こんぬつは。 

2007年09月26日(水) 18時13分
11月2日(金)付

本当は、こんな内容を人にみせるもんじゃないと分かっているんやけど。


もし読んでもらえるなら、読んで何かを思ってくれるのならと、そんな気持ちでmixiじゃないここだけにUpしました。





痙攣発作 

2007年09月27日(木) 22時14分
いつも寝室までケージごと連れて行き、ケージの出入り口と同じ高さにしているベッドのすぐ側で艶子は寝ている。
今日の朝方5時30分頃、ケージ内で痙攣しながら狂ったように暴れる音で目が覚めました。

mixiにも書いたけど前回も痙攣があって、何回となく病院に連れて行ったが今回のは特にひどい。
口を切ったのか内臓からなのか不明だが大量の血で口が真っ赤だった。
いつまでたっても痙攣が治まらない。あきらかに前回とは違う。

時間が時間なので空いている病院もなく、明石にある救急医療センターさえ空いていない時間だ。
それでも、とにかく病院と思い、熊男さんが艶に付いてアタシが色々な病院に電話をかけまくる・・・繋がらない。
らちがあかないので車で直接病院のインターフォンを何件も鳴らす・・どこも応答なし。
当たり前の時間・・。

痙攣とローリングを繰り返しながら息が荒くなっていく艶を膝にかかえて帰宅、ベッドに横たわす。
苦しそう・・・意識も朦朧としてる。。
ただ泣きながらさするだけで、何にもしてあげれん・・・。

7時になり、だめもとで加古川動物病院のインターフォンを鳴らす。
診療前だが、至急、処置室へ。

そのまま緊急入院でした。

主治医が来られてから話を聞く。
口からの出血は暴れた際に切ったためだそうだ。
でも、痙攣・斜頚・眼震・斜視の状態が見られるとの事。
今夜持つかどうか微妙な状況だということ。
症状からして、エンセファトリゾーン症または脳炎。
血液検査を機関に送ってもらう。特別な機関になるんで結果はまだ先。
その間できるだけの処置をするとの事。

一回帰宅してから、パジャマがわりのTシャツが血だらけなのに気付いた。


夕方に面会。(病院側の好意で、面会の時だけ特別にCT室を使って毎日会えることが出来るようになった。感謝)

状態を見た目で説明するなら、人間の脳性マヒになった感じだ。
苦しそうに横になってる艶を見て、泣いてしまう。
片方の目が見開いたままになってしまってるので涙が出てるが、斜頚で首から頭がぐにゃっと曲がったせいで全て上瞼に流れる。アタシができるのは、ふき取ってやる事だけ。

診療時間終了まで艶の傍に居る。

なにかあったら何時だろうが電話が入ることになった。



どうか電話が鳴らないように・・・


艶を助けて下さい。

入院2日目 

2007年09月28日(金) 23時44分
昨夜はほとんど眠れなかったが、幸い電話は鳴らなかった。
良かった・・・。

朝から午前面会に行く。
今日は主治医の山崎先生が学会でお休み。昨日言われてて、ちゃんと他の者にきっちりさせますからと言われてた通り杉山先生が十分に対応してくれた。

艶の状態は・・あまり変わってないように見えるが点滴が外れてました。良好って事なのか??
膿瘍治療だけのために、最後の砦といわれる西ノ宮の病院で骨折をさせられてから、体を押さえつける事が出来ず満足な処置が出来なかった為、取りきれなかった膿が口から溢れ出て口から鼻の周りはガチガチに固まっている。
あまり動かしてはいけないので病院側もなかなか身奇麗にさせてやることが出来ないようだ。
でも口元の血を拭いてくれてました。感謝・・。
持参した濡れティッシュで膿をふき取ってみたけど膿ゆえなかなか綺麗にならない。
あまりやると痙攣がひどくなるので、横向きになってる艶の口元に何枚も重ねたティッシュを敷いた。

すると杉山先生に、ほとんど状態は変わらないが、このままだと弱っていく一方なので良くないって事で強制的にでも食餌をさせて見ましょうと。
それで点滴をはずしてたのか・・・ぬか喜びしちゃった。。
でも少し嬉しい。
食餌は、自分であげたいとお願いした。
病院からウサギ用の食餌を貰う。
水でふやかしたのをスプーンであげてみたが口を開かない・・。

・・・・・・・・。

シリンジだ!!

先端の口が広いタイプであげてみる。
モシャモシャ動いた!!!!
モシャモシャといっても、あまりまだ咀嚼ができないので1回に注入する量を間違えると口から溢れてしまう。微妙な加減と格闘しながらも食べてくれた。
お水もゴクゴク。喉がかわいてたのかすごい勢いだ。
お腹いっぱいになったのかな?疲れたかな?途中からイヤイヤの態度。
ごめんよ艶、退院までには上手に食べさせられるようになるからね。

食べてくれた事が嬉しくて嬉しくてまた泣く。


午前診療の12時まで居る。

午後診療の16時から再び面会。
食餌を摂らせる。少しだけコツが分かった。艶の口元とのタイミング。
いっぱい食べてくれた。

だけど相変わらず息は荒い。苦しいね・・・艶、苦しいね・・。
泣きながら擦ってずっと前足を握っていた。前足は艶の手みたいなもんだもん。

診療時間終了まで居る。

また明日・・・朝一で来るからね待っててね。

今、病気で仕事をしていないのでこうやって会いに行けるのが唯一の救い。


回復??(入院3日目) 

2007年09月29日(土) 22時08分
昨夜も電話は鳴らず・・ホッ・・。

午前面会。
今朝もご飯を食べてくれた!!
そしてなにより嬉しいのは少し、おぼろだが意識があること。顔も穏やかで痙攣がほとんど起きなくなっているようだ。

艶ちゃん、しょうこだよ。分かるかな??なんて話しかけてみる。

山崎先生が、艶がご飯を食べた事をとても喜んでくれた。
てか、泣きながら良かったね良かったねっていうから、もらい泣き。

しばらく艶に話しかけたりして、ふと艶の顔を見ると右目に膜が!目を見開いたままの状態で横向きに寝てるので目の膜か何かが破れたか??あわてて先生を呼ぶ。
・・・ただの繊維質が付着、ホッ・・・。山崎先生、毎度毎度すみません。

来てくれた先生に気になってた検査のことを尋ねてみた。
特別な機関にだした検査なのでまだらしい・・・早く早く!!

午前診療終了まで居る。早く会いたくて夕方が楽しみで仕方ない。

午後診療開始から面会。
夕ご飯を食べさせる。うんうん良い感じだ!!
食べ終わってから、少しだけ身体チェック。おしりウンチもオシッコも垂れ流しだが、とても綺麗。
スタッフの方々がちゃんとお世話してくれている・・感謝。
しかし、顔は相変わらず、膿瘍の膿が溢れてカピカピだ。
負担の無いように拭いてあげる。

少しだけ美人さん復活。さすがアタシの子だね〜(おいおいっ)


山崎先生に状態を聞く。良い方向に向かってますって聞くために。

点滴が外れてご飯も食べれて良い方向だけど、まだまだ危険な状態だって・・・・。
でもこのまま順調ならば退院も可能らしい。やった!!!!
しかし介護の話が出てくる。
助かっても脳神経をやられているのでかなり重い障害が残るそうだ。

障害??
艶が助かるなら、障害が残ったってそれ以上に艶が快適な生活が送れるように何だってするさ!!


帰宅して熊男さんと介護に備えての対策や準備するものを、先生に聞いた情報やネットなどを元に調べる。
歩けないと思うのでケージではなく部屋の一部をサークルで囲って艶子ルームにする。
広すぎてもローリングが危険なので艶子に負担無い快適な広さはどれぐらいか?ケガしないためのサークルを囲うクッションはどのタイプがいいか?
後、床ずれ防止のマット、これが重要。
色々見たが医療用のマットに決定、高額だけど艶の事を思えばそれはお金には変えられないんだ。
その他もろもろ・・・・。
後、同じように介護をしてらっしゃる飼い主さんのサイト巡り。
色々な意味で学ぶ事がたくさんあった。


退院予定の10月3日までに熊男さんが艶子ルームを改造してくれるそうだ。


艶、早く帰っておいでね。


入院4日目 

2007年09月30日(日) 8時54分
朝から面会。

気のせいかな体が冷たい・・・ってか、また点滴が再開されてる・・・。
昨夜から体温が下がっているとの事。

ご飯をほとんど食べてくれない。食べないというよりは、口を動かすのもしんどそうだ。
お水を少し飲む。
体温が上がるようにゆっくりと体をさする。

午後は、熊男さんと一緒に来るからね。
待っちょってね。

午後面会
熊男さんがご飯をあげてみるもダメでした。

だけどね、ご飯も全然食べないのに何ていうか、、、穏やかな空気が流れてるというか、毎日記録用に写真を撮ってるんだけど、今日の顔は笑ってるんよね〜。不思議。
そして熊男さんは、普段家に居る時みたいに一生懸命くだらないことを艶に話してました。

【おっさん、うるさいねん。アタシちょっとダルイんやからくだらん話いらんわ】←艶、心の声。


しばらくして、ちょっと食べてくれた。何だか元気なとこを私達に見せようとしてる様に見えた。
艶、無理せんくていいけんね。。

そんなんしてたら、あっという間に面会時間終了。
今回また心配な体調。重々に何度もお願いして帰宅。

『ご飯言うたら、ダッシュでいつも走り寄って来てたのに・・・』アタシが言う。
『ちょっと今は休憩中やん、すぐまたガツガツ食べるようになるって』熊男さんが言う。

せやん、休憩中やわ!


ねぇ艶、ちょっと休憩しとるっちゃんね。




無題 

2007年10月01日(月) 23時41分
11月1日付けです。

この日は、記録してない。

・・・今でも、艶が亡くなってから火葬をするまでの経緯や心の葛藤は頭に焼きついてる。
この日の事は一生忘れないです。

でも・・・まだ書けない。


追記は艶を送り出す花化粧画像なので見るのがキツイ人は見ないでね。

医療過誤と関連性 

2007年10月02日(火) 16時41分
朝から無気力・・・。

守るためにやってきた事は間違いだったのか
エンセファトリゾーンに負けてしまったのか
骨折との因果関係はないのか


どうしてこんな事になってしまったんだろう・・・・。


膿瘍を治したくて、調べて調べてやっと見つけた西ノ宮の【ふれあい動物病院】
確かに口コミで言われる通り、膿瘍治療に関しては秀でるものがありました。
薬事法違反か何かにかかるので個人的に購入するしか日本に持ち込めない、とある薬。
高額だったが扱ってるのは関西ではここだけだ。
その薬は凄い、艶もこの薬でずっと手こずってたヨダレが止まったくらいだ。
飲み薬も色々な掛け合わせが出来る位、豊富なのもおそらくここだけだ。

しかし骨折をさせられてからの2ヶ月、体を押さえつけられない、食欲低下で麻酔は打てない、出来る範囲内の治療。
転院できるものならしたかったが、関西でここ以上の病院がない、かといってそれ以上の距離は艶にとってかなりの致命傷になる。

結果・・・・・満足な治療を出来ないまま逝ってしまった艶。

それが原因なのか?
エンセファトリゾーンなら仕方がない、でもこの病気だったとしても持ちこたえられない体調に追い込んだのは骨折だ。
一体、誰のせいなのか、あたしなのか病院なのか・・・

グルグルいろんなことを考える。




自責の念と後悔ばかりが押し寄せてきます。

検査結果(10/2その2) 

2007年10月03日(水) 3時16分
18:30頃、艶を最後まで診て頂いた加古川動物病院の山崎先生から検査結果が出たと連絡が入りました。

『結果が遅くなって申し訳ありません、亡くなってしまったので結果を伝えるべきか迷ったのですが・・・ちゃんとおつたえしなければと思い、お電話させていただきました。エンセは陰性でした・・・』

【そうですか・・・・先生わざわざありがとう。・・・・死因は結局何だったのか分かります?】

『膿瘍の絞りきれてない膿が溜まりに溜まって・・・・それで菌が脳にいった為の・・・脳炎だと思います・・・』

カーッとなりました。

私は骨折をさせられてからの間、膿を中途半端にしか出せなかった処置について散々、ふれあいの先生にこの処置で大丈夫か?この処置の結果、骨折の延長線上で死ぬなんて事はないか?と聞いていました。
大丈夫です、少しずつでも処置をしとけば死ぬなんてないです。
こう聞かされてたんです。

【私も、この子はいつかは膿瘍で亡くなるのは覚悟してました。
でも、骨折さえさせられなければ、ちゃんとした通常の100パーセントの処置をしてたら、艶はまだ生きてたんでしょうか?】

聞くのがとても怖かったけど、知らなきゃいけない事を山崎先生に聞いてみました。

『医学的に証明は難しいけど・・・・・・ちゃんと治療を受けてさえいたら生きてたと思います。艶ちゃんは・・・今死ぬべき子ではなかったと思っています』

電話を切って、すぐに西ノ宮のふれあい動物病院に電話しました。

【お話があるので今から伺います】

亡くなった事は伝えてたんだけど、再びの電話。
しかも電話に出たのが骨折をさせた張本人、研修医の梅村という人。察しが付いてたようだ。



『お待ちしてます』


責任(10/2その3) 

2007年10月03日(水) 3時42分
20時過ぎに着く。
20時が診療終了。まだ患者さんがいたので診療が終わるのを待ちました。

21時過ぎ、話し合いが始まった。

死因がエンセでは無かった事。脳炎になってしまった経緯。ここに向かう途中、加古川動物病院に寄って無くなる前日に撮ったレントゲンを見てきたが膿でパンパンになってた事。
直接的では無いが、艶が亡くなった事と骨折をさせられた事実の医療過誤との関連性。
溜まりに溜まってた思いを全て吐き出した。


【何も責任を感じませんか?私が向こうの病院からの話を聞かなければ、うやむやになる事だったんですよね?この事について何も思いませんか?納得のいく説明を下さい】

『何て言いますか・・・責任は重々に受け止めております・・・』

【では、医療過誤だと認めて頂きますか?】

『・・・・・・』

【じゃあ、聞きます。横におられる梅村さんに艶は骨折をさせられましたよね?認めますか?】

『骨折させたと思います・・・』

【思いますじゃなくて、させたんじゃないんですか?だから、骨折に関しての診療費はそちらの負担だったんじゃないんですか?すごく大事な事なんですよ?梅村さんに聞きます、梅村さん、貴女はうちの艶の骨盤を骨折させましたか?】

『骨折させました・・・・』

『では、先生にお聞きします。骨折してから先生が納得のいく処置はできてたんでしょうか?』

『精一杯のことは・・・』

『精一杯なんて聞いてないです、先生が持っておられる100パーセントの技量で処置が出来ましたか?』

『・・・いえ、出来てませんでした・・・・』

『今回亡くなった関連性を専門の立場から見てどう思われますか?そちらが骨折なんて初歩的なミスを犯し、中途半端な処置しか出来なかった。
十分に取りきらなかった膿が中で溜まって結果、脳炎を引き起こした。
向こうの病院には、ちゃんとした証明は困難だと言われました。先生の良心にかかっているんです。これを医療過誤だと言わず何と言うんですか?』
『私は、本当にこの子を救いたくて、藁にもすがる思いでこの病院を訪ねたんです。
膿瘍がどれだけ難しい病気かは、素人ながらも勉強したので知識はあります。
治療がどうしても病気に追いつかず結果亡くなったのなら、私はこの病院にありがとうございました、本当にお世話になりましたと、何回だって頭を下げます。
でもこの結果でどうやって頭を下げれますか?

・・・・・医療過誤だと認めてください。』


『・・・こちらが骨折させてしまった事、納得のいく処置が出来なかった事、様々な過程で結果、宮田さんが大切にされておられた艶子ちゃんの命を奪う形になってしまいました・・・・申し訳ございません・・・・』

今思えば、このやりとりだけで2時間、意味が分からん。ただ認めるだけなのに・・・。あほか。
もう、その時のアタシは泣きながら嗚咽まじりで、冷静を保つのにただただ必死でした。

そこから話が続き慰謝料の話になりました。

保守(10/2その4) 

2007年10月03日(水) 4時25分
『もう何だっていい、艶を返せ』

『・・・・・・』

『こういう時に、一体どうやって誠意を見せればいいのか・・・分からない・・・です』

『は??何を言ってるんですか??どうしていいか分からないって、自分の子供が同じようになった先生の立場で考えたら分かることなんじゃないですか??それすら私達に言えと言われるんですか??』

『お金でしょうか??』

『それ以外に何がありますか?病院側がミスをした、それによって大事な家族が亡くなった、病院側は認め、すみませんと謝ってきた。謝ってくれたから良しとしましょう。
・・・先生それで許せますか?梅村さん、あなたにも家族がいますよね?納得しますか??
お金であの子は帰ってきません、でも頭を下げて誠意が見えても、あなた達があの子を殺した罪をどう抱えていくのかは、これから先私達が見ることはないんです。・・・形を見せて下さい』


『あの・・・艶ちゃんを骨折させたのは私です・・・私がこの動物病院を辞めることで許してもらえないでしょうか・・・』

『あなたが辞めようが辞めまいが私達には関係のない話です。辞めたところで病院に慰謝料は請求させてもらいます。
・・・・・・・。
でも・・・・あえて言わせてもらうなら、何でこの子にやった罪を抱えて糧にして、獣医師になろうとしないんですか?・・・それは辞めるのは逃げようとしてるだけじゃないですか。あなたが辞めるなら、艶は本当の無駄死にになるんですよ、罪を償うの意味を理解していますか?どうして分からないんですか?』


『経理の者とも話し合わないといけないので明日お電話をさせてもらいます』



改めて読み直すと、アタシもキツイなって思う。
でも・・・・この悔しさや悲しみをどう表せばいいのか、言った言葉が合ってるのか間違ってるのか、こうやってる今でも分からないんです・・・・・。

でもただ1つだけ、相手から言うまで待ってる言葉があります。
それはありませんでした・・・・。
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