2009年度 日本比較文学会北海道研究会のお知らせ 

2009年11月30日(月) 18時39分
■日時 2009年12月5日(土) 14:00開会
■会場 北海道大学W講義棟 W205教室


○14:00 開会の辞
北海道支部 支部長 飛ヶ谷美穂子

○研究発表1 14:00〜15:00
映画『一瞬の夢』をめぐって
北海道大学大学院博士課程 劉 洋

○研究発表2 15:00〜16:00
柳宗悦―白樺美術館から朝鮮民族美術館へ至る軌跡
北海道工業大学 梶谷 崇

○比較文学・比較文化 名著読解講座 第一回 16:00〜17:00
比較文学とは何か
北海道大学 中村 三春

(「発表要旨」は、「続きを読む」をクリック)

第3回日本比較文学会北海道大会のお知らせ 

2009年07月09日(木) 18時23分
■日時 2009年8月1日(土) 13:00開会
■会場 北海道大学W講義棟 W408号室


総合司会 梶谷 崇
○ 開会の辞 13:00         
北海道支部 支部長 飛ヶ谷 美穂子
○ 研究発表1 13:10〜13:50
〈指紋〉が語るもの
 ―金関丈夫「指紋」と日本統治期台湾における指紋言説―
北海道大学大学院博士課程 井上 貴翔
○ 研究発表2 14:00〜14:40
台湾小説家の村上春樹受容
 ―『ノルウェイの森』から邱妙津の『ある鰐の手記』へ
北海道大学大学院博士課程 李 珮h
○ 研究発表3 14:50〜15:30
押井守作品におけるアジア
北海道大学大学院博士課程 ジン 麗芳
 《休憩》
○ 講演 15:45〜17:00

比較文学で読み解く漱石
―蔵書書き入れを手がかりとして―

            講師 日本比較文学会北海道支部長
 飛ヶ谷 美穂子 氏

2009年度 日本近代文学会 北海道・東北地区合同研究集会のお知らせ 

2009年06月30日(火) 17時46分
☆研究発表の部☆
■日時 2009年8月8日(土) 13:00〜17:30
■会場 北海道大学文系六番教室


○ 研究発表 13:00〜

探偵小説と映画
   北海道大学大学院  成田大典

森茉莉「随筆のやうな小説」再考―『薔薇くひ姫』を中心に
北海道大学大学院  上戸理恵
村上春樹『アフターダーク』論
北海学園大学大学院  井川重乃
村上春樹『1Q84』研究
北海道大学  中村三春

○ 講演 16:30

有島武郎に関する新資料について
            北海道文教大学  神谷忠孝

○ 懇親会 18:00 ファカルティハウス「エンレイソウ」

(「文学散歩の部」は、「続きを読む」をクリック)
        

有島武郎研究会第45回大会のお知らせ 

2009年05月13日(水) 11時41分
■日時 2009年6月6日(土) 10:00開会
■会場 北海道大学W講義棟 W409会議室


《日本近代文学会北海道支部共催》

・午前の部 10:00〜12:00
○ 開会の辞         
 北海道教育大学 片山 晴夫
○ 研究発表
『或る女』と『アンナ・カレーニナ』
 ―19世紀日露社会における女性の地位―
   北海道大学大学院 アレクサンドラ・クリャクヴィナ

有島武郎の“情死事件”報道における「書簡」の位置
 ―山田昭夫氏のスクラップ・ブックをてがかりに―
北海道文学館学芸員 喜多 香織
司会 宮崎 靖士

 《休憩》

・午前の部 13:30〜17:30
特集「1920年代の〈家庭生活〉―有島武郎・森本厚吉・吉野作造―」

○ 講演 13:30〜14:30

有島武郎と家庭イデオロギー
            講師 西川 祐子

○ シンポジウム 14:30〜17:30
「生活改善」ではなく、「生活革命」へ
 ―『宣言一つ』への道のり―
   淑徳与野高校 渡邉 千恵子
森本厚吉の先駆性と独自性
 ―文化生活論・女性論・中流階級論―
ノートルダム清心女子大学 綾目 広治
『文化生活』と吉野作造
 ―「民本主義」をめぐる応答―
石川工業高等専門学校 奥田 浩司
司会 梶谷 崇

○ 閉会の辞          
 吉備国際大学  井上 理恵

有島武郎研究会 公式ウェブサイト

質問の仕方、答え方 

2009年04月14日(火) 17時10分
 発表の構築にも一定のやり方があるのと同様に、質問や応答の仕方にだって、それなりの方法があります。もちろん、演習や研究発表をまともに成立させることは、口頭発表に多くを負っていますが、質問や司会にも、かなりのウェイトがあることもまた事実です。

 1)発表が終わってから質問を考えるの?

 たいがいの研究発表は、発表30分・質疑10分とか、25分・5分とかです。学校の授業で、発表も質問もだらだらとやるのは、私は良くないやり方だと思っています。公式の場では、決してそんなことはありません。さて、短い質疑応答時間になってから考えたのでは、質問など出てこないのが当然です。聴衆は、発表中に質問を考えながら耳を傾けましょう。それ以前に、何も質問が出ないのは、わざわざ準備して発表する方に失礼です。もっとも、こんなの、質問もする気にならないよ、というような代物も、ないわけではないのですが……。

 2)明らかに答えられない質問はしない
 そのような質問の第一は、発表内容と無関係の質問であり、さらにその最たるものは、発表と関係のない質問者の意見の表明でしかない質問です。多くの場合、これには他の聴衆もゲンナリしますね。「あの人、ただ発言したかっただけなんじゃないの?」と言われます。時間のムダです。

 3)質問を予期して発表の準備を!
 それに対して、当然、出てくるであろう質問が寄せられても、発表者が答えられないのは、発表者の準備に問題があるとも言えます。時間的物理的制限のある研究発表では、すべてのカードを切ることはできないので、不十分なところは必ずあります。説明不足、省略した情報、発展しうる話題、そのような「要質問箇所」は、発表には必ず存在します。発表者は、発表時の質問の動向を予想して、発表原稿や資料を作りましょう。そのためには、時間的物理的に、やや余裕をもって準備を行うことが大事なのですが。

 4)構想に対する結果を問うこと
 質問と応答のやりとりで重要なのは、「言おうと思っていたこと」と、「現に言われたこと」との間の差異、つまり、その発表が目標としていた内容が、十分に達成されていたかということです。当然、そのような目標も達成も聴衆の受け取り方によって多様ですから、質疑応答は意想外の豊かな展開をはらみます。そこにこそ、このような場のおもしろさが成り立つのです。これに留意して行われるコミュニケーションは、参加者全員にとってメリットとなります。

 まあもちろん、言論は自由ですから、何をどのようにやりとりしたって構わないわけですけれど、勝手な意見の単純なぶつけ合いというのは、往々にして、終わった後に、「今のはいったい何だったんだ?」ということになりがちですね。

自説の主張を中心に(口頭発表の構築2) 

2009年04月04日(土) 17時05分
 これもまた、論文でもほぼ同じことなのですが、聴衆が「この人、いったい何が言いたいのだろう?」と思うような発表がけっこうあります。しかし、多くの場合それは不勉強とか準備不足ではなく、全く逆に、資料豊富(あるいは資料過多)で、ついでに発表時間も豊富(時間超過)であることも少なくありません。資料は興味深く、聴衆にとっても価値のあるものです。けれども、やはり、発表者が何が言いたいのかは分かりません。

 「策におぼれる」という言葉がありますが、資料操作や先行研究批判におぼれると、分量的には十二分であっても、肝心の主張がなおざりになってしまうのです。そのような発表には、「よく勉強されているようですが、ご発表のテーマについてはあまり明確ではないようですね」というような質問が寄せられてしまいます。それは確かに、貴重な発表の機会に、手の内にある材料を全部出したいと思い、あるいは、他の見解との対立点を明瞭にしたいと考えるのは人情だとも言えますね。

 でも、しょせん、30分の発表や30枚の論文で、資料も批判も主張もぜんぶ出すというのは、かなり大変なことなのです。もちろん、資料紹介や研究批判がメインの発表ならば、自分の主張がなくても構わないのですが、そうでないとしたら、何よりも自説を中心として、それを質量ともに発表の中心に位置づけるように工夫をするべきでしょう。「量」というのは、多くの時間(字数)をそれに割く、ということです。「質」というのは、言葉をよく選び、文章に意を払い、そして、パフォーマンスもよく考えて、ということですね。あえて他の要素を犠牲にしても、これだけは前面に打ち出したいものです。

 特に、他説への批判は、論旨を明快にするのに効果が高い場合もありますし、何よりも、それによってその論の位置づけを論者自身が意識することは大事なことです。しかし、何事も、やり過ぎて本末転倒となるのはいけませんね。私は若い頃、かなり他説批判を意識して論を立てたことがありますが、この頃では、残された時間内にそんなことをするよりは、自分の言いたいことを言う方が得策だろうと思うようになりました。もちろん、だからといって唯我独尊たれ、と言うのではありません。これについては先行研究への対応に関するエントリをごらんください。

 自説の主張を中心に。当たり前すぎて、がっかりしますか? でも、これはほんとうに大切なことなのです。

口頭発表の構築 

2009年03月27日(金) 17時11分
 研究会や演習などで研究発表をする際に、どのようなことに留意したらよいでしょうか。「論文・レポートの書き方」については前に書きました。研究内容を考案する方法は、ほぼこれと同じです。問題は、「口頭発表」という形式としてしつらえる場合です。

1)発表原稿を作成する
 なぁんだ、そんなの当たり前じゃないか、と思われるかも知れませんが、あにはからんや、発表原稿を作らない発表者は、意外と多いのです。もちろん、作らなくても喋れる、というのは、一つの能力であるに違いありません。しかし、発表原稿のない発表が、多くの場合、何らかの問題を抱えることもまた事実です。
 最大の問題は、前のエントリに関わること、すなわち「発表時間の厳守」ができないことが多いということです。原稿なしに話すと、どうしても長くなるのですね。発表原稿を作っておくと、とりあえずは発表時間の見当がつきます。また、発表中に、あとどれくらいで最後まで行くか、もっと速めるか、途中を省略するか、などをきちんと配慮して、発表時間内に収めることができるようになります。
 私はたいがい、「1枚(400字)1分」の計算で原稿を作ります。これは、通常であればかなり速いスピードなのですが、言葉遣いに注意して、むやみに難しい用語などを使わなければ大丈夫のようです。もちろんこれは人によって違いますから、自分のペースでよいのです。なお、私は「です・ます体」で原稿を書くことにしています。本番でつっかからないようにですね。
 あと、発表原稿を書くことの効能は、当然、内容の精緻化・論理化ということがあるのは言うまでもありません。

2)資料をきちんと作る
 これも言うまでもありませんね。耳から入る情報もですが、目に見える資料は、とにかく注目されるものです。資料のスタイルにも決まりはありませんが、できるだけ丁寧に作り、間違いがないかよく確認するとよいでしょう。
 ところで、口頭発表の際に資料をどの程度の分量にするか、またどれくらい読むかはよく考えなければなりません。私は読まないことが多いです。重要な部分は発表原稿に引用して、その引用を含む部分の資料全体は読まないことにしています。もちろん、逆に資料のテキストをきちんと読んで、それに対してコメントすることが効果的な場合もあるでしょう。いちがいには言えません。
 最近の研究方法では、膨大な資料に、現物のコピーや、年表・年譜などをたくさん盛り込む人が多いようです。これも、研究方法の問題であって、必ずしも多ければよいというわけではありません。(少ない方がいいということでもありません。)発表内容に見合った分量ということですね。
 それから、発表原稿そのものを資料に搭載する人もいます。これも決まりはありませんが、メリットとしては、内容に関して誤解の余地がなくなること、資料として持ち帰り復習できること、デメリットとしては、どうしても資料の分量が多くなること、そして、配付するなら口頭発表は必要なくなるじゃないか、ということ、言い換えれば、口頭発表というパフォーマンスの比重が下がってしまうことでしょうか。私はこれは一度もやったことがありませんね。「喋ること」をも重視したいと思うからです。でも、場合に応じて、自分のスタイルを構想すればよろしいでしょう。内容の要約を挿入したり、部分的に載せたりすることもあります。

3)修辞学を使おう!
 要するに、口頭発表はパフォーマンスなのだということです。研究発表、シンポジウムの報告、そして講演など、発表の種類に応じてもかなり違ってきますが、いわば内容だけの発表は、なかなか聴衆の心をとらえないものです。研究発表は、あくまでも内容重視でよいと思いますが、それでも、言葉遣いに配慮して、比喩や言い回し、強調や間(ま)の取り方などを整えると、アピールの効果はかなり高くなります。
 そう、いわゆる冗談もですね。しかし、研究発表では、まぁほとんど冗談は交えなくてもよいでしょう。聴衆を笑わせようとばかりするのは、研究発表では顰蹙ものです。しかし、シンポジウムや講演などでは、いっさい冗談のないお話というのもまた、聴く側はつらいものです。これも、その場の雰囲気と発表内容に応じて、案配すればよいでしょうね。

 口頭発表で注意すべきことは、ほかにもあります。また追って書きます。

Project M Annex 再開! 

2009年03月24日(火) 17時16分
 ここしばらく、異動と、それ以前の業務過剰のため、きちんとした更新ができませんでした。今後はできるだけ、初心に返り、日本近代文学・比較文学・表象文化論関係のトピックを公開してまいります。

 これまでのエントリの中に、リンク切れとなったり、現状に合わない記述となっている場合があります。リンクは少しずつ改めておりますが、記述まで改めると、かえってわけのわからないことになってしまいますから、これは基本的にはそのままといたします。

 Project M Annex 再開です!

発表要旨の書き方 

2009年03月23日(月) 18時55分
 研究発表の内容を考えるのもさることながら、発表内容を予告する発表要旨を書くのも、なかなか大変な仕事です。どのようなポイントがあるのでしょうか?

1)発表内容の分かるような題目をつける
 これはとても大事なことで、一般に何々論とか、何々の考察、などというタイトルでは、具体的ではありません。作家・作品名だけでなく、重点を置く内容を示す言葉を、一つでよいからタイトルに入れておくと分かりやすくなります。なお、題目全体を「 」で囲む必要はありません。また、副題をつける際には、前だけでなく、前後に「―」を入れましょう。時々、「〜」を使う人がいますが、これは一種のデザインであり、曲がらないのが基本です。

2)発表要旨も起承転結で
 結局、発表要旨も短い論文のようなところがあります。「起」:何を、どのように、どうして論じるのか。対象や動機。「承」:より具体的に、それを論じるとどんな結果が得られるのか。「転」:そのテーマには、他にどのような局面があるのか。または、関連する事象は何か。「結」:最終的には、何がそこから生まれるのか。
 しかし、要旨はあくまでも要旨なので、何も百パーセント展開する必要はありません。「あとは当日の発表で」というような書き方をしてよいのです。ただ、発表要旨の審査で、発表の採否が決まる場合には、できるだけ詳細に書くとよいでしょう。

3)やや、大風呂敷(包括的)に
 発表原稿や刊行された論文を要約するのと違い、発表要旨は、まだ完成していない研究内容を短くまとめなければなりません。そこが発表要旨の難しいところです。しかし、せっかく発表をするのです。小さくまとめてどうするのですか? 発表要旨は、やや大所高所に立ち、一般論的な視点も織り交ぜながら、発表の理想を目指して堂々と書きましょう。結果的に、発表要旨よりも焦点が絞られ、内容が限定されることになったとしても、ある程度はやむを得ないのです。(ある程度は、です。あまり甚だしいと、聴衆の不評を買います。当然ながら。)
 研究発表は、他にかけがえのない自己表現の場です。思いっきり、思う存分、言いたいことを言おうではありませんか。

発表時間の厳守 

2009年03月22日(日) 16時14分
 古くて新しい研究発表の鉄則、それは、「時間を守る」ことです!

 もちろん、多くの場合、聴衆は発表を待ち焦がれています。期待するからこそ、わざわざ足を運んでくれたのです。では、それに報いるためには、存分に時間を使い、持ち時間を過ぎてもなお、自説を十二分に発表するべきでしょうか? 研究は何よりも優先するのだから、少々の時間超過などは、大目に見てもらうのが当然なのでしょうか?

 これは、誤った考えです。研究発表は、いわば、制限時間のある試合(ゲーム)です。同じ条件で、同じ時間内で発表するからこそ、その研究の本質的な水準が効果的に明らかとなり、また、相対的に評価する場合にはそれも可能となるのです。マッチポイントもなく、いくらでも時間を使ってよい、などというゲームは、世の中のどこにもありません。

 特に考えるべきは、研究発表は、治外法権の特権的な解放区などではなく、様々にプラグマティックな状況の一要素にほかならないということです。発表の後に、質疑応答があるでしょう。その後には、総会があるかも知れないし、懇親会が予定されているかも知れない。聴衆は、ほんとうは次の発表が目的で来場しているかも知れないし、帰りの時刻を気にしているかも知れない。「知れない」ではなく、そう想定すべきでしょうね。

 それに第一、所定時間を超過して長々と行われた発表に、良い発表など、私がこれまで経験した中に一つもなかった、と、はっきり言っておかなければなりません。与えられた時間を効率よく処置できないような人間ならば、与えられたテクストをもまた、効率よく処置できないということです。たいがいの場合、そのような発表は、ムダな部分が必ずあります。

 あるいはそうでないにせよ、重要性の大小に応じて、資料のみに委ねるところ、次回発表に予定するところなど、柔軟に対応すれば、必ず時間内に収めることはできます。発表時間を守らない発表者は、著しくルーズか、あるいは、著しく堅物かのどちらかです。もしかしたらその両方の場合もあるかも知れません。

 そして、研究会等において、司会者の役割は決定的に重要です。司会者は、遠慮してはなりません。時間を守らせるのは、司会者の第一の仕事です。発表者も司会者もいい加減なために、ずるずると長引き、崩壊寸前にまで立ち至った研究会を、私は何度も体験してきました。発表者がやめないので、聴衆が先に拍手を始めたりとかね。これは、醜悪です。そういうみっともないことになると、参会者全員が、イヤな後味を残したまま会場を後にすることになってしまいます。

 また指導者は、この基本を守るように、常日頃から指導しておかなければなりません。(自分が守ることはもちろんです。)研究発表だけではありません。あらゆるコミュニケーションは、それがどんなものであれ、相手の人生の、本来は自由で貴重な時間を奪うことによって成立しているのだということを、私たちは認識しておく必要があるのです。
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