英BBC記者アリラン参観記…"20年前の中国の姿" 

April 25 [Wed], 2007, 18:04
“監視員と観光客は‘猫と鼠’の関係”
梁貞兒記者
[2007-04-23 14:02 ]
北朝鮮のアリラン公演を取材するために15日から3日間、北朝鮮を訪問していたイギリスBBC放送のチャールズ・スキャンロン(Charles Scanlon.ソウル駐在特派員) 記者は、放送のウェブサイト(www.bbc.co.uk)で、取材の後日談を公開した。

スキャンロン記者は金日成の誕生日である15日に、BBCで平壌の現地から中継で放送を行った。記者はアリラン公演観覧後の2日間、北朝鮮政府が指定した平壌の観光地を見学した。

目に映った平壌は巨大な宣伝の都市であると同時に、徹底的な統制社会だった。どこに行っても監視員がついて来て、自由に写真を撮ることもできず、一般の住民との対話は徹底的に統制された。

特に監視員との関係を‘猫と鼠’に例え、旅行している間、始終監視を受けなければならない不便な状況を皮肉った。

最高級ホテルではエレベーターが頻繁に止まって、田畑では未だに牛がすきを引いている。にもかかわらず、ここの住民は故障した録音機のように、体制を称賛するかけ声を繰り返し叫んでいた。

スキャンロン記者は北朝鮮の荒廃した姿を見つつ、‘ほんの数キロしか離れていない韓国の発展した姿’に思いを馳せる。‘彼らにも自由が与えられたら、思いきり自分の夢を広げることができるはずなのに...’と考えながら。

スキャンロン記者の北朝鮮訪問記の要約を掲載する。

◆ 旅行第一日目

“北京を離れた高麗航空は(北朝鮮に対する)憐憫と好奇心を抱く外国人を乗せて北朝鮮に向かった”

携帯電話を入国審査台で没収されたが、誰も不平を言う人はいなかった。北朝鮮政府は私と他のイギリス人記者に通訳兼監視員を割り当てた。

一人は英語で話したが、桃色のチマチョゴリを着た若い女性は中国語を話し、残りの一人は外国語ができなかったが、英語と中国語を学びたいと言っていた。

猫と鼠

こうした配慮はあまりよいことではなかった。猫と鼠の不可避なけんかは、北朝鮮訪問の特徴だ。

彼らの仕事はどこに行っても私たちについて来て、私たちが許されていない所を写真におさめようとした時に遮ることだった。実は都市全体がそうだった。逃げだす所はなかった。

平壌の広い大通りで咲き始めた桜が壮観であった。女性たちは明るい原色の衣装を着て、偉大な指導者の誕生日を祝うために、大規模なダンスを練習していた。彼(金日成)は巨大な壁画から彼らを謹厳に見下ろしている。

MMOタイプのサッカーチーム運営シム,「Football Manager Live」発表 

April 25 [Wed], 2007, 18:04
2007/04/23 21:43
 SEGA Europeは,サッカーチームを運営し,ほかのプレイヤーのチームと戦わせるというMMOタイプのサッカーシミュレーション,「Football Manager Live」の制作を発表した。開発はイギリスのSports Interactiveで,ここはパッケージ版のFootball Managerシリーズを手がけるデベロッパだ。

 実在するチームが実名で登場するパッケージ版と異なり,プレイヤーはオリジナルのクラブチームを運営し,選手の育成やチームカラーの選択,資金繰りなど,サッカーチームのオーナーや監督が行わなければならない仕事をこなしていく。ゲームに使えるすべての選手は実名でズラリと揃っており,よりどりみどりでかなり嬉しいが,選手にはそれぞれ報酬があり(能力が高い選手は当然報酬も高い),プレイヤーは予算の許す範囲で最強のメンバーを揃えなければならない。一人の選手が所属できるのは1チームのみで,もしほかのプレイヤーが,欲しい選手を獲得してしまった場合,もう彼を使うことはできないのだ。とはいえ,トレードによって入団させることは可能となっている。
 そうやって手塩にかけて作り上げた自分のチームを,ほかのプレイヤーのチームと戦わせて勝利を目指すことになる。ゲームについては,Sports Interavive公式サイトの「こちら」にあるFAQにかなり細かい説明が載っているので,気になる人はぜひ参照してほしい(英語だが)。

 リリースは2008年中で,2007年5月頃にはβテストが予定されている。ゲームの公式サイトはすでにオープンしており,13点のスクリーンショットが掲載されている。(朝倉哲也)

町長や町議会議員は無報酬  

April 25 [Wed], 2007, 18:04

というのは、これまたイギリス人の友だちから聞いた話です。私のブログにたまに登場するイギリス人の友だち、ジョン・ページじいさん(John Page)は以前IBMで働いており、CICSというトランザクション・マネージャのインターナショナル・セールスでした。私はIBM時代にCICSのプロダクト・マネージャでもあったので、いつも連絡を取り合っていた仲間でした。 

ジョン・ページは以前、南イングランドのチェダーという町に住んでいました。そう、あのチェダーチーズ発祥の地であるチェダーです。これがチェダーの風景。

チェダーは「Civil Parish:パリッシュ(行政教区)」と呼ばれる、イギリス特有の自治体です。もともと教会の教区に起源を持ち、半独立的な性格を持つ法律上の地方自治体で、どちらかと言えば小さい自治区域を持ちます。一番小さい地区では住民が200名程度ですが、大きな地区では7万人を超える所もあるそうです。 

ジョン・ページの友人がこのチェダーのパリッシュのメイヤー(町長?)になったため、ジョンもボランティアでメイヤーを手伝っていると言っていました。このパリッシュでは、メイヤーも議員も名誉職ということで、無報酬なのだそうです。 パリッシュが行っていることは、その地域の公共機関の整備・管理、街灯の設置・維持、地区の緑化、地域の公共交通の運営などで、地域住民から税金も徴収すそうです。

ひるがえって日本を見るとき、たとえば、町長や区長さんがこのレベルにあたるのでしょうか。パリッシュのメイヤーは自分の仕事が終わってから、夕方からメイヤーとしての仕事を始め3時間ぐらいするそうです。議員も同じなので議会は夕方から始まるようです。 地域コミュニティを考えるときに、日本でもこういった名誉職、ボランティアによる自治というのも、そろそろ考えても良いのではないでしょうか。行政・自治のオーバーヘッドは最小にしていくべきか、と。そろそろ、地方自治体の市長・区長・町長選挙や議員選挙が始まるので、ふっとこの事を思い出しました。 

ジョンには、このチェダーの家に泊めてもらった事があります。16世紀の家で、馬車小屋などがついていました。でもジョンは 「 Quite new (house) = とても新しい(家) 」と言ってました。13世紀ぐらいのが欲しいとか。チェダーから帰る時は、当然、チェダーチーズを購入し、近くの「Bath ( バス :お風呂という言葉の起源になった町。ローマ人の公共浴場の遺跡があります 。) 」からロンドンに電車で帰ったのでした。

欧州のコンピュータ産業拠点アイルランドのウェブアプリケーション 

April 25 [Wed], 2007, 18:04

文:David Lenehan
翻訳校正:吉井美有

2007/04/17 08:00

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 Read/WriteWebの世界のウェブアプリケーションのシリーズの続きとして、エメラルドの島とも呼ばれるアイルランドの事例を紹介する。 20年前、アイルランドは停滞しており、失業率は高く、海外へ移住する人も多かった。仕事は少なく、新興事業と言えば農業だった。しかし、経済的な高成長期を迎えて以来、その状況は変わった。変化のきっかけが何だったかについて定説はない。法人税率が低かったことか、EUへの加盟なのか。わたしは、 1988年のサッカーヨーロッパ選手権のイギリスとの試合でのRay Houghtonのゴールが影響していると考えている。とにかく、物事は絶えず変わってきている。
アイルランド国旗

 現在では、GoogleとMicrosoft、Intel、Dell、IBMはみなさまざまなヨーロッパ本社をアイルランドに置いている。南北あわせて500万以上の人口を抱えるアイルランドは、ある意味では世界最大のソフトウェア輸出国であると見なされている。アイルランドは、大規模投資や雇用創出策に困っているわけではない。しかし、自国の新興産業ではどんなことが起こっているのだろうか。
「古顔」のアプリケーションたち
statcounter

 Pigsback.comは2000 年から運営されており、アイルランド(2006年からはイギリスでも)の多くのインターネットユーザーに支持されている。彼ら自身の言葉を借りれば、これは「消費者とブランドのオンラインクラブ」だ。アカウントを登録すると、ユーザーはPigsbackの広告主ネットワークから対象者を限定した商品提案やキャンペーン情報、調査への回答依頼などを受け取る。これらのイベントに対応していくと、商品やサービスと交換可能な「piggyポイント」が貯まっていく。

 Pigsbackは、そこで得られる「piggyポイント」に本当に価値があるからこそ成立する。ユーザーはすぐに無料のCDや旅行の割引を受けられるだけのポイントを集めることができる。広告主ネットワークの一例としてはFord、eBay、Nestle、Betfairなどの名前がある。
pigsback

 StatCounterは膨大な量の世界中のウェブサイトウェブトラッキングサービスを提供している。Google Analyticsと似ているが、はるかに長く運用されており、無料で登録できてすぐにトラッキングを始めることができる。有料アカウントを取れば、より詳細なレポートやオプションを得られる。

 StatCounterはGoogleでページランク10を持つ数少ないウェブサイトのひとつだ。このサイトは、Google.comを別とすれば、ウェブ上で最もバックリンクされているサイトだ。
hostelworld

 HostelWorldはアイルランドの新興企業で最も成功しているもののひとつだ。同社は1999年に世界中のホステルの予約を合理化するというゴールを掲げてスタートした。 Hostelworldは旅行者やバックパッカーから、世界中の5万以上ものホステル施設の宿泊予約を受け付けている。彼らは70人以上のスタッフを抱えており、あるレポートによれば、取り扱う予約の総額は一日当たり100万ドルを超えるという。これは、彼らが出資者に対して説明している最大10億ドルという事業評価額の後ろ盾ともなる数字だ。

ポルシェRSスパイダーが1位〜3位を独占 

April 25 [Wed], 2007, 18:04
〜ALMS第3戦ロングビーチ〜


ポルシェAG(本社:ドイツ、シュトゥットガルト社長:Dr.ヴェンデリン・ヴィーデキング)のRSスパイダーは、ロングビーチの公道サーキットで開催された世界最速のスポーツカーが競うアメリカン・ル・マン・シリーズで、1-2-3フィニッシュを飾り、その歴史を塗り替えました。

総合優勝を飾ったのは、今まで不敗を誇ったLMP1クラスのアウディR10をも抑えるという快挙を成し遂げたカーナンバー7のペンスキー・モータースポーツRSスパイダーを駆るティモ・ベルンハルト(ドイツ)/ロマン・デュマ(フランス)組で、この結果LMP2チャンピオンシップのリードをさらに広げました。

また、2番グリッドからスタートしたサシャ・マーセン(ドイツ)/ライアン・ブリスコー(オーストラリア)組やダイソンレーシングのアンディ・ウォレス(イギリス)/ブッチ・ライツィンガー(米国)組も熱戦の末、それぞれ2位、3位に入賞、ポルシェはアメリカン・ル・マン・シリーズ初開催となったロングビーチで1位から3位までを独占するという快挙を成し遂げたのです。ヴァイザッハで開発、製作されポルシェのサポートを受けているダイソンレーシングRSスパイダー(カーナンバー16)は、わずか3戦目にして表彰台を獲得したことになりました。

ポルシェのモータースポーツ部門のトップであるハルトムート・クリステンは、アメリカン・ル・マン・シリーズのマニュファクチュアラー部門で初の 1-2-3フィニッシュを成し遂げたことについて「特にこのサーキットは初めてでしたし、レース展開も厳しかったので、今日の勝利は本当に嬉しい。われわれは今日の結果を目指して頑張ってきました。短時間の予選ではRSスパイダーのセッティングを出すことができ、さらに決勝でのレース戦略がすべてうまく運んだことも今日の結果に大きく貢献しています。またドライバーもとても良い仕事をしてくれました。」と述べています。

ロングビーチの港を背景に行われた100分間のレースの序盤では、RSスパイダーは予想外の展開で苦戦を強いられました。フロントローからスタートしたティモ・ベルンハルトがポールポジションのアキュラARXを追走しましたが、ライアン・ブリスコーは、5周目、コース上に落ちたボルトによってパンクに見舞われピットイン、タイヤを交換してピットアウトしたときはカーナンバー6のRSスパイダーは22位まで順位を落としてしまいました。しかしブリスコーはその後激しく追い上げ、トップグループまで順位を戻しました。

そしてドライバーは、ブリスコーから第2戦セントピーターズバーグでLMP2クラス優勝を勝ち取ったサシャ・マーセンに交代し、そのままゴール。優勝したチームメート、ベルンハルト/デュマ組に遅れることわずか0.770秒の2位でチェッカーフラッグを受けました。

74周中46ラップ目にレース中唯一のイエローフラッグが出ている間に、ティモ・ベルンハルトからロマン・デュマへとドライバー交代したカーナンバー7のRSスパイダーがレースをリードしました。このドイツ人、フランス人のコンビは昨年、ポルシェにとってアメリカン・ル・マン・シリーズでは初となる総合優勝をミッドオハイオでもたらしたドライバー達で、そのときも、1クラス上のLMP1クラスを抑えての優勝でした。
ベルンハルトはレース後、「RSスパイダーは3位まで独占できました。」と表情を輝かせます。この素晴らしい成績により、ポルシェはマニュファクチュアラー部門で首位に立ちました。

ガイ・スミス(イギリス)/クリス・ダイソン(米国)組がドライブするダイソンレーシングRSスパイダーは、5位でフィニッシュしました。彼らは20番グリッドからスタートしましたが、これはALMSデビューイヤーとなる今シーズンの最高の成績となっています。

GT2カテゴリーでは、フライングリザードモータースポーツのパトリック・ロング(米国)とダレン・ロー(米国)がポルシェ911 GT3 RSRで2位に、またウォルフ・ヘンツラー(ドイツ)およびロビン・リデル(イギリス)がタフェル・レーシング911 GT3 RSRで4位にそれぞれ入っています。

アメリカン・ル・マン・シリーズの第4戦は、2007年4月21日にテキサス州ヒューストンで開催されます。


決勝レース結果

L.ハミルトン、ピット作業ミスで勝機を逃す 

April 25 [Wed], 2007, 18:04
 第3戦バーレーンGPで2位に入ったマクラーレンの新人ルイス・ハミルトンが、第2スティントでペースが上がらなかった原因は、ピット作業でのタイヤ空気圧と空力の調整ミスだったとチーム首脳が認めている。現地時間(以下、現地時間)16日、イギリスのモータースポーツ専門誌“Autosport”(電子版)が伝えている。

 レース序盤、先頭を行くフェラーリのフェリペ・マッサを猛追していたL.ハミルトンだが、最初のピットストップ後の第2スティントでは、マシンバランスに不安を抱え、約10秒もの差をF.マッサにつけられてしまった。

 2回目のピットストップ後はペースが回復し、再びF.マッサとの差を縮めたL.ハミルトンだったが、追い上げ及ばず2位でチェッカー。それでも、デビュー以来3戦連続表彰台のF1新記録を打ち立てた。

 そんな中、マクラーレンは1度目のピットストップで、タイヤ空気圧とフロントウィングの調整でミスを犯したと認めている。マクラーレンのチーフ・オペレーティング・オフィサーを務めるマーティン・ウィットマーシュ氏は「(ピットストップ中に)タイヤ空気圧の調整、空力の調整は普通に行なうことだ。それで、マシンがよくなることもあるし、現にマレーシアでは、第2スティントでルイスはとてもとても速かった。しかし、今度のレースでは最もダメなスティントになってしまった」と残念そうに振り返っている。

 さらに「目の前のデータをもとに、判断を下さなければならないからね。路面は徐々によくなっていったが、我々が狙っていたほど、その段階ではマシンが速くなかった。ルイスにはフェラーリよりも少し長めに給油したが、その時点では渋滞も問題なく、第2スティントはいいペースで走れて、マッサに力強くアタックできると願っていた。それはうまくいかなかったが、最後は少しだけプレッシャーを与えることができた。悲しいことに、追い抜くまでには十分な周回は残っていなかったがね」と後悔を口にしている。

 優勝を逃したマクラーレンだが、コンストラクターズランキング首位の座をキープし、L.ハミルトン、フェルナンド・アロンソの両ドライバーもフェラーリのキミ・ライッコネンとともにドライバーズランキング首位タイにつけている。

 しかし、マクラーレンのチーム代表、ロン・デニス氏は「いい仕事をしたという気持ちでいてはいけない。確かにフェルナンドについては、我々がマシンから最大限のものを引き出せたとは思っていない。我々には競争力はある。第1スティントでファステストラップをマークしたし、もしリードしていたなら、おそらく後ろとの差を広げていただろう。第2スティントでマシンバランスがどうなったかはわからないが、苦戦を強いられてしまい、しかし最後のスティントではまた速さを取り戻した。これから2、3日かけてこのことを解明するつもりだ。マシンに競争力がなかったという気持ちはない。ただ特にフェルナンドに関しては、我々はあまりいい仕事ができなかったという気持ちだ」と反省を肝に銘じていた。

Honda、フェラーリの元テクニカルディレクターと接触 

April 25 [Wed], 2007, 18:04
 Honda のチーム代表を努めるニック・フライ氏が、フェラーリでテクニカルディレクターを担当していたロス・ブラウン氏にチーム入りを打診していることがわかった。現地時間(以下、現地時間)8日、イギリスのモータースポーツ専門誌“Autosport”(電子版)が報じている。

 今シーズン、 Hondaはニューマシン“RA107”を投入したが、2戦が終わってノーポイント、公式予選ではQ3(最終予選)にも進めないなど、ここまで不本意な結果しか残せていない。同誌は、昨年中旬にジェフ・ウィリス氏(当時のテクニカルディレクター)がHondaを離れて以来、チームには豊富なF1マシン設計経験を持つ人物のリーダーシップが欠けていることから、N.フライ氏がR.ブラウン氏に白羽の矢を立てたと見ている。

 引退したミハエル・シューマッハとともにベネトンとフェラーリで数々のタイトル獲得に貢献したR.ブラウン氏は、2006シーズン終了後に現場を離れ、現在はフェラーリから長期有給休暇を取得中。将来については同社と相談する取り決めとなっているが、同誌は情報筋の話として、フェラーリ復帰に関する契約上の義務はないと伝えた。また、R.ブラウン氏は1996年からフェラーリで仕事をしているが、最終的にはイギリスに戻りたい意向を示している。

 N.フライ氏はR.ブラウン氏との交渉について「この件に関してはコメントしない」と進展を明らかにしていないが、「どこのチームもロス・ブラウンの力は借りたいと思うよ。ただ、それが我々であっても他のチームであっても、ロスはフェラーリと何らかの取り決めがあるはずだから、見守らないとね」と、獲得に関心がある様子を垣間見せていた。

 また、関係筋によれば、Hondaは巻き返しを図るため、第6戦カナダGP(6月10日決勝)にニューマシンを投入する計画を進めており、そのマシンは“RA107”のコンセプトを全面的に改良したものになる可能性が高いという。N.フライ氏はこの件に関しても詳細を明かすことはなかったが、モントリオールでのレースに向けて大規模な計画に着手していることを認めていた。
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「ウェブ2.0はバブルの兆候」・デジタルガレージの伊藤穣一取締役に聞く 

April 25 [Wed], 2007, 18:04
 インターネットの黎明期から、ウェブ利用の普及に努めてきた伊藤穣一氏。日本における「ウェブ2.0」についての第一人者として発言したり、有望なネットベンチャー企業に投資をしたりするなどウェブ業界で活躍している。15日―18日に米サンフランシスコで開かれる「ウェブ2.0エキスポ」でも講演者を務める。日本におけるインターネットの今後の進化などについて聞いた。

過熱する「ウェブ2.0」への期待

――デジタルガレージ取締役やその他ネット企業の役員など肩書きが多い。

 現在の主な仕事は、デジタルガレージの取締役で、まさに上場企業の取締役として経営の仕事をしている。それから個人でのベンチャー投資。ブログ用システムのシックス・アパート日本法人の会長を務めたり、著作物共有の枠組みである「クリエイティブ・コモンズ」の団体にも参画している。

 年間の半分ぐらいが日本にいて、4分の1が米カリフォルニア、残りの4分の1は海外のほかの地域に行っている。

――日本で「ウェブ2.0」というキーワードに対する期待が過熱している。

 「ウェブ2.0」という言葉が生まれた米国と日本のズレが出てきている。

 米国ではティム・オライリー氏が論文としてまとめたが、技術を中心に語られている。日本はどちらかというとマーケティングよりの人たちが飛びついていて、SNSやブログをもてはやし、バブルを思い出させるような雰囲気がある。ただ、米国でも最近ではマーケティング的な動きも強まっている。

 何でもかんでも「2.0」とつけたり、「なんちゃって2.0」が出てきたり、2000年の「ドットコム」ブームに似た一種のファッションになっているところはある。

 世界的にインターネットの歴史を見ると、「イーサーネット」などの通信技術やウェブなど小さな技術がいろいろと出てきて活性化した。それが2000年ごろのドットコムバブル崩壊で、表面的には沈静化してしまった。

 裏側ではいろんな技術の展開、基礎技術よりも上のレイヤーでの発展が進んでおり、このところはバブル崩壊で詰まっていたものが一気に出てきている印象だ。

――日本は「ウェブ2.0」バブルなのか。

 ちゃんとした会社もたくさんあるが、市場が伸びているだけに関係ない人がどんどん入ってきている。メディアもセンセーショナルに取り上げようとするし、実際の価値よりも高く評価されている。

 自分の感覚では2−3年前に比べると、ベンチャーに投資する際の価格が10−40倍になっているかもしれない。そもそもの価値はあまり変わらないはずなのに。

 ただ、前のバブルのことを覚えている人がたくさんいる。前のバブルのようにひどい崩壊はないだろう。逆に、ベンチャー投資については米国のほうがドットコムバブルに近い過熱感が出てきている。

――日本でのここまでのインターネットの進化をどう見ているか。

 インターネットは小さな技術の集合で、全体を知らなくてもそれぞれの技術を互いに接続できるようにすることで、全体がつながるのがポイントだ。昔は電話会社がすべての技術を垂直統合的に提供して管理してきたが、そうではなく様々なレイヤーでオープンに展開できる。

 そうしたオープンな思想が2000年ごろのバブルのときになくなった。ポータルサイトや有力なプロバイダーが客を囲い込んで、自分たちの中ですべて完結させようという動きになった。つまりウェブらしくないのだ。

 ところが、バブルがはじけたおかげでまた新しいオープンな動きが出てきた。

 グーグルは広告代理店業界に影響を与えているし、ブログは出版に影響を与えるようになってきた。ただ、日本においては放送や新聞などのメディア、一部の通信、広告関連などではまだまだ旧勢力が強い力をもっている。

 米国ではメディアへのインパクトが出てきている。メディアをカスタマイズして、参加したり、リミックスするという動きが増えている。

七転八倒の苦しみも抱腹絶倒の笑いに変える、それが映画のマジック! 

April 25 [Wed], 2007, 18:04
2007年4月11日
<映画>齊田安起子
 4月は多くの人が新しいスタートを切る季節ですが、慣れない環境や不安定な気候に疲れを溜めこみやすい時期とも言えます。たとえ夢や希望や憧れを胸に新生活に飛び込んだとしても、実際には楽しいことばかりが続く訳ではありませんよね。それならば、徹底的に現実の厳しさを見極めて笑い飛ばしてやろうじゃありませんか。疲れを心に溜めないことが肝心ですから。ということで、一度足を踏み入れたら最後、ちょっとやそっとじゃ抜けられない魔力のある独特の世界を描いた映画を2本選んでみました。

cinema 美しい2人と深い味わいが強ばった心をほぐしてくれる

レイヤー・ケーキ
レイヤー・ケーキ
配信:CinemaNow
配信終了:2007年5月19日
2004 COLUMBIA PICTURES INDUSTRIES, INC. ALL RIGHTS RESERVED.
 まずは、6代目ジェームズ・ボンドに抜擢された当初、その適性をめぐって世界中で物議を醸したものの、結局は大方の非難や危惧をよそに、陰影のある演技で新米エージェントとしてのボンド像を『007/カジノロワイヤル』で見事につくりあげた金髪碧眼の英国男優ダニエル・クレイグ主演の異色クライム・ムービー『レイヤー・ケーキ』(マシュー・ヴォーン監督、2004年イギリス映画)をどうぞ。

 クリームやジャムなどを挟んだスポンジを重ねたケーキに、幾重にも重なった階層社会をなぞらえた『レイヤー・ケーキ』というタイトルは、直接的には裏社会における上下関係を指しますが、映画の舞台であるイギリス自体が、上流、中流、労働者階級などの区分がはっきりしている社会であることも背景として重要でしょう。生まれ落ちる瞬間から、人間の苦しみは始まり、自分がいる場所より上を目指すとなれば、より一層苦しいけれど、成功すれば辛くなくなる。一番上まで登りつめれば過去の辛さや苦しみは忘れるのだと、劇中、ダニエル・クレイグは、麻薬ビジネス界の大御所(『ハリー・ポッター』シリーズの2代目ダンブルドア校長を演じるマイケル・ガンボン)に諭されます。

 本作でクレイグが演じるのは、業界では若造扱いながら頭の切れるやり手の麻薬ディーラー。変に目立たず、抜け目なく、手堅く稼いで、そのときが来たらきっぱりと足を洗うと心に決めています。常に綿密な計画に基づいて巧く立ち回り、その無駄のない仕事ぶりでボスや仲間の信頼を勝ち得てきた男。実は、もう十分稼いだことだし、このあたりでディーラー稼業から引退し裏社会とは縁を切る目論みでした。すべては順調に進んでいたのです。いや、そのはずでした。そう信じていたのですが……。

 ところが、珍しくボスから呼び出され直接依頼された仕事――クレイグ本人はこれが最後と覚悟を決めて臨みます――は、これまでになく危険で厄介なものだったのです。麻薬ビジネスの世界は彼が理路整然と考える以上に複雑で欲望渦巻く裏切りと策謀の世界なのでした。ストリーを明かしてしまうと面白くなくなるのでやめますが、とてもじゃありませんが「はい、これでやめます」なんて宣言して幕引きできるような立場にはないんですよ、彼は。

 ところで、映画はこの主人公のひとり語りで進められてゆくのですが、最後までその名前が明かされることはありません。エンドクレジットでも表記は「XXXX」です。そのあたりも心憎い演出になっています。余談になりますが、アーシュラ・K・ル=グウィンの「ゲド戦記」でも真の名前を明かすことはとても危険なこととありますからね。名前って大事なんです。

 名前はなくとも、吸い込まれそうなブルーアイズ(イライジャ・ウッドといい勝負!)としなやかな身体で主役を張るダニエル・クレイグはもちろん、彼を虜にする、とびきり若くてセクシーなシエナ・ミラー扮するタミーの登場シーンにも注目です。いろいろ理屈をこねずともこの美しい2人を見るだけで、この映画は価値があるかもしれません。また、『パフューム ある人殺しの物語』で禁断の香水をつくってしまう天才調香師グルヌイユを演じたベン・ウィショーがタミーの恋人役を演じ、まったく違う顔を見せてくれます。同じ俳優とは思えないほど落差ありです。

 裏切りや罠、錯綜する人間関係が盛り込まれ、単なるドンパチの裏社会犯罪ものとは違う面白さのある本作は、原作小説の作者J・J・コノリーが脚本も手がけ、ガイ・リッチー監督の『ロック・ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』や『スナッチ』のプロデュースを担当したマシュー・ヴォーンの監督デビュー作です。賑やかで仕掛けの詰まったリッチー作品よりもスマートかつクールな仕上がりで、ゲラゲラ笑って楽しむというのとは違いますが、なかなか味わい深いものがあります。こういう面白さも意外や意外、強ばった心をほぐしてくれるものなのです。

【J1:第6節】大分 vs F東京:試合終了後の各選手コメント [ J's GOAL ] 

April 25 [Wed], 2007, 18:04

4月15日(日) 2007 J1リーグ戦 第6節
大分 0 - 0 F東京 (16:04/九石ド/17,431人)
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●深谷友基選手(大分):
「決めるべきところを決めないとこのような結果になってしまう。DF面では最後まで集中できたと思う。反省点は、ボールがトップに入った時にサポートが遅れたこと。全体をもっとコンパクトにして戦わないといけない。連戦の影響が無かったとはいえないが、それを言い訳にはしたくない」

●高松大樹選手(大分):
「(F東京が)中を堅めにしていたので、サイドからもっと崩していきたかった。今日の試合を次につなげなければならない」

●下川誠吾選手(大分):
「無失点に抑えるのは自分の仕事。後半に点を取りに行った中で、責任を果たすことができたのは良かった」

●藤田義明選手(大分):
「中盤からチャンスを作ることもできたが、カウンターでピンチを招き反省するところが多い試合だった。自分の仕事をきちんとやれるようにしていきたい。(入籍で)気持ちが引き締まった。より一層頑張って行きたい」

●高橋大輔選手(大分):
「(2本のヘディングシュートは)練習からやってきた通りのこと。今日の試合では少しタイミングを合わせることができなかった」

●福西崇史選手(F東京):
「FC東京の方が、我慢する時間が多かった。後ろのバランスがよくて0対0と言う結果になった。もう少し形を作って攻撃していけるようにしたい」

●ワンチョペ選手(F東京):
「(原監督から『暖かくなって調子が上向いてきているようだ』といわれて・・・)イギリスにいた時の方が寒かったから関係ないよ(笑)。チャンスがあったのに決めることが出来なくて残念。試合に出る時間が長ければ、色々なことができるようになる。今日はルーカスととてもタイミングが良かった」

以上