これからはあるくのだ

November 03 [Tue], 2009, 20:06
いろいろ共感できて楽しい。
これ500円も出して買うことはできないけど。

あとがきにかえて から

きっと、なんにもかわらないのだ。タイのバンコクにいこうとしてパラグアイに着いてしまったとしても、一生独身の職業婦人になるつもりだったのに子沢山の肝っ玉母さんになったとしても、失うはずのない人を信じられない理由で失ってしまったとしても、質素に暮らしたかったのに石油をほりあててしまったとしても、目指したところと似ても似つかない地点にいると気づいても、でも、なんにもかわらない。
今の日々が好きだとか、満ち足りてるとか、そういう理由でかわらないことを望んでいるわけでは決してない。そうじゃなくて、私たちは、外側で起きるどんな出来事も手出しできないくらい頑丈なのだと、きっと信じていたいのだ。

そのとおりだよね、と思う。

かもめ幼稚園

November 01 [Sun], 2009, 21:39
理不尽は人を強くするような気もするけど、
所詮、誰かに支えてもらわなければできない仕事だと
言っているだけ。
子どもの笑顔や無邪気なことばだけで、
こういう仕事ができると思える人は
幸せだね。
だいたい、これしかできる仕事がないと思う人は
一人で生きていく気がない証拠。

卒業

November 01 [Sun], 2009, 21:39
1980年代にかかれたものだね、ということが新鮮だった。
時代って、変わるのだ。こんなにも。
いま、いろんな世代の人と接することのできる場に
毎週参加することができていて、
そういうふうにも、とても新鮮。
たぶん、その病気をそこまで苦にして死んでしまう人
いまはそんなにいないんじゃないかな、
とわたしは勝手に思っているが、
(だってHIVだと思った)
そうでもないのか。世間知らず?

日記というのは、誰にも読ませる予定はないけど
誰かに読まれる想定で書いているものだ。だいたい。
だから秘密はかけない。そういうものなんだろう。

学生時代の仲間っていうのは何なんだろう。
卒業とともに、まったく接触を絶つ人たちを
どういうふうに捉えたらいいのだろう。
そうして、もう、そういう人間関係を築く気がない自分に
ちょっと呆れたり、悲しんだり、満足したりしている毎日も
嫌いじゃないけど好きでもなくて
ただ、いつもそうだったから、
墓場まで持っていかなければならないものがあるのは
もう、仕方ない。
意味のない嘘をついた夜の次の日の朝は、生きた心地がしなくて
また謝ることになってしまった。
そして雨の降る夜は、嫌いなんだ。
犯罪ではなくても、ほんとうは日常にあるものを
書いているだけのようにも見える。

そういうふうに考えなければ、あんまり面白くはない。

「君に届け」

November 01 [Sun], 2009, 21:38
近は、あまりテレビを見ません。なので本を読みます。
でも疲れているので、活字を読むとすぐに寝てしまいます。
あまりにも疲れているときは漫画にします。
最近、少女マンガに癒されます。
体がちょっとした登校拒否になっているので
仕方なく。
どうしちゃったんだろうなぁ。と思います。
自分の体じゃないみたいだ。
確実にバランスはうまく保てているのに。理論上は。

なので
この話には、ほんとうに、癒されました。ありがとう。

以下、支離滅裂。

地下街の雨

October 16 [Fri], 2009, 23:00
表題作を読んで、改めて宮部みゆきという作家がすごいと思った。
これ、かなり好きな話だ。

でも以下すべての作品に関しては、ちょっとつらい。
一人暮らしでは読み進めるのが無理でした。

あー誰か助けて。

地下街を出て雨が降っていたことに気づくと、何だか裏切られたような気持ちになる
周りの人が持っている傘が濡れていて、初めて雨が降っていると知る
でも、世界には、美しい裏切りもあるのだ。
美しい嘘は、醜い真実よりも好きで、だから人に本音がわからないと言われても、
曜子のしたことをわたしは最後まで認めると思う。

雨みたいだけど、明日、わたしは偶然に見える必然を、信じる。

思いわずらうことなく、愉しく生きよ (再読)

September 23 [Wed], 2009, 13:34
前に読んだのはほぼ1年前で、
このタイトルを見たとても率直な同期が「これが教訓なの?」と言って以来、
1度も手にとらなかった。

そうよ。
と、たぶん今でも答えるけれど、
そうしたら、育子の知りたい、
友情と信頼と肉体関係以外の、
人とのつながりとは何か、教えてくれる?
と、たぶんもう1度言う。

後悔は嫌いだ、を地で生きる治子を見習って、
生きられなかった自分を想定するのは
やめよう
と、たぶんもう1度思う。

同じ質問を2度しても、同じ答えが返ってくるなら、
それは遠回りで、意味はあって、そしてそれ以上に無駄。

結婚、おめでとう

といえる友情といえない友情と、それ以上が信じられる信頼とそうでない信頼があるなら、
どうして婚約破棄したのって、聞けばよかった。

何かを失くすことは、ぜんぜん怖くない。
今日が今日なら、明日は明日。
と、そのころの文章に書いてあった。

もしも、という法を使うのはあまり好きじゃないけど、
もしもわかるなら、
友情と信頼以外に、何をどう表現すれば、誰にどういう想いが伝わるのか
教えてほしい。

でも、わからないことを考えることは好きだから、
もう、考えた結果を人に残すことは、しない。

「思いわずらうことなく、愉しく生きよ」

あまり手にとらず、しまっておこう。
栗を煮よう。

赤い指

September 23 [Wed], 2009, 13:28
あんまり好きじゃなかった。

この本が単行本で出たころのことをちょっと思い出して
思わず手にとったのだ。読まないつもりだったけど。

オビがよかったから。

かかわった人の誰一人にも共感も同情もできない、
そういう犯罪を描く小説はあまり好きじゃない、と
はっきり認識できた、そういう本だった。

読まないつもりのままで、いればよかった。

ウエハースの椅子

August 18 [Tue], 2009, 21:34
完璧な恋 という表現はあまり好きじゃない。
不倫が完璧な恋だと言ったのは佐藤さんだったか、忘れちゃったけど
それは違う、と思う。
どうして人は(小説のなかでだけだけど)
完璧な恋だと思える不倫をすると、死にたくなるのだろう。
それは常に絶望と隣あわせで、そうしてキルケゴールの言葉を思い出す。
絶望は死に至る病だ。

不倫をしている大切な友達は、
そうして幸福そうに見える不幸をしっかり握り締めて離さず、
彼女がもしかしたら絶望と親友だと思ったりしていないか
周りに心配をかけている、というのは、彼女自身の気づくことができない
真実なのだ。と思うのだ。

それはとても怖くて、
だからこそ完璧、ということばを、どうして不倫に使ってしまうのか
わかるような気もする。
わたしのことをちゃんとわかってくれる友達が、
そうしてわたしのついた悲しい嘘にちゃんと気づいて、
ちゃんと方向修正をしてくれる
どうしてこの人に奥さんがいるんだろうと思いながら、
彼女がいなければ会うこともなかった。

こういう穏やかな矛盾は嫌いじゃない。

完璧だと思える毎日は壊れていく。
ぜんぜん完璧じゃない毎日は、ちょっとずつ積み重なるから、
ウエハースの椅子よりも、美しくもなく繊細でもない
座れる椅子がある毎日が、いい。


というようなことを、いろいろ考えながら読むと
江国思考に浸れていいけど、
200ページ近く、ほぼ何も起こらない。最初から最後まで。
ずっと美しく完璧でもろくて、壊れていって、死んでしまう。
江国らしいし、こういう終わり方は、いつも主人公が死んだんだと
わたしは思ってしまいます。たぶん、これもそういう思想。


商品がありません。

100回泣くこと

August 12 [Wed], 2009, 13:38
感想の前に・・・ ぐるぐるまわるすべり台 を読まねば!という決心。

とある先輩のせいで体言止めが気になって仕方ない今日この頃、こういう話は必要でした。
最近、やっと嫌いなもの(人も)がわかってきて、嫌うという感情が
どういうものなのかがわかってきました。
無駄にエネルギーを消費しすぎるから、面倒すぎて嫌えないけど。

そういうときに、必要な作家の一人。この人と友だちになりたい。
なぜなら体言止めがいつもいつもとても美しいから。

優しい父と、陽気な母。快活な娘と、とぼけた彼氏。

この止め方、並べ方、ほんとうに良い。
ほとんどの人には理解されないと思いますが、昨今のわたしの日常と
上記の先輩の思考回路にぜひ刻み付けておきたい美しさ。

失うことなんて、今ここにある光に比べたらちっぽけなもの。

愛の言葉を語らずに、愛を伝えられる人でいたいと思う。
振り返ることのできる過去と、
楽しい想像のできる未来と、
満足のいく今が
あることと、
そうしていつも本当のことを言おう。
藤井くんとその彼女とお父さんとお母さん、彼らはその達人だ。

覆面作家は2人いる

August 12 [Wed], 2009, 13:36
こういうのはわりと好き。小さいころ考えたくだらない話の設定に似てて。
二重人格って面白いなってそのときは思ってた。

また合いたくなるコンビを作る才能を解説がほめてたけど、
その通りだと思った。