劇団レッドフェイスプロデュース/DONSYOU
November 05 [Sat], 2011, 23:40
呑象を見てまいりました。
倶楽は席をちょっとずらして配置してくれている素敵な劇場だと思うんですけど、どういうわけか前列のおふたりが……こう、いすを二つ使ってお座りに……なっていまして……。クッションとクッションの、この切れ目?のところにね!なんでかしらんけど!席むっちゃあいてるしなんかずれてくださいよとも言えず!というかずれてるんだけどさ!目の前に頭があるのでこれはあかんと思い後ろの列に移ったのがほんま直前でなんか周りのかたにはすんませんでした。
で、えーと4200円だっけ?
私としてはつかたくさんと八巻さんでこれだけの価値があるので、この人たちを見るために行ってください、と言いたい。
私は彼らが大阪に来てくれることを本当に楽しみにしていたし、とても久しぶりにこの近い距離で見た彼らはやっぱりとても素敵な役者だった。とくに塚本さんは、客はきっとみんなが今回の役者をほとんど知らないだろうが、見た後に一番気になる役者っていったらこの人でしょう?ってきっと思うだろうってくらい本当に素敵だったし、私は彼をずっと好きなことがなんだか誇らしいくらいだった。
そして、私の払ったこの金額は芝居への金額ではなくかれらをはじめとする何人かの素敵な役者に出したようなものだというのもどうしようもなく事実です。私自身はそんをしていないけどとても残念なことにこれははっきりとそうだった。
なんだか乗り切れないはじまりから、塚本さんが出てきたときのその空気の変化を私は最初欲目なのかと思ったんだけど。だって十年近くも素敵な役者だって思い続けて、大阪きてから一人芝居なんかで出てほしい役者は?なんて聞かれたらさくちゃんとかつかもとさんとか書きまくってきた人なんだから、少々贔屓にみないわけがないでしょう。でもそうではなくて、彼は本当にすばらしかったです。みてみてすてきでしょう、もっとこの人が見たいでしょう、大阪でもっと彼がやってくれたらってみんなそう思うでしょ!ってほんとに私は思ってた。
あと八巻さん。八巻さんなのに殺陣がねえよ!って思ったけど、この人はすっごいからだがきれるのに、こういうあったかい人がほんとに素敵。とてもよく似合う。どろくさくって心根があったかいのが、なんだかなきたいくらいやさしいよね。そんですーごいかわいいんだよー!やまきさんはほんとかわいい!好き!
良子さんは出番がすくなくって残念だったけど、でもいい女でした。あれだけの描写なのにいい女!てなってて、すごいなあって思った。でもなんだかもったいなかったなあ。女性の描写がぜんたいにすごく薄いの。すごく残念。
で、今回のめあてはこの三人だったんだけど、出てきた瞬間にあ、この人はすごいいい気がする、て思ったのが三上さん。伊藤さんですね。なんだかとても安心感があって、心配なく見ていられたし、丁寧でてざわりのやらかい芝居。すてきだなあって思った。
あと呑象の伊藤さん。というか、呑象のときではなくて、高島さんとして出てきたときにすごい好きな人だなって思って、あれ?同じ人?みたいな感じ、でした。この人の演技もとても好きだった、です。上三人は欲目贔屓目あるかもしれないんだけど、でもまあこの人たちの安心感と求心力はすばらしかったって思う。
さて。
観劇ではおなじみの友人と、はじめましてのもうお一方と、ハシゴの中野劇団へ向かうまでの文句たれたれなこと。
悪口かよ、と思われても仕方のないことです。でも書く。
主役がだれなんかよくわからなかったです。べつにいい役者だからとかじゃなくて、いちばんでばって見えたの松陰さんだった。で、まあ呑象なんかなとは思うんです、タイトルやしね。でもまあ中核にいたというか、彼が物語を大きく動かしているのは間違いないんだけど、主役ではなかったよ。なんかね、主人公みたいなカメラの追い方をね、いろんなひとがされてて、高島さんだか高杉さんだか松陰さんだか竜馬だか、みたいなかんじで。呑象となった高島、かとは思うんだけど。なんか、どこを追っていいのかわかんないのね、物語の。それはまあ私の読解力のせいということかもしれないんだけど、脚本はものすごい散漫な印象を受けました。
先に書いたけど女はだいたい薄かったです。まー、いい女はいい女なんだけど、もっと厚く出来たんちゃうかなあ、って。いいこといわせていいことさしてとかじゃなくてさ。とくに高杉の妻は、一度はっきりと夫に拒否されて、そこで自分が夫の中でどう思われているのかをわかった、もしくは知っていたのだということがわかって、その時にはっきりとそれを辛く思う姿を見せたじゃないですか。そんでそれでも彼女はよい妻であったでしょう。なのにそうした葛藤とかはそのあと一個もかかれんかって、妾宅にこもりきった病気の夫のところに悋気で乗り込むだけのやっすいおんなになってしまって私とても悲しかった。あなたとてもつらいのに、こんなつまらない女にされてしまって、って。あと女性陣はなんで着物の下にジャージとかきてんの!?いみわからん!襦袢とかやったらうごきづらいとかなんかあるのかもしれんけど、見えるようなもん着ることないやん!なまあしでいいやん!ショートぱんつとかはいたらべつにぱんつも見えへんやん!スパッツとかジャージとか、なんであれを穿くのか、そしてなんでだれもそれをとめんのか、私にはもうほんと意味がわからん!
あと、高島先生の算木?の音、あれ、手の中でもみもみしてないときにも音が変わらないのってすごい気になって、手が止まってるのに何で鳴るんだろう、って。さいごのざっ!て音ははまるんだけど合間のあそこがすごい気になるんだよね。ここは関西なのできっと相当数の人が(王子、王子が音響だったら……)って思ったんじゃないかな!!そういうすごいささいかもしれないおとずれがちょいちょい。王子のせいで耳が贅沢になってるのかなあって思ったけどそうでもないよね、だって動きと違う音が出てるんだからそら気になるよね。
MEはもうほんと趣味なんだろうけど、なんでこの選曲?て思うかんじでした。はまらない。好みの問題やね。
転換の多さ!カーテン引かないと場面変えられないのなんで!?舞台なんか空間にいくらでも魔法かけたらいいのに!と思うのは観劇の土台を野田でつくりその上に建てたものはピスタチオの系譜にあるがゆえの好みでしょうか。あんなにぶつぶつと切っても気にならないものなのだろうか。
そういやチラシにもビッグベンを鳴らす、とかあったんだけどなんでビッグベンがそんなにキーワードなのかがわからんかったのは読解力のせいかもしれないし私は読解力がなさ過ぎるから多分そう。
鐘の音が聞こえたときに「ときはかねなり」といったその台詞に、私は意味がちがうやんと思い、台詞では駄洒落とつっこまれ、結局あれは深い意味を持たない言葉として煙のようにふいと消えたように感じる。もしもこれが野田だったら?て思う。この言葉にどれほど胸を打たれるだろう、と。いくつもの意味を持つことの出来る言葉を、ひとつの意味もない言葉としてつかってしまうのはとてももったいない。必要ないならないほうがよかった。
たぶん竜馬が「血を流さずに」と言ったときに咄嗟にかわりにかねをながすのだ、と思ったら瞬時に「血の代わりに金が流れるなら俺はそれでいいと思うんだ、思想なんてたかだかそれっぱかしのことじゃないか」って出てきてしまって、まあ美しい言葉というものは深く巣食うものだなあと思ったりしました。
高杉さん死ぬときにそこまでのいろんな台詞がぶわーとながれて、たぶん走馬灯てきな何かなのかなと思うんだけどそれが高杉さん一個も関係ない台詞もあって、なんかランダムにもほどがあるというかこんなのひとつひとつ聞き取るものではなくて勝手に耳に入ってくるのに入ってきたものがいちいちつながりをもって私の胸をかきむしってそれをほたらかして出て行ってそうやって私を泣かせてくれるものなのではないのかといらいらいらいら。途中でこれはほんまにランダムにここまでの台詞を選んで流しただけで、ここでつかわれていることばにはなんの意図もないのだって思ったから考えるのをやめたらただのノイズでした。残念!なんか意図あったのだろうか。
呑象と高島はあんなにも裏表だったのにそこもひとつも活かされないのね。まるでただのそっくりさんみたい。どうかんがえてもすごい因果とかさーあるじゃんないとおかしいだろあれ
良子さんを女性陣がおさえつけたあれはなんのメタファーだったのか
もしかして呑象ふたりは早着替えじゃなくて舞台上で入れ替わったらよかったのでは
よかったのは役者、よくなかったのは脚本と演出と制作、ということになった
メディアリテラシーとか、今の時代のこととか、こっそりとかくされたメッセージはちらほらと感じたけど、ほんとにさりげなくて、きっと心には残らないだろうなあと気づくたびに思いました。TPPのこと思ったりもしたね、まあそりゃ意図されてはいないかもw
チラシのテキストが画像っていう 解像度が低いっていう ゆえに読んでねえよ!!!!!!
最終的にはなんであれが選ばれたんやろうねえ、やっぱり芝居でも本でも賞なんかいっこも信用できない、信じられるのはほんま自分の勘だけですねってそういうことになってしまいました。
最後箇条書きやし!
見に行ったことを後悔したり金返せって思ったりお勧めできないかっていうと、冒頭に書いた役者を見てかれらが素敵だってことを知るということに金額ぶんの価値は間違いなくあると思っています。たぶんこのレビューはほめた人たちのことも喜ばせはしないけれど、私だってこの芝居では喜べなかったのだからしかたないさ。東京にいったミジンコターボのRTで私のTLはお祭り状態で、それではと検索してみた結果のその熱量がきっと答えなんだと、それがすべてではないにしろ私は思った。だってすばらしいものをみたらそれをだれかに伝えられずにおれない。私はただ素晴らしい役者が東京から来た、彼らをどうか知ってほしいって、それだけ。この人たちを私は本当に素敵だと思っていて、かれらを長いこと本当にとても好きなのに、彼らを喜ばせない文章を書いてしまうことはやっぱり嬉しいものではないね!
倶楽は席をちょっとずらして配置してくれている素敵な劇場だと思うんですけど、どういうわけか前列のおふたりが……こう、いすを二つ使ってお座りに……なっていまして……。クッションとクッションの、この切れ目?のところにね!なんでかしらんけど!席むっちゃあいてるしなんかずれてくださいよとも言えず!というかずれてるんだけどさ!目の前に頭があるのでこれはあかんと思い後ろの列に移ったのがほんま直前でなんか周りのかたにはすんませんでした。
で、えーと4200円だっけ?
私としてはつかたくさんと八巻さんでこれだけの価値があるので、この人たちを見るために行ってください、と言いたい。
私は彼らが大阪に来てくれることを本当に楽しみにしていたし、とても久しぶりにこの近い距離で見た彼らはやっぱりとても素敵な役者だった。とくに塚本さんは、客はきっとみんなが今回の役者をほとんど知らないだろうが、見た後に一番気になる役者っていったらこの人でしょう?ってきっと思うだろうってくらい本当に素敵だったし、私は彼をずっと好きなことがなんだか誇らしいくらいだった。
そして、私の払ったこの金額は芝居への金額ではなくかれらをはじめとする何人かの素敵な役者に出したようなものだというのもどうしようもなく事実です。私自身はそんをしていないけどとても残念なことにこれははっきりとそうだった。
なんだか乗り切れないはじまりから、塚本さんが出てきたときのその空気の変化を私は最初欲目なのかと思ったんだけど。だって十年近くも素敵な役者だって思い続けて、大阪きてから一人芝居なんかで出てほしい役者は?なんて聞かれたらさくちゃんとかつかもとさんとか書きまくってきた人なんだから、少々贔屓にみないわけがないでしょう。でもそうではなくて、彼は本当にすばらしかったです。みてみてすてきでしょう、もっとこの人が見たいでしょう、大阪でもっと彼がやってくれたらってみんなそう思うでしょ!ってほんとに私は思ってた。
あと八巻さん。八巻さんなのに殺陣がねえよ!って思ったけど、この人はすっごいからだがきれるのに、こういうあったかい人がほんとに素敵。とてもよく似合う。どろくさくって心根があったかいのが、なんだかなきたいくらいやさしいよね。そんですーごいかわいいんだよー!やまきさんはほんとかわいい!好き!
良子さんは出番がすくなくって残念だったけど、でもいい女でした。あれだけの描写なのにいい女!てなってて、すごいなあって思った。でもなんだかもったいなかったなあ。女性の描写がぜんたいにすごく薄いの。すごく残念。
で、今回のめあてはこの三人だったんだけど、出てきた瞬間にあ、この人はすごいいい気がする、て思ったのが三上さん。伊藤さんですね。なんだかとても安心感があって、心配なく見ていられたし、丁寧でてざわりのやらかい芝居。すてきだなあって思った。
あと呑象の伊藤さん。というか、呑象のときではなくて、高島さんとして出てきたときにすごい好きな人だなって思って、あれ?同じ人?みたいな感じ、でした。この人の演技もとても好きだった、です。上三人は欲目贔屓目あるかもしれないんだけど、でもまあこの人たちの安心感と求心力はすばらしかったって思う。
さて。
観劇ではおなじみの友人と、はじめましてのもうお一方と、ハシゴの中野劇団へ向かうまでの文句たれたれなこと。
悪口かよ、と思われても仕方のないことです。でも書く。
主役がだれなんかよくわからなかったです。べつにいい役者だからとかじゃなくて、いちばんでばって見えたの松陰さんだった。で、まあ呑象なんかなとは思うんです、タイトルやしね。でもまあ中核にいたというか、彼が物語を大きく動かしているのは間違いないんだけど、主役ではなかったよ。なんかね、主人公みたいなカメラの追い方をね、いろんなひとがされてて、高島さんだか高杉さんだか松陰さんだか竜馬だか、みたいなかんじで。呑象となった高島、かとは思うんだけど。なんか、どこを追っていいのかわかんないのね、物語の。それはまあ私の読解力のせいということかもしれないんだけど、脚本はものすごい散漫な印象を受けました。
先に書いたけど女はだいたい薄かったです。まー、いい女はいい女なんだけど、もっと厚く出来たんちゃうかなあ、って。いいこといわせていいことさしてとかじゃなくてさ。とくに高杉の妻は、一度はっきりと夫に拒否されて、そこで自分が夫の中でどう思われているのかをわかった、もしくは知っていたのだということがわかって、その時にはっきりとそれを辛く思う姿を見せたじゃないですか。そんでそれでも彼女はよい妻であったでしょう。なのにそうした葛藤とかはそのあと一個もかかれんかって、妾宅にこもりきった病気の夫のところに悋気で乗り込むだけのやっすいおんなになってしまって私とても悲しかった。あなたとてもつらいのに、こんなつまらない女にされてしまって、って。あと女性陣はなんで着物の下にジャージとかきてんの!?いみわからん!襦袢とかやったらうごきづらいとかなんかあるのかもしれんけど、見えるようなもん着ることないやん!なまあしでいいやん!ショートぱんつとかはいたらべつにぱんつも見えへんやん!スパッツとかジャージとか、なんであれを穿くのか、そしてなんでだれもそれをとめんのか、私にはもうほんと意味がわからん!
あと、高島先生の算木?の音、あれ、手の中でもみもみしてないときにも音が変わらないのってすごい気になって、手が止まってるのに何で鳴るんだろう、って。さいごのざっ!て音ははまるんだけど合間のあそこがすごい気になるんだよね。ここは関西なのできっと相当数の人が(王子、王子が音響だったら……)って思ったんじゃないかな!!そういうすごいささいかもしれないおとずれがちょいちょい。王子のせいで耳が贅沢になってるのかなあって思ったけどそうでもないよね、だって動きと違う音が出てるんだからそら気になるよね。
MEはもうほんと趣味なんだろうけど、なんでこの選曲?て思うかんじでした。はまらない。好みの問題やね。
転換の多さ!カーテン引かないと場面変えられないのなんで!?舞台なんか空間にいくらでも魔法かけたらいいのに!と思うのは観劇の土台を野田でつくりその上に建てたものはピスタチオの系譜にあるがゆえの好みでしょうか。あんなにぶつぶつと切っても気にならないものなのだろうか。
そういやチラシにもビッグベンを鳴らす、とかあったんだけどなんでビッグベンがそんなにキーワードなのかがわからんかったのは読解力のせいかもしれないし私は読解力がなさ過ぎるから多分そう。
鐘の音が聞こえたときに「ときはかねなり」といったその台詞に、私は意味がちがうやんと思い、台詞では駄洒落とつっこまれ、結局あれは深い意味を持たない言葉として煙のようにふいと消えたように感じる。もしもこれが野田だったら?て思う。この言葉にどれほど胸を打たれるだろう、と。いくつもの意味を持つことの出来る言葉を、ひとつの意味もない言葉としてつかってしまうのはとてももったいない。必要ないならないほうがよかった。
たぶん竜馬が「血を流さずに」と言ったときに咄嗟にかわりにかねをながすのだ、と思ったら瞬時に「血の代わりに金が流れるなら俺はそれでいいと思うんだ、思想なんてたかだかそれっぱかしのことじゃないか」って出てきてしまって、まあ美しい言葉というものは深く巣食うものだなあと思ったりしました。
高杉さん死ぬときにそこまでのいろんな台詞がぶわーとながれて、たぶん走馬灯てきな何かなのかなと思うんだけどそれが高杉さん一個も関係ない台詞もあって、なんかランダムにもほどがあるというかこんなのひとつひとつ聞き取るものではなくて勝手に耳に入ってくるのに入ってきたものがいちいちつながりをもって私の胸をかきむしってそれをほたらかして出て行ってそうやって私を泣かせてくれるものなのではないのかといらいらいらいら。途中でこれはほんまにランダムにここまでの台詞を選んで流しただけで、ここでつかわれていることばにはなんの意図もないのだって思ったから考えるのをやめたらただのノイズでした。残念!なんか意図あったのだろうか。
呑象と高島はあんなにも裏表だったのにそこもひとつも活かされないのね。まるでただのそっくりさんみたい。どうかんがえてもすごい因果とかさーあるじゃんないとおかしいだろあれ
良子さんを女性陣がおさえつけたあれはなんのメタファーだったのか
もしかして呑象ふたりは早着替えじゃなくて舞台上で入れ替わったらよかったのでは
よかったのは役者、よくなかったのは脚本と演出と制作、ということになった
メディアリテラシーとか、今の時代のこととか、こっそりとかくされたメッセージはちらほらと感じたけど、ほんとにさりげなくて、きっと心には残らないだろうなあと気づくたびに思いました。TPPのこと思ったりもしたね、まあそりゃ意図されてはいないかもw
チラシのテキストが画像っていう 解像度が低いっていう ゆえに読んでねえよ!!!!!!
最終的にはなんであれが選ばれたんやろうねえ、やっぱり芝居でも本でも賞なんかいっこも信用できない、信じられるのはほんま自分の勘だけですねってそういうことになってしまいました。
最後箇条書きやし!
見に行ったことを後悔したり金返せって思ったりお勧めできないかっていうと、冒頭に書いた役者を見てかれらが素敵だってことを知るということに金額ぶんの価値は間違いなくあると思っています。たぶんこのレビューはほめた人たちのことも喜ばせはしないけれど、私だってこの芝居では喜べなかったのだからしかたないさ。東京にいったミジンコターボのRTで私のTLはお祭り状態で、それではと検索してみた結果のその熱量がきっと答えなんだと、それがすべてではないにしろ私は思った。だってすばらしいものをみたらそれをだれかに伝えられずにおれない。私はただ素晴らしい役者が東京から来た、彼らをどうか知ってほしいって、それだけ。この人たちを私は本当に素敵だと思っていて、かれらを長いこと本当にとても好きなのに、彼らを喜ばせない文章を書いてしまうことはやっぱり嬉しいものではないね!
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