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2008年01月02日(水) 22時23分
ここは、伊織の綴る小説ブログです。


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2008年01月03日(木) 1時09分
【桜華学園シリーズ】
 
桜華学園に通う生徒や、それを取り巻く周りの恋愛事情。


【企画】

企画的に始めた小説の部屋。
現在はチャット小説のみ取り扱い中。

桜華学院シリーズ 

2008年02月14日(木) 20時08分

【桜華学院シリーズ】

【一週間の恋】 1日目.驚きの月曜日 2日目.衝突する火曜日 3日目.不思議な水曜日 4日目.ドキドキの木曜日 5日目.優しい金曜日 6日目.苦しい土曜日 7日目.始まりの日曜日

驚きの月曜日 

2008年02月14日(木) 20時49分
上條真白は、今日もいつもと同じように図書室へと向かっていた。

いつもといってもまだ真白は
この桜華学院に入学して三か月しか経っていないのだが、
それでも毎日のように図書室へと通う日々が続いていた。


その理由は至極簡単なもので、図書委員の仕事は本来は当番制で、
二週間に一回のペースで回ってくるものなのだが、
みんな高校1年生という遊びたいお年頃。

放課後にわざわざ人の来ない図書室で、
蔵書の整理や本棚の整頓なんて誰もやりたがらないのが現状だ。

だから図書委員という仕事は人気がなく、
毎年どのクラスもジャンケンやくじ引きで負けた人が任される仕事。

ただそんな中で真白は本が好きだから
図書委員になったという珍しいタイプで、
また、まじめな方で仕事はサボらないし、
人に頼まれると嫌と言えない性格をしていた為に
周りの仕事を押し付けられるのが常だった。



そんな理由で、図書室に通うのは真白のまだ短い学校生活の中でも
日課と呼べる行動になっていたのだった。

そして、廊下の突き当たり。

見慣れたドアを開けると、真白の瞳に見慣れない風景が飛び込んでくる。

「あれ?」

いつもなら真白が一番乗りで到着し、
帰るまで人が来ることなんて滅多にないのだ。

それなのに、いま真白の目の前には人が立っている。
しかもその人は、周りの事に疎いと
言われる真白でも知っている人物、葛城奏だった。

真白の通う桜華学院は、毎年秋に行われる文化祭で
ミス&ミスター桜華というものを決めるのが伝統となっていた。
簡単にいえば美男美女を選出するというだけの事だが、
毎年そのレベルは恐ろしく高い。

そして、昨年度のミスター桜華、通称「帝桜」に選ばれたのが、
今真白の目の前にいる男、葛城奏だった。


あまりにありえない光景に一瞬言葉に詰まり、
それでもすぐ正気を取り戻した真白は奏に声をかけようとした。
図書室にいるのだから、本を借りにきたのだろう。
そんな考えを疑う事もなく、真白が口を開こうとしたその時だった。


いきなり腕を引かれ、体が前に倒れかける。
そのまま背中に衝撃が走り、目の前に影が落ち、
気が付いた時には、真白のその体は
先程まで隣にあった筈の本棚に押し付けられた。

影だと思ったのは奏の顔で、帝桜と呼ばれるに相応しい
凛々しい顔が目の前に迫っていて、
その迫力に思わず真白は息をのんだ。

そして、驚きのあまり声を出せずにいる真白を気にするでもなく、
目の前の男は厳しい表情と態度で言葉を紡ぐ。

「俺は、お前みたいな最低な人間が大嫌いなんだよ」

こんなありえない状況下で投げかけられたその言葉を
真白が理解するよりも早く、奏の顔が近づく。

そして唇に触れたのは、氷のように冷たい、柔らかいもの。

驚きに目を見開き、息を詰める事しか出来なかった。

世界は音を無くして、
真白の思考は全てストップし、
手足の感覚はなかった。


その感触は一瞬で離れ、無音の世界に一つだけ、言葉が響く。

「これで満足かよ?・・・二度とその顔みせるな」

低く低く告げられたその言葉が真白の頭に入る事はなかったが、
無意識のうちに心に深く突き刺さる。

茫然と立ち尽くしていた真白が意識を取り戻したのは
それから30分程あとで、その足元に手紙が落ちていると気づくのは
さらにそれから1時間後の事だった。

衝突する火曜日 

2008年02月15日(金) 21時52分
幸せが逃げるかも。
そんな事をかんがえながら真白は深い溜息を吐いた。


昨日の事を思い出すと、心臓を鷲掴みにされたように
痛くて苦しくなり、自然と顔が歪む。
赤く跡が残るほど掴まれた腕と、
叩きつけられるように扱われた背中は痛かったが、
何より投げつけられた言葉が一番痛かった。

それに、いきなりの口付けはないだろうと思う。

あのあと床に落ちている手紙を見つけて、
葛城が誰かに呼び出されて
その相手と自分を間違えたのだと気が付いた。
手紙は読んでいないが、『葛城奏様』と書いてあったし、
おそらく間違ってないだろうと思う。

つまり、昨日のあの言葉は自分に向けられたものではないのだし、
思い出してこんな風に苦しくなる必要なんてないと分かっている。
それでも頭で分かっていても真白の心は痛むのをやめない。

今まで誰かと喧嘩をした事も、
大人に怒られた記憶もないのだ。
それくらい真白は平和主義者で、
誰かに反感を買われるようなことはなかった。
つまり、あんな態度をとられた免疫がないのだ。
だからこんなに胸が痛いのだろう。
そう考え自分の内面の弱さにますます溜息は深くなる。

「本当・・・だめだなぁ自分」

そう一人呟きながら空を見上げた時、
背後から聞こえた重い扉の開く音に振り向いた先。
そこに親友の薫の姿をみつけ、自然と真白の顔は綻んだ。

「薫ちゃん!!めずらしいね、ここにくるの」

「なかなか真白が帰ってこないから、ね」

いま真白たちがいるのは学校の屋上。
そして薫がここに来ることはめったになく、そんな
薫がやってきた事に驚いていると、どこか不機嫌な返事が返ってくる。

「薫ちゃん?なにかあったの??」

薫は今年度のミス桜華確実と言われるほどの
涼やかな美貌をもっている。
そして、あまり自分の感情を他人にぶつけることがなかったため
薫をよく知らない人間は彼女の事をお高くとまっているなどと言ったが
実際はその美しさを鼻に掛けないさっぱりとした性格と、
余計なことは話さない言葉少なな性格でクラスメイトからは慕われていた。


そんな、普段感情を表に出さない薫の不機嫌さに
心配して言葉をかけると、その表情が陰った。
本当にどうしたというのだろうと、
もう一度口を開こうとした真白を制すように言葉が重ねられる。

「別に。教室もどるよ」

「うん」

まだどこか、違和感を感じさせる薫に心配は募ったが、
無理に聞き出したりするのは嫌だった。
そんな不安を胸に真白は何もない顔で、
すでに屋上を後にしているその背中を追いかけた。


その日の放課後。昨日の今日で
なんとなく図書室に行く気になれなかった真白は、
少しくらいならいいかと、中庭へ足を向けた。


桜華の中庭は奇麗に整備されていて、
一面花壇で埋め尽くされており、
そこにあるベンチで休むのは中々幸せな時間だと真白は思う。

それでも他の生徒は違うのか、
あまり学生の姿をそこで見かける事はなかった。

だから、疲れた時やゆっくりしたい時に
そのベンチにお世話になりに行くのも、
真白のお決まりの行動だった。


中庭に着くと、そろそろ夏を迎えようとしている季節、
緑で充満しているその景色に思わず真白は感嘆の声を上げた。

「うわぁ!本当、いつ見てもすごいなぁ」


さっきまでの憂鬱な気持ちが吹き飛んで、
気付かないうちに真白は鼻歌を口ずさんでいた。
そのまま周りの花を見ながら中庭の中央にある
ベンチのところまでやってきた真白は、
その場で動きと呼吸を止めた。


ベンチで横になっているのは昨日自分に口づけた人物、葛城だった。

その平均を上回る背丈のせいで、
膝から下はベンチからはみ出している。
わざわざ狭い場所で安心したように眠るその姿が
どこか可愛くて思わず真白は笑ってしまった。

その時葛城の体がピクリと動き、
起こしてしまったかと真白は身構えた。
だが、それはいらない心配だったようで、
目覚める気配を見せず奏は眠り続けている。

そんな奏をみて安心の溜息をつくと同時に
真白の心の中に心配事が浮かび上がる。
いくら夏が近づいてきたとはいっても、
さすがにこんなところで寝てしまっては
風邪をひいてしまうのではないか。

昨日あんな事をされたことに対する怒りや不満は、
その時の真白の心には浮かびあがって来ることはなく、
ただ目の前の人間の体の事が心配だった。

そしてそう思った真白は躊躇うことなく、
自分のブレザーを脱ぎ目の前に横たわる体にかけてやる。

そこで満足した真白はそのままベンチの脇に座り込み花を眺めながら、
手紙を返すいい機会だと考えながら気付かないうちに眠りに落ちていた。


「おい」

遠くで不機嫌そうな呼びかけの声に、
真白は心地良いまどろみの中から引き上げられた。
まだはっきりしない瞼を擦り目を開けると、
間の前には不機嫌な顔の美男子。

「あ・・・」

まさかあのまま自分まで寝てしまうとは
思っていなかった真白は、一瞬言葉を失う。

「俺は二度と顔を見せるなと言ったはずだ」

その怒ったような言葉と声色に、
まだ葛城の勘違いが解けていない事を思い出した真白は、
慌ててスカートのポケットから昨日の手紙を取り出し、
葛城に差し出した。

「あの、これ落としてたました。」

「そんなもん、俺からすればただのゴミなんだよ。」

その手紙に視線すらやらずに、真白を鋭いまなざしで睨みながら
葛城が吐き捨てるように言ったその言葉に、真白の中で何かが弾けた。

きっと、いつもなら何も言えなくなっているだろう場面。
そしてその場面で真白の口から出てきたのは、
なぜかこの時ばかりは自分でも不思議なくらい強気な言葉だった。


「これは私のものじゃないの!勝手に勘違いしないで!!」

「・・・なに?」

その言葉に反応した葛城に構うことなく、
切れた真白は一方的に言葉を投げつける。

「大体、最低なのはどっちよ?
 勘違いで人にあんな事して、痛かったし傷ついたんだから!
 しかも、誰かが気持ちを込めて書いた手紙をゴミ呼ばわりするなんて・・
 一番最低なのはあなたじゃない!!サイッテーーー」

最後は自分が何を言っているのかも分らないまま、
真白は手の中の物を投げつけそのままその場から逃げ出した。

後ろから呼び止めるような声が聞こえていたが、
もうあの男と関ってはいけないような気がした真白は
聞こえないふりをして家まで走り続けた。

企画 

2008年02月15日(金) 23時10分

【企画】

【チャット小説】
お友達様に協力して頂いてできたチャット小説です。 『野獣と野獣』 登場人物 湊 那都(みなと なつ) 23歳。社会人。 営業課の若手のホープ。マンションに一人暮らし中。 普段は優しいがたまに短気。 巽 千早(たつみ ちはや) 専門学校1年で18歳。負けん気が強い。 高校生までは空手部に所属。 外見はそんな事を感じさせないほどの綺麗系。 第一話:出会い編 第二話:変化編 第三話:歩み寄り編 第四話:完結編

野獣と野獣 第一話 

2008年02月16日(土) 16時37分
毎朝乗る通勤電車。朝からそこは戦場だ。でも最近、俺はこの満員電車に乗るのがとても楽しみだったりする。少し離れたドアに寄りかかって窓の外を眺めている女性の事が気になっているから。栗色の髪をカールさせた、大人しそうな綺麗系美人。年は俺と同じ位だろうか?


毎朝乗る通学電車。朝からそこは戦場。毎日毎日乗っているのだから、いい加減慣れればいいのに、私の神経はそれに慣れる事はないらしい。人に押しつぶされる苦痛を少しでも紛らわせようと、ドアにもたれかかり外を流れる風景を見つめていた時、その異変は訪れた。


毎朝、同じ電車に乗る彼女。それを毎朝見つめる俺。そう、そんな俺にだからわかる。今日の彼女はいつもとどこか違う。眉を少しだけ寄せ、下唇を噛んで何かを耐えている、そんな感じだ。

急に襲ってきた違和感・・・いや、違和感なんて自然なものじゃない。自分の太もものあたりに触れている温かいモノは人の手で、しかもそれは確実に意志をもって動いていた。『痴漢』口にするのもおぞましい行為に、怒りで手が震えた。


彼女の太もも辺りに、彼女とは違う者の手が這っているのが見えた。そうか、彼女は「痴漢」にあっているのだ。良く見てみると、恐怖のせいか彼女の手が震えている。あいつか―――人ごみを掻き分けながら、真後ろに居る小太りの中年親父に近づいた。
何やってるんだ――そう声をかけようと、中年親父に近づき、彼女の太ももを這っている手を掴もうとした。その時、俺の手に何かが触れた。
何が起きたのか理解するのに数秒を要した。肩と手首に激痛が走りようやく自分の状況を理解することができる。痴漢に怯えたいた彼女に、手を捻り上げられていた・・



顔を見ようと、掴んだ腕から視線を上にあげると、そこには人好きのしそうな、優しそうな顔の男。その隣にはそんな私たちの様子を引き攣った顔で見ている中年オヤジ。私は痴漢にあっていて、その犯人を締め上げているのだから、そんな顔で見られる筋合いはない。そう思うのと同時にそいつを睨みあげ、腕を絞める手に力を込めた。


「いってーー!」あまりの痛みに思わず声を張りあげる。今まで見ていた清楚な彼女の面影はなく、俺をものすごい形相で睨み付けている。その時、電車が駅に着いたことを知らせるアナウンスが車内に流れた。


電車が止まるのと同時に、大勢の人が電車から降りていく。私達を見ていた親父も慌てた様子で電車から飛び降りて行った。そして、私もこの痴漢男のせいでこの駅で降りなくてはならないのだ。学校に遅刻するかも。そう思うと余計腹ただしさが募り、思わず口が開いてしまった。「あんたみたいな人、最低」


「なっ...!」彼女はどうやら俺をあの痴漢男と勘違いしているようだ。どうやって誤解を解こうか考える暇もなく、彼女は俺の手を掴んだまま、電車を降りようとする。冗談じゃない。ここはまだ俺の降りる駅ではないし、なんたって今日は大事な取引きが待っているんだ。思わず憧れていた女性だという事も忘れ、大声を張り上げる。「ふざけるなよ!」


今この男は何と言ったのだろうか。ふざけるな?「それはこっちのセリフでしょ!!」思ったことがそのまま口を飛び出していたことには驚いたが、まぁ本心だ。


頭に血が上るというのはこの事だろう。顔が熱くなっていくのがわかった。気が付けば彼女に掴まれている方とは逆の手を取り、そのままホームへと降りていた。何やってるんだ俺は。しかし、一言謝ってもらわなければ、俺の腹の虫も納まらない。


本当に、こいつはどういうつもりなんだろう、と思う。いきなり、腕を掴んでるのとは逆の手を掴まれ、そのまま電車を降ろされる。もしかして、腹をくくって自分から駅員に?いや、そんな訳はあるまい。そんな事をぐるぐると考えていると、その男はこっちが何も言わないのを良い事にさっさと歩みを進めていく。本当に、なんなのよ!!


連れてきたのは、とある喫茶店。じっくり話し合う覚悟はできている。こうなりゃこいつに謝らせるまでは、絶対に帰さない。とりあえず、身の潔白を晴らす為、自分の身分を証明することから始めた。会社の名刺を差し出す。


連れてこられたのは喫茶店。席に着くなりそいつは自分のスーツのポケットから何かを取り出した。もしかして、お金やるから黙っとけってやつ?謝罪もなくそんな事をするやつだと思った瞬間、そうしようもない怒りに見舞われ、そいつを一喝してやろうとした瞬間、テーブルに置かれたのは一枚の名刺だった。反射的に覗き込んでしまう自分が悲しい。「湊 那都・・・」


「そう。読みづらいけど“みなと なつ”って読むんだ。23歳。ここから2つ先の駅で働いてる。今日は大事な商談があったのに・・完全に遅刻だ。」


目の前の男、湊 那都は、会社員らしい。普通痴漢なんかは、自分の事バレたらやばい筈なのに、自分の素姓を話したりして、いったい何が目的なのだろう?というか、遅刻だ!って怒られても・・・「自分が痴漢なんて恥ずかしいマネしてるからでしょ。こっちだって遅刻だっつーの」痴漢を強調して言い返してやると、そいつは嫌そうな顔をした。


「だから誤解だっつーの!君の事を痴漢してたのはさっき慌てて出て行った小太りの中年親父だ!俺は君を助けようと近づいたのに...。」彼女はあくまでも俺を犯人だと思っているようだ。さっきは怒りに任せて謝るまで帰すかと思っていだが、そろそろ本当に会社へ行かないとまずい。とりあえずここは連絡先だけ置いて帰るか。


この男の話だと、痴漢はこいつではなく、さっきの恐怖を顔に張り付かせたオヤジらしい。確かに挙動不審ではあったが・・・こいつの話を100%真に受けていいものかと考えていると、目の前の男は先ほどの名刺の後ろに何かを書き込んでいる。「・・・何してるの」質問というより、答えろというニュアンスの言葉に、男は優しげな顔に似合わない、不快そうな表情をした。


「連絡先書いてんだよ。そろそろマジで会社行かないとまずいからな。ところで、俺ばっかり素性さらして、君の事何にも聞いてないんだけど。会社とか大丈夫なの?」当初のイメージとはだいぶ違うが、仮にも気になっていた女性だ。名前くらいは知っておきたい。しかし彼女の顔はさらに険しいものとなっていた。


「・・・自分を痴漢したかも知れない男に素性話す人間がいると思う?てか、一応私学生なんだけど?会社って・・・失礼だな」そう告げると、反抗的な言葉だったから、また嫌な顔をすると思ったのに、その顔は予想を裏切って驚きの表情を浮かべている。


「え・・・・・学生?」勝手に自分と同じ社会人だと思っていた。ラフな格好をしていたが、規則が緩いのか、それとも制服のある会社なのかな位にしか思わなかった。まさか学生とは。大学生という事か。「そうか、じゃあ単位とか大丈夫?卒業とか近いんじゃないの?」彼女の眉間の皺が増える。


「そんなのあなたに関係ない・・・私まだ1年だし、皆勤だし。あんたに心配される事なんてない」この男、もしかして私の事大学4年とでも思ってるのだろうか?って事は22?ふざけんな。まだ10代だっつーの。そんな怒りをこめて睨んでやると、ますます驚きを深くした。


「え・・・・一年・・・てことは10代・・?」なんてこった。俺は10代の若造を秘かに見ていたって事か。いや、でも早く気付いて良かった。しかし、年齢がわかった途端、俺の中で『なぜこんな態度をされなきゃいけないんだ?』という疑問がわいてくる。明らかに非があるのは向こうだ。俺は先ほど差し出した名刺を掴み、席を立ちあがった


ガタリ、という音と共に目の前の男が立ち上がる。まさかこのまま帰るつもりなのだろうか。「ちょっと。なに勝手に話を終わらせようとしてるのよ?こっちはまだ納得してないんだけど」だいたい痴漢じゃないならあの場で早く言えばよかったのだ。それをわざわざこんなところまで連れてこられたせいで、本当の痴漢は逃がすし、学校には遅刻なのだ。このままじゃなんとなく、引き下がれない。

未だ横柄な態度で絡んでくるこいつに、いい加減堪忍袋の緒が切れそうだ。レジまで進みかけた歩みをまた彼女のいる席まで戻し、その勢いで思い切り机を叩いた。バンッという大きな音にさすがの彼女も身を一瞬縮こませたが、かまうものか。「うるせぇ、こっちは大事な約束があるんだ。お前みたいに暇な学生とは違うんだよ!」そう言うだけ言って、またレジに歩みを進めた。


言いたいことだけ言って、さっさとその場を去ろうとする男に本気でキレた。あまりの怒りにすぐ動けなくなるほどに。ふと視線を動かすと、机の上にあったはずの伝票も一緒に無くなっていることに気づき、慌てて席をたち、もう店を出ている男の背を追いかける。


ここは駅前通りだ、タクシーも比較的捕まりやすい。その前に会社に連絡でも入れておくか。そう思い、ポケットから携帯を出そうとした手を先ほどの女が掴んだ。「なんだよ、まだ何かあるのかよ。」


むかつく物言いの男の胸元に、握っていたお金、千円札を押し付ける。「あんたに奢ってもらう筋合いない。」自分の頼んだ物は300円のドリンクで千円もしないけど、今小銭を持ち合わせていない。でも、こんなやつに奢ってもらう位なら、今月苦しい方がよっぽどマシだ。


渡された物を見ると千円札だった。そこに丁度空車のタクシーが後方から来るのが見えた。手を上げて、そのタクシーを呼び止める。と同時に、彼女の手に先ほど握らされた千円札を突っ返した。「いらねぇよ、貧乏学生」それだけ言って、俺はさっさとタクシーに乗り込んだ。ミラー越しに放心している彼女が見えた。


あの野郎・・・暇な学生だけじゃなく、貧乏学生だと?言いたいことだけ言って、最後は捨て台詞まで吐いて行ったあの男に対する怒りをどこにぶつければいいのか分からず、その場で人目も憚らず叫んだ。「確かに貧乏だが、暇じゃねーーー」つーか駅どこ!!?

野獣と野獣 第二話へ

野獣と野獣 第二話 

2008年02月16日(土) 16時39分
あの日以来、俺の朝は変わってしまった。以前は、彼女を見ていられるのでこの満員電車も気にならなかったが、今はもう地獄のような時間だ。しかも、以前と違うことがもう一つある。あの女があれ以来、俺の事を睨み付けてくるのだ。そんなに嫌なら車両を変えればいいだけの話なのだが、ここで変えたら負けのような気がする。


あの次の日、電車に乗るのがいつも以上に嫌だった。それでも乗らない訳にはいかず、いつものドア側の位置で外を見ていると視線を感じ、顔を上げた。その視線の先にいたのは、昨日のあの男で、視線を逸らしたら負けな気がして睨みつけてやった。その日から、あいつを睨むのが私の日課。車両を変えたりなんかしない。だって負けたみたいで悔しいし。


その日も変わらず彼女に睨まれ続けながら、目的の駅までたどり着いた。しかしその日は商談で使う資料がいっぱいで降りるのに手間取ってしまった。慌てて電車を降りると、前のほうに最近の悩みの種が居るのが見える。彼女だ。同じ駅だったなんて知らなかった。


毎日あいつを睨んでて気づいた事。それは降りる駅が一緒って事だった。あいつは駅につくと真っ先に電車を降りるから、人が少なくなってから降りる私が同じ駅って事に気付いてなかったかもしれない。でも、今日はちょっと違って、私の方が先を歩いている。なんとなく、あんまり近くを歩きたくなくて、早足で改札に向かいながら、慌ててバックから定期を取り出した。


彼女が慌てた様子で持っていた鞄から定期を取り出そうとした時、何かが床に落ちた。しかし彼女はそれに気付かず、足早に改札を通り抜ける。俺は慌てて彼女が落としたものに近づいた。それは彼女の学生証だった。「巽 千早・・」思わず返すことも忘れ彼女の名を口に出していたが、我に返り慌てて彼女の後を追う。


別に追われているわけでもないのに、睨み合うのは平気なのに、自分の後姿を見られているかもしれないと思うと落ち着かなかった。そのせいで、早足で一気に改札をくぐり、バス通りまで出てきた。ここまでくれば大丈夫だろうと、一息ついた瞬間、腕を掴まれ、後ろへ引かれた。


バス通りで見つけた彼女をとっさに自分のほうへと引き寄せた。彼女は一瞬驚いた表情になったが、すぐにまたいつもの険しい顔つきになる。そんな事にはかまってられず、持っていた定期を彼女の手の平に乗せてやる。


目の前にいたのは、やつ。こいつを見ると条件反射の様に睨みつけてしまうクセが付いたようだ。いきなり腕を引かれた文句を言う前に、手の平に何かが乗せられる。見ると自分の学生証で、驚きのあまり相手の顔を見つめることしか出来なかった。


これで少しは俺を見直せばいいが、ここ数日見ていてわかったこいつの性格上、素直にお礼など言うはずも無い。だから俺も極上の笑みで嫌味をお見舞いしてやる。「落し物には気をつけろよ、“巽 千早”さん。」


一瞬、なにを言われたのか分らなかったが、すぐに理解する。「なっ、名前!プライバシーの侵害だ!」こんなやつに、こんな大切な物を拾われるなんて、私としたことが一生の不覚だ。

真っ赤な顔をして、喚かれても、何も怖くはない。今日はなんだか良い日だ。勝ち誇った顔をし、その場を後にして、会社へと向かった。


喚く私に余裕の笑みを浮かべながら立ち去って行ったあいつのせいで、私の一日は失敗続きだった。本当にムカツク奴だとおもう。でも、一番言うべき言葉を言っていない事が、一番心に引っ掛かったまま、私は次の朝を迎えた。


次の日も彼女はいつもの定位置にいた。あいかわず俺のほうを見ているのだが、今日はいつもとどことなく違う。睨むというより、何か言いたそうなそんな感じ。俺が小首を傾げると、彼女が人ごみを掻き分けながら、ゆっくりとこっちに近づいてきた。


そいつの前に立つと、なんのようだと目が問いかけてきていた。この次の駅が、いつもの下車駅。もうすぐホームに着く所で口を開いた。「あんたに、言いたい事あったの」そう告げるとますます訳がわからないという顔をした。


やっとの事で俺の前に立った彼女は、言いたいことがあるなどと言ってきた。今度は何の文句があるって言うんだ。無意識に顔が強張っていく。しかしやはり今日の彼女はいつもと違った。なかなか次の言葉を言おうとしない。これではもうすぐ次の駅に着いてしまう。「何?」なるべく優しく問うてみた。


思いがけず、優しい声色でかけられた声に、思わず顔が緩んだ。その時、電車がホームへ滑り込み、ドアが開く。それと同時に、私は口を開いた。「昨日はありがとう」そう言い残して、足早に電車を飛び降りる。なんとなく、出会いからずっと、いがみ合っていたせいで、あのまま向き合うなんて耐えられなかった。


一瞬彼女の顔が緩み、そして添えられた感謝の言葉。顔が真っ赤になっていくのが自分でもわかった。10代で学生だけで、思っていたイメージと全然違ったけれど、やっぱり気になる。明日は自分から話かけよう。そう心に決めた。


「ふ〜。すっきりしたー」やっぱり、あのままでは貸しを作った感じでスッキリしなかった。でも、これで明日から気にしなくて済む。そう思うと、気持が楽になっていた。

野獣と野獣 第三話へ

野獣と野獣 第三話 

2008年02月16日(土) 16時43分
あの日から俺は彼女に積極的に話しかえるようになった。彼女も最初こそ怪訝な顔をしていたが、段々と打ち解けてきたと思う。まぁあいかわらず喧嘩のような会話だけど。ある日俺は意を決して彼女を食事に誘う事にした。「あのさ、俺達の降りる駅前に美味しいレストランがあるんだけど、行ってみる・・・?」


あの日から、あの男と電車の中で話す様になった。といっても、お互い憎まれ口を叩いているようなモノで、仲良しとかでは全然ない。そんな中、告げられた言葉。食事?一緒に?からかわれているのかと思い、いつもの調子で乗っかってやる。「へぇー。私すんごい大食いだから、後悔しても知らないよ?」


「いいよ。じゃあ今度の金曜でもいい?多分7時くらいになると思うけど。」本気だと思っていないのが雰囲気でわかったが、そこはあえて知らない振りをし、話を進める。


・・・なんとなく、雰囲気がいつもの違う気がした。だっていつもなら、そんなんじゃ太るぞ。とか余計な事言ってくる筈なのに。もしかして、本気なのだろうか。「・・・社会人は、学生と違って忙しいんじゃなかったの?」相手の本意が掴めなくて、探るように顔を覗き込んでみる。


「忙しいけど、千早の為に開けておくよ」からかい半分でそういうと彼女は顔を真っ赤にしていつものように騒ぎ出した。「あと、これ連絡先。」


結局からかわれたのだと思い喚いてやると、目の前に差し出される見覚えのある白いもの。初めて会った時に渡されたはずの名刺だった。「・・・え?な、んで?冗談なんじゃ」冗談なのに、連絡先を渡されて・・・あまりにもいつもと違う流れに頭がパニックを起こしていた。


やっぱり冗談だと思っていたようだ。冗談でこんなに緊張するか。「時間とかはあとで連絡するから、とりあえずここにメールでも送っといて。」まだ困惑している彼女を残して、俺は着いたばかりの駅に降り立った。

さっさと電車を降りていく背中を見て、私も慌てて電車を降りる。人ごみに紛れて見えない背中に悪態をついた。なんだか、いいよういに振り回されている気がして、悔しかった。それでも、手の中の連絡先を捨てる事はできなかったのだが。メールしなきゃなのかな・・・?

約束の前日になっても彼女からのメールはこなかった。実は毎朝の電車もあれ以来、違う車両に乗るようにしていた。これは小さな賭けだった。


あの日、一日中メールをしようか悩んだ。もし、待っていたなら、次の日何か言われるだろう。そう思ったのに。次の日から、あいつの姿がない。避けられてるんだって、すぐに気付いて、もうメールなんて出来なかった。避けられたって事は、嫌われたって事・・・?約束の日は、明日。


とうとう約束の当日までメールはこなかった。我慢の限界に達した俺は、久しぶりに彼女と同じ車両へ乗り込み、定位置にいる彼女へと歩みを進めた。「何でメールしない?」


約束の当日。結局メールは出来なかった。毎日携帯と睨めっこの夜と食欲の湧かない毎日が続いて、正直体力が限界に近い。そんな時目の前に現れたのは、悩みの種である男。しかも、台一声がそれ?「・・・ふざけんな」考えるよりも先に、言葉が口をついて出た。


「ふざけんな・・だと?こっちは夜も寝ずにお前のメール待ってんだよ!そんなに嫌か!?俺に連絡先を教えるのは!!」まずいと思いながらも電車のなで中で出せる最大の声を出していた。


さっきまではただダルイだけだったのに、こいつにあったせいだろうか。相手の言葉を理解するよりも、眠たさと空腹が一気に押し寄せ、それと同時に沸いたイライラをぶつけるべく、同じように声を荒げていた。「寝ないでいたのはこっちの方だ!だいたいあんたがいきなりあんな風に誘ったり、しまいには避けたりするからだろ!!避けられてるこっちの身にもなれ!!」


「あーそうかよ!お前はいつも寝すぎてるんだよ!今のが一般の睡眠時間なんじゃねぇのか!それにな、好きな奴食事に誘って何が悪いんだ!ざけた事言ってねぇで、さっさとメール返しやがれ!!!」怒りに任せて自分が何を口走ったかなんて覚えちゃいなかった。


「寝過ぎてるとか、あんた私の毎日の睡眠時間しってんの!?それに、好きな奴誘う誘い方じゃないだろ、あれは!だいたい、そんなメールほしいなら最初っからそう言いやがれ!」なんだか自分の言葉が引っかかるが、興奮状態の頭はそんなもの気にしないらしい。


「じゃあどう誘えばいいんだよ!好きだから一緒に食事来て下さいってか!?そんな事言ったらお前は警戒してこねぇんだろうが!!!そっちこそ嫌なら嫌って最初から言いやがれ!」他の客が好奇の目で俺達を見ていたが、そんな事かまっちゃいられない。


「誰が嫌だなんて言ったのさ!私は嫌なものは嫌だって言うっつの!嫌じゃなくって、でもあんたが軽い調子で誘うから、そうしていいか分かんなかったんじゃんよ!!てか、好きなら避けたりするな。どんだけ苦しかったと思ってんのさ!!」叫んでいるうちに、涙があふれて、でも零したら負けだと、必死で相手を睨み続ける。


彼女の目が涙で潤んでいるのがわかった。少し言い過ぎてしまった。それにもうすぐ俺達の降りる駅に着きそうだ。「悪かった...とりあえず続きは夜で、な?7時に改札前で待ってるから...」


もう、どうしたらいいのか分らなかった。ただ、こいつがこうして目の前にいて、今まで見たいに言い合いしているこの状況に、すごく安心した。それに気がついた時には、自然と頷いていた。

野獣と野獣 第四話へ

野獣と野獣 第四話 

2008年02月16日(土) 16時51分
仕事なんか手につくはずもなく、定時でさっさと会社を出る。待ち合わせ場所の駅までは徒歩10分で着く。余裕で間に合いそうだ。しかし、あいつは来るのだろうか。不安とは裏腹に期待で、駆け足になっていた。


いきなり訪れた安心感に、今までの睡眠不足分を取り戻す様に授業中眠りこけて、気が付けば放課後。約束の時間までフラフラとしていたけど落ち着かずに、約束の時間よりだいぶ早く駅に着いてしまっていた。当然まだあいつの姿はなく、本当に彼は来るのだろうかと一瞬不安になる。

待ち合わせの10分前に着いた。にもかかわらず、彼女は既に駅前に来ていた。俺の姿を見つけると、一瞬だけ安心したような顔つきになる。俺の顔も自然と笑顔になっていくのがわかった。「お待たせ。早かったんだな。」


その姿を見た瞬間、やはり嫌われて避けられていたのではないのだと、安心した。笑顔で自分の方に駆け寄ってくるその姿に、なんだか泣きそうになって、それを誤魔化す様にちょっと怒った顔を作る。「女の子待たせるようじゃ、まだまだね。お腹すいたし、早く行こう」緩む顔を見られないように、さっさと歩きだす。


一瞬だけ可愛い顔を見せたと思ったら、またいつもの勝気な顔つきに戻ってしまった。さっさと歩き出そうとする彼女の腕をとっさに掴む。「そっちじゃないから。こっち。」そのままその手を離さず、レストランまで連行する事にした。後ろで騒ぐ声が聞こえたが、無視だ。


掴まれたままの手が熱い。そこから熱が感染したように、顔が火照るのが分かって、どうしようもない羞恥心に見舞われ、誤魔化す様に喚いた。そんな私を意に介す様子もない相手に、目的の場所まで連れてこられて驚いた。なんとなく、最初の出会いのせいか、ファミレスとかそんなところに連れてこられると思っていたのに、こんなの卑怯だ!!


商談の時などに使うちょっと洒落たレストラン。ホテル最上階に作られたそのレストランは、東京の風景を一望できる、大きなガラス張りの窓が魅力的だ。俺はその中でも特に人気の高い窓際の特等席を予約しておいた。まぁ、コネで簡単に予約を取れたんだけどな。彼女はこう言った店に来るのは慣れていないのか、先ほどからキョロキョロと視線が落ち着かない。「どうした?こーゆうとこ慣れてない?」


夜のホテルのレストランなんて初めてで、なんとなく落ち着かない。自分の格好だって、一応スカートだけど、こういうところにふさわしくない気がしてしまう。そんな私の内心を分かっているのかいないのか、相手の言葉に思わず唇を尖らせてしまう。「・・・貧乏学生はこんなところで食事する余裕なんてないんですよ、金持ち社会人さん」


「なんだ、まだ根に持ってたのか。別に俺だって金持ちってわけじゃないよ。ここはよく仕事で使ってるんだ。てことで、ほら」彼女が座りやすいように、椅子を引いてやる。そんなエスコートにもなれていないのか、少し頬を赤らめ戸惑いながらも、ゆっくりと席についてくれた。それを確認し、俺も席へ着く。未成年だから酒はまずいかと思い、ワインを持ってきた店員にソフトドリンクも頼んでやる。

「別に・・・根に持ってる訳じゃ、ないもん」いつもなら言い返されるところで、こんな風に大人な対応をされてしまうと、自分だけが子供みたいで思わずそんな言葉を口にしていた。そこまで考えて、ふと思う。みたい、ではなく、本当に自分だけが子供なのだ。目の前のこいつは確か23?だったはずで、しかもこうして改めて見ても見た目は良い、と思う。そんな人間がどうして自分の様な子どもと、こんな場所にいるのだろう。


さすがの俺でもこんな場所で喧嘩などしたくない。なるべく彼女の逆鱗に触れないよう会話をしているつもりだが、段々彼女の口数が減っていく。俺との会話が楽しくないのか?とも思ったが、それも少し違うようだ。「どうした?今日はやけに大人しいな。」


私が大人しかったらいけないのか。そう言いたいのをぐっと堪えた。今、言うべき言葉はそうじゃない気がするから。「・・・そっちこそ、優しいじゃん。何か企んでんの?」


あーなるほど。俺の態度がいうもと違うから戸惑ってるのか。これで少しは意識してくれるといいんだけどな。そう思いながらさらに優しい笑顔を向けてやる。「俺は基本いつも優しいの。お前が俺を痴漢に間違えなきゃ、あんな言い方しなかったよ。」


「あれは・・・」あの時は、痴漢にあって、しかも捕まえたのは犯人じゃなくって、犯人は逃がしちゃって、しかも学校は遅刻で。いろんな事が重なって、イライラしていたのだ。でも、よく考えたらそれはこいつには関係ない事だったと、今になって思う。「ごめん、なさい」こっちだって、あの時は気が立っていたけど、本来は悪いと思った事は謝らなければ気が済まない性質で、悪いと思った今、素直に頭を下げた。


素直に謝られて正直と惑った。あんなに謝ってほしかったはずなのに、こっちが申し訳ない気分になってくる。「いや...俺も言いすぎたところがあった...と思う。ごめんな?」項垂れている彼女を覗き込むようにそう告げた。


「なんで謝んの?べつにあんた悪くないじゃん。私と違って普通に優しいし、ね」そうなのだ。この男はなんだかんだ言いながら、かなり優しい。学生証を拾ってくれたこともそうだが、話す様になってから毎朝他の人間に押しつぶされないように庇ってくれてることも気付いてた。


「お前なぁ。またそうゆう可愛くない事を...それに俺はあんたじゃなくて湊那都だ。わかってる?」本当は優しくされると照れて口が悪くなる事も気付いているが、あえてからかっている。

「私はもともと可愛くないんだよ。つーか私だってお前なんて名前じゃない。そっちこそわかってんの?」ムカつくのは言い方だけでその優しい表情にペースを乱されまいと、必死でいつもの流れに持っていこうと精一杯嫌味を言ってやる。


「やかってるよ、千早。だろ?」意識的に優しく名前を呼んでみる。「黙ってれば可愛いんじゃねぇの。」悪態をつくことも忘れずに。


本当に優しすぎるこいつには調子を狂わされる。お願いだから、いつも通りにしてほしい。『私』を崩さないでほしい。「ああいうの、慣れてるから。しょっちゅうだし」笑い話にしようとそう答えると、男の顔が少し曇る。・・・話題ミスった??


「しょっちゅう・・?」笑って言うこいつは危機感ってものがないのか。前にもあんなクソ親父に触られてたって事か・・?そう思うとあの時中年親父に芽生えた怒りが沸々と蘇ってくる。「笑い事じゃねぇだろ!」


先程までの穏やかさはどこへ飛んで行ってしまったのだろうか。いつもみたいに話したかったのに、これは今までの優しさとも、いつもの顔とも違くって、本気で怒ってると分かった。でも、何が逆鱗スイッチに触れたのか謎すぎる。とりあえず宥めようと、穏やかに話を進める。「別に楽しい事じゃないけど・・・小さい時から空手やってるからどうにでもできるし」


フォークを握りながら、どうにでもできると笑っている彼女の右手首を掴んだ。一瞬ビックリした顔をして、振りほどこうとする彼女の手を、さらに強く握る。あまりの激痛に彼女が顔を歪めた。「こんなのも振りほどけないくせに、男の力なめてんじゃねぇぞ」


握られた手首の痛みより、その言葉とその表情に呼吸が詰まった。その後で湧いてくるのは、怒りに似た、でも怒りじゃない感情。「ふっ、ざけんな。これくらいっ!!」その手を外して捻り上げてやる。そう思うのに、その腕は一ミリだって動かすことが出来なかった。


「威勢がいいのもいいけど、マジで気をつけろよ。怪我してからじゃ遅ぇんだぞ?まさか、俺と話すようになってからも、痴漢とかされてたわけじゃねぇだろうな」握っていた手の力を少しだけ緩めて、まさかと思いながらも問いかけた。


その優しい言葉に、自分の中に湧いたのが怒りでなく羞恥心からくる強がりだと気づいてしまった。それでも悲しいかな、そこで可愛らしく頷けるほど自分は素直な性格はしていなかった。と同時に言わなくてもいい言葉が口を衝いて出てしまう。「登校のときはされてない。」


「登校は・・・て事はいつならされてんだ?なんで言わない?」彼氏でもなんでもないのに、ずうずうしいと自分でも思ったが、一度発した言葉を撤回できるもんじゃない。こいつは何で俺がここまで心配してるのかわかってるのだろうか。「俺に頼ればいいだろうが...」


「されんのは下校。その場に居もしないあんたにどうやって頼るんだよ」心配してくれているのだろうか?でも、なんで?どこまでこいつお人好しなんだよ。彼女でもなければ、最初、自分の事を痴漢と間違えた女なんか「放っておけばいいのに」心の中で呟いたはずの言葉は、ハッキリ口から出ていた。心配してくれたのに、失礼過ぎただろうかと不安になる。


気付いたら俺は机を思い切り叩いて立ち上がっていた。「放っておけねぇから、言ってんだろうが!何なんだお前は!俺の気持ちわかって言ってんのか?!」今までの優しい俺はどこへいったのか。店員もあまりの形相の俺にどうしていいものか、考えあぐねているようだった。


一瞬何が起きているのか分らず、立ち上がったそいつを茫然と見上げた。そしてその後襲ってきたのは、毎度おなじみ、理不尽な怒りに対する怒り。「あんたの気持なんて分かるわけないでしょ!!あんたこそ、俺に頼れとか言ってるけど、どうやって頼れって言うのさ!?」思わずこちらも立ち上がっていた。


こうなりゃ後のことなんて知った事か。ここぞとばかりに今まで貯まっていた感情をすべて彼女にぶつけた。「だからいつでも呼べるように連絡先渡しただろうが!それをお前は何を悩んでんだか知らねぇが、未だにメールよこさねないんじゃねぇか!だいたいお前が、さっさと素性さらしてればこんな回りくどいことしなかったんだよ!」


「だから!痴漢かも知れない男に素性さらすわけないって言ったじゃん!メールだって、誘い方が軽いから冗談かと思って!それに避けたりしたそっちが言えたことかよ!!だいだい・・・彼氏でもない男に痴漢にあったなんて連絡できるか!!」もう、ここがどこだとかそんなこと、頭の中にはなかった。


「悪いが自分から連絡先教えんのも、食事に誘うのも初めてだ!それをお前は...彼氏じゃないやつに連絡できねぇなら彼氏にすりゃあいいだろうが!さっさと俺に惚れやがれ!!!]

「な!!簡単に「彼氏にしろ」とか言うな!!!つーかもう惚れてるっつーの!!そっちこそ私に惚れろ!」


「ざけんな!こっちはお前に痴漢と間違われる前からずっと見てんだよ!じゃなきゃ、痴漢にあってるかなんかわかるか!!」なんだか論点がずれてきている気がする。ここでようやく、店員が「すみません、他のお客さんがいますので...」と俺達をたしなめた。店員に注意されたことで少し頭が冷える。「とりあえず座るか...」


諭され、しぶしぶ席に着いたところで、今の自分たちの会話を振り返ってみる。・・・・「はあぁぁぁ!?」せっかく着いた席からまた勢いよく立ちあがる。この男は、何を言っていた。ついでに自分も、とんでもない事を言ってしまったような気がする。


「んだよ...急に。」せっかく落ち着きを取り戻して座ったと思いきや、すぐにまた席を立ち上がった彼女を訝しげに見やる。「とりあえず座れば。今度こそ追い出される。」


席について、今度はそのまま机に顔を伏せる。もし、今の会話が現実だとしたら、恥ずかしくて死ねる気がした。


顔を机に伏せたまま、うんともすんとも言わなくなってしまった彼女の頭をそっと撫でた。「俺が言ったことは嘘でも何でもないから。」こうなりゃもうやけくそだ。


頭に触れた温もりに、肩が跳ねるのが分かった。自慢じゃないがこういう雰囲気に免疫がなさすぎる自分はもういっぱいいっぱいで、息が苦しくて、声が出ない。今口を開いたら泣きそうだと思った。でも、今気持を伝えなかったら、全てが終わりなきがした。


暫く待ってみたが、彼女は何も言わなかった。やっぱり駄目だったかと席を立つ。これ以上ここにいてもお互いに辛いと思ったからだ。「悪かったな。」伏せたままの彼女の頭に最後の言葉を投げかけた。


行ってしまう―――そう思った瞬間、考えるよりも先に体が動いた。自分よりも二回り程広い背中に飛びつき、驚いて振り向くそいつのネクタイを引っ張り、無理やり唇を触れ・・・いや、ぶつけてやった。


嬉しい――なんてよりも驚きのほうが数倍でかかった。今のは世間で言うキス――だよな?殴られたわけじゃないよな。そう思うのも仕方ない程に、思いきりぶつかってきやがったのだ。「何...してんだよ....」


問いかけられて、口を開こうとするけど、やっぱり喉がヒクついて言葉にならない。「こ、んな所っあんた、がいなきゃ嫌なのっ」それでも必死で絞り出した声はほとんど泣き声だった。きっとひどい顔してるって自覚はあったけど、目をそらさないで必死に伝えようとネクタイを掴む手に力を込める。


殆ど半泣き状態の彼女がすごく可愛く思えて、指先が白くなる程強くネクタイを握っている彼女の手を、そっと自分の手で解いた。一瞬不安そうな顔をする彼女の頬に手を添えて、優しく微笑む。「それじゃあ、最後のデザートでも一緒に楽しみますか?」


ちゃんと伝わったのだろうか?不安になって男の顔を覗き込むと、今までで一番優しい顔で笑っていて。安心したあまり涙がこぼれたけど、嬉しかったから。「那都が、好きっ」たぶん、今までの人生の中で一番の笑顔でそう伝えられた。


名前を呼ばれたことも、好きと言われた事も嬉しかったが、彼女の笑顔を見れた事が何より嬉しかった。彼女の椅子を引き、そこに彼女が座る直前耳元で囁いた。「俺もだよ、千早。」きっとまた明日からあの満員電車に乗るのが楽しみになるだろう。だって君がいるから。


出会いは最悪で、優しさを認めたくなくって。でも、そんなあなたとこうしている事がこんなにも嬉しい。毎日苦痛でしかなかった、通学電車。でもやっと、そんな毎日の満員電車が幸せな空間になる。だってあなたがいるから。

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