ストップモーション

April 06 [Sun], 2014, 13:50
アニメーションは、セル画によるものだけでなく、人形やCG、スライドによるものを含む。1902年のジョルジュ・メリエスによる『月世界旅行』の最後の、ロケットが港に戻るシーンで、すでに切り絵アニメーション(静止した背景画の前で、船の切り絵を少しずつずらしてコマ撮りする)が用いられ、これが映画のコマ撮り(ストップモーション)によるアニメーショントリックである。
哀れなピエロ(動画)
愉快な百面相(英語版)(動画)
作品としては、1892年にフランスで作られたエミール・レイノーの『哀れなピエロ』(原題:Pauvre Pierrot)を初めとする一連の作品がある。しかし、レイノーの作品は純粋な意味での映画ではなく、テアトル・オプティークと呼ばれるゼラチンフィルムに別々に描かれた手書きの人物と背景をプロジェクターで同時にスクリーンに投影する装置によって上映されていた。他にアメリカのジェームズ・スチュアート・ブラックトン(英語版)監督による『愉快な百面相(英語版)』(1906年、原題:Humorous Phases of Funny Faces)などがある。これは黒板に白チョークで描く実写と、そのコマ撮りを組み合わせた線画アニメであり、この最後のピエロの部分では白い枠線の切り絵がチョークアニメーションと組み合わされて用いられている。またアメリカでは1928年から『アメリカン・アニメーションの黄金時代』が始まっている。
ファンタスマゴリ(英語版)アニメ入門
世界最初の実写部分を含まない純粋な短編アニメーション映画は、フランスの風刺画家エミール・コールによる『ファンタスマゴリ(英語版)』(1908年、原題:Fantasmagorie)である。以後、数年間でアメリカおよび映画発明国フランスで線画アニメ映画の製作が盛んになった。世界初の純粋長編アニメーション映画は1917年にアルゼンチンのキリーノ・クリスティアーニによって製作された。
1914年にセル画によるアニメーション技術がアール・ハード(英語版)によって開発、特許申請される。しかし、当時、一般には、背景を印刷した紙にペン描き、というのが、一般的だった(『クレイジー・カット』シリーズ(1916年、原題:Krazy Kat)、『フェリックスの初恋』(1919年、原題Feline Follies)など)。また、アルゼンチンやドイツなどでは、切り紙や人形アニメが盛んに創られていた。
アジアでは1941年に中国において万籟鳴(英語版)と万古蟾(英語版)の万氏兄弟(英語版)監督で公開された『西遊記 鉄扇公主の巻』がアジア初の長編アニメーション映画とされる。1942年には戦時下の日本に輸出され、当時16歳の手塚治虫に影響を与えると共に、海軍省に長編アニメーション映画『桃太郎 海の神兵』(1945年)を制作させる動機となった。
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