クルミが我が家へやってきて一か月経つ頃、突然モナカの後ろ脚がたたなくなりました。
急によろけて後ろ脚から崩れるように倒れました。
見ていた私も、そして何より本人がビックリだったと思います。
一生懸命立ったとしても、よろよろと上手く歩けません。
急いで病院へ連れて行きいろいろな検査をしてもらいました。
それより前に、夜中の寝ている間のおもらしがあるようになったので、尿を採ったばかりで、
それも含めて検査してもらったのですが、内臓も全てに異常な数値はなく、
思い当たるのは、調べていない脳内ということになりました。
でもかかりつけの獣医さんにはCTやMRIはなく、CTのある他の病院を紹介出来るという事でした。
私が友人から聞いた話では、CTでもわからない事もあるのでできたら最初からMRIがいいといわれていました。
MRIのある病院はもっと遠くになります。
ただ、いずれの検査にしても全身麻酔です。そして原因がわかったからと言ってこの高齢では脳の手術はできません。
ショックでした。
今までが楽しい毎日だったので、その落差と言ったら、、、しばらく落ち込んでいたのですが。
私が今まで言っていた『前向き』、前向きに考えようと切り替える事が出来ました。
「治らない病なのよ、どうやって前向きに考えるの?」って思われるかも知れません。
モナカは高齢犬、お別れがそう遠くないのはわかっていました。3月には14歳、私が知っているオウシーの最長齢16歳。
あと2年は一緒にいられる、頑張ろうね、と言っていました。
それが短くなった、しかもどんな亡くなり方をするか、少し見えてきた。
モナカの頭の中に何かが出来ていて、それがだんだん大きくなるにつれ悪戯を始めると、症状が出てくる。どんな症状か?内臓が悪くなく、後ろ脚に出ていることから大体わかってきました。その後どのような影響があるにしても、一緒に戦っていこうと、覚悟しました。
何より、私がポジティブにいる事がモナカに伝わり、いい影響が出ると思います。
モナカ中心に出来るだけの事をして、平凡な何気ない生活を、平凡だけど中身の濃い生活にしていきました。
人もいずれ死ぬもの、でも先は分からず、ずっと先の事だと思って生きています。だから平凡な日常は、軽く見がちです。
(でも実はそれが幸せである事は、辛い時に知る事になるのですが)
でも、自分の死がずっと先でなく、近くにある事が分ったら、1日1日が大切なものの筈です。
CTもMRIも受けないと決め、治療するとしたら、対処療法だと思います。
それからのモナカとの毎日はとてもとても大切な時間でした。
それは、家族みんながそう感じていました。そして大切にしていました。
犬だけでお留守番が無いよう、家族でそれぞれ仕事のシフトなど都合を付けていました。
その後2、3日するとモナカは良くなって、今まで通りクルミとの生活に戻りました。
嘘みたい、一体なんだったの?と思えるくらいでした。
でも、足が利かなくなった事実は事実、進行が遅くなるように、でも確実に悪くはなっていくだろうと、心の片隅では、現実として受け止めていました。
1ヶ月後、12月、私が仕事から帰ると、モナカはいつも玄関で迎えてくれるのにいなかった事がありました。
夕方から悪くなっていました。
ぷぅ弟がいましたから大丈夫なんですが、様子を教えてくれました。
その日は、小学校の冬休みに入り、私の仕事の時間が長くて、モナカを不安にさせたのかも知れません。
でも、私が帰ってから歩けるようになって、次の朝には、自分で起きて歩いて寝室のドアの前まで行きました。
翌日には元気になっていましたが、後ろ足が利かなくなる事はモナカには理解できない分、相当ショックの様です。
11月に悪くなっていた事など忘れていただろうに、その1ヶ月半後のこの事は、思い出させたのでしょうか?それは分かりませんが、その後モナカは、一気に老化していったように思います。
それでも亡くなるまでに散歩は1回中止しただけだったし、大好きなソファーには自分で飛び乗って寝ていました。
私たちの寝室は2階でしたが、今までの通りの生活の方がいいだろうという事で、夜は2階へ抱っこして行きました。
クルミは階段が登れないので、パパさんがモナカを、私がクルミを抱いて、しかも、モナカは10時頃には2階へ上がろうとするので、10時には寝室へ

続く
急によろけて後ろ脚から崩れるように倒れました。
見ていた私も、そして何より本人がビックリだったと思います。
一生懸命立ったとしても、よろよろと上手く歩けません。
急いで病院へ連れて行きいろいろな検査をしてもらいました。
それより前に、夜中の寝ている間のおもらしがあるようになったので、尿を採ったばかりで、
それも含めて検査してもらったのですが、内臓も全てに異常な数値はなく、
思い当たるのは、調べていない脳内ということになりました。
でもかかりつけの獣医さんにはCTやMRIはなく、CTのある他の病院を紹介出来るという事でした。
私が友人から聞いた話では、CTでもわからない事もあるのでできたら最初からMRIがいいといわれていました。
MRIのある病院はもっと遠くになります。
ただ、いずれの検査にしても全身麻酔です。そして原因がわかったからと言ってこの高齢では脳の手術はできません。
ショックでした。
今までが楽しい毎日だったので、その落差と言ったら、、、しばらく落ち込んでいたのですが。
私が今まで言っていた『前向き』、前向きに考えようと切り替える事が出来ました。
「治らない病なのよ、どうやって前向きに考えるの?」って思われるかも知れません。
モナカは高齢犬、お別れがそう遠くないのはわかっていました。3月には14歳、私が知っているオウシーの最長齢16歳。
あと2年は一緒にいられる、頑張ろうね、と言っていました。
それが短くなった、しかもどんな亡くなり方をするか、少し見えてきた。
モナカの頭の中に何かが出来ていて、それがだんだん大きくなるにつれ悪戯を始めると、症状が出てくる。どんな症状か?内臓が悪くなく、後ろ脚に出ていることから大体わかってきました。その後どのような影響があるにしても、一緒に戦っていこうと、覚悟しました。
何より、私がポジティブにいる事がモナカに伝わり、いい影響が出ると思います。
モナカ中心に出来るだけの事をして、平凡な何気ない生活を、平凡だけど中身の濃い生活にしていきました。
人もいずれ死ぬもの、でも先は分からず、ずっと先の事だと思って生きています。だから平凡な日常は、軽く見がちです。
(でも実はそれが幸せである事は、辛い時に知る事になるのですが)
でも、自分の死がずっと先でなく、近くにある事が分ったら、1日1日が大切なものの筈です。
CTもMRIも受けないと決め、治療するとしたら、対処療法だと思います。
それからのモナカとの毎日はとてもとても大切な時間でした。
それは、家族みんながそう感じていました。そして大切にしていました。
犬だけでお留守番が無いよう、家族でそれぞれ仕事のシフトなど都合を付けていました。
その後2、3日するとモナカは良くなって、今まで通りクルミとの生活に戻りました。
嘘みたい、一体なんだったの?と思えるくらいでした。
でも、足が利かなくなった事実は事実、進行が遅くなるように、でも確実に悪くはなっていくだろうと、心の片隅では、現実として受け止めていました。
1ヶ月後、12月、私が仕事から帰ると、モナカはいつも玄関で迎えてくれるのにいなかった事がありました。
夕方から悪くなっていました。
ぷぅ弟がいましたから大丈夫なんですが、様子を教えてくれました。
その日は、小学校の冬休みに入り、私の仕事の時間が長くて、モナカを不安にさせたのかも知れません。
でも、私が帰ってから歩けるようになって、次の朝には、自分で起きて歩いて寝室のドアの前まで行きました。
翌日には元気になっていましたが、後ろ足が利かなくなる事はモナカには理解できない分、相当ショックの様です。
11月に悪くなっていた事など忘れていただろうに、その1ヶ月半後のこの事は、思い出させたのでしょうか?それは分かりませんが、その後モナカは、一気に老化していったように思います。
それでも亡くなるまでに散歩は1回中止しただけだったし、大好きなソファーには自分で飛び乗って寝ていました。
私たちの寝室は2階でしたが、今までの通りの生活の方がいいだろうという事で、夜は2階へ抱っこして行きました。
クルミは階段が登れないので、パパさんがモナカを、私がクルミを抱いて、しかも、モナカは10時頃には2階へ上がろうとするので、10時には寝室へ


続く
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お兄ちゃんのご飯の時間はいつもべったり。「欲しいな、くれないかな」ビームを発しています

















自信作なんだけどね


