障害 

2007年01月22日(月) 2時42分
知的障害者って俺にはよくわかりません。わからないっていうのは言葉の意味がです。なんでそんな言葉が生まれたんだろうかわかりません。

彼らが知的に障害があるってことは、その呼び名で呼ばれていない俺たちは正常だってことなんだろうけど。そしたら今度は正常ってなんのことだかわかりません。

俺は知的障害者って呼ばれてる人たちと直接会話したり触れ合ったりしたことはありません。機会がなかったし、もし仮に機会があっても俺は自らすすんでそうしようとはしなかったと思います。
きっと俺は心のどこかで彼らのことを見下しています。自分のほうが優位に立っているって頭の片隅では実は考えています。それが嫌でたまりません。そんな最低なこと考えてしまう自分が嫌でたまりません。俺の思考は哀れで可哀相な単なるクズの思考です。

俺はクズです。そして俺の周りにいる人たち、両親も兄弟も友人も恋人も先輩も後輩も赤の他人だって俺と同じはずです。きっと綺麗事を言っても美辞麗句で人生観や価値観を語っても、多かれ少なかれ結局は俺と同じく最低なことを考えるクズです。

みんな同じ人間なのに。誰でも赤い血が流れてて寝て起きて飯を食うのに。怪我したら痛くて悲しかったら泣いて楽しい時には笑うくせに。
それなのに顔立ちやファッションや振る舞いなんかを見て自分の中で勝手に優劣をつけてる。

俺は全然正常なんかじゃありません。俺たちはもう十分な障害者です。きっと心にはたっぷりと障害があって最低です。

こんなにも自分の最低さがわかっているのに、俺はそれでも未だに障害だらけの汚い心を治せません。死んで生まれ変わったら治るかもしれないけど、死にたくありません。俺は美しくなりたいです。

俺ダメ人間 

2007年01月21日(日) 1時49分
俺はダメ人間です。

やらなきゃいけない事ややるべき事は十分理解してるのにほったらかしにして後から後悔します。後悔した頃にはたいてい手遅れだってことは過去の経験からも知ってるのに。

俺の優しさは単なる優柔不断です。相手のことを想いやるフリ、周りの人を気遣うフリをして悩んでいるのは俺に決断力が無いからです。優しさなんかじゃありません。

俺の愛情はきっと純愛なんかじゃありません。たぶん単なる卑しい利己愛や自己愛です。
自分が傷つくのが怖いから笑顔でいるのです。あなたを失った後の自分の心理がわかるから、それで自分の悩み苦しむ自分の姿を想像しただけで淋しくて悔しくなるから。だから上辺だけの綺麗な心ない言葉を吐くのです。上辺だけの汚い笑顔を見せるのです。あまりに純粋すぎるあなたに俺の汚い心の中をさらけ出すことはできません。あなたに本当の姿は見せられません。俺はあなたが考えているような男じゃありません。俺の愛はきっととても汚れています。

俺は親不孝な息子です。きっと俺は両親から愛され、とても大切に育てられました。その想いに応えたい、何か恩返しがしたいと強く願っています。だけど俺は何もできません。親のために何もしません。時々罵声を浴びせたり八つ当たりはしますが、必死に勉強するでもなく、働くでもなく、未だに迷惑ばかりかけています。親孝行が何かはわからないけど、高級でなくてもいいから新品のあったかいセーターをプレゼントするだとか、年に一回だけでも温泉旅行にでも連れてってあげたい。そんな気持ちはあるのに、そのために何も努力をしません。両親が注いでくれた愛情に何一つとして応えてあげられません。恥ずかしいから素直にありがとうを言う勇気もありません。俺は無力で無気力でダメな人間です。あんなに大切に育ててくれたのに未だにダメな人間です。

日本の警察 

2006年09月07日(木) 22時02分
無能だ。ごく特定の一部の人間は別かもしれないが、大半の仕事は学生がバイトでもできる。
コンビニの店員さんのほうが世の中にとって数倍有能だ。
警察にできる仕事は「言い訳」と「言い逃れ」。あとは「交通規制」くらいだ。潰れちまえよクソ組織。

クソ少年法 

2006年09月07日(木) 15時02分
この国はイカレてる。被害者の人権は無視しやがるくせに加害者の人権は無駄に尊重しやがる。

俺は殺人犯に人権なんか与えるべきじゃないって考えてる。「人権を奪うべき」と表現するのが正しいかもしれないけど。

そりゃ正当防衛だとか避けられない事故なんかは別だよ。度重なる一方的な暴力や脅迫なんかに耐えかねて犯してしまった罪なら仕方ないと思うし、被害者による過失で起きた事故なら加害者ばかりが悪いとも言い切れないし。


それでもこの世には死んだほうがいい人間がたくさんいる。

未成年だからって顔を世間に晒されることなく殺人おこしたクソガキとかね。
2〜3年かそこら檻の中で過ごしたくらいで堂々と生活してるやつとかね。

さっき山口県の女子学生殺人事件の容疑者少年(19)が見つかったらしい。正確に言うと見つかったのはその少年の原チャリで、その近くに男性遺体が落ちてたらしいけど、ほぼ間違いねえだろう。


指名手配かけておきながら未成年だって理由だけで少年の顔を世間には出さなかった警察。
中途半端に捜査なんかしやがって。
その結果として少年の発見が遅れ、容疑者は死に、被害者少女が何故殺されたのかは誰にもわからなくなっちまった。

娘が何故死んだのか真相を知りたい両親の気持ちはどうなるんだよ?


警察の言い分として、顔を出さない理由としては、裁判の際に「顔を公表したこと」を弁護士に指摘されるためだそうだ。


警察はこの国のシステムに従っただけだと言い張り逃げる。
国は事件解決は警察の仕事と言い張り逃げる。


どっちもゲス組織だ。
容疑者捕まえる前から容疑者の人権ばっかり意識してどうする?

少年法なんかいらないんだよ。イカレた殺人野郎に人権なんかいらないんだよ。

身勝手に他人の人生狂わせた時点でそいつは人間であることを放棄したんだろ。

「法を犯した者」を「法が保護する」必要があるのか?


ガキも少年もジジイもオッサンも関係ねぇからイカレた殺人野郎なんか全員剃り殺しちまえよ。じゃなきゃ被害者の気持ちなんか報われねぇだろ?きっと。

皇室御出産 

2006年09月06日(水) 18時21分
41年ぶりに皇室に男の子が誕生したとか。
おめでたいことです。それが皇室の人間であろうとなかろうと新しい生命が誕生するんだから。

でも俺はこうも思う。


「そんなにワーワーキャーキャーと騒ぐほどのことか?」と。


マスコミなんか身勝手なもんで、つい昨日までは山口県の女子学生殺人事件について朝から晩まで特集してたじゃねえか?

たしかに出産ってのはめでたい事だけど、それほど国をあげて騒ぐ必要あるの?たしかに国家にとっての重要人物かもしれないけどさ。


喜ばしい出来事も必要だけど、それ以上に悲しい出来事をもっと考えるべきなんじゃねぇの?

「たまたま運が悪くて被害者になっちまった普通の家族」に明日は自分もなるかもしれないとは考えられないのか。


昨日娘をを殺された母親が、今日は他人の息子の誕生を喜べるだろうか?
昨日理不尽に家族を奪われた父親が他人の幸せで喜べるだろうか?
身勝手なマスコミは被害者をビジネスでしか考えていないんだろう。

新しい生命が誕生する傍らで、どれだけの生命が殺されてるだろう?

俺たち人間はもっと悲しみだとか憤りだとかについて知るべきだし、感じるべきだ。

国家のVIPによる一つの喜ばしい出来事よりも、幾百幾千もの一般市民の悲しい出来事の方が大切じゃないだろうか?


殺人事件やら過失致死やら理不尽なニュースばかり目にしてるせいかな。
俺はテレビの連中みたく素直に両手挙げて喜ぶことはできないよ。

奈良母子放火殺人事件 

2006年08月03日(木) 9時00分
放火殺人した息子とその父親が事件後初めて接見したそうだ。父親の顔をみるなり息子は「ごめんなさい」と謝罪したと。それを聞いた父親も「愛情を注がなかった自分が悪い。罪を償って社会復帰することが被害者の弔いになる」みたいなことを言ったらしい。

アホかと。犯罪者のカス息子と同じくバカ親も健在かと。

結局どんなに罪を悔いたところで殺した人間は帰ってこないわけで。殺人犯は結局どんなにあがいたところで殺人犯でしかないんだし。


ムシャクシャしたから放火して血縁関係ないにせよ母親と兄妹殺して後から反省して何か大切な事を学ぶのか?
殺人犯した息子の動機が自分の束縛からきたものだから同情して甘い言葉かけるってか?
俺が親なら罵声の一つでも浴びせるね。テメエの犯した罪が身体に染み付いて取れねえように毎日でも通って罵声浴びせるね。甘い言葉で慰めるより、むしろそのほうがよっぽど優しいと思うわ。


どんなに美辞麗句で飾ったところでこの先の人生は元殺人犯とそれを造ったその家族として生きていくしかないんだよ。

事件と事故と殺人と 

2006年08月02日(水) 7時01分
小さな女の子がプールの吸水口に吸い込まれてしまった。その結果、亡くなってしまった。なんの罪もない人間がなんの予告もなく死んでしまった。
マスコミは事故だと言うけれど、明らかにこれは殺人事件だ。気付きながらもするべき仕事をせずに起きた過失至死事件。市が悪いのか委託業者が悪いのか末端の監視員が悪いのか?今となってはそれも被害者家族の憎しみの対象を探すだけのことだけど、憎しみの対象なんて被害者家族にとっては全てがそうかもしれないけれど。腐った企業や権力家の堕落から煽りを受けるのはいつも弱者だ。時々マックかミスドで食事するのを喜んぶような普通の子どもが今回はたまたま運悪く巻き込まれたわけじゃないんだ。

優しさってなんだろか 

2006年06月19日(月) 12時46分
俺は今のところ健康な身体をもち、大した病気もかかったことがない。
だから事故とか人災だとかで不運にも身体の自由を奪われた人達の気持ちはぶっちゃけ理解できていないはずだ。理解したい気持ちが無いわけじゃないけど恐くて想像できないんさ。
んで俺が嫌いなものの一つに「障害者への無駄な気遣い」ってのがある。例えばデパートの館内放送とか電車の中の看板とかさ。
あいつら「目の不自由な方」とか「脚の不自由な方」とか言いやがる。きっと太った人間、メガネかけた人間を見たら「デブいるわ」とか「オタクメガネ君」とか言うくせに、自分よりも明らかに弱者な人間見ただけで「〜の不自由な方」とか特別扱いしやがる。「私は弱者に優しいんです〜」「思いやりに溢れてるんです〜」ってツラしやがる。
そんなんは優しさでも何でもないわボケ共が。ある種の差別でしかないわ。百歩以上譲って仮にそれを優しさって呼ぶんなら、その優しさで救われてんのはアイツら障害者じゃなくってお前ら自己満足人間達だろが。「人に優しくしました〜」「弱きを助けました〜」って思い込みだけでハッピーになりやがって。ボケが。ハゲが。
だいたいお前らよりもハンデ背負って生きてるアイツらのがメチャクチャ強いわ。俺には想像もつかんわ。
きっと俺たちはハンデ背負って生きてるヤツら見てもデブやハゲ見るのと同じように思えなきゃいけないんじゃないだろか。特別な扱いなんか無くそれが当たり前のように思えるようになんなきゃいけないんじゃないだろか。
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