浜中新吾 「ハイブリッド型権威主義体制の与党支持構造:エジプト・シリアの比較分析」『アジア経済』第52巻第12号(2011) pp.2-30
権威主義体制下の与党に新たな光明を投じる一編.
権威主義体制研究において,他の類型と比べて最も長く存続しうると実証された「ハイブリッド型権威主義体制」(軍部支配・一党支配・個人支配の混合型).エジプトとシリアは同じくこの類型に分類されているにもかかわらず,2011年初頭にエジプトのムバーラク政権が崩壊の憂き目に会ったのに対して,シリアのアサド政権は盤石に権力を維持し続けている.このような違いが生じるのはなぜか?
著者は,与党の支持構造の違いに着目し,エジプトとシリアで一般国民からの支持の調達に違いが生じていたことを世論調査の結果に基づいて実証する.とりわけ,与党への支持態度を従属変数とし,与党への支持要因として,@パトロネージ(利益誘導),A社会問題の認識(汚職や格差是正に対する認識など),B情報操作(情報依存など),C安定志向(政治的安定の重視),Dイデオロギー(アラブ民族主義・国民主義・イスラーム主義)を,独立変数として分析を行なう.
ロジスティック回帰分析の結果,シリアの与党が,@・A・B・C・Dの全ての変数で有意な効果を示し,盤石な支持構造を維持していたのに対し,エジプトの与党は,@とBで有意な効果を示しただけであり,世論調査が行われた2008年の時点ですでに支持構造の「腐食」(p.22)を露呈していたことを明らかにした.
本稿の議論は,「権威主義体制下の与党には一般国民からの支持調達が重要である」と論じるだけではなく,その支持調達の手段を細分化し,その違い(あるいは手段の多寡)が与党の脆弱性に影響を与えていると指摘したという点で非常に重要である.
しかし,分析上,気になるところがないわけではない.重箱の隅を突いているとの謗りを受けるかもしれないが,2点だけ挙げてみたい.
@「ハイブリッド型権威主義体制」と銘打っているにもかかわらず,軍部支配・一党支配・個人支配の組み合わせに基づく要因ではなく,与党だけにしか着目していない.与党の支持構造だけに着目するのであれば,それは一党支配型の権威主義体制に関する分析と言われても差支えがなくなってしまう.加えて,Geddes (1999) は当初,この「ハイブリッド型」(三種混合型)を軍部支配型・一党支配型・個人支配型の枠に収まらない残余範疇として消極的に分類しただけであった.本稿のように,その「ハイブリッド型」の体制に積極的な分析的意義を見出そうとするのであれば,与党・軍部・支配者個人の組み合わせ(とその事例間の相違)がいかに体制存続・崩壊に影響を与えているのかを明らかにすることが望ましいかもしれない.
例えば,Dan Slater (2010) は,同じく「ハイブリッド型」として分類されているスハルト政権下のインドネシアを取り上げる.曰く,スハルトは「軍部と文民の組織を曖昧な均衡に位置付け,その上で自分が唯一の支配者として君臨した」という.つまり,スハルト(個人支配)は,軍(軍部支配)とゴルカル(一党支配)のそれぞれの組織や制度をうまく使い分け,その制度の複雑な状況によって政権への支持の均衡を図ったと論じるのである.分析対象として「ハイブリッド型」を銘打つならば,このように単なる一党型の権威主義体制には見られない三種混合の「ハイブリッド型」特有の要因に着目する必要があるかもしれない.
A一般国民からの支持構造の不備によって与党の脆弱性が高まったとしても,それがそのまま体制崩壊の蓋然性の高さにつながるわけではない.すなわち,本稿の議論は,実証分析の項で提示される「支持構造の少なさ」→「与党の脆弱性の高さ」という因果関係と,問題意識や考察の項で提示される「支持構造の少なさ」→「与党の脆弱性の高さ」→「体制崩壊の蓋然性の高さ」という因果関係を混同しているきらいがある.
データ収集上,非常に困難であるかもしれないが,望むらくは,与党と体制全体の関係を一足飛びに済ますのではなく,「与党の脆弱性の高さ」→「体制崩壊の蓋然性の高さ」という因果関係か,「与党への支持構造の少なさ」→「体制崩壊の蓋然性の高さ」という因果関係を分析対象とした実証分析が求められるだろう.そのためには,「ハイブリッド型」だけではなく一党支配型の権威主義体制全体を母集団にし,体制崩壊の有無を従属変数にし,本稿で提示した複数の「与党への支持要因」を独立変数とした国家横断的な分析が必要となるであろう.
もちろん,これらの疑問点は,本稿の議論の欠点というよりも,本稿の議論を踏まえた今後の論点である.
[参考文献]
Barbara Geddes, "Authoritarian Breakdown: Empirical Test of a Game Theoretic Argument" (Paper prepared for presentation at the annual meeting of the American Political Science Association, Atlanta, 1999)
Dan Slater, "Altering Authoritarianism: Institutional Complexity and Autocratic Agency in Indonesia" in James Mahoney & Kathleen Thelen eds.,
Explaining Institutional Change: Ambiguity, Agency and Power (Cambridge: Cambridge University Press, 2010)
………(最後に極めて個人的な一言)………
注(1)で,
私の論文が引用されておりました.
ありがたいことでございます.