私は、3年前から中高年のスノーボードの同好会に入っている。正確にいうと、インターネットの某出会い系サイト(恋愛じゃなくて、趣味の)のスノーボードのコミュニティに入っている。

メンバーは、50代中心で60代も多い。40代はちょっと。管理人さんは60代後半の男性である。
そのサイトの掲示板に、「〇月〇日、〇〇スキー場で滑っています。」と言うような書き込みがあると、その日、都合のいい人が参加するというシステムで、たまにオフ会と称した泊りがけの大きなイベントがあったりもする。そんな時は、教えるのが上手な人もいるし、インストラクターの友達を連れてくる人もいるので、ちょっとした合宿みたいになる。ビデオを使ったりして宿で研究会だ。おじさんおばさんが、グラトリとかジャンプをしようと、真剣に研究している。
参加者は、関東、東海、関西、北陸地区からやってくる。管理人さんが愛知の人で、名古屋弁と静岡弁と関西弁と北関東とか新潟弁とか、方言が飛び交う。誰かが北海道に行くと書き込むと、北海道在住の人が参加したりする。ネットならではである。
私は近所友達と一緒に参加したので、まるきり見ず知らずの人に中に飛び込んでいったわけではないが、毎回、チケット売り場で「はじめまして」と、新しい人に出会う。
そんなコミュに、いつも二人仲良く参加されているご夫婦がいて、その奥様が昨年の夏に亡くなられた。ちょうど一年前に一泊ご一緒して、その後すぐ発病されて半年後のことだった。私と同年代の人だ。半年経って、立ち直れないでいるご主人をなぐさめようと、追悼滑走という企画が持ち上がった。
いつもは集まってせいぜい数人のところを、20人弱のイベントとなった。
ご本人の希望で、ご主人が二人の思い出のゲレンデに少しずつ散骨しているとのことで、今回のイベントではみんなでロープウェイの山頂まで行き、ご主人が遺骨を散骨されるのに立ち会った。早くに亡くなられたことは本当に残念なことだけれども、幸せなご夫婦だと思う。
その後は、お人柄を偲びつつ、私だって同じような年代、あと何シーズン、あと何回ゲレンデに行けるのだろうと考えたりしながら滑った。
と言いつつも、まあ、みんなで明るくワイワイしたほうがきっと彼女も喜んでくれるだろうと、思いっきり楽しんだ。
私はこのコミュで一番下手くそで、見かねたのか、今回はつきっきりでレッスンつけてくれる人がいて、太もも筋肉痛パンパンになるまで指導された。でも、おかげでちょっと上達した。この年になって進歩することがあるのは嬉しいことだ。
このコミュ、お互いの本名はほとんど知らない。ハンドルネーム呼びである。いいおっさんおばさんがハンドルネームで呼び合っているのは、ちょっと恥ずかしいが、何せみんな歳取っているから、本名名乗ってもなかなか覚えられないからしょうがない。
おまけに、スノーボードウェアは全身覆いつくしている上、みんなゴーグルが曇るのがイヤでめったに外さないので、顔すらよく知らなかったりする。ゴーグルかけたまま途中参加で早退する人もいるし。
声と滑りの雰囲気とウェアとハンドルネームだけ?ウェアが代わると、また「はじめまして」と、ご挨拶したりする。
思えば、人と人との付き合い方もネットの普及でずいぶん変わったものだ。
本名すら知らないのに、散骨に立ち会ったりしているのだから。
亡くなられたのが同世代の方だったから、私もいろいろ考えた。
私が、今、急に死んじゃったらどうなるんだろうって。
お葬式に来てくれるのは、近所の人と、夫の会社関係と、私の元職場関係と、連絡が行けばだけど学生時代の友達とか?
でも、今は、むしろ、ネット通じて知りあった人とのほうが、心が通じている気がする。私の近況なんて、学生時代の友達なんて知らないし。このブログ読んでくれている人のほうが、私のことよく知ってくれているかも。近所友より学生時代の友より、ここ何年もつきあっている玉木くんファン友達のほうが心が近い?いまだにお会いしたことない人もいるけど。そんな人たちは、私が死んでも気づかないんだよね。あの人、どうしちゃったんだろうって思われるだけ。私がこの世からいなくなったら、このブログは何年か放置されて、自然に消滅する。
散骨して欲しいと言っておけば、スノボのコミュの人はやってくれそう。夜の宴会で、「誰か死ぬたび、追悼滑走で人が集まって盛り上がるかも」なんて不謹慎なような縁起でもないような、大人のブラックな本音が飛び出したりしたから。
穂高にも散骨して欲しいから、登山のコミュにも入っておこうかな?(動機が不純?だって、夫は山もスノボも興味ないし。)
あ、なんか、変なこと考えちゃったな〜
なんにしろ、日々を精一杯生きるだけだよね。