備忘録

August 24 [Fri], 2012, 12:08
年後に家宝になる腕時計第二回ゆかしメディアエマイユとはフランス語の言い方であり、英語ではエナメル。
日本語に言い換えればまず、最初の意味はホーロー琺瑯ということになる。
ホーローと聞くとなにか浴槽か鍋のように思えるが、原理は同じで用途と目的は非なるものであると考えればいい。
基本的には金属の土台に釉薬をかけて熱し、表面にガラス質の加工を施す技術である。
時計には琺瑯引きと呼ばれる単色エナメルの文字盤があり、懐中時計の時代からの伝統的な技術である。
それは現代の高級ドレスウォッチにも引き継がれており、同じ白文字盤でも琺瑯引きなのかどうかは、一流品を見分ける重要ポイントだ。
エナメルの文字盤の表面は重厚な輝き方を見せ、目利きは平板なペイント仕上げとひと目で見分ける。
そうしたドレスウォッチのエナメル文字盤で有名なブランドといえば、ジャケドローやジラールペルゴなどの名前が挙がるだろう。
エナメル文字盤は高級腕時計のスタンードなのである。
そもそもエナメル文字盤は、製造上の歩留まりが悪い。
焼成つまり焼き上げて作るものなので、出来上がった状態でヒビが入ってしまうなど、予測しにくいリスクを抱えているのである。
もちろん、ヒビがはいったらそれだけで使い物にならない。
製造のセオリーはあるものの、最終的には手練の職人頼みといってもいい、高度に属人的な工芸なのである。
特に高級腕時計の場合はグランフーgrandfeuフランス語で高温を意味すると呼ばれる高温焼成であり、普通のエナメルより遥かに高い温度で焼き上げる。
色味が美しく、しかも丈夫なガラス質を持つ高温焼成は、しかし決定的に歩留まりを悪くする諸刃の剣だ。
そしてそれをあえて行う腕時計は、生産効率ではなく、芸術的完成度の方が優先することになる。
しかし、それはまだ基本的な条件だ。
家宝となるエマイユは、もう一つの日本語訳である七宝焼の意味により近い。
すなわち色彩を伴い、美術品を志向した腕時計である。
日本と七宝焼の関係は古く、奈良時代の宝物を収めた正倉院には、七宝焼の鏡がある。
七宝焼は既に8世紀には、中国を経由して日本に伝わっていた。
そのルーツを辿っていくと、シルクロードを逆走して中近東に至る。
ここが七宝焼の発祥の地である。
そのルーツからは東方だけでなく、ヨーロッパへも七宝焼の製品が輸出されて珍重され、優れた技術が伝播していった。
その技術を我がものとして極めた都市のひとつが、じつは現在のスイス時計の聖地ジュネーヴである。
もともと彫金の盛んであったジュネーヴではエマイユの優れた工芸品が数多く作られ、次いで当然のようにまず懐中時計の装飾に導入された。
それは注文者やその家族の肖像画を描き、自然のモチーフを再現し、より図案化された抽象的なパターンにも使われた。
この時代の名品は、ジュネーヴ市内にあるジュネーヴ時計七宝博物館美術館でいまも鑑賞することができ、その緻密さと豪奢さには圧倒される。
懐中時計の蓋を場所としていたその技法は腕時計の時代になって、文字盤を舞台とする、より難度の高いものになった。
金属の土台を彫金し、その窪みを多色で彩るシャンルヴェ盛上げ七宝象眼七宝や、リボン状の金線で絵柄の描線を描くクロワゾネ有線七宝、枠線の空隙をステンドグラスのようにエナメルで満たして透過させるプリックアジュール透胎七宝などである。
直径30ミリ、40ミリ台の円盤の上に駆使されるこれらの超絶技巧は、前回紹介した機械的なコンプリケーションと対照的に、いうなれば美術的なコンプリケーションである。
今日においてこのジャンルに取り組み、技術を継承し、さらに歴史を進めようとするブランドとしてヴァシュロンコンスタンタン、カルティエ、パテックフィリップらの名前を挙げることができる。
世界でも屈指の老舗であり、高級腕時計を代表するこれらのブランドが近年とみに力を入れているエマイユの傑作は、コレクショナーの注目の的だ。
新作時唐ナ既にミュージアムピース級のエマイユ腕時計が、ここ数年続けて発表されている。
それらの品はいま手に入れるだけでも、すでに家宝の条件を満たしている。
問題は、それらの傑作を間近で観る機会が、日本では必ずしも多くないことだ。
そもそもこれらエマイユの名品の多くは、日本に入荷する前にヨーロッパの貴族らコレクター、アメリカの桁外れの富豪、中東の王族らの手に落ちる。
実は日本のプレスは、スイスで行われる見本市などでそうした華麗な品を観るだけはしていることがある。
しかしながら入荷の予定がないそれら参考商品を紹介することはきわめて少ない。
そもそも、ほとんど相対取引のような形で売られる商品であり、価格ではかることも叶わない場合すらあるのだ。
その意味では本当に希少な美術品の扱いなのである。
コレクションを始めようにも、目を肥やす機会が少ない。
百貨店の時計フェアなどで参考展示される機会は、少ないとはいえ無くはないので、ぜひ足を運んでもらいたい。
このクラスの品は、たとえ外商でも持ち出しにくいものなのだ。
もちろん、手に入れる方法がない訳ではなく、受注生産のような形で日本からオを入れることは可能である。
望めばスイスから見本が届く折に確認することや、スイスのブティック本店で実物を観ることもできるだろう。
値段から考えれば航空運賃などはさほど惜しむに値しないだろうが、ヨーロッパについでの用事があれば好都合だろう。
新品の価格は、コンプリケーション複雑時計やイヤモンドセッティングなどがあると1000万円を超えることが珍しくないが、シンプルなゴールドモデルなら、数百万円から購入可能である。
なによりエマイユ腕時計のコレクションは、日本に存在する数すら少ないことを、奇貨と考えてもいい。
それは正倉院御物の同じルーツから分かれた名品の嫡流ながら、我らが日の出ずる国では、特に稀な品なのである。
家宝になると断じるのに、そう躊躇はいらない。
今回のブランドコレクションのためのヒント巧みな彫金による輪郭線をシャンルヴェ技法の高温焼成エマイユ、ジェムセッティング、ギョーシェで描き分けた文字盤が見事。
図柄は画家エッシャーの作品からのインスパイア。
メディエールユニヴェールアンフィニコロンブ鳩参考商品ヴァシュロンコンスタンタン0332886598ヴァシュロンコンスタンタンは、美術品レベルの腕時計造りに圧倒的な技術を持つ、ジュネーヴ時計の名門である。
90年代のクロワゾネの名品シリーズオーデュボン、2000年以降では世界の仮面をモチーフにしたマスクなど、コレクショナー垂涎の逸品を永年、継続してリリースしている。
また1755年創業ブランドは最近、数十年ぶりでの中国再上陸も大きな話題となっており、100年後にも間違いない名声が展望できる。
そのヴァシュロンコンスタンタンの最新作がメティエールシリーズのユニヴェールアンフィニ。
エマイユと彫金や宝石貴石等のジェムセッティング、ギョーシェ手動旋盤によるパターン彫刻の風俗手法を導入した、伝統の表現に新しい魅力を加える逸品群であり、世界中で注目されている新シリーズだ。
それらは現代ですら極めて数少ない名工の手になるエマイユである。
100年後にどれだけの価値を評価されるかは、ポジティブに考えていい。
文並木壕鼡ヒ蔭横浜大学教授構成富永淳
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