最後の研究発表の場を明日に控えなんだか少しわたわたしています。
体調的にも気持ち的にもパソコンになかなか向かえなくて、正直やっつけ仕事になってしまったような恐れもありますが、修論でやり残した卒論で本当にやりたくてできなかったことを何とか手がけることができました。
出来はともかく、修論では先生たちに未開拓の分野を丁寧に考察したことを評価していただいたテーマであるし、最後の授業(ではないけど)と思って勉強してこようと思います。
今日はほんの少し真面目な日記です。長いです。楽しくないです。
正直研究と離れるということがまだ実感できません。
そりゃ、修論終わってもその発表会と口頭試問と明日の発表と修論の雑誌論文化と今までにないほど自身の研究に打ち込んでいる2ヶ月間ですからね。ぐーたらしてたけど。
この5年間本気で『平家物語』を愛してきました。
この作品に向かい合ってたくさん泣きました。
思えば物語の中―漫画とかゲームも含めて―人が死ぬということの重さを教え叩きこんだのが『平家物語』でした。
『平家物語』を読んで、心から愛して、研究して。
『平家物語』の物語内の人の死に何度も直面して何度も落ち込んで時には泣きました。
遺された人の悲しみ、それを乗り越えなくてはならない悲しさと強さ、人を遺して逝かねばならない苦しみ。
フィクション、ノンフィクション問わずそれを伝えるメディアは多々ある中で、どうして私がこの作品で最も強くそれを感じたのかは分かりません。
けれど、『平家物語』が平家滅亡後50年経たず原型が作られ、その後100年以上かけて現在読まれるような形ができて、それがお能や歌舞伎なんかの二次創作をされて、現在でも漫画やゲームやドラマの種となって、それぞれの時代の人たちを楽しませ涙を流させてきたことを思えば、私が感じた様々なものは当然のものなのかもしれません。
その意味で私は『平家物語』を批判研究する立場には立てていない。
それを教授や先輩からも散々指摘されてきました。
でも、今研究を離れる時期に来て、これはこれで良いのではないかと思うようにもなりました。
批判は必要。私だって批判する時はするし、『平家物語』の中身を美談としてとらえているわけではない。
けれど、批判して粉々に解体して打ち崩してしまったら、それは私の愛するものではないと思うのです。
本当に好きだからこそ見えるものがある。もちろん同時に見えないものもある。
でも360度全ての視点を持つなんて無理だと思うんです。
自身が持っていないことは自覚しないといけない、そのような視点があることを理解しなくてはいけないけれど、だからと言ってその視点を無理やり自分のものにする必要もないのかなって。
もちろんこれは逃げです。
でも私が『平家物語』を読んでその内容に感情のままに泣いてその人たちを想うには逃げなければならないところもあった。
『平家物語』に書かれた人物≠実際の人物であることはもちろんです。
私が泣くその理由がどちらの人物に当てられたものなのかは分からない。
本当に好きなのは歴史上の平家の人物なのかもしれないと思うこともありますが、でも私がその人物を知るのは『平家物語』がやはり大きいんですよね。
『平家物語』や他の史料・資料、あるいは『平家物語』の虚構性そうしたものを全て受け入れて、私は『平家物語』が好き。
そうしたもの全てを含みこんでいるものが平家物語なのだと思います。
だから『平家物語』の何が好きなのか分からなくなってもやもやした時もあったけど、今は『平家物語』のことが本当に好きなんだ、愛しているんだって大声で言えます。
本当に大好きです。
冗談ではなくて、たぶん私が研究を離れることで私が研究している…してきた『平家物語』のその分野の研究は何年も遅れます。下手したら何十年。
この70年間本当に触れられていない分野だった。今後急に進むとも思えない。
でも、後輩に私の研究に興味を持ってくれたコができた。
私のこの4年間の研究生活…長くないけどその中で一番の成果が他人にその面白さを伝えられたことだと思います。
もしかするとその子が研究をしてくれるかもしれない。私が見えなかったものに手を出してくれるかもしれない。
後から来る者に感じる焦燥とかも実はあります。でもそれでも期待感が大きい。
論文化しないかというお誘いに前向きな返答ができたのも私の論文を読むことで誰かがその研究に興味を持ってくれることを期待するからです。
特にこの3年間は本当に研究が生活の一部で、正直周囲よりもぐだーっとしていたことも知っているんですが(汗)、それがなくなる日々が来るということが良く分かりません。
とは言え、今後も本格的に腰を入れたものではないけれど、日本文学の研究の同人誌にお誘いも受けているので完全に切り離されることはなさそうです。
「呟き」程度だろうけど、その内生活が落ち着いたら『平家物語』ブログでも立ち上げようかなーと思っています。
だって、本当に好きなんだもの。
『平家物語』で同人はもう無理だと確信したのでしませんが、これからもずっと愛してゆきたい。
第一線(ではないけど)を退いても携わってゆける、それが文学研究の素晴らしさだと思います。
うーん、なんだか学生生活の総括みたいになっちゃいました。
本当に研究が好きだったんだなー。その割にはサボってばっかりだったけど。
本気で専門職として研究を続けるなら触りたくないものに触らないといけない、持ちたくない視点を持たないといけない、『平家物語』に泣いている場合ではない、それが研究を止める理由です。たぶん最後のが最大。
晩年になって一冊くらいエッセイでもなんでも『平家物語』の本を刊行できたらいいなーと夢を持って生きてゆこうと思います。
人生の夢がまた一つ増えた。
では明日発表してきます。