発達障害と七田チャイルド。

September 28 [Wed], 2011, 3:42
娘が、七田チャイルドに通い出して、約1年が経ちました。そして、この一年の娘の成長、変化は、本当にすごかったーこれ、ほぼ、親ばか日記だけども、どうしても、私の喜びとか、自分への労りとかのために、書いておきたいと思うのです。娘は、いわゆる自閉症スペクトラムのPDDという診断を受けています。昔は、こういう子というのは、ふーにそのまま社会に出て、そのまま大人になって、生きづらさとか、周りと違うとか、感じながらも、そのまま、生きていたわけですね。なので、いまさら、そんな診断なんてという考え方もあれば、できるだけ、手厚くケアしてあげて、社会にスムーズに送り出そうという考え方もあって、私は、後者の方で、診断を望みましたし、専門的な知識とともに、ケアしていくことを選んだわけです。今は、あえて、PDDという枠をかたくなに固持する必要はないと感じているけれども(PDDというのは、よくわからない発達障害を括った便利用語だと、私は解釈しているので、その時点で枠じゃないかもなわからんちんをひとまとめに呼んでいるだけ)それは、あくまでも、診断を受けて、できることを、最大限にやってきたからであって、もし、診断を受けず、ちょっと、変な子のままであったならば、私は、やっぱり、今も、苦しかったと思うし、進むべき道もわからずに、結局何もしてあげられなかったかもしれない。発達障害にいては、スピリチュアル業界では、クリスタルとか、インディゴとか、いろいろ言われるけれど、それらは、ちょっと、脇に置いておいて、私は、検査と診断を、受けることを、勧めます。魂の上では、そうかもしれないけれど、それを言うならば、本当は、私たち、みんながそうなんじゃないかって思うわけです。どんなに進んだ魂であっても、同じなのです。肉体を持って、この地球に生まれる限り、この世の学びは、やはり、あるわけですよ。なので、私は、クリスタルか、インディゴか、レインボーか、よりも、その子が、何が得意なのか、何が不得意なのかを、感じて、認めて、赦してあげたいなと思う。そして、その子の存在をただただ愛しながら、自分への愛を取り戻したいと思う。話は戻り、うちの子の場合だと、得意なのは、絵だったり、表現力だったり、創造性とかだったりで、今のところ、不得意なのは、言葉による理解かな、やっぱり。おしゃべりなんだけどねただ、検査を受けても、診断を受けても、今の日本だと、子どもたちは、そのまま放置されちゃうわけですね。「焦らないで」「大丈夫、ゆっくり、見守れば良いから」とか、そういう、どこかで、聞いたことのあるセリフを心理士に言われる。だけど、それは、親として、当然の基本的な態度であって、発達障害の子をケアしていく立場の、心理士の言葉としては、ちょっと、遅れているなと思うわけです。アメリカだと、どれだけ早く診断を受けて、治療を開始するかが、成長と大きく関係していると言われているし、日本のその態度は、あくまでも、人手不足によるものなのです。第一、私が、娘をリハビリテーションセンターまで連れて行くのに、約一年かかったわけで、それまでは、意味のない保健所の部屋をたらいまわしにされるわけです。それだけ、ほんと、今は、発達障害と思われる子が多くて、混んでいるうえに、対応する人間は、いまでも、足りない。そして、親は、その期間が、一番苦しい。実際、診断を受けたあとも、ほぼ、放置なのでね、(日々を過ごしやすくするための通園とかはあるけれど、治療や、トレーニングの場というのが、国にはないわけです。)なので、私は、藁をもかむ思いで、いくかのことを、開始しました。その一が、七田チャイルドアカデミー。一年経った今では、当時のことが、嘘のよう。最初のころ、自己紹介のとき、先生の質問を、おうむ返ししていた娘を、今では、信じられない気持ちで思い出します。先生「お名前は」娘「お名前は」これって、発達障害の子の典型的な事例なんですよね。それが、みるみるうちに、言葉が伸びて、2か月も通ったころには、私が、娘の言語にいて、過剰に心配することは、なくなってきました。厳密に言うと、やっぱり、あるんだけどね。うちの子もそうだけど、発達障害の子は、概念の理解が難しいわけです。数字もそのひと。私たちが、当たり前に使うような数字の概念が、なかなか、頭に入りにくいという状態が続いていました。だけど、今では、数字の概念も入っているし、計算もできるようになってきた。どちらかというと、娘は、もともと、右脳タイプで、絵をとらえたりすることの方が得意だったんですが、最近は、その能力も、ほんっと、すごいくらいに伸びてきた。先生が、3秒くらい見せたカードに描かれてある、6個のイラストを、瞬時に記憶して、全部言えるようになってきた。数字も同じ。どこに、どの絵、どの数字があるのかも、言える。それから、間違い探し。大人でも、ちょっと困難な、非常に細かい描写のイラストの間違い探しが、瞬時に答えられる。先生と私の方が、正解を探すのに時間がかかるくらい。それで、娘に「これだよ、ね、ここが、ちがうでしょ。」って、教えてもらうわけです。それで、見ていて思ったんだけど、娘の、絵の捉え方が、私たち大人と違うんだよね。なんというか、全体像で、捉えている。細かく見ているのではなくて、ぱっと全体を見て、感じている。考えているわけではなくて、感じている、っていう方が、近いと思う。それって、やっぱり、右脳なんだよな。先生からは、一年経って、娘に自信がいてきたこと、右脳と左脳のバランスが取れてきたこと、言葉も伸びてきたこと、素直で、何でも受け入れられるとういこと、いろいろと、長所を教えてもらって、私も、感動。ほんとに、こんな日がくるなんて、一年前では考えられなかったな。たぶん、これからの課題は、国語力。それが、娘のようなPDDのタイプにとっては、一番難しいんだよね。結局、一年生になってから、更に、いろんなテーマが見えてくるかもしれないな。先日の、レッスンの最初の瞑想の時間には、もう、私が、うるうるしてしまって、先生を驚かせてしまったのだけど、その瞑想のときの、先生の言葉が、ほんとに感動なわけです。ゆりんちゃんは、お父さんとお母さんに愛されて、守られて、素敵な大人になっていくよ。安心して、たくさん、夢をかなえてね。みんなが、ゆりんちゃんの味方だよ。とか、そんなことを、言われるのだけど、も、そんなこと、子どものころに言われるなんて、どんだけ、幸せなんだと感動したわけです。七田先生、ほんとありがとう娘の妊娠報告を、実家にした時に、佐世保に講演会で来ていた七田先生が、実家のお店にふらりと入ってきたというのは、やっぱり、偶然ではなかったんだわーやっぱりね、脳教育って、すごいですよ。娘が、PDDじゃない子だったら、そのすごさは、わからなかったかもしれないなー。中には、お受験するようなお子様方もいるけれどね、うちは、まさに藁をもすがる思いで、飛び込んだわけなので、感動の場所が、また違うのかもな。娘は、横浜市の愛の手帳っていう障害手帳も持っていたわけだけど、今では、IQが飛躍的に伸びたので、手帳はなくなりました。これは、少し、複雑な気持ちがあるな。手帳あってもよかったのになって気持ちも含めてね。。。なにはともあれ、七田の子って、総合能力が高くなるわけです。お勉強はもちろん、創造性とか、表現力とかね。やっぱり、しばらくは、続けよう。ここ最近は、そんな、嬉しさと、安心感と、達成感を感じているのです。とはいえ、サドベリーの良さも、感じています。せっかく茅ヶ崎に引っ越すわけだしね♪選択肢があることは、本当に、ラッキーだし、うれしいこと学校や、教育は、子ども個性と共に、選ぶ時代になってくるのかもね。タントラ後は、やはり、私の喜びが、多方面に広がっているみたい♪本日も、ナマステで、おやすみなさいホモ
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