E pur si mouve

April 12 [Thu], 2012, 20:30
歴史上の人物で私が一番胸を撃たれたのはガリレオガリレイ。
それでも地球は回ってるというのは有名な言葉。
地球が動いているということを発言したことが異端だとされ、数回の裁判で有罪判決。
異端誓絶文を読まされ、死刑にはならなかったものの当時の新しいものを信じない民衆の心は非常に病んでいたと思う。
今の時代もおなじ。
正しいものを正しいと言わないで、新しいものが何か、探求もしないで偏見しか持たず、悪はそのまま野放し、心が綺麗な人間が泣き寝入り。
そんな時代であってはならない。
そんな時代で、あってはならないのだ。
いまでこそ、地球が自転していることはあたりまえなわけである。
真実を探求したものが当時はきちがいだったのである。
いま、私が毎日思い続けていることを全て言うと、真実を知らない人から見ればきちがいといわれて当然だ。
歴史から学んでも、こんなにもモが溢れている時代だからこそいくらでも学べるのに、学ぼうともしない、学びが本や教科書を読むことだと思っていてあたまでっかちで行動にださないことはもったいないと思う。
知恵をつけて、行動することが学びであり、行動の伴わない、教科書での勉強は非常に残念なことになるわけである。
私がなぜ学ぶかというと、自信がないからである。
全く自信がないのだ。
真実というものが、目隠しで隠されたこの時代で手探りで歩いているようなものだからだ。
そこで、教科書の中から一粒ずつ学び、自分の心に真実への確信を与えていっているのだ。
何が善で何が悪かを判断しているのではない。
そのまま歩んだ時に幸せかどうかだ。
その際の幸せへの判断基準としては自分から見た世界が、希望に満ちていて輝いているかどうかという感じになる。
しかし、まだだ、前頭にじぶんがというとなにか苦しい。
要するに、自分のなかにある世界が美しいものであると信じる心が周りを輝かせ私を幸せにしてくれるものではあるのだが、やはりまだ自信要素が足りないのだ。
だから実践という勉強をしていくのだ。
ワイドに拡大するのがどこか怖いもので。
リアルとの錯誤もしたけどちいさなことではあったし、実践から学ぶことは何倍にも福島牝馬ステークス 2012大きいみたい。
時に、ジャンヌルクになろうと思えば誰でもなれるわけで垂フ声、いわゆる真実の言葉を疑わずに実践したのが彼女というだけである。
そこに疑わないという簡単なことができるかできないかの違いなのである。
では、火あぶりにされた彼女が不幸せだったか読み書きのできない彼女に垂買穀閧キるという文面にサインさせようとした。
彼女はをかく。
垂買穀閧オませんといことだ。
次にはいろんな手を使って彼女を火あぶりにしたい勢力は動く。
彼女は自分の内に垂フ存在を感じていた。
故に、彼女の発言が自らが垂セと言ったとされ、異端として火あぶりになったのだ。
私の中で、垂ェ私の中に存在することは当たり前の事実でしかないのだが、当時はそれが異端だった。
私は何回火あぶりにあってもおかしくないのだ。
彼女が聖女とされたのは500年後だ。
彼女を認めたということは500年後には、内なる垂買穀閧オないということが当たり前になったのだ。
否定されていたことが肯定されて、世界はひっくり返った。
そら、大喜びだろうが。
ジャンヌは大喜び。
何をもって、500年後に認められたのかって話。
信仰心よねー。
最後まで垂信じ続けたことには何かがあるとされた。
そこまで人間ができるはずがないから、なにかあるんだって探求された。
結果、聖女であったという話。
絶対揺れ動いたはずよ、ジャンヌの判決だって当時。
責任のなすりつけ合いとかしてさ。
汚いなぁって。
スポットでくるそんな小さな疑う心とかポツポツはハエたたきで叩き落とす。
だって自分の心の聖地にハエは入れてはいけないから。
むしろ存在しないから。
ということに気づかされた。
やーっと近々終わりますから、皆様ご迷惑お掛けいたしました。
バリッとはいできますwAmadoElCantareEuestouapaixonadopelosenhormuitasvezes
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