おもうこと

March 09 [Fri], 2012, 1:12
こんばんは。
あれから少し落ち着きました。
とは言え全く明るくない話題ですので追記へ。
とりとめがないです。

思うこと

July 25 [Mon], 2011, 20:23
思えばもう7月末なんですよね。
3月11日から時間の流れが早い…というよりも毎日が必死で非日常で時間が経過して状況が好転することだけを祈っていた期間が相当あって、そのせいでそう感じるんでしょうね。

なんかつらつら書いていたら思った以上にぐちぐちしてきたので追記にしまいます。
今までの震災の記事の中でも一番くらいにどうしようもないです。気分害されるかもしれない、ってくらいに。

二ヶ月を目前にして

May 10 [Tue], 2011, 23:08
震災に関して、またぐるぐるしたことを書いていますので全て追記に置きます。
いいかげんにしろって感じですよね。
分かっているけどどうにもならない自分の性格にちょっと呆れています。

春は来てます

April 18 [Mon], 2011, 18:06
やりたいこと、やらなくちゃいけないことは山積みなのですが、最近異様に眠く何もできません。
(自分の中では)一応早寝早起きをしていますし、それほど激しく活動しているわけではありませんので、何が原因なのか全く分かりません。
何もできないくらいひたすら眠いです。

一昨日と今日ボランティアセンターに行って来ました。
市運営のボランティアセンターは泥掻きや避難所のお手伝いではなく、個人宅での片付けや物資の仕分けの活動が主なのですが、地震から一月経ち、そろそろお仕事はなくなってきたようです。
今日も結局千羽鶴を30分ほど折るだけでした。
一昨日は、県に届けられた物資が一斉に集う教育センターで仕分け作業をしましたが、そこのセンターは昨日閉鎖されたとか。
まだまだ仕事は多々あるのでしょうが、サークル単位で学生が大勢働いているので、NPOの団体などと協力すれば十分人手は足りるのでしょう。

さて、今日は仕事もなかったので鶴折った後に駅前に出て買い物してきました。
もうけっこういつも通りだな〜と思う一方、飲食店のメニューはいまだ限定的ですし、商品も揃ってはいないような感じがしました。
駅前だけを見ても本当の元通りになるにはまだまだ時間がかかるだろうなぁと改めて思いました。


もう地震から40日ほど経ったわけですが、地震直後から被災地外の方々の印象として非常に気になることがあります。
私の祖母や親戚も大いに勘違いをしていたわけですし、全国ネットの報道を見ているとそう思ってしまうのも納得できるのですが…。
宮城県を筆頭に沿岸部は酷い被害を受けています。けれど仙台は壊滅していません。
そんなの当然だよね?と思う方が大多数かと思いますが、南西にお住まいで東北の地理に明るくない方にはそういう思い違いをしている方が一人二人ではなくいるんですよ…。
父の仕事関係者や友人などがお見舞いの電話をたくさん下さっているのですが、皆さんまず津波を心配されて、それに対して家は山沿いだからと答えると「だって仙台が津波で酷い被害を受けて壊滅状態だと報道で見た」というような反応をされるらしいです。
もちろん全員が全員ではないですが。
テレビで報道されるのは最も被害が大きかった地域(地震の後3週間ほどは最も被害を受けた地区は報道できるレベルではなかったらしいですが…)であり、危険建物と判断された家々が連なる住宅地であるとか、土砂崩れにより通行できなくなっている我が家近辺とかはほとんど報道の対象になりません。
それゆえに他の地域は被害がなかったという勘違いも起こる一方、すべての地域で報道されているような壊滅的被害を受けているという勘違いも起きているわけです。
大きい被害に心痛めて支援の手を差し伸べて下さるのはありがたいですが、正しい理解というものも同時に求めたいのが正直なところです。
支援が必要なのは沿岸部がもちろんではありますが、内陸部も相当被害は受けていますし、家や家族は無事でも心が傷ついている人たちは子供やお年寄りだけではなく大勢います。
そういったところにも、沿岸部のような被害ではないから頑張れる・大丈夫だではなくて、住民の方から声を上げて必要な支援を求めてゆかねばならないでしょう。
もちろん、今最も緊急に助けが必要なところを優先ですけどね。
でも、大きな揺れにもかかわらず11日の地震で内陸部に被害がそこまで大きくなかったのは事実にしろ、揺れそのものによる被害はなかったという風に思ってしまうのはやっぱり駄目です。
津波の被害が大きかったのは事実。でも、それよりも被害は小さいから…といって無視してもいけませんよ、今後の都市計画を考えてゆく上でも。
海外の事実誤認した報道が話題になったりもしますけど、国内の報道も時に偏り事実を誤認させるに十分なものを流しているように感じる時があります。


先週2週間ぶりに仙台に帰ってきて、やっぱり色々思うところは出てきてます。
ただ、それを理由にぼんやりしていてはいけないから、頑張って自分のすべきことをしてゆかないと!
道が塞がっているせいで毎日倍の時間をかけて学校に通っている地区の小中学生を見ると、頑張らなきゃって思いますね。
とりあえず来週にでも仮免が取れるっぽいので試験落ちないように頑張ります。

表紙が折れたと言われました

April 09 [Sat], 2011, 13:05
先日の地震、あの後すぐに家に電話をかけたら3度目で繋がって、停電はしているけど大丈夫とのこと。
横浜はその日は強風が酷かったので最初は風で揺れているのだと思ったら、徐々に揺れが強くなり、これは確実に宮城沖の地震だと確信しました。
すごくこわかったです。
震源地から遠いのに結構揺れているわけですから…。
その日両親は気仙沼に物を持ってゆくのか何なのか、とにかく父の教え子のところに行くと言っていましたから、最悪まだ気仙沼にいるという可能性がありました。
テレビをつけたら津波警報が出ていて、祈るような気持ちで電話をしたら3度目に自宅に繋がり父が出て本当にほっとしました。
私の本棚が残念なことになり、父の研究室がこの3週間以上の苦労が水の泡になった以外は被害はないそうです。
ライフラインも幸運にも我が家の地区は夜間の停電だけですんだそうで、他の地区の方には申し訳ないながらもほっとしました。
これがいつまで続くのか…。
また停電の可能性も大いにあるので、近日帰還予定なので、そのためも兼ねて、懐中電灯と乾電池をおばからいただいたので送りました。
翌日届けてくれた猫さんには頭が上がりません。

ようやく落ち着いてきた頃にこの地震。
普段ならばこれだけで一月は大きなニュースになる規模の地震であると思います。
仙台市等々のサイトで調べてみましたが、11日の地震に比べたら津波もなく被害は小さいのでしょうけど、被害がなくて良かったとはとても言えない状態です。
仙台って合併都市なので無駄に広いのですけど、その広い市内のほぼ全ての公的施設が何らかの被害を受けており使用ができない状態です。
博物館とか図書館は今すぐの必要性はないわけですが、今すぐ必要なお役所類は建物が古いせいもあり結構酷いらしいです…。
壁一面に亀裂とか…。すぐに倒壊する恐れはないにしろ、根本的な補修が必要になるのだろうな・・・。
せっかく町が復活しつつあったのに。誰も責められないのが自然災害。けど悔しいですよ。
津波がなかったのが幸いとは言え、またこれで復興が一歩遅れてしまうのが悲しいです。
ゆっくり行けばいい。けどそうも言っていられないのが住民としての率直な気持ちです。

でもそんな中松島が少しずつ観光客を受け入れ始めました。
瑞巌寺はもう中へ入れます!
とは言え、まだまだ町としては観光ができる状態ではないわけですが、何もなかったらお客さん来れませんからね。
町が片付いて、交通機関も復旧しても、見るものがなかったら来てもらえませんからね。
宮城にお客様が訪れられるようになる時のためにも、今一歩早く松島から復活するのだという町の姿勢にとても嬉しくなりました。
そういうわけで近々一歩早く行ってこようと思います!
津波被害を見に行くのではありません。松島を見てこようと思います!

この一月私に何ができるか考えました。
考えた末に仙台で買い物をしよう!という結論に達しました。
通販は使わずに、なるべくお店で買い物をする。宮城のお店の通販なら別ですけれども。
なるべく宮城産のものを買って、流通しているなら福島産や茨城産のものを買って、イベントの差し入れは今まで以上に気合入れて仙台名産を選んで、多少お値段はっても関係ありません。
全ての企業がダメージを受けた今、無理をして値段を下げているものは買いたくありません。
そんなことをされて倒産されてしまうのが一番悲しい。
普通の商業活動が一番大事です。
そういうわけで東北外にお住まいの私のお友達へ。
急に笹かまやら萩の月が送られてきたら、それは私の仙台への愛ゆえだと思い下さい。
あ、あんたのためじゃないんだから!ってやつです。



ちなみに今日に日記タイトルなんですが、本棚に入れてた完売済みの発行した同人誌の一冊が表紙折れちゃったらしいのです。
電話口で「だから、厚い漫画に挟んだよ。大久保…じゃなくて…」と言われ、すぐに阿佐ヶ谷ジッピーだと理解できた私は偉いと思いました。

離れて思うこと

March 30 [Wed], 2011, 22:37
千葉の液状化現象が起きた町の近くに来ました。
母方の祖父母の家は地震の被害は皆無でしたが、近所でも銭湯の煙突が倒れたり鳥居が倒れたりしたそうです。
またすぐ近接する住宅街での液状化現象により砂埃がすごいとのこと。
今日になって関東圏の震度が大きい方に訂正されましたが、当初は過少想定されていた東北以外の地域の被害も明らかになってきました。
津波の被害が当然のことながら大きく報道されますが、やはりそれ以外の被害もメディアは取り上げるべきだと思います。

私の住んでいる場所は被害が少ないと常に言っているわけですが、何度も述べているように歩いて5分のところで見知った方が土砂崩れで亡くなっていますし、逆方向では小規模の崖崩れも起きました。
市内、住宅地も駅前も10分歩かずに道路の陥没隆起ひび割れがあります。
全壊半壊の建物はほとんどなくとも、ひび割れ・土台の亀裂・外壁の落下・クロスの剥れ等々、住宅リフォームや立て替えが必要なものが非常に多いです。
我が家は今の所、外面は問題ありませんが、至急の調査が必要な施設住宅の検査が落ち着いた頃には住宅診断を行う必要性があるでしょう。
お隣りのおうちや近所のおうちはクロスの剥れが酷いとのことですから。
津波被害の方々の一時避難場所として候補に上がっている公営住宅は古い物が多く、内部外部の被害により立ち入り禁止になっているものが少なくありません。それはアパート・マンションも同様ですけれど。
駅前のペデストリアンデッキは徐々に改修が進んでいますがかなりガタガタでした。
それに、ころは報道で知ったものですが宮城より南部の県で土砂崩れにより何人もの方が亡くなっている。
仙台近郊の大型ショッピングセンターで天井が落下して数名亡くなっている。
確かに津波がなければ犠牲者の数はケタがたくさん変わったと思います。
揺れの被害は、特に仙台では耐震工事がこの5年くらいでとても行われたこともあってすごく少なかったのだと思います。
でもやっぱり被害は存在する。

もちろん最も報じて欲しいのは津波被害です。
いつも報じられることで被災地以外の人たちに津波の被害を忘れさせないようにできる。
でも、その何分もの一でいいから、被害の少なかった場所の被害も報じて欲しい。
被害は少なかった、けど津波被害がなかったら確かに地震による被害として報じられていただろうものが山沿いの土地にも、関東やその後の地震によって被害を受けて土地にも広がっています。
それも一つ事実として多くの方に知っていただきたいのです。


山形と新潟を経由して関東入りして、どこの土地でも支援の手があって一人一人の方たちができることを頑張ってくれている。
被災者として力づけられるし、今後の支援者の一人として背中を押されます。
でもどうしても、これは仕方ないと思うのですが、被災地とそうでない土地では感じ方に違いがあります。
心の底から被災地を思っている祖母や叔母の言葉に逆に胸が痛くなります(被害の少なかった私がそう思ってしまうのもおかしいですが)。
家族を亡くしたのも、家を失ったのも私ではないですが、それを他人事として同情をすることはできません。
私の住む土地の中で隣人たちが被害に遭い、住まう土地が荒らされてしまっている。
我が事のように、なんて図々しくて言えませんけど、今までの日本国外様々な災害や事件とは全く異なる苦しさがあります。
今は震災のニュースを見てあれこれ話す親戚の言葉を聞くのもつらいです。
一緒に被災者の方々をかわいそうと言えませんし、これまでの津波への対策や啓蒙活動を非難する気にはなれません。
でもそれに対して、親戚や被災地外を本拠とするメディアの報道方法を非難したいのではありません。
ただ確実に温度差はあって、それを被災者側もそうでない側も意識する必要があると思います。
仙台で放送されている地方番組や、地方新聞をそれ以外の地域でも流したり手に取れるようにできたらいいのにって思いました。
だんだん地震が過去のものになっていると、義援金を集める活動をしているとある方は危惧していました。
いまだに大都市であったはずの仙台は街としての機能を取り戻し切れていません。
たくさんの避難者の方が窮屈な日々を送っています。
その現状を、専門家の言葉だけでなくてもっと報じて欲しいんです。



明るく前向きに、がモットーですが、すみません。
もうしばらくはこの状態から立ち直れません。
日常では同人誌読んできゃっきゃしたり、勉強したり、雑談で笑ったりできています。
でも、今の状態でそんな日常を日記にできません。
こんな時に笑って良いのだろうか、遊んで良いのだろうか、思っても仕方ないのに考えてしまいます。
そんな日常を綴るのに、今とても罪悪感があります。
だから日記だけ見ると、乱界ちょっと心配なコになっていますが、実際はそこまででもないのでご安心下さい。
10日のオンリーではきっといつも通りへらへらしてます。
でも、日記だけはしばらくこのままだと思います。
あと一週間くらいは変えられないと思うので、その頃になったらまた見に来て下さい。
どこかに吐き出したくてたまらないので日記は書き続けるけど、こんな調子の見苦しさが続くと思うので…

全てのことに対して心配はご無用です。乱界は非常に元気ですので☆
原稿も…うん。手は進まないけど一応やる気はありますから。

唐突ですが

March 26 [Sat], 2011, 17:40
突然ですが明日から4月12日くらいまで関東行ってきます

理由は水とガスのライフラインの復旧見込みが全くつかず、食料もなかなか買えず、道は土砂崩れで塞がっていて、情報源の一つの新聞が原発の問題で仙台も危ないと報じ(今はされてません、っていうかその一回だけ)る中、職場と家の徒歩での往復に疲れきってナーバスになった父が有無言わせず勝手に他県の知人を使って私の母の仙台脱出のためにバスの予約を取ってしまったからです。
正直その時から私は大呆れっていうか…ぶちっとなる一歩手前まで行ったんですが、その状態の父に何言っても無駄っぽくて、無駄に怒鳴られるのも嫌だったのでもう勝手にしてくれと思っていたら、その知人(私は面識なし)とのやり取りを押しつけられ、もういっそ家出でもしようかと半ば本気で思ったものですが…。
すればよかったかなー…(遠い目)
話の内容から察するに数ヶ月、下手したら半年一年帰ってくるなって感じだったしー…。
しばらくして状況も改善し、報道もむやみに恐怖心を煽ることはなくなったし、父も我に返ったみたいなんですけど、関東で沿岸部の被害の報道を見た両親の祖父母や親戚が宮城全体が壊滅的被害を受けたと思いこみ、心労で具合を悪くしかけたこともあり、バスの予約取ってしまったし、まあ安心させるためにも顔見せるか〜と思えるようになったので行ってきます。
祖母らの勘違いというか、心配がピークに達したことに関しては、実際テレビをつけてからの全国ネットの報道を見るとそう思っても仕方ないかなーって感じです。
実際、山沿いの我が家から車で30分のところで何人もの方が亡くなっていますし、建物も崩壊していますからね。
電話でいくら声を聞かせても、顔を見るのが一番だと思うので、今後難しくなるだろうし爺婆孝行してきます。

この時期に、緊急性がないのに乗り物を使ってしまうことは申し訳なくもありますが、東北道が開通した今にバスで山形経由で新潟に出てそこから新幹線で東京に行くようなルートですからね。
留学生も帰る方はほとんど帰国されただろうし。
大目に見て下さい。
…まるで逃げ出すようで本当に嫌なんですけどね。
ただ、親戚たち、あるいは東京の友人たちに現地の状況を知ってもらうチャンスであるのも確かなので、しっかり伝えてこようと思います。
そっちでのガソリン買い占めのせいで、こっちでは被災者が家族を捜すことさえままならないんだーと現地民の口から主張してきますよ!それが私の任務ですよ!

そして行ったついでなので、10日のオンリー(スペースもらえたっぽいです)出てきます。
一度帰ってまた行くのは交通機関の予約が取れる取れないの意味でも相当きついし、無駄に席を取ってしまうのは申し訳ないの極み。
長らく滞在してやることないのでHARUに出す予定だった本作りますよ。
この間本気で本当に全く予定がないので時間のある方はかまって下さい。

さて先日街に行った時に仙台銘菓や名産をお土産としてどっさり買い込みました。
周囲に配って仙台の良さをアピールしてきます。
こんないいものがあるなら支援しないわけにはいかないじゃないかと思わせるのも私の任務です。
やっぱり長く支援してもらうには、そこを知ってもらうのが一番だと思うのです。
気仙沼や石巻のものは今手に入りにくいので、仙台の品はやや代用みたいなところがありますが…。
ふかひれの甘露煮が乗ったソフトクリームby気仙沼とかアピールしますか!

それでは荷造りしてきます。
本当だったら祖父母に修論の表紙を見てもらいたかったけど、荷物増えちゃうからまた今度かな…。

2週間まとめ…かなぁ

March 25 [Fri], 2011, 20:41
震災後しばらくの間でブログの検索ワード解析したら明らかに私を探していると思われるワードがいくつかありました。
私は無事ですよ〜、って今更ですね。
サイトの方は検索避け掛けているので、引っ掛かりにくいかと思いますが、このブログはあまり普段から検索で訪れる人が多くないので放置です。
時折記事自体に検索避けかけてますけどね。

地震の後は普段連絡取ってない人とか、メールでははじめましての方とか、本当にたくさんの方に安否確認のメールやお見舞いのメールをいただきました。
こちらのライフラインの事情で返信が非常に遅くなってしまったりして申し訳ありませんでした。
いや、私に非はありませんけどね。
ですが、メールを送って下さってから返信ができるようになるまでの数日間、心の片隅で心配をかけてしまったことを思うと申し訳ないですし、それ以上にとてもありがたく感じます。
たくさんのお見舞いメールありがとうございました。
そして一度だけではなくて、何度も私の捌け口を求めるようなメールを温かいお言葉で受け止めて下さって…
この嬉しさ、安らぎは、なかなか分かってもらえないかもしれないのですが(笑)本当に本当に嬉しかったのです。
電気と電波が復旧してからの返信の遅れは単なる私の怠慢であり、万が一にも面倒だったからでも迷惑だったわけでもありません。
本当に嬉しかったです。
なかなか同じ境遇にある人に、○○ができなくて不便とか不安だとかは言えません。
それを親身になって聞いていただけたから私はあの日から今日まで頑張れています。明日も明後日も前向きに頑張ります。

何度も同じことを繰り返して馬鹿みたいですが何もできないことが悔しい。
ですが、昨日は少しでもその自分の気持ちを汲みたくて、我が家から出せる物資を掻き集めてボランティア団体にお願いして渡してきました。
必要なものが二日前に電話で訊いた時とすでに変わっていて、どこまで本当に必要なものを持ってゆけたかは分かりませんが、少なくともその中の一つでも役に立てると信じます。
たぶん…生理用品とか女性ものの下着とか爪切りなんかは役立てる…はず。
あとホッカイロとタオル!

長期戦になるのでまだ義援金は出していません。
私の現状では出せる額に限りがあるので、もうしばらくしたら更に個別の義援金受付が始まるでしょうから、その時考えてお金を出して行こうと思います。
人の命に関わること、ペットや動物園などの動物に関わること、史跡や名勝地など物に関わること。
様々に今後ともお金が必要です。
長期的に考えてゆかないと。



さて昨日疲れ果てながら病院に行って検査結果聞きました。
普段すごく混んでいる病院なのに待合室に誰もいなくて戸惑いました。
意外に今って病院行き時なのかも…内科とか小児科は混んでるだろうけど。
で、結果はすごく健康的な血液でした<(`▽´)>
これは次に循環器系の検査を受けに行かないと駄目かな〜と覚悟したら、雑談混みのお話をのんびりした後に、熟睡できていないための疲労蓄積だろうという話に落ち着きました。
確かにこのところ9時間近く寝てるのに眠いし、大学の授業中とか常に耐えがたい眠気に襲われてた…
良く眠れるようにと薬処方されました…あ、睡眠導入剤ではないです。寝付きはすさまじく良いので。
これで疲れにくくなるといいなぁ(´▽`)
飲んで寝たら、少なくとも今日はあまりつらくなかったのでちょっときいてるのかもしれません。
よしよし(^ω^W)

軽度被災地より10たぶんラスト

March 23 [Wed], 2011, 20:41
今日無事に病院行ってきました。
私がその病院が開院していることを知ったのは今週頭ですが、実は地震後もずっと開いていたそうです。
頭が下がりました。
ワクチンも無事に打ててほっとしました。
が、私が受けたワクチンは子宮けい癌予防のワクチンだったのですが、その生産工場が現在閉鎖していて、病院へ次にいつ届けられるか分からないそうです。
たまたま販売会社の方が病院にいらしていて、その話を聞いてしまいました。
そのワクチンは3回打つ必要があり、2回目以降は接種時期が決められています。
その間に打たなくてはいけないわけで、恐らく病院は今2回目以降の人の分を確保するので手一杯です。
なので、これからしたいと思う方は今しばらく控えた方が良い、もしくは病院に事前連絡すべきかと思います。
そして色良い返答でない場合はしばらくは延期した方が他の誰かのためになります。
これが全国的な傾向なのかどうかは分かりませんが、甲状腺の病気の薬の製造工場も閉鎖で全国的不足だそうですし、ワクチンに関しても今後品不足が深刻化するのかもしれません。
接種できてラッキーだったね、とか言われちゃった私です。
これでしばらく病院行かなくてもいいや♪と思ったら、ここしばらくの息切れを相談したところ貧血検査をすることになり、明日また結果を取りに行かなくてはならなくなりました。
面倒だけど仕方ない。



さて病院行ったついでに仙台の駅前行ってきました。
なんかね、何度も泣きそうになった。
まず目にしたスーツ専門店で店頭のマネキンが書きなぐった字で「頑張ろう仙台」って持ってたんですよ。
他にも色々なお店の前に同じ文句があって、見る度にうるっとしてしまいました。
この街なら私も頑張れる。
今懸命に大きな声と笑顔で頑張っている商店街や百貨店だらけの街なんだもん。それにお客さんも笑顔で応える街だもん。
まずは中心部から元気にしてゆこうって文句もいくつか見て、駅前だけじゃなくて駅前から立ち直って、仙台宮城東北日本全体にその元気を広げてゆこうとする心が素敵なことだと思いました。
全部いっぺんに元気になるのはやはり無理だと思います。
沿岸部や福島の原発の近辺は長期的な戦いになるし、今は復興よりも先に命を守ってゆかなくてはいけない。
ヤフーニュースで、あるアーティストの応援メッセージが芸能ニュースとしてあったのですが、そこのコメントにそのアーティストの言葉を引いて、今前を向けない人が顔を上げた時に見る明日を作れる人が作らなくてはいけない、とあって私はもともとのメッセージや他の様々な温かい励ましの中で、その言葉が一番胸にきました。
できる人から顔を上げないと、そして俯く人に寄り添って、その人がいつか顔を上げた時に目の前で笑顔を向けないと。
その時目の前に広がる風景が人が笑顔で生活する場所にできるように。
そのためにみんなで普通の生活を普通にして、普通の街を取り戻してゆきたい。
元通りになんてなれません。
失ったものはあまりに大きい。
だから作ってゆくのは新しい景色です。でもそれは元の良さを目指したものとなってゆくはずです。
たいへんな仕事だけど、でも今日の仙台の街を見たらきっとうまくやれると思えました。
ちょっとずつ前には進んでいるんだ!


では明日は検査結果取りに行きます(´▽`)
さっさと引っ掛かって増血剤もらいたいです。
引っ掛からなかったらまた面倒な検査になりそうですよ。ああ嫌だ嫌だ。

軽度被災地より9

March 22 [Tue], 2011, 21:07
病院に電話をしたらちゃんと予約は取れましたが、ワクチン接種可能かどうか訊くの忘れました。
うっかりです(-_-;)


そろそろ仙台市内のスーパーは大行列しなくとも品物が買えるようです。
まだまだ魚や肉(加工品を含む)、ホッカイロやガスボンベなどは購入が難しいですが、野菜などの食品や生理用品などの日用品が買えるようになってきていますよ。
開店しているスーパーや百貨店も増えてきているし、地震直後とは比べものにならないほど買い物がしやすくなりました。
良かった。

そして、今日は良い知らせが!
地元新聞などで大きなニュースとなっていますが、市内のガスが一月半で復旧する見込みが出ました。
市外については私は分からないのですけれど、被害の大きい地域は目処がたっていないものの、それ以外の市内地域は順次復旧しとゆくとか。
これでプロパン以外の飲食店も営業できるし、ガスが使えるようになれば現在電気に頼りきりの調理や湯沸かしがガスでできるので節電にもなります…よね?
ただ下水が弱っている中でガスが回復したら、みながお風呂の水を流すようになるのでは?ということが心配ですが…。
自治体はお風呂の水を洗濯などに使うように呼び掛けていますし、各家庭で気をつけてゆくべきですよね。
私は本当に小さいことですけど、顔を洗った後や体を拭くのに使った水を下水に流さないで庭にまくようにしています。
ほんとちょっぴりしか変わらないけど、毎日で考えたらすこーしは下水の負担を減らせるはずだし。
あとはトイレの水の量を減らすとかね。小さいことからやらないと。

そして良いニュースその2。
仙台七夕は例年通りの日程で行われます(^-^)
あと4ヶ月あれば絶対できる!駅前近辺はそれだけあれば元通りの姿を取り戻すに十分です。
石垣が崩れた青葉城址など、観光名所がそこまでに元通りになるかは難しいと思います、が、七夕が行われれば人が集まる活気づく!
沿岸部の復興はそれこそ何年もかかるから、まずは他の地域で宮城県を支えないと。そして人を引き付けて行かないと!
観光収入は減ってもゼロにさせてはいけません。
「震災にあった」宮城県に訪れて、そして宮城のファンになっていってもらえるために、みんなで盛り上げていかないとね。
その大きなチャンスだと思うのですよ、七夕は。
七夕は戦後、仙台空襲で傷ついた仙台の街の復興のシンボルとなりました。
今度は大震災からの復興のシンボルとしてゆきたい。

頑張ることは山積みですね。
なかなか今実際にボランティア活動などはできないので、長期的な目でできることを探します。



ところで、この数日間私が見聞きした範囲で思ったことなどブログに書いてきたわけですが(連日更新なんて珍しい!)、10日分を一応の区切りとします。
長々続けても同じことの繰り返しや、うっかり愚痴になってしまいそうだし、時には震災と関係ないことも書きたいし(笑)
あとは、地震で停電して水とガスが止まって、買い物もできなくて、ガソリンもない中で、こんなものがあって便利だったとか良かったとか、災害準備にはこういうものがあるといいとか、そういうことをお伝えしようかなーと思います。
あくまでも、自宅避難ができて家族みんなばったばた動き回れる環境だったってことが前提ですけどね。
目安までに。
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