけない日は やはり休む。


4番目は 14才だが マイナス5才 引いた位が 情緒的年齢に 当てはまるくらいだと

うちでは考えている。  


つまり 9才程度であり  これに 自閉症スペクトラムの特性を


付け加えて考えていく。  


自閉症スペクトラムを持つと


環境の変化にうまく合わせrことが  中々難しい。


新しい場所  初対面な人間や  今までと違うということに


混乱し 不安を覚える。


過去には 引越ししただけで
(移転場所は 前の家とすぐ近くで 4番目が遊ぶエリアの中の 通ったことのある場所)


学校は 変えていないのに


行けないということもおきた。


今までと違うことが突然起きて やらなければならないということで受けるストレスは


同じ自閉症スペクトラム持ちでも  個人差が大きい。


なので 兄姉の中でも 4番目が 一番大きいストレスを受けやすいと感じている。


だが こういうことで  行けなくなる ということが起きる反面


いざ 付き添われて学校へ行くと

言われたことは きちんとこなしたり はやく うまく出来たりする。 


外に行くことで受けるストレスは   周りの人間が何を考えているか 全くわからない

ということや  やはり 閉ざしている心(自閉気質)によるのではないか と

思う。


本人によれば 死にそうなほどのストレスを受けるのだそうだ。


実際  その心境は 私には よくわからないので


あれこれ 私から投げかけて 言葉で表現し噛み砕いていくということをする。
(彼らは  情緒的な説明が難しく 論じる形は得意だが
4番目の場合 選ぶ言葉と  真意にずれが多いので 本人の勉強のためにもしている) 

自閉症スペクトラムを持つと


一人が好きで


毎日の生活の中に 一人の時間がないと  精神衛生が 守られないので
(大家族で育った 自閉症スペクトラム持ちは  また違うが)


結婚などしても  家族の干渉を受けない 自分の世界を持つ場所(出来れば個室)は



必要だと思う。



ただ やはり  学校という集団から離れたために起きる 社会性スキルの低下は 


更に

深刻化してきている。


家族 という集団の中ですら


気を使えない(思いやりが無いととられる)姿が  かなり浮かび上がってきている。


長男は  4番目を特別扱いしているので


やることがない と  4番目が言えば

新しくネットゲームを 落としてやって 相手をしたり(あくまで長男がしたいときだけ限定)


何とか 一人で 学校に行けるように

自分の物差し(価値観)から出てくる言葉での アドバイスをする。
(相手の立場で 相手の心情でのことは 言えないから一方的すぎ

具体的には  学校へ行くことを バイトと並べて位置付け  


何回か行ったら(目標をクリアすれば)

4番目の好きなゲームを 買う とか


ネットげーの課金を  許すとか なのだが

4番目は  やりたくないものを 何かと引き換えにしてもやる ということは


ないので   これは  全く 4番目には 通用しない。


まあいろいろしてくれるのだが  長男も我良しの姿勢からしかの

物言いができないので


ビミョーに  ピリピリした空気になることがあり



私はハラハラする(°°;)"((;°°)


普段 お風呂に入らない 4番目がたまに入浴しようとするとき


気分が乗らなければ てこでも動かないので


機嫌を見ながら誘導するのだが


中々 入らなくて 順番を先に譲ってくれた3番目も いい加減


怒り出すほどだ。 


他にもとにかく 4番目は 更に我良しの姿勢が強くなっていて


それで 自分以外の兄姉が 4番目のことを 良く思わなくなっていることすら

4番目は わからない。

人の気持ちが分からない、 共感性がない、 ということは

本当に  ものすごいことだ。


何もかもに影響する。


昨日も話をしたが


悪口ではなく


非難でもなく


あらゆる角度から  公平に考えて 正しいとか正しくないとか


こうすべきだとか  適切なアドバイスを聞いて


今 すべきことをしてほしいという話をした。
(もちろん本人の 出来る範囲で)


今しか出来ないこと というのは 必ずあること(それの連続だが)


人生は  積み木を積み上げて自分を形作る  作業であり


今まで積み上げてきたものもある。


ただ  親が今 アドバイスをしてる以上  親が死んだ跡


どうするのかという話をする。


いま 私たちが生きている間に 身につけられることは つけてほしいと頼んだ。





自分のことは自分で出来るように。


筋肉と骨を作るために 外へ出る、 運動をすること。


人のために 動くことを面倒だと感じない。


その部分の めんどくさい は 4番目の特性上 ほかの兄姉よりも強いのだが

自分をすり減らしても  出来るようになるべきことなのだ。


自分を棚に上げて  相手へ望むことをまずは少しでも減らすなど


まあ ・・・・・・ 精神修行の側面が強い(笑)


主観が強いだけに  我欲を削り取ることは  非常に難しいが。

小学校 初 運動会

May 27 [Sun], 2012, 5:03

5番目が 小学校1年生になって 初めての運動会だった。


席取りは  子供たちがくじを引いた番号順に  運動会前日に取るようになっている。


上の子たちのときは  こういうのがなかった年度もあるが

くじを引いても いつもいつも  百番台とかで  並んで取らなくても

場所は取れるくらいの少人数の学校なので 席取りはしたことがなかった。


だが今回 5番目が引いたのは  13番。


せっかくなので  並んで  一番見やすい席を 初めて取って見た。


1年生は まだまだ小さくて  まるで年長さん。



徒競走などでは   4位で  本人は くやしかったらしく


運動会が過ぎた後  「体を鍛える」 「足を強くする」と言い


買い物にでかけるときなど


自転車に乗らずに  私の自転車の横を 走る(笑)



まだまだ  大きくなったら  出来るようになることは たくさんあるから と


話しているが 向上心が あることは やはり いいかなと思う。


「うんどうかい  たのしかったあ またやりたい」 と言っていた。





チェッコリ玉入れ

チェッコリータ と言う歌が流れて 玉を入れる前後
 お尻を振って踊る(笑)
1年生ならでは の競技

小さなしあわせ

May 22 [Tue], 2012, 6:23






いつも こんなふう













解説  味噌汁に 3番目が描いた(笑)

5番目と 休日

May 20 [Sun], 2012, 18:20


日差しは暑いけど  まだまだ 夏じゃない。


風はまだ  暑くはないし(むしろ冷たい感じ)


日陰は やたら涼しい。


でも目の前に 噴水があると 入りたくなるのが子供(*´∀`)♪






家の目の前の公園なので  寒いから着替えた。


それでも  日が当たると 暑いので

アイスを食べる。




最近の日曜日は


4番目の友達が来ると PCも PS3も Dsiも とられてしまい


遊べないので  5番目と 買い物ついでに 公園などに行き


時間をすごす。


彼は(5番目は)  なんにでも興味があるし 視野も広いので


何があっても 楽しい。


こうでなければならないという 決め事も(主観的な)


目的意識も 意義も損得も

ガチガチに 持たなくてすむたちなので


ゆっくりする(和む、ボーっとする的な)  ということができる。


5番目の 著しい 成長

May 13 [Sun], 2012, 6:45
5番目は  


4月の入学式から  ここまでの1ヶ月で  


過ぎてみると ものすごい速度で成長した。


言い換えると  適応出来た ということだ。


基本的に 定型発達という素地はあるので


心配はしていなかったのだが

結局  まわりは みんな IQのばらつきにより


何か、かんか  高い知能の部分があるために

最初から  カタカナまで読める子は多かった。

周りと自分との比較が出来て


客観的に  自分で考えるので


そこでの 落ち込み(劣等感、 できない自分の認識)は 強かった。


自分の程度が  5番目自身が言われなくても


身にしみて わかっていたから。


スゴイ暗記力を 発揮している子も多く

そういうところを 見聞きして すごいなあと感じるらしく

「sちゃんね〜  すごいんだよ、 暗記するの(;゚Д゚)!」

と 話していた。

ただ これらのことは 予想済みで 

みんなより出来ていないことが 自分で自覚できることこそが

5番目の 武器であり

「でも せつなも  わかる でしょう?

並ぶ順番とか 覚えたでしょう? 

それと同じだよ」

という話は  してきた。


朝 ちょっとだけ 登校時についていくことも


クラス内でのそういう会話に耳を向け


自分はまだ付いてきてもらってることを


恥ずかしく感じたり

でも 自分は ママが好きだし 一人は寂しいし


とか  葛藤も 起きる。


そういうこと全て(自分と周りとの違い)が 自己の確立を促す。

(あくまで定型のの場合)


最近  私が よかったなあと思ったのは


5番目が 冗談がやたらと上手くなったことだ。


自閉症スペクトラムを持つと 冗談が 出来ない。


面白い話ができることとは違い


冗談は


その場の空気が読める 相手の気持ちが読める など


上の子達が 苦手な能力を使うのだ。

(相手の心理的な状況、表情、 間合い、 言い回し、 文面であれば 行間など 

相手から常に発せられているサイン、 ニュアンスなど空気を読む能力)



最近のことだが


長男が  5番目の横で ゲームをしていたのだが
(PS2と PS3を ならべてそれぞれやっている)

何かで  ちょっと  5番目が生意気な言動をして

それに対して  たしなめるつもりで

長男が

「やるか てめー」

と言ったのだが

すかさず

「おう  かかってこいや」

と わざとらしいドヤガオ付きで 大きな声で 切り替えした。


私は その  ツッコミの鋭さに 爆笑した。


長男は 一瞬 「え?」


という感じだったが 私が大爆笑していたのと  そう言い放ったあとも


5番目が 大げさなドヤガオをしてみせていたことで(身振り付き)


「え??  せつ、冗談言ったの?」


と理解していた。


言葉をそのまま受け取り  どこで機嫌が悪くなるかわからない


地雷もちの長男に 恐れ知らずにも  


その場の空気を読んで(長男の機嫌 気持ち)


踏み込んでのツッコミは 絶妙だった。



つまり 5番目は 冗談で切り替えしたのだ。



日常でのこういう場面は 増えつつある。


だが たいていの場合切り返しの冗談を 私は  おおウケなのだが

当の相手の上の子(長男と 3番目)は  わからないことが多く

私の 大爆笑と解説とで  

「え?  今、せつ(5番目) 冗談言ったの?」

と なる場合が 多い。


とくに3番目は

「おねえちゃん いまでも その技術は持っていないのに・・・・」


と真顔だ。


5番目は わきまえたもので 4番目には 決して 言わない。


そういう冗談の切り返しを 受け入れられる1ミリほどの余白でさえ

4番目は持っていないことを 5番目は熟知している。


わずか  生まれて  約7年(8月で7歳)の間に


5番目は  4番目の扱いを覚えた。

日常生活の何気ない場面で  何気ない冗談を言っても


5番目は ちゃんと理解して 笑ってくれる。


冗談が気安く言えることに  なんとも言えない 安堵を覚える。


こういう状況になって初めて  


自分が無意識に  言えなくなっていた(冗談を)ことに気が付いた。

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出てくる人

私  ちょー凡人

彼 数千年来 
      一緒に転生を
      繰り返してる
      魂の伴侶 
      霊力が高い
      いろいろ大世話に
なってます

長男  魂の基本が 
      お坊さん
つか 常に
精神修行してる人 
今の人生での
        テーマも
       高い・・。
      20歳になり
       発達障害を発見
       ASD
             
次男  結婚して
       ぱぱになった。
    孫 かわゆい
    家族みんな ASD
     
長女(3番目) 
     ッ霊感少女だった
      けど 力をなくして 
      凡人になった                     
      発達障害とわかる
      注意欠損 
      聴覚過敏あり
             
たっくん(4番目) 中1 
      ASD発達障害
      中学では 
      学習障害教室が
     他校になり 
     週1で通う。
    環境の変化に
    適応が中々
    出来ない。
    不登校中 
   
        
せつな(男) 5歳
   霊が見えなくなり
   普通の
   子供になった
   兄弟の中で
   唯一
   閉じてない人。
  そのための 
  苦労が ある
          

   
         

  
  
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